表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/12

第2話

 魔王討伐の旅の出立は、三日後に決まった。

 国内出張は三日前告知という規定通りの辞令だ。こんな時くらいもう少し融通を利かせてほしい。

 今回の出張(笑)の同行者は他の部署から選ばれるそうなので、当日落ち合ってくれと言われた。

 命がけの旅の仲間なのに何というぞんざいさだ。

 とはいえ、一人で向かうことになるのかと思っていたので少し安心した。


 旅立ちの日まで通常業務は免除されたので、魔王について調べることにした。

 王宮の図書館へ足を運び、レファレンスを頼む。

 職員の女性は僕を利かん気の子供でも見るような目で見ながら、優しい声で、ありませんよ、と答えた。

「絵本や童話の本ならありますが」

「いや、そういうのではなく、専門書や論文の類は」

「ありません」

「……一冊も?」

「一冊も、です」

「何故ですか?」

 食い下がって聞けば、その女性が眉をしかめて奥に引っ込み、代わりにだいぶ歳のいった魔女みたいな老婆が杖をつきながら出てきた。

 何百年か生きていそうだった。

「魔王について知りたいのかね、お若いの」

「……はあ、まあ」

 この歳になると『お若いの』なんて呼びかけられることが減ってくるので少しどぎまぎした。

 まあこのおばあさんからしたらこの世の大抵の人は『お若いの』だろう。

「ワシが若い頃は、まだ何冊か書物が残っていたんじゃがの」

 それは何百年前ですか、と危うく口に出しそうになったが、飲み込む。

 魔女が語る所によると、百年ほど前には盛んだった研究は、現王家に滅ぼされた前の王家が主導していたらしく、王家が替わった際に全て打ち捨てられたらしい。

 そして現在の王家は、魔王研究にあまり力をいれていない。

 僕はため息をついて、じゃあとりあえず絵本貸してください、と頼んだ。


 借りた絵本を持って家路につく。

 旅の準備をしながらパラパラとめくってみたが、この国の子供なら、誰でも知っている話だ。

 僕も子供の頃には散々読み聞かせてもらったものだが、今違う観点で読めば、子供の頃には分からなかった何かがわかるかもしれない。

 僕は準備の手をとめ、椅子に座って絵本をひらいた。

 準備に飽きたわけではない。決して。


 たいていのお伽話がそうであるように、この話も『昔々、あるところに』で始まる。

 平和な国に、ある日魔物が現れる。

 魔物は国中の家畜や動物達を次々と化け物に変えていった。

 魔物は恐れおののく人々に、平和な国を取り戻したくば魔王を倒すがいい、できるものならな、と挑発した。

 すると一人の勇気ある若者が、魔王退治の名乗りをあげた。

 若者は道中で襲いくる化け物達をなぎ倒しながら、魔物の後を尾け、とうとう魔王が住む山へたどり着いた。

 魔王は倒され、化け物は消え、国に平和が戻った。

 そして国中に、勇者を讃える像が建ったという。


 物語はここで終わり。子供の頃に読んだ話と寸分違わない。

 分かっていたが、肝心のどうやって魔王を倒したのかとか魔王がどれくらい強いのかとか、そういったことは少しも書いていなかった。

 特に新しい発見はなく、僕はため息をついて絵本を閉じる。

 そして準備を再開しながら、ふと考えた。

(魔王退治が成功しても失敗しても、像とか建てるのだけはやめてもらおう)

 そんなことをされたらおいそれと街中を歩けなくなる。

 勇者の像は今でも国の至る所に建っていて、解りやすい待ち合わせスポットになっているのだ。

 僕も結婚する前の妻と、よく勇者像の前で待ち合わせをした。

 妻はなぜかどことなく、勇者像と佇まいが似ていた。

 僕が遅れて行くと勇者像の前で勇者然として立つ妻を見つけて笑いが込み上げ、『遅れてすみません』という神妙な顔を作るのにいつも失敗した…………。


 いつの間にか、準備をする手が止まっていた。

 …………どうして今更こんなことを思い出すのだろう。


 日付がかわった。出発の日まで、あと二日だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