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白蓮教 首都連続爆破事件  作者: 松本忠之
15/18

対面

私としたことが。

昨日、取り乱してしまった。

いつまで、耐えられるのか。

これではまるで、あの頃と一緒ではないか。

いつまで続くのか。いつまで自分は耐えられるのか。

先の見えない苦しみ。光の見えない暗闇。

激しい嫌悪感。嘔吐。すげた臭い。望まない行為。次から次へと私の中に入り込んでくる。一人が終われば、また次。一日、何人、何十人も、私の中に侵入する。

「あなたはきれいだからね」

周りはそう言う。だったら、代わってくれ。顔なんてきれいでなくていい。それが理由で、毎日、私ばかりが別室に移動するなら、こんな顔、要らない。そう思って、自分で口元をナイフで傷つけたこともあった。

「逃げればいいじゃない」

周りはそう言う。何も知らないからだ。逃げる?どこへ。逃げてどうする?どうなる?追いかけられて、捕まって戻されたら、今まで以上に悲惨なことになる。

逃げて、助けを求めたところで、私はこの世には存在しないのだ。存在しない人間に、逃げ場などないのだ。

感情なんてものは、とっくに捨てた。そんなものがあるから、悩むのだ。苦しむのだ。ただただ、なされるがまま、行為を繰り返す。ただそれだけ。

来る日も来る日も、起き、食べ、侵入され、洗い、また侵入され、朝日が昇る頃にやっと休息が許される。疲れ果て、眠りにつく。起きたら部屋を掃除し、服を洗い、臭くてまずい飯を食べる。それも腹いっぱいなど食べられない。それが終わると体を洗う。その頃には、日が沈み始める。侵入されては洗い、侵入されてはまた洗う。そのまた繰り返し。感情など持っていたら、とっくに私はこの世に存在していない。

光などないと思っていた。この世は闇しかないと。いや、この世に光はある。しかしそれは、何万光年も先の惑星と一緒だ。宇宙には別の銀河系があるという。しかし、その事実は、自分の人生に何の影響も及ぼさない。私にとって、希望も同じだ。この世には希望があるという。そして、それは、誰人にも存在するという。馬鹿馬鹿しい。私には関係ない。希望とて、私の人生に何の影響も及ぼさない。どこか遠くの銀河と同じだ。私にあるのは闇と絶望。それだけだ。

しかし、そんな私にも、希望は与えられた。光が差したのだ。こんな私に。それを与えてくれた教団。そして、日の当たる場所で慈しみ、育ててくれた人。私の光は、ここにあったのだ。私の希望はここにあったのだ。

私はいつしか、この言い知れぬ記憶を形にとどめようと考えた。教団が、もっとも輝かしい時代を送っていた、あの当時の象徴に、新たな意味を込めることによってだ。白蓮の花は光の象徴。それに対して、背景は黒。私の中から決して消えることのない、あの忌まわしい過去の闇だ。この恨みは絶対に忘れない。この恨みを絶対に晴らす。この恨みを、この世を変える原動力にする。その初心を忘れないために、このマークの中央部に、恨みの象徴を描いた。見ず知らずの人間に侵入されまくった過去。そうだ。侵入こそが、この恨みの象徴だ。私は、黒地に描かれた白蓮の花の真ん中に、記号を添えた。すぐにそれとはわからないであろうが、説明されれば誰もがわかる。新たな象徴が完成した。二百年以上の時を経て、私によって新たに命を吹き込まれた。教団内で発表すると、全員が賛同した。もちろん、私の過去は隠したままで。みな、喜々としてエンブレムを作った。そこかしこに飾られるようになった。このエンブレムを飾り、このエンブレムに忠誠を誓う者こそが、白蓮教の敬虔なる信者だ。

