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白蓮教 首都連続爆破事件  作者: 松本忠之
8/18

四川ビル

「爆発発生。爆発発生。時刻は午前十時、現場は四川ビル。繰り返す、午前十時、四川ビルで爆発発生。住所は北京市西城区阜成门外大街1号。状況は追って連絡する。なお、公安局員は勝手な行動をせず、指揮官の命令に従うこと」

金橋は、公安部本部ビルの地下に設置された、秘密部隊のZG本部にあるITセンター内の会議室でこの緊急放送を聞いた。

「また…」と声を失う王恵妹。

「防げなかった」と顔を覆う顔露。

何かを求めるように劉鋭の顔を見つめる陳剛。

目を閉じ、小さくため息をひとつついた劉鋭。

誰もが、得体のしれないテロ集団の攻撃を止められなかったことに責任と痛恨の念を抱いていた。

金橋は、到着したプロファイリングチーム一行を眺めながら、今回の事件を振り返っていた。

午前八時、湖北ビル。そこに落ちていた秘密結社、白蓮教のエンブレム。このエンブレムが落ちていなければ、金橋は今でも、この事件と白蓮教がつながらなかっただろう。エンブレムが発見され、ビルの名称が「湖北」であったことから、ピンときた。だが、この時はまだ、自分の仮説を信じる気持ちになれなかった。あくまで自分の思いつきであり、そもそも現代において秘密結社の白蓮教がいまだに存在し、さらに首都に攻撃を仕掛けるなど、夢物語でしかない。だから、仮説でもいいから話してくれという王恵妹に、白蓮教が新王朝時代に起こした武装蜂起を語り、それになぞらえると、今後、爆発が起こるのは陜西ビル、四川ビル、そして河南ビルではないかと語ったのだった。

続く、午前九時。陜西ビル爆破。そして、再び発見されたエンブレム。ここに至り、金橋は自分の思い付きが、単なる思い付きではないようだと実感し始めた。それでも、白蓮教が過去になぞらえて爆破テロを起こしているという仮説は、やはり現実感がなかった。そんな時、このZG本部へと連れて来られた。そして、午前十時。四川ビル爆破。ここに至って、これはもはや疑うことなく、白蓮教の仕業であると確信した。だとしたら、次は午前十一時、河南ビルだ。

指揮官の劉鋭が立ち上がり、会議室のドアを開け、「今回もエンブレムが見つかるはずだ。被害報告と共に、見つかったら教えてくれ」と大きな声で部下に指示した後、再び席に戻り、金橋に話しかけてきた。

「先生。次は十一時に、河南ビルで間違いありません。すぐに犯人像を割り出し、居場所を特定し、逮捕しなければなりません。力をお貸しください」

「わかりました」

すると、劉鋭は陳剛を呼んだ。

「陳剛。今、我々は二つのことを同時に進める必要がある。ひとつは犯人のプロファイリング。もう一つは、河南ビルの爆破防止と保全だ」

「はい」

「河南ビルの指揮はお前に任せる。ITセンターから対応してくれ」

「わかりました」

「同時に、実行犯逮捕に全力をあげてくれ。連中の一人でも逮捕できれば、供述から情報を得られるかもしれない」

「わかりました。ただ、指揮官。河南ビルにはすでに大勢の警官がいますが、それでも奴らは爆破テロを起こすでしょうか?」

「やる。間違いない。だが、それはつまり、我々にとって実行犯逮捕のチャンスでもある」

「わかりました」

「何かあれば、すぐに私に聞いてくれ。遠慮は無用だ。では、頼むぞ」

顔露が一人の女性スタッフの名前を挙げ、「この子に声をかけてください。副指揮官に必要な情報をすぐに提供できます」と言った。

陳剛は「ありがとう」と言ってドアを出ようとした。「最後に」と劉鋭が声をかけた。

「何でしょう?」

「君より先に副指揮官に任命された人物が、なんだかんだと邪魔してくるかもしれない。もしそんなことがあったら…」

すると、劉鋭が最後まで言い切らないうちに、陳剛は姿勢を正して答えた。

「国家の危機です。邪魔する者には、それ相応に対処いたします」

劉鋭がはにこりと笑みを向け、陳剛は部屋を出ていった。

「頼もしい副指揮官ですね」と顔露が劉鋭に笑みを向けた。

「あぁ。あの男なら、必ずやってくれる」と劉鋭が答えた。

先に任命されていた副指揮官とは誰のことだろう。金橋は思ったが、劉鋭が「先生。お待たせしました。プロファイリングチームも集結しました。始めましょう」と言ったので、それ以上の詮索はやめた。

金橋は自身のサーバーに保存している資料を見たいと顔露に依頼していたため、目の前に置いてあるパソコンからアクセスできるよう設定されていた。

「時間がないので詳細は割愛しますが、皆さんもご存じのとおり、すでに三つのビルが爆破されました。金橋先生のおかげで、犯行グループは白蓮教という秘密結社であることは、まず間違いありません」

劉鋭が仕切る。

「プロファイリングチームにも合流してもらいましたが、ここでの作業の目的は、白蓮教のリーダー、つまり教祖の人物像を浮かび上がらせ、最終的にはその居場所を突き止め、逮捕することです」

