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7.アレクルートは解放されたんじゃなかったんですか!

「いい? お互いに気を付けないといけないことがあるわ。それは、私が悪役令嬢を全うできること。ユニカがヒロインのままでいられること」


 最初にイリーナと私の家の応接室で話したその日。

 そろそろお時間です、と外から声がかけられて、次に用事が控えているらしいイリーナは慌てて私に言い置いた。


「えー。制約多いし、私ヒロインじゃない方がいい。イリーナがヒロインやってよ」


 イリーナは卒業までじっと我慢して逃げ得を狙っているだけで、明らかに負荷が軽い気がする。私もそっちの方がいい。だってどうせアレクはしばらく国境の戦線に行ってしまうし、その間我慢すればいいだけだ。

 しかしイリーナは、身支度をしながらも真剣な顔を崩さなかった。


「これはあなたのためなのよ。私が悪役令嬢のままなら、どんな最後を迎えるかは把握できてるわ。でもあなたが『元ヒロイン』になってしまったら、壮絶な『ざまあ』が待っているのよ」

「別にそれもイリーナみたいに卒業まで待てばいいんでしょ?」


 軽くそう訊ねたことを後悔した。

 イリーナは私をじっと見たまま、重く首を振る。


「いいえ。負け犬に降格した『元ヒロイン』は、人々にスカッとした気持ちを与えるためにこれでもかと無様な末路を辿るの。そして最も大事なことは、確かに私は晴れてフリードリヒとは婚約破棄するけど、今度はあなたがフリードリヒと婚約することになるのが王道よ。それも大抵王子は腐ってる。フリードリヒが実際どうかは私はよく知らないけど。あまり関わってこなかったから」


 イリーナの言葉は途中までしか聞こえていなかった。


「は――? それじゃアレクと結ばれないじゃない。……やっぱり世界をぶっこわ」


 再びいきり立った私を、イリーナは慌てて押しとどめた。


「待って待って待って! だから! 協力してユニカがヒロインのまま、周囲が面白いと思うような恋愛展開を盛り上げていきましょうって言ってるのよ」


 そうだった。

 つい先程の誓いを忘れるところだった。

 イリーナはもう一度念を押すように、ゆっくりと言って聞かせた。


「いいわね? 私も協力するから、決して短気を起こさないでね。アレクが何を考えているのかも、ちょっと気になるし……。とにかく、続きはまた改めて話しましょう。学校だといろいろ差し支えるから、またこちらにお邪魔させてもらうわ」


 そう言ってイリーナが去った後、私は今日得た情報を頭の中で整理していき、一つの楽観的結論を見出した。

 だから次の日、私は早速アレクに会いに行ったのだ。

 けれどすぐに、そのことを後悔した。


     ◇


「私、アレクが好き」


 突然訪ねてきて突然告げた私に、アレクは「いきなりどうしたの?」と思い切り首を傾げた。

 それでも向かいのソファに座るよう勧めてくれるところに大人の余裕が感じられる。


 これまでは私がどんなにアレクを好きと言っても届かなかった。けれど、自由にやってみろというお告げをいただいたに等しい今、アレクルートは解放されているはずで、今度こそ私の思いは届くはずだ。

 そんな打算を持ってやってきたわけだけれど、何故かアレクは以前と変わらぬ様子で、にこっと笑ってこう告げた。


「ユニカ、ありがとう。僕も大好きだよ。僕のかわいい幼馴染」


 あれ? おかしい。

 これでは五歳の時、十歳の時、十二歳、十三歳、十四歳と想いを告げてきた時と何ら変わらない。

 十六歳と大人になった私の告白は威力も違うはずなのに。

 色気も本気度も増し増しなのに、何故アレクにだけは響かないんだろうか。

 アレクルートは解放されたんじゃなかったのか?!


「違うの、そうじゃないの。私、アレクのお嫁さんになりたいの」


 ここで五歳の時と同じ返答で終わったらもう立ち直れなくなる。

 ルート解放頼みで無策で突撃した私は、本気なのだと必死に言葉を重ねた。


 優しいけれど、私が間違っているときにはきちんと伝えてくれるアレク。

 アレクはいつも私を見守ってくれていた。私ばかりがいつもアレクに優しく守られてきた。

 けれど私は、アレクの傍にいて、アレクを支えられるようになりたい。だから、隣にいられる権利が欲しかった。


 だって、いつもアレクは、笑顔の裏で一人何かを抱え込んでいるように見えた。時々アメジストの瞳が、悲しそうに細められることを私は知っていた。

 婚約者がいるのに、彼女はそんなアレクを支えてはくれない。

 だから私が、そんな悩みも打ち明けてもらえるくらい、頼れる人になりたい。

 助けられるばかりじゃなく、アレクと一緒に悩める人になりたい。

 アレクが国境の戦線から無事で帰ってきたいと思うような、居場所になりたかった。


 だけどアレクは、私の本気の告白に変わらぬ笑顔で笑った。


「あはは。ユニカがお嫁さんだったら毎日楽しいだろうなあ。もしかして、僕の婚約者のことで何か噂でも聞いた? 僕を慰めようとしてくれてるなら、気にしなくていいよ。どうせ親の決めた結婚だし、お互い自由にしようと決めているから」


 ……その話は聞いていない。

 婚約者が一体何をしたというのか詳しく教えてほしい。そしてそこにつけ込みたい。

 けれど今はそれどころではない。

 そもそも私は相手にされていないのだから。


「そうじゃないわ! 私は小さい頃からずっとアレクだけが好きなの」


 そう言うと、アレクは困ったように首を傾げた。


「ありがとう。でもそれは、生まれたての雛が傍にいた動くものを親だと思い込むのと同じことで、傍に年の近い男が僕しかいなかったからじゃないのかな? だってユニカは男の子を近づけようとしなかったし、友人になろうと努力はしているけど、恋とかそういう風に考えたことはないでしょ?」