「七百番。取調室へ」

無機質な声が私の時間を奪った。もっと頭の中で、自分の世界に浸っていたかった。邪魔されて、不機嫌だ。しかし、冷静さを失ってはならない。平常心でいるのだ。尋問の開始時間は事前に知らされない。勝手にやってきて、連れて行かれる。三日前は取り乱してしまったが、もう二度と、同じ失敗は犯さない。立ち上がり、両手を差し出す。手錠がはめられる。腰にひもを付けられ、取調室へ連れて行かれる。林芳芳という、あの取調官がまたいるのだろう。しきりに私と年齢が近いことや、女性としての共感を訴えてくるが、その手に乗ってはいけない。私に感情はない。私は感情を捨てる術を身に着けているのだ。今日も、一切の感情を捨てて、冷静な頭で、回答すべき質問とすべきでない質問を見極めるのだ。そうすれば、またあきらめて、尋問は終わることだろう。何度、この廊下を歩いたことか。取調室へは、全部で七十三歩。廊下で誰かとすれ違わない限り、この歩数は変わらない。無機質なドアが刑務官の手によって開かれ、いつもの椅子が現れる。ひもで引っ張られ、椅子へ。椅子と足を固定される。どうせ見慣れた顔だ。何か話しかけられるまで、こちらから顔を上げることもあるまい。私を座らせた刑務官が、背後の両側に立つ。書記官はすでにスタンバイしている。いつものこと。さぁ、今日の林芳芳はどんな話から始めるのだろうか。


王恵妹は心臓が口から飛び出しそうだった。これがあの、キャンパス時代の親友の姿か。

江静は、服役囚と同じ服装だった。まだ起訴されていない段階だが、彼女には知り合いがなく、服の差し入れがないから、囚人服を着せられている。髪は無造作に伸び、生気がない。あの頃、キャンパスで共に切磋琢磨し、学問に励んだ親友の姿はそこにはなかった。確かに、卒業後は疎遠になった。だがそれは、お互いが新天地で忙しく活躍しているからだと王恵妹は思っていた。それが、いつの間にか、白蓮教などという秘密結社に入り、教祖にまで上り詰め、無差別テロを起こした。その親友が、今、あまりに変わり果てた姿で目の前にいる。

江静は一向に顔を上げない。林芳芳がこちらに視線を送り、開始の合図を送ってきた。王恵妹は深く頷いて、正面を見据えた。

「今日の尋問を開始します」

林芳芳がそういうと、やっと江静が顔を上げた。林芳芳を見た後、こちらに目線を向けた。一瞬、誰だろうという顔をしてから、目を大きく見開いて言葉を発しようとした。しかし、息が止まってしまったかのように、江静の口から言葉が発せられることはなかった。

「江静。この人を知っているわね?」と林芳芳が問いかける。

江静はいまだに目を大きく見開いて、王恵妹を見つめている。

「江静。答えなさい。この人を知っているわね?」

「…」

「知っているかどうかくらいは、答えてもいいでしょう?黙秘する理由などないわ」

「…知っています」と小さな声が返ってきた。

「説明する必要もないと思うけど、一応。彼女の名前は王恵妹。あなたにとっては、アーメイというあだ名のほうが馴染みがあるかもね。北京市公安局の局員で、今回の首都爆破テロ捜査の重要人物の一人よ」

王恵妹はじっと江静を見つめた。江静もだ。お互いが、林芳芳の声をよそに、見つめあっていた。まるで、目と目で会話するように。大学卒業後の空白期間を埋めるように。

「ねぇ。なぜ、公安があなたたちの狙うビルを予測できたか、知りたくない?」と林芳芳が聞いた。まだ江静に教えていなかった。よって、彼女の母校である中央民族大学教授の金橋強教授の協力によって、すべてが暴かれたという事実を、彼女はまだ知らない。

「それに、なぜ、我々が、あなたたちの潜伏先を発見できたのかも」

「それは、近隣住民からタレこみがあったと…」

「確かに、今まではそう言っていた。でも、あなたが真実を話してくれないから、私たちもそうしたの。本当は違う理由がある。もしも、あなたが望むなら、今日は事件解明の全貌を話してもいいわ」