全員が頷いた。

「プロファイリングチームに割り出してもらいたい情報は二つ。ひとつは、教祖の人物像。もうひとつは、彼らが潜んでいそうな地理的情報だ。とにかく、ありとあらゆること、どんなに細かくても構わない。解析の結果、抽出されたすべての情報をアウトプットしてくれ」

「はい」とプロファイリングチームが応じた。

「それでは始めましょう」と劉鋭が宣言した。

「私、お茶を入れてきます」と王恵妹が席を立った。

「金橋先生。白蓮教について、改めて、この場で情報をインプットしてください。事件に関係があるかないかは気にしないでください。どんなに細かいワードでも、ビッグデータを使って、プロファイリングチームが手がかりを探し出します」

咳払いをひとつしてから、金橋は話し始めた。

「まず、現代では白蓮教という教団は存在していません。ただし、それは宗教法人として存在していないというだけで、信徒の末裔は存在している可能性はあります」

金橋は全体を見渡しながら話し始めた。

「白蓮教の創設は南宋時代。第二代の孝宗皇帝の時代に、浄土系の仏教団体として、茅子元が創設しました。この白蓮教は、創設当初から、非常に変わった教団として世間から異端児扱いされていました。なぜなら、仏教団体であるにもかかわらず、教団幹部は半僧半俗の生活で、しかも妻帯していたからです。言わずもがなですが、出家した僧侶が俗世間の生活に足を踏み入れる、ましてや、妻を持つなど、あり得ないことなのです。その教義も独自性の強いもので、唐王朝の時に広まったマニ教と、弥勒信仰が合体したような内容です。元王朝に入ると、廬山の東林寺の僧侶・普度が、廬山蓮宗宝鑑十巻という著書を完成させ、それをもって上京して白蓮教義の宣布を懇願しました。一度は皇帝から布教活動の公認を勝ち得たものの、すぐにまた禁止となりました。その理由として、この時期、教義に呪術的な要素が相当に混ぜ込まれ、宗教色よりも革命色が強くなったからだと言われています」

顔露とプロファイリングチームは、金橋の話を聞きながら、次々にパソコンに情報やキーワードをインプットしていく。

「もっとも、布教活動が禁止されていたとはいえ、教団はその勢力を拡大していきます。元王朝の末期には、韓山童という人物を首領として、王朝に対する大規模な武装蜂起をしました。白蓮教徒であることの目印として、紅い布を付けた事から紅巾の乱とも呼ばれます。白蓮教が秘密結社や地下活動をするようになったのは、このように、当時の王朝から表立っては宗教活動を禁止されたものの、それに反発して、秘密裏に活動を続けたことが、大きく影響していると言われています」

王恵妹がお茶の入ったポットと人数分の湯飲みを持って、戻ってきた。

「元を倒して、明王朝を打ち立てた始祖の朱元璋も、当初は白蓮教を信仰していたといいます。それが、自身の王朝を打ち立てると、一転して今度は白蓮教を弾圧しました。弾圧の理由は、当然ながら、反体制の思想が強い白蓮教を危険視したためですが、朱元璋が純粋な白蓮教の信徒だったのか、それとも、最初から元王朝を倒して、自分の国を打ち立てるために利用しただけなのか。これは専門家の間でも意見が分かれるところで、いまだに定まった説はありません」

金橋は王恵妹が入れてくれたお茶を一口飲んだ。

「こうした時代背景から、清王朝の時代に入る頃には、白蓮教というと、反体制、革命思想、武装蜂起、秘密結社、地下活動など、邪教としてのイメージが強く定着していました。当然ながら、清王朝も白蓮教を危険視していました。この時代になると、もはや浄土宗系の仏教団体としてのアイデンティティーは、白蓮教徒自身にもなかったと言われており、つまりは、仏教団体の名を借りた、反体制の秘密結社という性質がその根本になっていました。ただ、非常にややこしいのは、その一方で、白蓮教の中にもいろいろな派閥が誕生してきたことで、派閥間の区別のために、やはり宗教的なルーツが必要となり、その結果、元々のマニ教や弥勒信仰以外に、阿弥陀仏や、当時の長江中流域で流行した民間宗教である八卦教や清茶門教をルーツとするものなど、複雑化していきました」