 それは当たり前だ。ずっとアレクしか見てこなかったんだから。でもそれが、アレクだけを好きだということにはならないのだろうか。

 私は返答に困った。


「だって、周りにいるのなんて、婚約者のこともちゃんと見ていないような王子(ボンボン)とか、剣のことしか頭にない脳筋とか、守ってあげたいけど後輩の域をでないしかも先日ドン引きされたかわいい後輩とか、あとは馬鹿ばっかりだもの。恋なんてするわけがないわ」

「そうなの? でもそれはユニカがまだその人のことをよく見ていないだけなんじゃないのかな。昨日話してくれたルーイ君はどうして試験を受けたがらなかったんだろうね? ダーン君はどうして無理矢理試験を受けさせようとしてたんだろうね?」


 それは確かに気になってはいたことだった。

 けれど、私はいつも前に進むのに忙しくて、振り返ることがほとんどなかった。

 アレクはいつもの笑みは収め、私を真っ直ぐに見ていた。


「ユニカの周りには、ユニカを見ている人はたくさんいる。ユニカも周りの人をよく見て、よく考えてみて」

「わかった……」


 これ以上言い募るのは子供が癇癪を起すのと同じだ。だから、頷くしかなかった。

 アレクもほっとしたことだろう。でも、私が落ち込み俯いていた顔を上げると、その顔は何故か少しも嬉しそうじゃなかった。

 それが気にかかったけど、結局私はそれ以上何も言うことができず、ソファから立ち上がった。

 すると何故か、アレクがその腕を引き留めるようにぱっと掴んだ。

 驚いて振り返ると、アレクもまた自分の行動が信じられないように驚いた顔をしていた。


「アレク……?」


 私の声に、アレクははっとして手を離した。


「あ。いや……、ごめん、何でもない。気を付けて帰るんだよ」


 そう言ったアレクはいつものように、にっこりと笑顔を浮かべた。けれど、アメジストの瞳は揺れていた。

 私は背中にアレクの視線を感じながらも、問いかけることもできないまま、部屋を出た。 


     ◇


「ねえ~~、なんでえ~~?! 『それならいいよ』って書いてたじゃ~ん! アレクルートは解放されたんじゃなかったのおぉ?」


 今日も作戦会議のためにやってきたイリーナに、あっけなく玉砕した私はぴえんと泣きつくはめになった。


「お馬鹿。なんであなたってそう、突っ走るの?! そもそも、もう困らせないってアレクに約束してたんじゃなかった?」

「そうだけど、それはアレクルートが存在しなかったせいで、今なら拒まれないと思ったのよ!」


 だけど言われてみれば、いつものように「困っている」という感じはなかった気がする。

 今日のは、恋など知らぬ者の言葉に信ぴょう性などない、という話だったような。

 ということは、一歩進んでるのだろうか。これまでは門前払い状態だったが、「出直してこい」というところまでは来ているのではないだろうか。

 しかしイリーナは呆れたように言い募った。


「本当優等生のあなたのこんな姿、信じられないわ……。いい? 今のままで『好き!』って言って『俺もだ!』って返ってきたらそれで終わりじゃないのよ! それこそ元ヒロインの負け犬降格決定するところだったわ。アレクに感謝するのね」

「だってええー」


 イリーナには、いろんな男子生徒とそれっぽいイベントをこなして盛り上げておけと言われていたのだ。

 だが私は、アレクに対して駆け引きのようなことをしたくはなかった。

 好きなのはアレクだけなのに、アレクに誤解させるような行動はとりたくなかったし、その気もないのに周囲に気を持たせるようなことをしても誰が得をするというのか。


 そもそも何故これまで世界が私に優しく、フリードリヒが気にかけてくれていたのか謎だったが、昨日のイリーナの話で私がヒロインだったからだとわかった。しかしいまやヒロインの座も危うい状況で、特に容姿が優れているわけでも人格的に優れているわけでもないただの私が、どうモテモテになれというのか。

 ちなみに、周囲にあまりいない甘いピンク色の髪の毛は女の子が好きな主人公のビジュアルらしいし、顔がそこまで綺麗でもかわいいわけでもないのは、度が過ぎると同性に支持されないからだそうだ。

 だから私がヒロインなのか、ヒロインだからこうなのかは置いておくとして、家族から浮いており不倫の子と疑われたり、異性からのモテ要素とはかけ離れていたり、とかくデメリットしかない。そんな私がどう戦えというのか。

 だがそれを言ったところで始まらない。

 自分に魅力がないのは自分のせいである。アレクが振り向いてくれないのも、世界のせいでも婚約者のせいでもない。


「……アレクにも言われちゃったし、ちゃんと他の男子とも向き合ってみる」


 とりあえず今できることはそれしかない。


「負け犬エンドが嫌なら気合入れなさい」

「はい……」


 まずは、ダーンと、ルーイと、フリードリヒ殿下。

 自分の思考から顔を上げると、イリーナは何とも言えない顔をしていた。


「でも、アレクが私と同じようなことを言ったっていうのがやっぱり、気になるのよね……。でもたぶん簡単には尻尾を出さないでしょうし、しばらくはユニカを泳がせるしかないかな」

「イリーナ……。私、時々イリーナが怖い」


 冷徹な策士の顔が見え隠れする時がある。

 彼女はいつでも私を切って捨てるだろうと思えた。

 本当に彼女に呆れられないうちに、私もそれなりの戦果をあげねばならない。


「とにかく私、やってみます!」


 そう宣言して、次の日図書委員の当番だった私は、まずルーイと会話を試みることにした。

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