江静は再び王恵妹に視線を向けた。

「何か彼女に言いたいことは?」と林芳芳が王恵妹を促した。

阿静アージン…」

王恵妹は、思わずあだ名で呼んでしまった。二人は、江静のことを「阿静アージン」、王恵妹のことを「阿妹アーメイ」とあだ名で呼び合っていた。

呼びかけてから、声が出なくなってしまった。そして、嗚咽がこみ上げてきた。だめだ。こんなことでは、取調官は務まらない。こみ上げる涙を必死でこらえて、あえて厳しい表情を作り、親友に話しかけた。

「私は北京で、捜査のすべてを見てきたわ。あなたが望むなら、そのすべてを、隠すことなく話してあげる。その代わり、あなたもすべて話してほしい」

江静はうつむいてしまった。

「これは取り引きよ。あなたが応じれば、こちらはすべて包み隠さず話すわ」

林芳芳が言った。江静はうつむいたままだった。そのまま、しばらく、沈黙の時間が流れた。

劉鋭と金橋は、九江市公安局の別室で、尋問の様子をモニタリングしていた。もちろん、九江市公安局長、そして特殊部隊長も同席している。

「取引に応じますかね」と局長。

「わかりませんね。親友の登場で、どれだけ彼女の心が動かされるかによるかもしれません」と劉鋭。

「それとも、まただんまりを決め込むか」と隊長。

その言葉通りになってしまったか、江静は長いことうつむいたまま、言葉を発しなかった。

「江静、顔を上げなさい」と林芳芳が言ったが、うつむいたままだ。

だが、王恵妹だけは気が付いていた。江静が泣いていることを。

「そのままでいいわ」と王恵妹が言った。

林芳芳が思わず王恵妹に目線を送る。王恵妹は「任せて」と目で林芳芳に訴えた。

「ここは、王恵妹に任せてみよう」と局長の指示がイヤホン越しに聞こえてきた。

江静はまだうつむいたままだった。

王恵妹は、江静の様子を見た時、彼女をかばうためではなく、彼女の心を開かせるために、ここはしばらくそのままにさせる方がいいと判断した。江静は泣いている。それは、後悔の涙か、悲しみの涙か。ともあれ、江静に感情の波を起こさせ、心を開かせるのだ。

ただ、時間だけが過ぎていった。どれくらい経っただろう。十分、いや、二十分か。ただ沈黙だけが部屋を支配している。容疑者の取り調べとしては異常だ。何も質問をしない尋問。うつむいたまま、顔を上げない容疑者。別室でモニタリングしている面々も、最初は黙ってみていたが、さすがにしびれを切らし始めた。

「劉鋭指揮官、どういうことでしょうか」と局長が聞いた。

「私にもわかりません。しかし、王恵妹には、彼女なりの考えがあってのことだと思われます」

「それはわかりますが…もう二十分が経っています」

「金橋先生はどう思われますか?」

劉鋭が金橋に聞いた。

「わかりません。しかし、王恵妹は林芳芳の言葉を差し置いてまで江静にそのままでいいと声をかけました。恐らく、大学時代の親友だからこそわかる、何か特別なものがあるのかもしれません」

「その特別なものとは?」と隊長が聞いた。

「私にもわかりません。もしかしたら…」

「もしかしたら?」

「友情かもしれません」

「友情、ですか」と局長。

「親友が尋問されるのがかわいそうということですか?」と局長が金橋にさらに聞いた。

「そうではありません。しかし、親友だからこそわかる、親友だからこそ見えるものがあるのかもしれません。そうでなければ、王恵妹の性格からして、ここまでの異常さを保ってもなお、自分の主張を通そうとすることは、考えにくいのです」

「古今東西、固く口を閉ざした犯人の冷め切った心を開かせるのは、家族の愛情、もしくは親友の友情」と劉鋭は隊長の言葉を反芻した。

「まさに今、その友情が、江静の心を開かせようとしてるのかもしれません」と隊長は笑顔で劉鋭を見た。

時間はそのまま過ぎ去り、やがて三十分が過ぎた。

江静が顔を上げた。

「今日は…」

声が小さすぎて、聞き取れなかった。林芳芳が促す。

「今日は、これで終わりにさせてもらえませんか」

「体調不良ですか?」との林芳芳の問いに、江静は首を振ったが、それ以上、何も言わなかった。林芳芳は迷った。普通に考えれば、黙ったまま三十分も放置して、そして容疑者側のリクエストによって尋問を終了するなど考えられない。しかし、今、この江静に口を開かせるのは、王恵妹しかいない。そんな林芳芳の迷いを感じ取ったか、林芳芳と王恵妹のイヤホンに、別室からの指示が届く。