金橋は劉鋭を見た。このまま一方的に話し続けていいのかどうか、迷ったからだ。劉鋭は小さく頷いた。金橋は話を続けた。

「続けて、白蓮教の開祖である、茅子元について説明します。南宋時代に、現在の江蘇省昆山市に生まれました。出生した年は不明ですが、十九歳で出家しています。東晋時代に浄土宗を開いた名僧、慧遠大師を尊敬していたと言われています。紹興三年に、現在の上海市郊外にあたる淀山湖に白蓮懺堂という堂を創設し、同時に白蓮晨朝懺儀という書物を著したことが、白蓮教の始まりとされています。先ほど説明したとおり、茅子元は慧遠大師を尊敬していたため、白蓮教は浄土宗系の仏教団体として認識されていました。創設と共に、民衆の間にどんどん広まっていった白蓮教ですが、こちらも先ほどお話ししたとおり、俗世間に足を踏み入れたり、妻帯するなど、その奇抜な教義が徐々に世間から異端視され、時の王朝から活動禁止の御触れが出され、茅子元自身も江州、つまり現在の江西省九江市に流罪されました。しかし、もちろん、そこでも茅子元は秘密裏に布教活動を展開していました。やがて時が移り、乾道二年の時に恩赦が下され、德寿殿にて時の皇帝・趙昚にお目通りが許されます。そこで茅子元は浄土の訪問を皇帝に説いて聞かせ、その素晴らしさに感銘を受けた趙昚皇帝は、茅子元に慈照宗主の称号を贈りました。そのため、茅子元のことを、慈照子元と呼ぶ人もいます。しかしながら、せっかく恩赦で許しを得て慈照宗主の称号も手に入れたものの、その年にこの世を去っています。死因は不明ですが、記録が特にないことから見ると、寿命をまっとうしての入滅だったようです」

一気に話した金橋は、再びお茶を飲んで喉を潤し、周囲の様子を伺った。カチカチとパソコンに入力されるキーボードの音が絶え間なく響いている。

「金橋先生、ありがとうございます。時間がない中で、これだけお話しいただけで幸いです。情報量としては十分かと思います」

劉鋭がそう言いながら、プロファイリングチームを見た。

「なにか手がかりは?」

一人が手を挙げ、「画面をご覧ください」と言った。大きなスクリーンには、教祖の人物像が記されていた。

年齢:二十代

民族:不明だが、漢族ではなく、少数民族の可能性が高い

学歴:大学かそれ以上

専門:IT

性格:残酷、冷静、挑戦的、好戦的。

分析:所在は不明だが、北京市に潜伏している可能性は低い。IT、特にインターネット通信の知識に優れており、北京市以外の場所から信徒とテロをコントロールしている可能性が高い。世の中に強い恨みを持っており、その原因は政府や体制にあるとの思想を持っている。世の中への恨みを自己消化できず、社会に報復することでそれを叶えようとしている。インテリで、体力はそれほどない。恐ろしいほどの聡明な頭脳の持ち主で、それがカリスマとなり、信徒を惹きつけていると考えられる。白蓮教の歴史的背景にもあるように、反体制思想が強く、それを世間に知らしめる手段として、今回の爆弾テロを実施していると思われる。その証拠に、ビル爆破は過去に起こった白蓮教徒の乱をなぞっており、湖北、陜西、四川、河南という、白蓮教徒が武装蜂起した省の順番通りに、その名を関したビルを狙っている(金橋教授が見破った)。つまり、この爆弾テロは特定の人物を狙ったものではなく、反体制と自己顕示欲から来る無差別テロである。本日はXデーであるため、政府の面子を潰すには最適のタイミングと考えていると思われる。

「Xデーとは?」と金橋は聞いた。

「パレードです」と劉鋭が答えた。

「そうか。そういうことか」

「どうしました?先生?」

「これまで、私は彼らが四つのビルを爆破することだけに気を取られていました。しかし、彼らの最終的な狙いは…」

「そうです。私もそう思っていました」と劉鋭。

「パレードですね」

「その通り。つまり、天安門です」

「元国家主席のパレードは、全中国、全世界に映像が配信されます。そこで爆破テロを起こせば、中国政府の面子は丸つぶれ。さらに、反体制の強烈なメッセージとなります。いわば、彼らは現代版の白蓮教徒の乱を起こそうとしている。清朝時代の白蓮教徒の乱は、湖北、陜西、四川、河南と次々に武装蜂起しましたが、最終的には清朝打倒こそが、彼らの狙いだった。それと同じことをしようとしているわけだ」

「つまり、政治の中枢で爆破事件を起こすことで、現代の白蓮教徒の乱を完成させようという魂胆ね」と顔露が言った。

「でも、元国家主席のパレードなんだから、警備は万全のはずだわ」と王恵妹が言った。

劉鋭はそれには答えず、一言、「失礼」と言い残すと、部屋を出ていった。

「ちょっといいですか」と王恵妹が遠慮がちに声を上げた。

「どうしたの?」と顔露。

「プロファイリングチームにお伺いしたいのですが」と顔露の顔色を窺った。

「もちろん」と顔露。

「先ほど、教祖の人物像のところで、民族は少数民族の可能性が高いとありました。あれは、なぜなのでしょうか?」

ひとりのプロファイラーが答える。

「民族は、あくまで不明です。少数民族と断定したわけではありません。しかし、反体制思想で、社会に強い恨みを持っている犯罪者の傾向として、少数民族が多かったというデータから導き出されています」

金橋は「君の気持ちはわかるよ」と会話に割って入った。

「私と彼女は、中央民族大学の出身です。みなさんご存知のように、少数民族が全体の七〇パーセントを超える大学です。また、私は中国人と日本人のハーフで、彼女自身も、モンゴル族です」

