表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/31

8.人を知らずに語る権利はない

 翌日の昼休みに図書室で、同じく当番になったルーイに、私は直球で訊ねた。


「何故試験を受けたがらなかったの?」


 今更そんな話題をぶり返したからだろうか。ルーイはわずかに驚き、強張った顔を見せたが、ふいと視線を逸らして言った。


「言ったじゃない。どうせ受けても受けなくても、評価は変わらないからだよ」


 そう言いながら、ルーイは薬指に嵌めた指輪を手で弄んだ。


「その指輪、細工がとても細かいわよね。でも、よく違うものをつけてる気がするけど。たくさん持っているの?」

「僕が作ったんだ。だから家にもたくさんある」

「ルーイが? こんな見事な細工、職人みたい」


 私が驚いて目を瞠ると、ルーイは照れたように笑った。


「ありがとう。誰にも言ったことなかったから、客観的な評価を聞いたことがなくて。すごく嬉しい」

「誰かに師事してるの?」

「ううん。独学だよ。本と、時々工房にお邪魔させてもらって、あとは見様見真似」


 その言葉に、自分自身と重ねてしまった。

 ルーイが師事せずに独学でこれほどまでに細やかな細工ができるまでになったのは、私と同じ、やりたかったから、だろう。

 だけど私たちは貴族だ。

 職人にはなれない。

 私が呑み込んだ言葉がわかったのだろう。ルーイは苦笑しながら、指輪を外して透かし見た。


「貴族なんかより、職人としてこうして細工物を彫っていたかった。けど仕方がないことだよね」


 私はルーイとは違って、剣はただの趣味で、兵士になりたいわけじゃない。

 それでも、少しはルーイの望む道に進めなかったやるせなさはくみ取れる。

 私はルーイの華奢ながらも皮の固くなった指を見つめた。


「試験を受けたくなかったのは、その手を傷つけたくなかったからなのね?」


 そう訊くと、ルーイは情けなさそうに苦笑した。


「そんなのは言い訳だよ。傷つかないほどに強くなればいいんだから。それに、定められた試験を受けないのはやっぱり不公平だと思う。単に臆病なだけなんだよ」

「女でも指が大事な人でも、体力が必要で傷つく可能性がある試験を受けることが公平なのか、私にはわからない。そんな曖昧なものの上に立つ公平なんて、そんなに大事かしら」


 私の言葉に、指輪を掲げ片目を細めるように見ていたルーイが「え?」と振り向いた。


「私はダーンが『不公平』という言葉を振りかざしたことに対して腹を立てて乗っただけで、公平を期そうと思って試験を受けたわけじゃない。そもそもダーンが決めた不公平に裁かれる必要なんてある? 本当の公平なんて誰が語れるの? 仮にその公平を破っても(とが)を受けるのは自分自身よ。だったら私はそれも併せ呑んで、私は私の思うように生きたい」


 そう言ってルーイを見ると、ぽかんとしたように私の顔を見ていた。

 それから、何かが溶け出したように徐々に笑い出した。


「は……、ははっ。そうだね。そんな言葉に振り回されなきゃいいんだよね。ユニカは格好いいよ。試験で披露した『鷹』も恰好よかった。その後、非力な人たちの代弁者を演じきったのも、格好よかった。誰かの評価に振り回されずに凛として立つユニカが、本当にまぶしかったよ」

「それは違うわ。あの試験結果は、ものすごく悔しかった。あの後一人で何度も『鷹』と『華』を繰り返し練習したのよ。精一杯やっても『二』っていう評価に、悔しくて悔しくて、それはもう物凄く泣いたのよ」

「ええ? そうだったの? 試験結果が張り出された時は、とてもそうは見えなかった。僕は何もできず、ユニカ一人を矢面に立たせて、ただただ情けないって思うばかりで」

「それは違うわ。私が我慢しきれなくて勝手に喧嘩を買っただけ。ダーンも戸惑ってたじゃない。完全に『そんなつもりじゃなかった』って顔してたわよ」


 そう言うと、ルーイは腹の底から大笑いした。


「あっはっは! 本当にそうだったね! ユニカが試験を受けるって言ったら、すごく困ってたよね! あっはっはっはっは! あー、おかしい。まさか誰も令嬢が代わりに試験を受けるって言い出すとは思わないよ。しかもすごい腕前だし」

「ありがとう、誉め言葉として受け取っておくわ」

「もちろん褒めてるんだよ! いいなあ。僕もそんな格好いいユニカの隣に胸を張っていられるようになりたい。頑張るよ」


 ルーイはそう言って、わずかに頬を染めた。

 失った後輩からの信頼は取り戻せたようだ。ほっとしてほほ笑むと、ルーイはさらに顔を赤く染めた。

 ん?