「王恵妹さん、あなたが決断してください」

局長の声だった。王恵妹は林芳芳を見た。林芳芳の目は、遠慮するなと語っていた。

「では、本日はこれで終了します」

王恵妹がそう宣言すると、刑務官が江静を連れ去った。

「疲れたでしょう?戻りましょう」

林芳芳は王恵妹を局長室に連れて行った。そこにはすでに、局長、隊長、劉鋭、金橋がいた。

「ご苦労様でした」と局長が労う。王恵妹は、自信がなかった。自分の決断で、三十分もの沈黙を作り、さらに、そのまま尋問を終えたことについて。

「よく決断した」と劉鋭が、その心情を察したように褒めた。

「あれでよかったのでしょうか」と王恵妹は、ここにいる全員に向かって発した。

「その答えはまだ出ていません」と答えたのは、隊長だった。

「我々の一週間の尋問だって、あれでよかったのかどうか、その答えは出ていませんから。でも、こうして遠路はるばる北京から来ていただき、最後の最後で江静から自白を引き出せれば、我々の一週間も、今日のあなたの決断も、すべて正しかったということになるのです」と続けた。

「その通りですね」と劉鋭。

「まだ初日だ。明日もある。今の段階で評価を下す必要はないさ」と金橋も言ってくれた。

「林芳芳さん、本当に申し訳ありませんでした」

「なぜ謝るの?」

「あなたの言葉を遮ってまで、江静にそのままでいろ、なんて話しかけてしまって」

「いいのよ。気にしないで」

みんなの優しさが、王恵妹の気持ちを軽くしてくれた。

「それより、しばらく休憩なさってください。今夜は、美味しいものでも食べに行きましょう。地元、九江料理のレストランを予約していますから」

一行は、お茶を飲みながら、夕食までの時間を休憩に当てることにした。

「九江料理は、どんな特徴があるんですか?」と金橋が局長に聞いた。

「ここ九江市のある江西省の料理全体を江西料理といいますが、九江料理は、その江西料理の主要をなす料理のひとつです。辛いのが特徴ですが、湖南や四川ほどではありません。海には面しておりませんから、海鮮は多くないですが、有名な廬山があり、また湖も多いことから、山と湖の幸を駆使した料理が有名です」

「御三方は、辛い物は大丈夫ですか?」と隊長。

金橋と劉鋭はそれぞれに「大丈夫です」「好きですよ」と答えたが、王恵妹は心ここにあらずで、曖昧な返事をしてしまった。それを見た林芳芳が、「ねぇ。ちょっと、外を散歩しない?」と誘ってきた。劉鋭も金橋も行ってこい、との反応だった。二人は、コートを羽織ると外に出た。九江市公安局は長虹大道という幹線道路に面しており、その長虹大道を挟んだ向かい側に南湖公園という公園がある。林芳芳はその公園に誘った。しばらく歩くと、南門湖という美しい湖があった。その湖畔で、ベンチに座ると林芳芳は「気持ちの切り替えが大事よ」と言った。

「あなたと江静さんが大学の親友だった。でも、差し出がましいようだけど、これは捜査よ」

そんなこと、言われなくともわかっている。そう言いかけて、王恵妹は止めた。林芳芳が本当に自分のことを思っての発言だというのを感じ取ったからだ。

「それも、恐ろしいほどの、凶悪なテロリスト」

「はい」

「それに…」と林芳芳は目線を南門湖に移して言った。

「江静という教祖は、恐ろしいほど頭が切れる。そして、感情の抑制力があるわ」

「確かに、大学時代から、成績は抜群でした」

「こちらが本当に欲しい情報には沈黙し、どうでもいい質問には明確に答える。あそこまではっきりと、こちらの質問の意図や、誘導に引っかからない容疑者は初めて。それに加えて、七日間、毎日、あの手この手を駆使して尋問しても、まったく感情を乱さなかった」