「別に少数民族や混血の方を軽視したり、偏見で言っているわけではありませんよ。あくまで、プロファイリングによる結果です」とプロファイラーは言い張った。

「それはわかっています」と王恵妹が言った。「ただ、ちょっと気になっただけです。ありがとうございました」

「教祖が少数民族である場合も考えて、劉鋭指揮官からは、民族や地域の独立運動の首謀者なども調べるように言われて調査しましたが、今回の件とは関係ないことがすでに判明しているわ」と顔露が言った。

「わかりました。ありがとうございました」と王恵妹は引き下がった。

「気持ちはわかるよ」と金橋は王恵妹にだけ聞こえる声で話した。

「少数民族はいつもそうなんです。何かあると、まず真っ先に疑われる。白い目で見られる。中には、少数民族は教養が低いという偏見を持っている漢民族もいますから」

「確かにな」と答えた金橋は、話題を変えたほうがよさそうだと思った。この話題をこの部屋で継続すると、空気がピリピリしてしまいそうだ。

「おれは民大の教授なんだから、少数民族出身の人たちがどれだけ優秀か、よく知っているよ。そういえば、石白は元気か?」

「元気ですよ。今は、西安市の市役所で仕事をしています」

「馬俊は?」

「彼は地元の烏魯木斉に帰って、自分で事業を立ち上げていたと思います。時々、SNSでチェックするくらいですけど」

金橋は自分と王恵妹の共通の卒業生の話題を出すことで、王恵妹の気持ちをなだめようとした。

「へぇ。自分でビジネスか。すごいな。じゃ延海洋は?」

「彼も地元に帰ってますね」

「彼はどこだっけ?」

「雲南省です」

中国には全部で五六の民族が存在するが、人口十三億人のうち、九四パーセントは漢族が占めている。つまり、総人口のうち、わずか六パーセントの中に、残りの五五の民族が存在しているのだ。中国社会には民族による差別は存在しないが、人間関係がものを言う就職などの場面においては、不利を被ると感じる少数民族もいる。人口バランスの悪い多民族国家ならではの問題だ。

「懐かしいな。みんな元気かな」

「私も仕事が忙しくて、全然連絡取っていません」

やっと王恵妹がリラックスしてきたようで、金橋はほっとした。

「そういえば、うちのゼミじゃないけど、君の親友で、よく一緒に僕の研究室に来ていた、あの子はなんて名前だったっけ?」

「江静ですか?」

「あぁそうそう。江静。あの子もめちゃくちゃ優秀だったな」

「私の比じゃなかったです」

「そんなことない。君も主席で卒業したじゃないか」

「でも、私も、この子には絶対に敵わないって思いました」

「そんなにすごいのか?」

「はい。もうなんか、脳みその出来が、そもそも違うんじゃないかって」

「それはさすがに大袈裟だろう」

二人して笑った。

「それに、江静も君と同じで、とてもきれいな子だったな」

金橋は周りに聞かれると不謹慎だと思われるため、声を潜めて言った。

「先生、江静みたいな子が好みなんですか?」

「いや。僕の好みは、どちらかというと、君みたいなタイプだな」

軽い気持ちで言ったつもりだったが、王恵妹はまじまじとこちらを見つめてきた。

「いや、その、悪い。ちょっと不謹慎だったな。こんなところで」

「いえ。違います。いいんです。そうじゃなくて、嬉しかったんです」

何とも言えない空気が二人の間に流れた。

「江静はすごく美形だったけど、口元に傷跡があったよな?もちろん、女子生徒にそんなこと聞けなかったけど」

「本人もそれを気にしていました。なんでも、幼いころに怪我をした跡だそうです。私にも詳しくは話してくれませんでしたけど」


一方、会議室を一旦離れて、ITセンターに来た劉鋭は陳剛を探していた。

「陳剛はどこだ?」

「あちらです」

ITセンターで劉鋭は陳剛を見つけると、「河南ビルの警備体制は固まったか?」と聞いた。

「はい。金属探知機による捜査はすでに半分まで済んでおり、十一時の五分前までに、全フロアーを完了できます」

「河南ビルにも、すでに爆弾が設置されているだろう。だが…」

「だが、なんでしょう?」

劉鋭は考え込んだ。

これだけ手の込んだ、そして緻密に計算されたテロを仕掛けてくる集団だ。もしも河南ビルに仕掛けられた爆弾を発見できたとして、果たしてそれだけで終わるような連中だろうか。

「爆弾が仕掛けられていない状態で、爆破を起こそうと思ったら、どういう方法がある?」

「えっ。爆弾は仕掛けられていないと?」

「そうではない」

劉鋭はずばり言い放った。

「恐らく河南ビルには爆弾が仕掛けられているだろうが、それは我々の捜査で撤去可能だろう。ただ、白蓮教はそんなに単純ではない気がするのだ。奴らは、我々が爆破ビルを見破ったことを知っている。それなら、事前に仕掛けた爆弾が撤去されてしまうことだって、容易に予想がつくだろう」

「確かに」

「問題はそのあとだ。公安によって爆弾が撤去されてしまうことを知っていて、それでも奴らはただ手をこまねいて、傍観しているだけだろうか。私はそんなはずはないと考える」

