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18.決戦

 翌日、ギスモーダ王城。

 敵陣だからと言って縮こまっていないで、周囲をよく見なければならない。


 入口には甲冑の騎士が扉の両脇に立っている。

 もうこの二人だけで私に勝てる相手じゃないのはわかっている。

 だが他にもギスモーダ国王を守るため、騎士が数人配備されている。

 部屋中を眺めるわけにはいかず、視線の届く限りで武装しているのは六人。

 国王の側近たちも帯刀している。だがその中には昨夜ルーダスに紹介してもらった味方がいる。乱闘になっても、まだ望みはありそうだった。そうならないのが一番だが。


 ギスモーダ国王は見るからに取り憑かれてやつれた顔をしていた。目の下にはクマができ、顔色は悪い。不摂生の代表みたいな顔だった。

 ダーンが口上を述べる間に観察を終え、私はゆるりと『華』を舞い始めた。

 最初はゆっくりと。流れるように。次第に激しく。鋭く突くように。

 私はただひたすらに集中した。

 失敗したら同じ手は二度と使えないのだから。

 私は同時に二つのことができない。だからもうそこは割り切って、背後はカイルとダーンに任せることにした。私に今できるのは、ギスモーダ国王の魔を確実に祓うこと。そのために『華』を集中し舞うこと。


 私が聖剣と共に『華』を舞い始めても、ギスモーダ国王に変化はなかった。

 ただ眉を顰め、検分するようにじっと私の動きを見ていた。

 これが本当に魔を祓う舞なのか。単に褒美目当てでもぐりこんだだけではないのか。そんな風に思ってくれていればいいのだけれど。

 中盤にさしかかり、さすがに私は焦った。

 相変わらずギスモーダ国王に変化はない。疑い始めたのは私の方だった。本当にこれで魔を祓うことができるのか。これでよかったのか。何も手ごたえが得られないことがこれほど焦りをうむとは思わなかった。


 終盤に差し掛かる。終わった瞬間に「うっ!」と一気に正気に戻ってくれるのが理想だ。

 果たして、ギスモーダ国王は徐々に顔色を変えていった。

 最初はいぶかるように。

 やがて喉元を抑え、苦しむように。


 異変に気付いた側近が、「どうなされましたか!?」と声をかける。

 だがギスモーダ国王はギョロリとその目を動かしただけで、言葉は発することができなかった。

 なんとかそのままでいてほしい。

 周囲もそっと見守っていてほしい。

 じりじりと逸る心を抑えながら、『華』を舞い続ける私の耳に、聞き覚えのあるような声が飛び込んで来た。


「おい、どうした、まさか国王は毒でもお召しになられたんじゃないのか?!」


 昨日ルーダス邸に来てくれたうちの一人だ。

 彼がそう言うと、側近たちは、はっと息をのんだ。誰も私が本物の聖剣の乙女だとは疑わない。内部に味方がいることの大きさを思い知る。


「おいお前、もういい、下がれ。もはやお前の舞なぞ王は見ておらん、それどころではないのだ」


 額に大きなホクロのある側近が、しっしと手を払うがもう遅い。

 後は、最後の仕上げだけだ。

 突き、薙ぎ、足払いのちに、回転の力をのせた薙ぎ。

 私は『華』を舞い切った。


「うぐっ……! うぐわあああ!! おの、おのれええ、おまえまさかっ」


 悪役の最後に相応しいセリフだと思う。完璧だ。

 周囲が騒然とし始める。


「王?! まさかとはっ?!」


 ここまで来ても粘ってくれる。

 周囲もまだおろおろと様子を見守っている。あんまり助ける気がないからだろう。


「このおおお、おまえら、はや……く、あいづをおお」

「『あいづ』ですか? それは地名でしょうか!」

「ううぐうう、 あれ、あれを、ごろせええ」

「『コロッセオ』? 他国の闘技場のことでしょうか。今度は帝都に闘技場を作れとおおせになるのですね」


 頑張れ。若干わざとらしさが匂ってきているが、まだいける。なんとか持ちこたえてほしい。


 舞い終えた私の傍には、いつの間にかダーンとカイルがいてくれた。二人の手には剣舞のためと持ち込んだ模造刀が握られていた。刃はないが、素手よりはマシだ。

 だがギスモーダ国王に取り憑いた魔の者は案外しぶとかった。

 いつまでも苦しそうにしながら「ぐ、くそおおっ」と呻いている。まだか。


 ここは急な王の変貌ぶりに慌てたふりをして逃げておくべきか。

 でも本当にこれで魔が払えるという確証が持てない。手抜かりがあって復活されでもしたら、報われない。

 私が逡巡していたその時だった。

 味方ではない側近たちが、ひそひそと話し始めた。


「あの者……。例の聖剣の乙女なのではないか?」

「いや、舞踏会のあった日から考えればこんなところにいるわけもない。それに聖剣の乙女は金髪縦ロールだったと言っていたぞ。見るも美しく女神のようだったとも聞いた。あれでは……」