「でも、あなたは、その沈黙の壁を破りました」

「エンブレムの時ね。確かに、こちらが驚くほど、それまで極めて冷静だった江静が取り乱した。でも、それ一回だけ。それに、取り乱したからといって、必要な情報は、ついに口にはしなかった」

王恵妹は、たった一回の尋問で江静から何も聞き出せなかったことを恥じる必要はないのだと、林芳芳の言葉から感じ取っていた。気持ちの切り替えとは、そういうことなのだ。

「林芳芳さんは、取調官として、キャリアが長いんですか?」

「ねぇ。その言い方、堅苦しいからやめない?私のフルネームをさん付けで呼ぶの」

「でも、たぶん、あなたのほうがキャリアが長いから…」

「あら。キャリアが長いだって。年齢も上よ。どう見ても」

その言い方に、王恵妹はくすりと笑って、「じゃ、なんて呼べばいいですか?」と聞いた。

「お姉さん、でいいわ」

「わかりました。お姉さん」

「ところで、あなた今いくつ?」

「二十八歳です」

「まだ二十代なんだ」

「お姉さんは?」

「三十五よ。独身」

「彼氏は?」

「いるように見える?」

「そんなにきれいなんですもの。いないようには見えません」

ふふふと笑った林芳芳は、「今は、いないわ」と言ってから、あなたは?と王恵妹に聞いてきた。

「彼氏ですか?私もいません」

「好きな人は?」

「好きな人は…」

「いるわよね?」

「え?」

「いるでしょ」

「え、あ、はい」

「それは大学教授ね?」

王恵妹は自分の顔が赤くなるのを感じた。

「恥ずかしがらなくていいのよ。でも、当たりでしょ?」

「どうして、わかるんです?」

「どうもこうも、あなた、超が付くくらい、わかりやすいわよ?」

「え、本当ですか?」

「本当。だから私にはすぐわかったわ」

思いがけない展開に、王恵妹はたじろいだ。

「素敵じゃない。恋をするなんて」

「でも、私より十歳も年上だし、私は元々生徒だったし」

「だから?」

「だから、恋愛対象として見られることはないと思います」

林芳芳はじっと王恵妹を見つめている。

「なんですか?」

「あなた、本気で言ってるの?」

「はい」

すると、林芳芳は今度は声を上げて笑った。

「なんですか?」

「ううん、いいの。なんでもない」

「なんですか、そこまで言って。教えてください。ずるいです」

「こういうのはね、他人がとやかく言わない方がいいの。本人同士が自然に気付くのがいいのよ」

「本人同士が気づくって…どういうことですか?」

それには答えず、林芳芳は立ち上がると屈伸運動を始めた。そして、「こんな仕事してるとさ」といい、屈伸を続けた。そして、振り向くと、

「世の中の汚い部分ばかりと向き合うじゃない?犯罪者を捕まえて、尋問して、送検して、裁判して。そして、あなたはどれくらい刑務所に入りますよって。そんなことばっかり」と言い、次には足元に落ちていた小石を拾い上げ、「だからさ、その真逆がほしくなるの。美しくて、ピュアで、ロマンがあって、未来があって。希望に満ち溢れている。そんな話題がほしくなるのよ」と言うと、小石を湖に投げ込んだ。

「だから、あなたたちが北京から来てくれて、なんだか新鮮な気持ちになれて、とても嬉しいわ」

「そんな。こちらこそ。それにまだ、お役に立ててませんし」

「これからよ」

「はい」

その時、林芳芳の携帯が鳴った。林芳芳が出ると、「えっ」と驚きの声を発した。そして真顔になり「すぐに戻ります」と言うと、「江静が自ら、もう一度、話したいと言ってるって。今すぐ尋問再開よ」と言った。

二人は、大急ぎで公安局へ戻った。



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