「つまり、プランBがあると?」と陳剛は驚いた表情で聞いた。

「そうだ。だがその場合、事前に爆弾を仕掛けられないし、さらにビル周辺には大勢の警官がいて難しい。そんな状況下で、それでも爆破事件を起こそうと思ったら、どんな手段がある?」

しばし考えた陳剛は劉鋭と目を合わせた。

「もしかして…」

「私もその可能性を考えた」

「すぐに対策を取らせます!」というと、陳剛は指示を出すためにその場を立ち去った。さらに劉鋭は、その先をも見据え、ITセンターの職員を呼ぶと、至急ある対策を取らせた。

劉鋭は会議室に戻ると、「ちょっと緊急の指令を出す必要があったので」と全員に断ってから、プロファイリングを続けた。

「もうひとつ、私がほしい情報は、どこに潜伏しているのかだ」

「はい。それについても、候補が見つかっています。画面をご覧ください」とひとりのプロファイラーが答えた。

画面には、複数の地名が載っていた。

・上海市郊外の青浦区:茅子元の生誕の地

・江蘇省昆山市の淀山湖周辺:白蓮教を開いた地

・江西省九江市:茅子元の流罪地

・広東省恵州市の延祥寺:若き日に法華経を読んだ地

・浙江省杭州市の德寿宮:慈照宗主の称号を得た地

「ちなみに、これらはすべて、その地域に宗教寺院やお堂、小屋、廃墟となった建物など、潜伏が可能な家屋が残っている地域だけを取り出しています」

「顔露」と劉鋭は声をかけた。

「これらすべての地域の公安に通達して、白蓮教という宗教に関連している不審な集団が潜伏している可能性があると伝えてくれ。そして、私の名前で、国家級の危機が潜んでいる可能性があるから、虱潰しに調べて報告するようにと。それも、急ピッチで、だ」

「わかりました」と顔露が連絡を始めた。

王恵妹が一退室し、追加のお茶と、軽食を乗せたお盆を持って戻ってきた。

「少し休息してください。簡単なものしかありませんが」と全員に勧めると、劉鋭は真っ先に「お。おれの大好物があるぞ」と無遠慮に手を伸ばした。

「指揮官は驢打滚ルーダーグンがお好きなんですか?」と王恵妹が意外そうな顔をして聞いた。

「あぁ。小さい頃は食べたことがなかったが、北京に来てから食べるようになった。不思議なのは、小さい頃には食べたことがなかったのに、なぜか懐かしい味がすることだ。特に好きなのは稲香村のものだ」

「私も好きです。稲香村」

「稲香村って、お店の名前かい?」と金橋が聞くと、王恵妹が教えてくれた。

稲香村とは創業一七七三年という二百年以上の歴史を誇る老舗の伝統菓子屋で、北京市の本店は地下鉄2号線「東直門」駅の近くにある。北京市民は贈り物としてこの店の銘菓を選ぶ人が多く、一年の中でも、「月餅」を食べる旧暦8月15日の中秋節や、「元宵」(白玉団子)食べる旧暦1月15日の元宵節の前には、お店に行列ができるほどのにぎわいだ。また、伝統的な中国菓子だけでなく、現代ではチョコレートやクッキーなどの洋菓子も取り扱っており、さながらお菓子の総合ショップのような様相になっている。その起源は、一七七三年当時、清王朝の乾隆皇帝が北京から南方の風光明媚で知られる都市、蘇州を訪れ、蘇州稲香村茶食店という茶店でご当地の銘菓を食べた際、そのあまりの美味しさに「得がたき美味かな」と絶賛したのをきっかけに、全国にその名が知られた。発祥の地とされる蘇州では、蘇州市中心部の観光地である観前街に構えた店舗が一号店であり、そこから全国へと広がり、現在では全国に九つの子会社と六つの工場を有するまでに至った。北京においては、あの文豪・魯迅がよく買い物に訪れていたことでも知られており、実際にその描写が魯迅日記に十回以上も出てくるほどだ。

顔露は各所への連絡が終わると、「まぁ美味しそう」と反応した。

「みんなも食べてくれ」と劉鋭はプロファイリングチームにも勧めた。

これも劉鋭の人心掌握術だ。お茶を飲み、茶菓子を食べる。時間にしてわずか五分ほどのことだが、こうしてリラックスすることで各人が委縮して能力が発揮されないことを防いでいた。またリーダーである自分が先に手を出さないと、誰もこの状況下で自分から茶菓子を食べようとはしない。それも百も承知だった。

しかし、そんなしばしのくつろぎ時間は、悲惨な報告によって打ち止めとなった。会議室のドアがノックされ、四川ビルの犠牲者数が報告されたのだ。死者三名。重軽傷者十八名。爆発地点が屋上だったから、前の二つのビルに較べて死傷者数は少なく済んだ。しかし、それでも死者が出ていることに変わりはない。

