17.ミッションインポッシブル
私は自分の見た夢の都合の良すぎる恥ずかしさにしばらく身悶えした後、再びむくりと体を起こした。
まだ外は暗闇。
今のうちにそっと抜け出そう。
ここで逃げたフリをすれば、カイルとダーンはこの作戦は続行不可能だと諦めるだろう。ここまで一緒に来てくれたことは感謝している。けれど、カイルとダーンを巻き込むわけにはいかない。二人とも国のために闘う兵士じゃない。まだただの学生なのだから。
ルーダスにはあらかじめ手紙を送ってあった。夜が明ける前に邸を抜け出し、後程合流する手筈となっている。
私は物音を立てないように着替える。
流れの旅芸人としての服。
色と素材で見栄えを担保し、作りはシンプルなものを選んだ。
踊り子と言えば肌を覆う面積が少ない衣装だったり、見る者を楽しませることに重きをおいているけれど、それでは闘えない。
令嬢としての服を脱ぎ捨て身軽になった私は、そっと扉を開け部屋を忍び出た。
再びそーっと扉を閉めようと腰をかがめてドアノブを慎重に回していると、ふと視線を感じた。
顔を横向けると、そこには隣の部屋の壁に寄りかかり、こちらを見ている顔があった。二つ。
「あれ?」
カイルとダーンが腕組みをして泥棒のように身を潜める私を見ていた。
「やはりこんなことだろうと思っていた」
「あれ? じゃねえわ」
カイルは顔色も変えずにすたすたとこちらに歩いてくる。
ダーンもその後ろで呆れたように腰に手を当てている。
何故早く起きた私より先に起きているのか。
「もしかしてまだ寝てなかった?」
「ちゃんと寝たっつうの。お前が『だからそれ死亡フラグーーー!!』って叫ぶ前にはここにいたけどな」
しっかり聞こえていた。
私は恥ずかしさに両手で顔を覆った。
穴に向かって「あああああぁぁっ」と叫びたい。
「我々を巻き込まぬために一人で乗り込むつもりだったんだろう。どこぞの誰かに言われぬまでも、ユニカの考えることは聞かなくても大体想像がつく」
そんなにわかりやすく向こう見ずだったつもりはなかったのだけれど。
いや待て、まだ真の目的はバレていないかもしれない。ひとまず抗っておこう。
「違う違う、逃げようと思っただけ。こんなことやってらんないなと思って」
「そんな衣装に着替えて、か?」
カイルに冷静に突っ込まれて、一瞬言葉を失う。
そう言えば準備万端の格好をしているのだった。
「変装よ。だって一人で乗り込むって言ったって、まさかこんな夜中にお城が空いてるわけもないじゃない」
「逃げたフリして俺たちが怒って計画中止すればいいとでも思ってたんだろ? そんで叔父さんともどっかで落ち合うつもりだったんじゃねえのか」
完全に図星を指されて平然と「違います」という顔ができる人がいたらすごいと思う。
思い切り心臓と肩が跳ねてしまった。
「俺たちを出し抜こうなんざ、三年早かったな! おら、大人しくベッドに戻って朝まで寝やがれ」
乱暴に優しいことを言って、ダーンに部屋の中に押し込まれた。
私は仕方なく再び着替えてベッドに倒れ込んだ。
作戦は失敗した。
だけど正直に言えば、すごくほっとした。
一人で敵陣に乗り込むのは、やっぱり怖いから。
やらなきゃいけないと思っていたからここまで気を張り詰めてきたけれど、それが一気に緩んでしまった。
背中を預けられる人たちがいることがどんなに嬉しいことなのか、わかってしまった。
もう一人では、敵に立ち向かえなくなってしまいそうだった。
それではこの先戦っていけない。
気を引き締めなければ、と自分を戒めながらも、私は深い眠りに落ちていった。
◇
張り詰めて眠りに就いた昨夜と違い、安心に包まれて眠ったせいか。
私はすっかり寝坊した。
「おい、起きろよユニカ。そんな無防備な寝顔さらしてっと、襲うぞコラ」
乱暴な声が耳に飛び込み、私は思い切り跳ね起きた。
「っっっは!!! 寝過ごした!! やっぱりもう一回ワンチャン抜け出そうと思ってたのに」
「んなことさせっか。お前を一人にはしねえよ」
え、なんかちょっとダーンの言ってることがかっこよさげなんですけど。
でも私は、ダーンの着ている服を上から下まで眺めて、ふ、と笑みを浮かべた。
「似合ってるわ。蛇使いの衣装。」
「うっせーーー! お前が衣装屋であんな調子こいたこと言うから俺はこんな目に!!」
「まあまあ、今日は決戦の日だもの。仲良くいきましょうよ」
「お前が言うな!!」
ダーンに思い切り頬をつねり上げられ、「いひゃひゃひゃ、いひゃいっひぇ!」と私が涙を浮かべていると、部屋の外から静かな怒声が響いた。
「おい。ダーン。お前こそ、調子に乗るなよ」
「ハイ、スイマセン、カイル先輩」
カイルは決して私の部屋には入ろうとしなかった。こちらに背を向けるようにして腕を組み、廊下の壁にもたれかかっている。
寝衣姿の私を見てはならないと気遣ってくれているのだろう。こういうところは根っからの紳士だと思う。
「ダーン。カイルを見習いなさいよね。まあ昨夜、私の部屋の真ん前で見張られてなかったのはほっとしたけど」
そこはちゃんと気遣ってくれたのだろう。どんな寝言を言っているかいびきをかいているかもわからないのに、恥ずかしくて悶絶死するところだった。どうせ最大の寝言は隣室まで聞こえていたけれど。
「それはあいつが……」
「ダーン」
言いかけた言葉を、カイルが鋭く止める。
「ユニカ。とにかく着替え終わったら食事をいただこう。俺たちは下で待っている」
「待たせてごめんなさい。ありがとう、カイル」
このときの微かな違和感に、もっと引っ掛かりを覚えるべきだった。
ううん、この時だけじゃない。
ずっと前から気づくべきところはいくつもあった。
でもそれに気づくのはいつも後になってからなのだ。
そうして気づかないまま私は、決戦の場に臨んだ。




