猫ドラゴン -うちの猫の中身はドラゴンだそうですー
犬の息抜きに書きました、本当は猫派なんです。
(^・ω・^=)にゃんにゃんお!
「ほれ、シロコ。御所望の金色の缶詰的なやつだ」
目の前で鎮座している猫に、蓋を開けた缶詰を置いてやる。
『うむ、苦しゅうない。って騙されるか! 単に缶が黄色く塗ってあるだけではないか!! 騙すならせめて皿に分けろ!!』
シロコのにゃーにゃーとした鳴き声は耳に、抗議の言葉は頭に響く。
「ちっ、バレたか」
『騙すつもりなどないであろう!』
シロコはそう言うと、飛びかかってきてガブガブと俺のズボンを齧る。もちろん猫キックもセットだ。全然痛くないけどな。
「まだ給料日前で厳しいんだよ、お前を買った時のカードの支払い残ってるし」
『くっ、そう言えば我が引くと思っておるだろう!?』
「いやいやマジでマジで、だってお前は人気ナンバーワンの種類の猫なんだぜ? おかげで俺の昼飯はいつももやしだ。うぅ……」
大袈裟に、涙を堪える演技をする。
『うっ……わ、分かった、分かっておる! そのローンとやらが終わるまでは、これで我慢してやるわ!』
シロコはそう捨て台詞吐くと、ホールドしていた俺の足を開放し、プイッとさっき開けた黄色に塗った缶詰に向かう。
悪いな、それケースで買ったからまだいっぱいあるんだ。相変わらずチョロい猫だ。
「美味いか?」
『これは一昨日食したものと同じであろう? いい加減飽きたわ』
そう言いながらも、シロコは短い尻尾はピンと立たせて食べている。それなりに満足はしてらっしゃる様で何よりです。
その可愛く尻を振りながら食べるシロコの後ろ姿を眺めていると、3ヶ月前にコイツと出会った時の事を思い出す。
・
『……ぜだ……我が……事に……』
「ん? お前なんか言ったか?」
「え? 何言ってんの? それより早くご飯奢ってよ」
「奢りは確定かよ……」
俺は妹が大学生になり、上京する際に一人暮らしするためのアパート探し。その不動産巡りに付き合わされていた。
「にぃはもう社会人になって3年でしょ? あんな狭いアパートに住み続けてんだから、そこそこ貯えはあるはずじゃん?」
「狭いアパート言うなや」
俺は大学を卒業しても、今の場所。学生時代から使っているアパートに住み続けていた。狭いながらも長年使い続けている俺の城である。
「さっさと引っ越せばいいのに、せっかくだからシェアとかする?」
「妹と一緒に住むとか、それどんな罰ゲームだよ。全裸で寝れねえじゃねえか」
「まだそんな謎の健康法やってんの!? そのせいで毎年風邪引いてんじゃん!!」
7つ歳下の妹に怒られる。怒られるが俺はやめる気はない、もう俺は服を着ると眠れない身体になってしまったのだよ。
「はっはっはっ」
「笑って誤魔化すな!」
遠慮のない妹のローキックが俺の足を襲う、全然痛く無いが。
「いや、お前も一度やって『この……では……破れ……』─やっぱなんか聞こえるな……」
「実の妹に何やらせようとしてんのよ! ──って、どうしたの?」
キョロキョロする俺を心配した顔で見上げる妹。とうとうイカれたかって? いや、別におかしくなったわけじゃないぞ?
「……こっちか」
「ち、ちょっと! ランチは!?」
喚く妹を後ろに、声がする方に向かって歩く。すぐ目の前の曲がり角から聴こえている様だ。
「ここか?」
「もうっ! どこに──って、わぁ! 可愛い!!」
角を曲がると、その角はある店舗の横壁だった。
俺の目の前には色んな種類の仔猫と仔犬がケージに入っており、所狭しと動き回っている。いわゆるペットショップである。
「急にどうしたのよおにぃ、昔タマコが亡くなった時、大泣きしてもう猫は飼わないって言ってたじゃん」
「お前、そんな事は覚えてんのな……」
妹は、あの時の顔めっちゃウケた! っと、俺に悪態をついて店の中に入っていく。あん時はお前の方が泣いて、いや叫んでたと思うんだがな……。
『この神とまで言われたドラゴンであった我が、何故この様な目に……』
「ドラゴン?」
しげしげとケージの中を眺めていると、今度はっきりと聴こえた謎の声。俺はその声に反応してしまい、思わずその方向に顔を向ける。
……その俺の視線先には、仔猫と言うには少し大きめの白い猫がいた。
そしてバッチリと互いの目が合う。
猫のギョッとした顔なんて初めて見たな……。
・
「そしてこの、前世で2千年間神として扱われていたという、自称ドラゴン様の猫を買う羽目になったとさ」
『自称とはなんじゃ!』
おっと、声に出てたか。
だが、餌を食い終えて顔を洗う仕草は猫そのものだぞ?