潜伏先として捜査させた各地の中で、真っ先に報告してきたのは、白蓮教開祖の地とされる、淀山湖がある江蘇省昆山市の公安局だった。

「昆山市より入電です」と顔露が劉鋭に伝える。テレビ電話の画面がスクリーンに映し出される。

「劉鋭指揮官、お疲れ様です」

「ご苦労。何か手がかりはあったか?」

「今のところ、ありません。淀山湖周辺、あるいは淀山湖にまつわる仏教寺院や仏教徒、あるいは、湖周辺にある小屋や無頼者の類も捜索してますが、白蓮教という教団に関連する手掛かりは得られていません。そもそも…」

と相手が口ごもった。

「そもそも、なんだ?」

「淀山湖周辺の住民に聞いても、白蓮教や茅子元という名前すら聞いたことがないと答える者がほとんどです」

劉鋭が応じる。

「ほとんどの者が知らないからこそ、逆に知っているごく少数の人間を発見した暁には、有力情報も得やすいのだ。現在、全国各地で捜索が行われている。捜索を続けてくれ」

「かしこまりました」というと、テレビ電話が切られた。続けざまに、また入電があった。

「こちらは、広東省恵州市公安局です」

金橋は、すぐに劉鋭に「茅子元が若き日に滞在した延祥寺があるところです」と説明した。

劉鋭は頷くと、「何か手がかりは?」と質問した。

「延祥寺、正確には、現在は延祥古寺と呼ばれていますが、このお寺は恵州市の北西、羅浮山名勝区のはずれにあります。実際に延祥古寺に行って聞き込みをしてきましたが、これといった情報は得られませんでした」

「怪しい人物や集団、または使用されていない小屋や廃墟の類もなかったか?」

「ありませんでした」

「そうか」

「ただ、恵州市には、延祥古寺とは正反対の、市内から北東部に、白蓮寺という名前のお寺があります。そちらは市内から距離があるため、まだ聞き込みが行われておりません」

「局員を向かわせているか?」

「はい。あと十分以内には到着できるかと」

「わかった。引き続き、結果を報告してくれ」

そういうと、劉鋭はテレビ電話を切った。

「手がかりがありませんね」と顔露が言った。

「これほどまでに、過去の白蓮教徒の乱にこだわる連中だ。まったく無縁のところから、今回のテロを起こしているとは思えない。必ず、どこかに手がかりがあるはずだ」と劉鋭は言った。

しばらくして再び入電があった。浙江省杭州市からだ。茅子元が当時の皇帝から慈照宗主の称号を賜ったとされる、徳寿宮のある地域だ。杭州市は南宋時代、首都だった都市で、徳寿宮もその時に建てられたとされている。しかし、現在は徳寿宮は残っておらず、宋城と呼ばれる古代中国の都市を模した観光地の中に、徳寿宮を含む当時の皇帝の住まいであった南宋皇宮が再現されているだけだ。

ここで、初めて手がかりがもたらされた。

「一時期、地元民だという複数の人間が、宋城の中にある徳寿宮に茅子元の像を建てたいと、宋城の運営会社に交渉に来ていたそうです」

「茅子元の像を建てたい?」

やっと手がかりらしい情報が出てきた。

「はい。しかし、宋城の運営会社は断ったようです。ここは南宋の皇宮がメインであって、茅子元などという名前も聞いたことのない僧侶の像を建てても意味がないと。それより、どうせ建てるなら、南宋皇帝の像を建てたほうが意義があると説得したそうですが、その連中はあくまでも茅子元でなければならないと主張し、結局、話は流れたそうです」

「その連中の足取りは?」と劉鋭が聞いた。

「それがつかめていません。ただ、運営会社の担当者が、彼らに今後どうするのかと聞いた際に、そのうちの一人が江西省に行くつもりだと答えたといいます」

「江西省か…」

劉鋭は金橋を見た。金橋はすぐに「江西省の九江市は、茅子元が流罪された地です」と答えた。

「江西省のどこに行くのかまでは、語っていなかったのか?」

「私もそこが気になって聞いてみましたが、話していなかったそうです」

テレビ電話が切られた。劉鋭はすぐにこちらから江西省九江市の公安局にテレビ電話をかるように顔露に指示を出した。

「報告が遅れて申し訳ありません」と九江市の公安局長が対応した。

「状況は?」

「当局では、まだ有力な情報は得られていません。ただ、九江市下の武寧県という田舎にある梅岩山の山中に、白蓮堂と呼ばれる小さなお堂があります。仏様は祭られておらず、建物だけがあるだけなのですが。そこは、今では無人堂でして、住人はおりません」

劉鋭は直感で何かあると感じた。田舎の山中の無人の建物。プロファイルの中で、「IT、特にインターネット通信の知識に優れており、北京市以外の場所からコントロールしている可能性も否定できない」とあった。だとしたら、こんな山中の無人の建物のほうが、見つかる危険性が少なく、白蓮教にとって好都合なのではないか。まして、名前は白蓮堂だ。

