14.アレクの急襲
「やあ、ユニカ。最近熱心に練習してるっていうから、調子はどうかなと思って覗いてみたんだけど」
ずっと会っていなかったから、久しぶりのアレクにただただ驚き、私は思わず剣を取り落としそうになる。それを慌ててカイルが私の手ごと掴み、落下させずに済んだ。
「ごめん、ありがとうカイル」
ほっとしてカイルを見上げると、いつも硬い表情の彼がより一層固まっていた。
その顔が、一瞬にしてぐわぁっと赤くなる。
そこに不意に、後ろからつかつかと迫って来ていたアレクが、何も言わず私の剣をひょいっと取り上げた。自然とカイルの手も離れる。
「模擬刀。僕の頃と変わってないね」
そう言って重さを確かめるように持つと、いきなりトップスピードの速さで上段から剣を振り下ろした。
――ヒュッ、と空を切った切っ先は、私とカイルの間を割くように振り下ろされた。
「ははっ、やっぱり真剣よりも模擬刀の方が重いね。最近は真剣ばかりで模擬刀を持つこともなかったから、切っ先が狂いそうだよ」
そう言ってアレクは何故かカイルに、にこにことした笑みを向けた。
あれ? なんかアレクが笑ってるのに笑ってない。
幼い頃に時々こういう顔、見たことがある気がする。
そうだ、確か私が近所の悪ガキに意地悪をされていると、こんな風ににこにこ笑ったアレクがやってきて、一発でのしてくれたのだった。
いつも笑顔のアレクは平和主義者に見えるけど、その実、とても喧嘩っ早かった。
そうしていつも私を助けてくれるアレクを、物語の勇者のようだと胸をどきどきさせたものだった。
もうしないから! と言い募る悪ガキにも念押しの蹴りをお見舞いするくらい容赦のない勇者だったけど。
それに今はカイルが私に剣を教えてくれているのであって、いじめられているわけでもなんでもないのだけど、アレクの目にはどう見えたんだろうか。
「二人とも、顔が赤いよ? 少し休んだ方がいいんじゃないかな」
アレクに言われ、ずっと剣を振りっぱなしだったことに気が付く。
「そうよね。ごめんなさい、カイル。私また根を詰めてしまってたわ」
そうだった。カイルも私に教えるためいつも以上に神経と力を使っていたのだから、疲れるわけだ。こんなに顔が真っ赤になるまで練習に付き合わせてしまったことを深く反省する。
「いや、こちらこそ悪かった。……いろいろと」
カイルは疲れているのか目を合わさず、腰に下げたタオルで顔を覆うようにして汗を拭きながら、壁際のベンチに座った。項垂れるように座る姿を見ると、申し訳なくなる。
離れたカイルの代わりにアルクが歩み寄る。
「いつもこうしてクラブが終わった後も自主練してるの?」
「うん。クラブの間、カイルの練習を妨げるのが忍びないって言ったら、自主練を付き合ってくれるようになって」
「ふうん。いつも二人で?」
アレクの問いに、私は誤解されてしまったかと慌てて首を振った。
「ううん、ダーンが付き合ってくれることもあるの。カイルが用事があるときとか」
「ダーンって、ルーイ君に無理矢理試験を受けさせようとしてた子だよね。へえ、そんなに仲良くなったんだ」
アレクは何か考えるように「ふうん」と繰り返した後、「さっきの剣の振りだけど……」と私の背後に回った。
模擬刀を私に持たせ、後ろから私の手に手を重ね、カイルがしていたように上段の構えから一緒に振り下ろして見せた。
めちゃくちゃ汗をかいているのに密着しているのが物凄く恥ずかしく、逃げ出したくなる。
「実戦の場合はなおさら、こうして切っ先まで意識を渡らせないと」
耳元で放たれたアレクの声が、耳から入り込み体の奥まで響く。
ぞわり、と私の肌が粟立ち、全身が一瞬で沸騰する。
「アレ、アレク、ちょっ……」
はわはわと口をパクパクさせるしかできない私の耳元で、アレクがふふっと笑った。
吐息が耳に吹きかかり、私は全身の血が顔に集まりすぎて意識を失いそうになった。
「油断しちゃだめだよ。ね?」
ダメ押しのような吐息交じりのその声に、私はくにゃりと足の力を失った。
私がへたりこむと、アレクは私の眼前にしゃがみこんで楽しそうに笑った。
「はははっ。ユニカどうしたの? カイルと練習してたときは大丈夫だったじゃない。そんなに疲れちゃった?」
アレクがにこにことして言う。
絶対わかっててやってるに違いない。
私は体中で最も熱を持った右耳を抑えたまま、ただひたすらに困惑の目を向けた。
けど、ふと思う。アレクは一体、どこから見てたんだろう。
ずっと見てた? 私が困っていることにも気付いてたんじゃないだろうか。
わかってたんなら、もっと早く声をかけてくれたらよかったのに!
アレクに抗議するように、きっ、と視線を向けた。
でもたぶん、顔も真っ赤だから何の威力もない。
「はははははっ」
やっぱりアレクは楽しそうに笑い、何も言えずにへたり込む私をただひたすらにこにこと見ていた。
本当にアレクは、意地悪だ。
私が顔が真っ赤なまま、むーっと悔しそうに唇を引き結んでいるのに気が付いたのか、アレクはかわいらしく小首を傾げて言った。
「何か僕に隠し事をしてるでしょう。だからちょっとお仕置き」
はっとして、私はアレクの顔を見つめた。
私が何かを言い出すのを待つように、アレクがじっと私を見る。
けれど私は口を開けない。
しばしの沈黙が流れた後、アレクは静かな笑みを浮かべ立ち上がった。
「忘れないでね。ユニカは僕にとって大切な幼馴染なんだってこと」
そう言って、アレクは道場を退出していった。
幼馴染なんて、厄介だ。
アレクにとっての一番ではないのに、大切に思ってくれていることはわかってしまう。
だから望みを絶ち切れない。
決意が鈍りそうだ。
私は唇を噛みしめ、しばらく床にへたり込んだまま、アレクの消えて行った扉を見つめていた。
そんな私をカイルも、ぼんやりと眺めていた。
◇
毎日鍛えていても、そんなに目に見えてムキムキになることはなかった。
女の体であるのをこれほどもどかしいと思ったことはない。
かくして、ギスモーダ国へ旅立つ前日。
私は最後の封印を解くため、剣技クラブの稽古場に聖剣を携え立っていた。
フリードリヒとカイル、それからルーイとダーンに見守られながら、私は聖剣の鞘を抜いた。
そして全神経に意識を張り巡らせ、『華』を舞う。
緩やかに、そして時に鋭く。聖剣の重さは普段練習に用いていたものよりも重かったが、それでも体は剣に振り回されることなく、ついてきてくれた。
日頃の練習の成果が発揮されたと言っていい。
私は集中を切らさずに最後まで『華』を舞い終え、フリードリヒに教えられた言葉を唱えながら祈った。
「アレクが死んだらマジでこの世界ぶっこわす!」