あのペットショップで売れ残っていたシロコは、このままだと繁殖用に回されてしまうと俺に哀願した。
店の店員も、にゃーにゃーと俺に懐く(様に見えた)猫の姿に購入を勧められしまい、見て見ぬ振りも出来なかった俺は、カードを使わざるを得なかった。
実家に放り投げようかとも思ったが、妹に蹴られる。
コイツを飼う羽目になった俺は、長年使っていたアパートを引き払い。ペット可の物件を探して、妹ととのルームシェアを強制されてしまう。
そのせいでおれが全裸睡眠をすると、ローキックがミドルキックになるので、おちおち服を脱ぐこともできない。
『して、妹御は大学かの?』
顔を洗い終わったシロコは、今度は身体を舐めつつ俺に問いかける。うん、凄く猫だ。
「ああ、今日は半ドンだからもうすぐ帰ってくると思うぞ?」
『はぁー……』
俺の報告に、ものっそい顔で溜息を吐くシロコ。頭に響くこの声に、溜息とかどんな意味があるんだ?
「なんだよ? 同じ部屋に住む家族だろう? 仲良くしろよ」
「……あれを見てもお主はそれを言うのか?」
猫なのに、ハイライトが消えた瞳で視線を向けたその先には、猫用の玩具が山積みになっていた。
「まぁ、気持ちは分からんでもない」
妹は、久し振りに飼う猫にテンションがおかしな事になってしまい、色々と玩具を買い漁っている。
シロコも完全に無視をするのは忍びないらしく、なんとなーく付きってやるのだが、あまりノリが良くないので、余計に玩具の種類が増えてしまうループになっている。
『この前はボールを転がしながら鼠の着いた紐を揺らし、我の目の前にチアオチュールを突き付けてきたのだぞ? 我はどうすれば良いのだ!?』
「まぁ……ドンマイ?」
『GYAOO!!』
俺の慰めの言葉に感動したのか、シロコはまたもや俺のズボンに齧り付く。はっはっはっ、爪を立てるな、もう俺のズボンの裾はボロボロだ。
そんな飼い猫との微笑ましい時間も、帰宅してきたもう1人の家族によって止められてしまう。
ガチャッ。
「たっだいまー!!」
『ひぃ!?』
妹が元気な声で帰ってきた。手に持ってるのは新しい猫用玩具か?
シロコは妹の声が聞こえるなり、俺の背中に飛び付いて張り付く、爪が立っていて痛い。
「おにぃただいま。シロコは? シロコー!」
俺がお帰りと声を出す前に、シロコを探し始める我が妹。シロコは大体俺の部屋に避難しているので、真っ先に荒らされる。おかげでプライベートな物を置く事が出来ない。
「おにぃ、シロコは? ってなにそのポーズ?」
俺は両手を広げて妹に向き合っている。
『いいぞ! そのままお主の部屋に避難するのじゃ!!』
「いや? お帰りのハグをしてやろうかと思ってな?」
「なに気持ち悪い事言ってんのよ?」
ササッと俺から距離を取る妹。お兄ちゃん悲しい……昔はどこに行くにも俺の後ろに着いてきたのに。
そのまま移動しようかと思ったが、シロコはズリズリと俺の背中から下に滑り、ボテッとフローリング落ちた。そういや昨日爪を切ったばかりだったな。
「シロコー? あっ! ここにいた!」
『あぁ……』
哀れ、シロコは妹に捕獲されてしまう。
「またおにぃの背中に引っ付いてたの? だめだよー、全裸が移っちゃうよー?」
「こら待て妹よ、シロコはいつも全裸だろう?」
「はいはい、シロコはあっちで遊ぼうねー。なんかよく分からない錦蛇の縫いぐるみ買ってきたんだよー」
俺の抗議は丸っと無視され、妹の部屋に連行されていくシロコ。その哀愁漂う目はなんとも言えないものであった……。
錦蛇の縫いぐるみって、シロコ喰われてしまうん?
…
……
翌日の朝、寝ている俺の顔がペチペチと叩かれる。
「なんだ妹よ、今日は日曜だぞ? もう少し寝かせれ……」
お兄ちゃんは疲れてるのだよ。
二度寝を決め込もうと布団を被るが、すぐに捲られてまたペチペチ叩かれる。
「起きろ! よくも昨日は裏切ってくれたな! あの後、我は変な縫いぐるみに喰われたのだぞ!?」
やっぱりあの錦蛇はシロコを喰らう者だったか。きっと今頃はインスタにアップされて、全国の皆様に晒されているだろう。
「なんだよ、別にそれくらい……って、ええっ!? お前シロコか!?」
寝惚け眼を擦りつつシロコを見やると、そこには猫耳が生えた少女が俺に跨っていた。
「ふふん! 昨夜にとうとう人化が出来るまで魔力が成長したのだ! これでゆくゆくはドラゴンの姿に戻る事も出来るであろう!」
むんっと胸を張る猫耳少女。
でも何だろう? なんか今ひとつバランスがおかしいような?
「お、おう、それは良かった……けど……」
「なんじゃ? 何かおかしいとこでもあるのか?」
猫耳とか、横から覗く尻尾とか、色々とおかしい気もするが、何よりもパッと見たこの姿に大きな違和感を感じる。
そしてブンブンと両手を振るシロコの姿を見て、俺はその違和感に気付いた。
「シロコ、お前の両手……なんか短くね?」
「…………は?」
スコティッシュフォールド。
特徴は手足が短く、愛くるしいその姿は、ペットショップでは1番人気の猫の種類だ。
数年後。とある街では、手足が短く、やたらずんぐりむっくりなドラゴンの飛んでいる姿が、目撃されたとかされなかったとか……。
読んでいただいてありがとうございます。