「その他には?」

「その他には、今のところありません」

「その白蓮堂に、公安局員を向かわせているか?」

「はい。ただし、それより先にまず、武寧県の警察を向かわせました」

「そちらの特殊部隊も派遣してほしい」

「特殊部隊ですか…」と相手は考えている風で、沈黙が流れた。

「わかりました」

「今すぐだ」

「わ、わかりました。すぐに手配します」

「それからもうひとつ」

「何でしょう?」

「そちらの通信業者に連絡をして、その白蓮堂近辺で、電話とインターネットの電波が発信されていないか、調べてくれ」

「通信業者ですね?」

「そうだ。無人のはずの白蓮堂から電波の発信があれば、誰かがそこに潜伏している証拠になる」

「なるほど。わかりました」

「では、すぐに取り掛かってください」

顔露がテレビ電話を切った。その時、劉鋭はひとりの男がいつの間にかこの部屋に入ってきており、ドア付近に立っているのに気が付いた。

「何の用だ、李凱」と劉鋭が静かに聞いた。部屋の緊張感が一気に高まる。

「副指揮官のおれがここに来て、何が悪い」

「用件を聞いている」

「副指揮官が二名も必要か?」と李凱。

「必要なときもあるだろう」

「今は必要ない」

「その判断は、指揮官である私がするものだ」

劉鋭はあくまで冷静に返答している。

「だが、先に任命された私が不要と判断した」

「お前の判断など、無意味だ」

すると、「そうかな」と李凱はにやりと不敵な笑みを浮かべた。劉鋭は嫌な予感がした。

「陳剛はZG待機室に戻ったよ」

「なんだと?」

顔露も驚いて声を上げた。

「また勝手なことをしやがって。誰がそんなことを許した!今すぐ陳剛をここへ呼び出す」

声を荒げた劉鋭に対して、鬼の首を取ったかのように李凱が言い放った。

「無駄だよ、指揮官さん。郭部長もご存じのことだ」

「な…」

劉鋭が絶句した。

「副指揮官が二人もいたら、命令系統に混乱をきたす可能性が高い。この国家の大事の時に、そんなつまらないことで、ミスは許されない。だから、おれは上層部に話した。そしたら、郭部長が同意したそうだ」

「河南ビルは、おれが指揮を執る」と李凱が宣言するように言った。

「お前には任せられない」と劉鋭が反発した。

「指揮官、そんなことを言っている暇はあるんですか?時計を見てください」

李凱の言葉に、その部屋にいた全員が壁時計を見た。十時半を回っていた。

「今から、また別の副指揮官を手配して、そいつに指示を出して。それで間に合いますか?指揮官」

なんとも嫌味たらしい言い方だ。だが、郭白生の名前を出されては、劉鋭にもどうにもできない。

「だったら、さっさと指揮したらどうなの?こんなところでぶつくさ言ってないで」と顔露が言った。

「いいんだ、顔露」と劉鋭。

「おやおや。気の強いお嬢ちゃんだこと」

この期に及んで、まだ李凱は相手をからかう態度を改めていなかった。

顔露が怒りの表情で李凱を睨みつけていると、一人の男性職員が李凱の後ろに姿を見せた。

それに気づいた李凱が、その職員を必要ないと言う風に遠ざけようとしているのが見えた。

その瞬間、劉鋭は中に入るようにと指示した。

「劉鋭指揮官、ご報告です」というと、「河南ビルの爆弾が発見されました!」と報告した。

会議室の雰囲気が一瞬、明るくなった。

「本当か」と劉鋭が確認した。

「はい。河南ビル十階のトイレに爆発物を発見。タイマーは午前十一時でセットされており、現在、爆弾処理班が撤去作業を行っています」

「報告ありがとう」と手を差し出す劉鋭。その手を握りながら、ちらっと李凱の存在を気にした職員が、小声で「李凱副指揮官には報告したのですが、劉鋭指揮官にも直接ご報告を、と思いまして」と告げた。