 ちらりと残念そうに見る。

 おまえの邪心も祓ってやろうか。

 できるか知らないけど。


「おいお前、ユラシーン国の手先だったのか! 没落貴族で旅して兄弟で旅しながら剣舞を披露し生計を立てているなど、見え透いた嘘で乗り込みおって」


 またも額にホクロの側近がいまいましげに舌を打つ。

 しかし見え透いていなかったから今まで黙ってたのではないのかと言いたい。むしろ今まで信じてくれたことにありがとうと礼を言うべきところか。

 それもこれも内部を味方につけておいたおかげだ。期待していた以上に助けられた。

 この調子なら逃げ切れるんじゃないか。そう思ったときだった。


「お前ら、こいつらをひっとらえろ! 女は危険だ、この場でたたっきれ!」


 ホクロの側近から忌々し気に放たれた怒声に、びくりと肩が揺れる。

 やはりすんなりとはいかなかったか。

 しかし。


 私だけ殺すの?! 一番弱そうなのに?!

 そりゃそうか、聖剣の乙女なんて特殊な力を持ってるからか!


 一気に背中から冷や汗が噴き出た。

 この展開は予想外だった。女なんて無力なんだから捨て置けとか、このあとたっぷりお楽しみをとか、そういうあれはないの? いやそれも嫌だけどもこの場で問答無用で斬られるよりはまだ救いがある。

 だがダーンとカイルが即座に動き、私を守るように間に挟んだ。

 たった三人で、ギスモーダ国の面々に対峙する。

 だが敵に混じった味方の健闘を祈るしかない。


 こんなやりとりをしてる間に早くぽっくりと悪い魂など抜けてくれたらいいのに、ギスモーダ国王はまだ「ぐおおおっ」と粘り強く天に向かって手を伸ばしている。


 その場はにわかに戦場となった。

 私も殺傷力をもたない聖剣で相手の剣を受け、なんとかしのぐ。たぶん、味方の人なんだろう。誰よりも真っ先に私のもとに切りかかって来たけれど、明らかに手加減してくれているのがわかった。

 全身甲冑で覆われていて顔はわからない。けど、刃を交わしつばぜり合いになれば、間近に迫った兜の奥の目が見えた。

 その瞳はアメジストの、私をいつも見透かすような――


 頭が思考を停止したその一瞬だった。


「なにをもたもたやっとるかあ!」


 苛々と戦況を見守っていたあのホクロの側近が、懐から小刀を抜きこちらに投げつけた。

 味方も入り混じるこの場でよくそんなものを、と思う。こいつも魔に乗っ取られてるんじゃないかと思った。

 だが咄嗟にかわせそうにもない。

 そう思ったとき、つばぜり合いをしていた紫の瞳の騎士が、ぐいっと力を込め私を押し出した。

 二人の間に間合いができ、その床に小刀がトスリと突き刺さる。

 私には致命傷となったことだろう。だって舞子のひらひらとした薄い布しか巻き付けていないのだから。背中にどっと脂汗をかいた。


「うぐああああああっっ!!」


 断末魔の叫びが聞こえた。

 あまりの大声量に私は思わずびくりと肩を揺らし、はっとしてギスモーダ国王を振り返った。

 みると国王の肩の辺りからもやもやとした黒い霧が立ち上り、それが顔のように象られたかと思うと、ふわりと霧散した。

 ギスモーダ国王は力が抜けたようにその場にがくりと倒れ込んだ。


「やった……のか?」


 息を切らしたダーンの窺うような声が聞こえた。


「ちっ! お前ら余計なことを!」


 その言葉に私ははっとしてそちらを振り返った。

 さっき私を叩っ斬れと言ったあの男だ。


 その憎々し気な形相を見て、私はぞっとした。


 邪魔だてされたことを怒っている。

 まさか、魔の者の封印は偶然解かれたのではなかったのか。仕組んだ黒幕が別にいたのか!


 誰も戦争など望んでいないと聞いていたから。元は平和な国だと聞いていたから。

 その先入観が隙を生んだ。

 どこにでも悪いことを考える奴はいるということを、私は忘れていた。最大の敵が見えていたから、陰に隠れている小さな悪意を見落とした。

 そのせいで、私を守った甲冑の騎士は。

 背後から鎧のつなぎ目にぶすりと剣を差し込まれ、私の眼前で血を吐いた。

 倒れ掛かったその体を咄嗟に受け止めると、兜が脱げ落ちた。


「アレク……どうしてここに」


 もう、これを言うのは何度目なんだろう。

 あんなに私を避けていたのに、なんでこんなに不意に現れるようになったんだろう。


 その答えは簡単だった。

 アレクはいつも、私を守ろうと動いてくれていたんだ。

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