 ルーイは私と目が合うと、ぱっと顔を逸らし「そう言えば!」と声を上げた。


「ええと、ダーンのことだけど。彼にもいろいろと理由があったと思うんだ。僕から勝手に話すことはできないから、できたらダーンとも一度ちゃんと話してほしいな。たぶんダーンは、僕のためを思ってしてくれたことなんだ。とても不器用だけど、悪い人じゃないから」


 慌てて話をすり替えるように出てきたダーンの名前に、私はうーんと唸ってから、頷いて請け負った。


「そうね。試験の後はまだ話していないし。ダーンがちょっと困ってたのは私もわかってるから、ちゃんと話してみる」


 そう言うと、ルーイはほっとしたように肩を下ろした。


     ◇


 剣技の授業は、実力ごとのクラスで実施される。そこに学年は関係なく、前回の成績に応じてクラスが分けられる。

 その間令嬢たちは、その様子を見学するか、手芸をするか選択することができる。

 私は勿論見学。直接教わることはできなくても練習方法を学べるし、見ているだけでも楽しい。

 今日私が見ていたクラスにはたまたまダーンがいて、授業が終わった後、教室に戻ろうとしたところに後ろから声をかけられた。


「おい、ユニカ」


 そんな横柄な呼びかけにも、ルーイとアレクの言葉があったから、私は素直に足を止めた。

 そのまま歩き去ると思っていたのか、振り返った私をダーンは意外そうに目を丸めて見つめた。


「何?」

「あ、いや。この間の試験のこと。悪かったなと思って」

「何故謝るの?」

「いや……。まさか本当に受けると思わなかったし。見せしめにするつもりじゃなかったんだ」

「ルーイならよかったの?」


 試験に出たのがルーイから私に代わっただけだ。ダーンがやろうとしていたことは変わらない。


「俺、病気で一年入学が遅れたんだよ」


 いきなり何の話だろうか、と思ったが素直に驚いた。

 学年は一つ下でも私とは同い年ということか。

 だが、それと試験のことがどうつながるのかいまいちよくわからない。

 私の怪訝そうな目に気が付いたのだろう。ダーンが慌てて続けた。


「ずっと病気してたからさ。体も弱くて、剣技も苦手だった。だけど、やっていくうちにだんだん面白くなって。面白くなると、成績もどんどん上がっていってさ。楽しかったんだ。だから、ルーイも逃げずに向き合ってみたらいいと思っただけだったんだよ。本当は女までやるべきだとかそこまで思ってたわけじゃなかったんだ」


 売り言葉に買い言葉、ということだったのだろう。引っ込みがつかなかったのかもしれない。


「だけど、実際に女が剣を振るうっていうのがあそこまで厳しいものだとは思ってなかった。相当練習積んでるんだろ? ユニカが手を抜いてなかったのは俺でもわかった。正直、すごいと思った。だけどそれは、あの時周りで試験結果を見てた男たちと同じで『女なのにここまでできるのはすごい』ってのもあったんだよ。だけど先生が公平に評価したら、『二』になる。本当、公平ってなんだろうなって思ったよ」


 あんなに悪態をついていたダーンが、まさかこんな思慮深いことを言い出すとは思ってもいなかった。

 完全に通りすがりの単なるモブで私の人生とは一瞬の関わりしかない人だと思っていたから、よくよくその背景や思考まで思いやろうともしていなかった。

 ルーイが言っていたことがわかった気がした。


「とにかく、ルーイに試験を受けさせるのを無理強いしようとしたことも、あんたに試験を受けさせたことも、やりすぎたと思ってる。俺の勝手な思いを押し付けるのは違ってた。ごめん」


 どうしよう。話してみたらこんなに素直な奴だったとは。ちょっとかわいいではないか。

 口も態度も悪かったから、完全に誤解していた。


「いえ、私も短気でごめんなさい」


 どう反応していいのかわからず端的に答えると、ダーンは「ぶっは!!」と吹き出した。そして腹を抱えて笑い出す。

 やっぱり失礼な奴であることに変わりはなかった。


「た、たしかに……! あっという間にトップスピードでキレんのな! あれは参ったわ、収拾つかなくてどうしようかと思ったよ、本当に」


 涙を流しながらひぃひぃと笑うので、私はそっと彼を置いて行こうと歩みを再開した。


「ちょちょ、待って! なあ、あんた。剣技が好きなら、クラブに入ればいいんじゃないか。間に合ってんならいいけど」


 涙を拭いながら言われたその言葉に、私は足を止めた。


「クラブ? 剣技クラブなんてあるの?」


 もしかしたら、そこでなら先生に教えてもらうこともできるのだろうか。


「おお、俺も、カイル先輩も入ってるよ。顧問はクルーグ先生」


 そう言えば、アレクもこの学園ではクルーグ先生に教わっていたと聞いた。

 家の庭で一人素振りをするよりもいい。

 けれど、令嬢がそのようなクラブに入ることで悪目立ちするのも考え物だった。


「お誘いありがとう。ちょっと考えてみるわ」

「おう! あんたが入ってきたら俺も楽しいしな! 待ってるぜ」


 これは、慕ってくれる後輩が増えたと取っていいのだろうか。

 新たな挑戦状……というわけではなさそうだ。




 事実として、それ以来私の周囲に来る人が増えた。

 何故か廊下を歩いていたり、帰ろうとしたりすると、ルーイ、ダーン、カイルなどなどに声をかけられたり、それから相変わらずのイリーナの取り巻き(もはやイリーナ本人がいなくても来る)に囲まれたり、何故かそれ以外の、しかも学年が下の令嬢たちまでやっかんでくることが増え、授業に遅刻することが増えた。

 学園生活ってこんなに忙しかったっけ?

 とりあえず今私の成績優秀者という呼称は危機に瀕していることは間違いない。


 それから、ルーイとダーンと話したこの後、フリードリヒとも話すことになったのだが、それが私の生活を一変させたのも確かだ。

 フリードリヒとは色々と相談もする仲になったし、何よりそれまでの価値観も、立ち向かうべきものも変えてしまったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