「それからもう一つ」と改めてその職員が報告した。

「四川ビルにて、例のエンブレムが見つかりました」

「予想通りだ。ありがとう」と劉鋭が言うと、「引き続き、頼むぞ」と言い、職員を送り出した。

腕を組み、壁にもたれかけてその様子を見ていた李凱は「河南ビルはこれで解決だな」と言った。

「いや。まだだ。どうしてもお前が河南ビルの指揮を執ると言うなら、別の指示を与える」

「別の指示?」と李凱は訝しがった。

「そうだ。外へ出よう」と劉鋭が促すと、「ここでいい」と李凱が反論した。

「ところで指揮官。この部屋に、見慣れない顔がふたつ、並んでいますが」といって、金橋と王恵妹を睨んだ。

「あなたが大学教授さんですか?」

李凱が金橋に声をかけた。

「はい。金橋と言います」

「金先生?」

「いえ。金橋、で苗字です。私は日本人と中国人のハーフで、金橋は父方の姓です」

「日本人?」

「ハーフです」

「国籍を聞いている」

「国籍は日本です」

すると李凱は劉鋭に目線を戻し、「指揮官、これがどれだけ大きな問題になるか、おわかりですか?」と聞いた。

「日本人を、国家公安部のZG本部内に入れるなんて!」とわざとらしく、大きな声で叫ぶように言った。

「今は国家の危機だ。この危機を救えるものなら、国籍など関係ない。現に、金橋先生のおかげで、我々はビルの場所を特定できた」

「そうよ。先生はとても献身的に私たちに協力してくれている」と顔露も続いた。

「これは、必ず規律委員会に報告しますよ、指揮官」と李凱は言うと、さらに続けて、

「そこの女性職員は?」と聞いた。

「北京市公安局の王恵妹です」

「なぜ市局の人間がここに?」

「もういいだろう、李凱」と劉鋭が制した。

「粗探しをしてどうなる」

「おれは規則に従順な人間でね」と笑うと、「日本人に市局の人間。二人も、この場に居てはいけない人間を連れ込んだ」

「任務に集中しろ」と劉鋭。

「おやおや。規律委員会に報告されるのが怖くなりましたか?指揮官さん」

李凱はしつこく、ねちねちと嫌味を続ける。

「少なくとも、市局のお姉さんは退出させるべきだ。教授とはちがい、特に何の知識も能力もないんだろう?」と李凱が言うと、王恵妹を見て、手をドアの外へ「どうぞ」とばかりに差し出した。

王恵妹は劉鋭を見た。

「彼女にもここに残ってもらう」

「市局の人間だぞ」

「だからなんだ?」

「規律委員会に…」

「市局だろうが何だろうが、関係ない!」と劉鋭がついに怒鳴った。

「李凱。国の危機を救え。粗探しや揚げ足取りなどしている暇はないんだぞ」

李凱はそれでも嘲笑を止めず、「ふん。勝手にしな。ともあれ、規律委員会には報告するからな」と言って会議室を出ていこうとした。

「待て」と劉鋭が止めた。「まだ河南ビルへの指示が終わっていない」

「うん?だから、もう爆弾は撤去されたんだよ」

「奴らは、それであきらめる連中ではない」と劉鋭は言うと、もう一度「指示を出すから、外へ出ろ」と言った。

李凱は外へ出た。

劉鋭は迷った。李凱はこれまでにも散々、捜査の邪魔をしてきた。ここで指示を出しても、またそれを無視するだろう。そう思い直し、李凱には「やはり、なんでもない。爆弾は処理された。もう安心だろう」と告げた。

「おいおい。そりゃないだろう。指示があると、今言ったばかりだろう?」と李凱は当然、まとわりついてきた。

「いや。いいんだ。これでお前は河南ビルの爆破を防いだ、見事な手腕を評価されるだろう」

そう言ってプロファイリングルームに戻ろうとすると、李凱が意外な声をかけてきた。

「悪かったよ」

思わず、劉鋭の足が止まった。

「どうした?急に」

「いや。おれだって、この危機から国を救いたい気持ちは同じだ。だが、上層部の露骨な権力争いの道具にされちまって、このざまだ」

李凱の急な変遷に疑念をいだいた劉鋭だったが、すべてにおいて時間がなかった。

「何が言いたい?」

「河南ビルの防備で別の指示があるんだろう?それをおれに指示してくれ。あとはおれがやっておく。お前は、教祖のプロファイリングを続けてくれ」

劉鋭の心に迷いが生じた。平素なら、ここまで邪魔されて、こんな男は信用しないだろう。しかし、時間がないことと、李凱が、自分も権力争いに巻き込まれた人間であると表明したことで、妙なシンパシーが生まれていた。

「早く指示をしてくれ。もたもたしている時間はない」

こんな男を信用するのか。劉鋭は自分に問いかけた。だが、陳剛はすでに副指揮官から降ろされて、待機室へ引き下がっているという。他の局員に指示を出して、それを河南ビルの現場に伝えることもできるが、果たして、ZG本部の職員の指示で現場が動くだろうか。だったら自分が直接伝えればいいではないか。だが、これまで河南ビルの現場は副指揮官が指示を出してきた。自分が顔を出して混乱させたくなかった。正直、疲れもあった。教祖のプロファイリングに集中したかった。

その時、顔露が劉鋭を呼んだ。

「広東省恵州市から入電です!」

劉鋭は決断した。さすがに、この指示を聞いて、無視することはないだろう。そこまでする意味もないだろう。そう思った。

「李凱。時間がない。お前がそこまで言うなら信用する。河南ビルの現場に伝えろ。爆弾を撤去したとしても、まだ爆破の可能性は残っている。その手段は、自爆テロだとな」

「自爆テロだと?」

さすがの李凱も驚いた様子だ。

「そうだ。だから、野次馬の身体検査を徹底しろ。むやみにビルに近づこうとする人間は、老人、女、子供でも警戒しろとな」

「わかった。任せておけ」と李凱は言った。

「頼んだぞ」

劉鋭はそう言うと、恵州市からの入電に対応した。

「状況は?」

「市内北東部の白蓮寺ですが、最近、ここに出入りする謎の男を住職は見かけています。しかし、お寺には、ホームレスはじめ、そういう人物が勝手に出入りするのはよくあることだからと、特に気にしてはいないようでした」

「すぐにその人物を調べるんだ」

「はい。すでに寺院内の捜索を始めています。手がかりがありましたら。再度お知らせします」

その後も、各地から続報が寄せられたが、これといった手がかりはなかった。



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