幕間.悪役令嬢とヒロイン
読んでも読まなくてもストーリー上差し障りのないお話です。
息抜きにどうぞ。
「フフフ……ホホホ。あなたのような下等種族が私に楯突こうなど、百億光年早いのよ」
うん? 何か笑い方も言ってることも変。
「さあ、ザーボn……いえ、サザリアさん、ドドリ……いえ、トードリアさん、やっておしまいなさい!」
頭で思ってる人、絶対違う人だよね。
っていうか、イリーナの悪役令嬢のイメージってなんだろう。
なんかこう、笑い方も妙に気持ち悪いし、今までの何もせず後ろで黙って扇を閉じたり開いたりしてた時の方が悪役感が強かった。
私達はゲームを盛り上げるべく、悪役令嬢っぽく、ヒロインっぽく立ち回ろうということになったのだけど。
取り巻き令嬢たちは突然のイリーナの変貌ぶりに戸惑っていた。
そりゃそうだよね。
私もちょっとついていけなかった。
下手か。
棒か。
しかもそれ絶対悪役令嬢じゃないって私でもわかる。
たぶんなんか、ヒーローものとか、戦ったりするのがメインの奴だよ。真性の敵だよ。精神戦じゃなくて肉弾戦なんだよ。
だけどややして取り巻き達がはっとして目的を思い出してくれた。
私に向かってつかつかと歩み寄り始めたけれど、攻撃が開始されることはなかった。
「イリーナ……? ユニカ……? 二人とも、大丈夫?」
いつもならもっと決定的に手を出すまで陰で黙って見ている殿下が、黙っていられなかったというようにそっと姿を現したからだ。
ただ、助けようという意気揚々としたものよりも、何が起きてるのかという戸惑い成分が大きいように見えた。
取り巻き達は「きゃっ、殿下! 私達はまだ何もしておりませんわ!」と言って蜘蛛の子を散らすように去って行ってしまった。
その場に取り残された私達は、謎の沈黙の三角形を形成していた。
解散する機会を逃した我々は、しばらくただひたすらに、綺麗な正三角形を描いていた。
◇
「明らかに失敗ね」
「ねえイリーナ、あれどういうことだったの? イリーナの中の悪役令嬢って、あんな感じなの?」
「ち、違うのよ。苗佳は乙女ゲームなんてロクにやったことがなくて。あんまり知らないのよ、どういう風に振る舞えばいいかなんて。歳の離れた兄の影響でテレビではいつも少年向けアニメばっかり見せられてたし」
テレビとか、アニメとか、また知らない単語がたくさん出てくるけれど、要はわからないながらも探り探りやった結果があれだということなのだろう。
「うーん。私もよく知らないけどさあ。舞踏会とかでよく見る嫌味なご令嬢って、こんな感じよね」
そう言って前置きすると、私は軽く咳払いした後、キリッとイリーナに顔を向けた。
「ホーホッホッホッホ! 今日も小虫が陽気に戯れてるわあ」
頬に添えていた手を下ろして、こんな感じ? とイリーナを見れば、頷きがたいような苦々しい顔で、「まあ、うん、じゃあ明日はそんな感じでやってみる……」と渋々頷いた。
◇
「ホホーッホッホッホッホァ!! 陽気な子猫が今日も戯れにこの学園を荒らしに来たようね!」
育ちのよさなのか、単に虫嫌いなのか、小虫という言葉は回避したようだ。
けれど微妙に貶してるのかほほえましく見てるのかわかりにくい。
「まああなたは走っては転び、走っては転びの不器用な方ですから? すぐに失敗されるのも理解できますが、今回の失敗はいただけないのではなくて?」
「な、なんのことですか?」
本当にわからなくて、演技交じりに訊ねる。
だが棒だ。
二人とも棒だ。
やってみてわかったが、二人とも決定的に演技力がない。
意地悪のセンスもない。
探り探りなのが周囲にもバレバレなような、微妙な間が随所に空く。
「ええと、あれよ、ほら。そぉんなこともわからないなんて、頭が足りないんじゃなくって?」
「そうかもしれません。ですので、はっきり仰っていただけませんか?」
ちょっと面白くなって突っつけば、イリーナが明らかにイラっとしたように眉をぴくりとさせた。
「そうね。それでは遠慮なく言わせていただきますわ。まずあなたは猪突猛進で留まるところを知りませんし、加減というものを知りません。それから不器用も極まれりというほどにあれこれ思案するのが苦手で、どうしてそうなるの? というような結論ばかり連れてきてしまいます。私は本当に何故こんな考えに至るのかしらと常々首を傾げなければならないことばかりで」
「ちょっと! それ、思いっきり本心じゃないのよ!」
思わず叫んでしまった。
「あぁら、本当のことだから言ってるのですわー? 嘘の言葉であなたを痛めつけるなんて、それでは私がただの虚言壁のようではないの。あなたに非があるからこそ、私はあなたにこの学園はふさわしくないと教えてあげているのですよ」
あまりに本当のことすぎて、苛々が止められない。グッサグサに刺さる。
「だからってねえ! 本当のことだからって言っていいとは」
「ユニカ……? 今日は随分と、その――元気だね?」
背後から声をかけられ、はっとして振り返れば殿下の姿があった。
その目には明らかに戸惑いが浮かんでおり、ヒロインとして間違えたのだということを悟る。
そんな腫れ物を触るような目で見られるヒロインなんて、モッテモテにはならない。すなわちゲーム展開が盛り上がらない。
何が違っていた? どうすればよかった?
わからない。
今日も反省会だ――。
私とイリーナは消化試合のように力のない言葉を投げ合い、地味に喧嘩別れをするようにしてその場を収束させた。
また沈黙の三角形を形成するのだけは嫌だったから。




