10.どうしてもアレクルートにならない理由
家に着き、今日あったことを順にイリーナに話した。
フリードリヒと話したこと、聖剣の乙女か確認するため舞踏会に参加すると承諾したことを話すと、イリーナに物凄い剣幕で「大バカ者!」と怒られた。
怯みながらも今日のことを一通り話し終えると、イリーナはソファに深く沈み込み、考え込んでしまった。
「結論から言うと、その舞踏会であなたは聖剣を抜くわ。そして戦に出て、魔を打ち払い、聖剣の乙女として崇められフリードリヒと結婚するのがメインストーリーのハッピーエンド」
「聖剣の乙女とか、なんでそんな大事な仕事のこと話してくれなかったの? 滅茶苦茶驚いたんですけど。『ふぁ』とか言ったわ、王子の前で」
「もうそのルートはないと思ってたのよ。本当は、剣技の試験で見事な『華』を披露することによって起きることだったから。でも実際は違う形を選んだことで試験会場でユニカが聖剣の乙女なんじゃないかとフリードリヒが騒ぎ出すこともなかったし、その場で検証とお披露目のための舞踏会の開催が決められることもなかったし。起きるはずのイベントがあったって言ってたのはこのこと。でもタイミングが変わってもやっぱり大きな流れは変わらないのね……」
イリーナが考え込むように視線を落とした。
私も気になっていた。
確かイリーナは先日、辿るストーリーや選ぶ相手によって結末が変わると言っていた。
本筋から外れたようでも結局メインストーリーに寄って行ってしまっている現状で、元々存在しなかったアレクルートはどうしたら切り開かれるのだろうか。
それに先程イリーナは「メインストーリーのハッピーエンド」と言っていたが、他のストーリーはどうなっているのだろうか。
「ねえ、バッドエンドってどんなの?」
「誰からの好感度も一定以上に上がらず、誰とも恋愛に発展しないと、祓うつもりが逆に魔に取り憑かれるの。それでフリードリヒに物理的に一刀両断されて終わり。まあ、世界的にはいずれにしてもハッピーエンドだけど」
「エグイわね」
私一人の損失など世界の幸せには何ら影響しないのだという事実を突きつけるイリーナが。
「それくらいのペナルティを用意しとかないと、プレイヤーの張り合いがないからじゃない? 全員の好感度を上げようとして結果として一つも規定値に達しないってことがあるから」
しかし、それを聞くと不安になった。
「アレクが傷つかなくて済むなら私が戦いに出るつもりだったけど、聖剣の乙女になっちゃったらフリードリヒエンドしかなくなるってこと?」
「そういうわけじゃないわ。確かにそれでフリードリヒエンドのフラグは立つんだけど、他に親密度が規定値に達していて、かつフラグが立ってる人がいれば、戦が終わった後にその中から一人をダンスパーティの相手として選べて、その人と結ばれるエンディングになるの」
「ダンスパーティって、卒業式後の……? じゃあそこに、アレクを連れて行けばいいのね。でも学園の卒業式なのに、どうやって……父兄として? いやそれなんか複雑だし」
私がそうやって一人ぶつぶつと考えこんでいると、イリーナがじっと黙って言葉を発さないことに気が付いた。
どうしたのかと顔を上げると、何とも言えない顔をしてこちらを見ていた。
「何、イリーナ」
その顔、不穏なんでやめてほしいんですけど。
「うん……。あのさ。そのダンスパーティ、どうやってもアレクは来られないのよ」
あ、聞きたくない。
咄嗟にそう思ったが、イリーナは間髪入れずに続けた。
「アレク、その戦いで聖剣の乙女守って死ぬから」
私の心は、今ここで一度死んだ。
けれど、恐るべき速さで回復し、再び立ち上がった。
「そんな世界なら、ぶっこわーーーーーす!!!」
私はトップギアでぶち切れた。
そんな世界、神が許してもこの世界に生きる私が許せるものか。
ゲームに必要なのは盛り上がりと飽きない展開、つまりは面白さだとイリーナは言っていた。
この世界を創ったどこかの神には、そこに生きる人たちがどれだけひたむきに生きているかなんて見てもいないんだろう。
だけどここでは、アレクだけじゃなく、みんなが色々な気持ちを抱えて懸命に生きている。今の私にはそれがよくわかる。
「無理矢理に戦を起こして、人が死んでお涙頂戴で盛り上がるのがゲームだって考えならそんな世界はクソくらえよ!」
苗佳や暖人にとってここはゲームの世界で都合よく作られたものでも、ここに生きる私たちにとっては現実だ。
悔しかった。私は今まで、抗おうとしていてもゲームの枠の中に見事に嵌って生きてきたのだと思い知ったから。
これまで私は、執拗な意地悪にも優しく助けられてきた。それはここがゲームの世界で、私がヒロインだから。
だけどヒロインだから、必然として劇的な起伏のあるストーリーに巻き込まれる。
そのことをよく自覚しておくべきだった。
アレクには既に婚約者がいて、ヒロインである私とは結ばれない完全な脇役なのに、わざわざ戦に行くという設定が用意されているのは何のためか。ゲームや物語の世界には脇役のどうでもいい話なんて出てこない。
必然だとしたらそれらは全て伏線である。
アレクの死は、終盤に向けて話を盛り上げるべく組み込まれたものなのだ。
この悔しさをどこに向ければいいのか。
私はどこの誰にかもわからない、ただ天井に向かって声を張り上げ、きっ、ときつく天井を睨んだ。
「ストーリーのために人を殺すんじゃないわよ。人の命を弄ぶな。そんなやりつくされた安易なストーリーのどこが面白いっていうのか、ここに降りてきて小一時間で説明しなさいよ! それができないんなら黙って見てなさい。アレクが死ななくたって、面白くして見せるから」
だから。
お願いだから面白さのためなんかで、アレクの命を奪ってしまわないで。
私はいつの間にか零れ落ちていた涙をぐいっと拭うと、ひたすらに考えた。
どうしたらアレクが死ななくて済むのか。
アレクだけじゃない。私が前線に出れば守ろうとして兵士たちの犠牲も増える。
そもそも誰も望んでいない戦で多くの兵士たちが傷つき命を失くしている。戦をこのままにしておくこともできない。
現実を変えるのは神じゃない。
自分だ。
今の時点で未来に起きうることを知れたのだから、それをアドバンテージだと思おう。
考えなくてはならない。
私は少しずつ冷静さを取り戻すと、イリーナと再び作戦会議を始めた。
アレクと結ばれるためじゃない。
アレクも、誰も望んでいない戦に向かう兵士たちも、命を落とさずに済む方法を考えるために。
◇
今考えられる限りのことを話し尽くし、イリーナを見送るため部屋の扉を開けると、いつかと同じように紙が落ちていた。
『わかった』
その紙には、ただそれだけが書かれていた。
私はそれをくしゃりと握りつぶし、心と体に固く誓った。
『誰かの勝手で簡単に命を奪われる世界』なんて、ぶっ壊してやる。
私の命は私のもの。アレクの命はアレクのもの。
私はそんな世界に生きたいから。




