07 狩り。
翌日は、フランケン院長と狩りをすると約束をして、イサークさんの家に向かった。黒猫のチェシャも一緒だ。
「というか、お前、イサークさんにちょっかい出すつもりだったって言ったよな?」
「にゃあ」
「猫の姿の時は猫を貫くつもりか。まぁ勝手に話すけれど」
後ろを歩いてくる黒猫に、私は一方的に話す。
「イサークさんを追いかけてこの街に来たのか? ここって結構最果てに位置するんだろう。イサークさんを追って来たなら、イサークさんってそこまで有名な冒険者だったってこと?」
あまり大きい国とは言えないとも聞いたが、ここは最果てだ。
人間の王が治めている小さな国の最果て。
イサークさんはどこから来たのだろうか。
イサークさんってどんな冒険者だったのだろう。
「にゃあん」
「いや答えろだし」
「何、猫と喋ってるんだ?」
話をしていれば影が差す。
イサークさんの声に振り返れば、木刀を持った彼が立っていた。
もう家に着いたようだ。
イサークさんもチェシャのことはただの猫にしか見えないらしい。
私も変身するまで気付かなかったからね。
「ほら。もう二人は来てるぞ」
「ん? 二人?」
その木刀を持たされてから、伝えられた言葉に首を傾げてしまう。
二人って誰だ。
「何首傾げてるんだ。お前が差し向けたんだろう?」
「なんの話ですか?」
「あれだ、あれ」
ちょっと強引に腕を掴まれて、畑の方へと連れて行かれた。
畑の前には、木刀を持ったニーヴェアと、それに立ち向かうアッズーロがいる。ニーヴェアの木刀を避けて、突進しようとしたアッズーロだった。だが、ニーヴェアが木刀で足を崩して、アッズーロは転倒する。
「何やってんだ、お前ら」
「あ、ヴェルミ」
「ヴェルミ!」
歩み寄って問う。
地面に平伏したアッズーロは、すぐさま起き上がっては尻尾を振る。
「ヴェルミみたいに強くなりたいってオレに弟子入りに来たんだぞ」
初めてイサークさんに名前を呼ばれた。
私みたいに強くなりたい、か。
「お前ら、邪魔。先に弟子入りしたのは私だぞ」
「なっ! 先も後もないだろう!」
「オレ、つよくなる」
私はまたもや首を傾げた。
「何、二人とも冒険者になりたいの?」
「っ」
「……」
ニーヴェアは頬を赤らめてそっぽを向く。アッズーロは黙る。
「昨日、お前が言ったことを聞いていたんだろ」
後ろに立ったイサークさんの言葉で、ピーンときた。
チェシャと同じく盗み聞きをしていたのだ。
私の秘めた願いを聞きやがった。
私は影を伸ばして、二人の足を取り上げて転ばせる。
「何すんだ! ヴェルミ!」
「なんで盗み聞きしていた」
「うっ」
怒って起き上がるニーヴェアが、悪びれた反応をした。
でもひょこっと起き上がったアッズーロの方は、反省の色なし。
「フランケンいんちょーにヴェルミのようすを見るようにたのまれた。いじめられているとおもったんだ」
なるほど。フランケン院長は私がいつも汚れて帰ってくることをいじめられているのではないかと、心配したのか。それでニーヴェアとアッズーロがついてきた。追跡に気付かなったなんて、悔しい。私もまだまだだ。
「お前、保護者の許可をもらっていなかったのか。もらってからこい」
「別に何も言われてないからいいと思いますけど」
ニーヴェア達から報告をもらったであろうフランケン院長から注意も何もされていないから、反対はしていないと解釈する。
「あとになってどやされるのはごめんだ。さっさと三人揃って許可をもらってこい」
「ええー」
木刀を取られて、背中を押された。
それで反対されても来るけど。
私はしぶしぶニーヴェアとアッズーロとチェシャと孤児院に戻った。
「「フランケンいんちょー」」
「フランケン院長」
前庭で子ども達を遊ばせていたフランケン院長を、三人で呼ぶ。
「イサークさんの弟子になりました。鍛えてもらってもいいでしょうか?」
「……冒険者になりたいのか? 皆」
片膝をついてフランケン院長は尋ねる。
私達は、首を横に振った。
「私は強くなりたいだけ」
「オレも、皆を守れるくらい強くなりたい!」
「……つよくなりたい」
三人揃って強くなりたいと回答する。
「そうか」と頷くフランケン院長は、私達の頭を撫でた。
「許可しよう。あまり無理はするな」
あっさりと許可は出たので、私はダッシュでイサークさんの家に戻る。
「待て! ヴェルミ!」
「にゃあっ」
ニーヴェアとチェシャが追いかけてくるが、後ろは振り返らない。
アッズーロはあっという間に横を走った。
「許可もらってきた! イサークさん、改めましてお願いします!」
裏庭で椅子に座って、ナイフで木を削っていたイサークさんに頭を下げる。
あとからアッズーロと追いついたニーヴェアも、頭を下げて「お願いします」と言った。
「はぁ……なんでこうなったんだか」
独り言を呟いて、イサークさんは立ち上がる。
木刀を私に投げ渡して「ヴェルミから始める」と告げた。
順番に鍛えられる。構えや動きを指導してもらい、自分の番ではない時はイサークさんの動きをひたすら観察した。
アッズーロは剣の稽古はからっきしだめだけれど、ニーヴェアはなかなか強かったと思う。
「いい動きだ」
イサークさんにそう褒められるほどだった。
尋ねてみれば、ニーヴェアは親を亡くす前までは教えてもらっていたのだという。どこか嬉しそうにはにかんでいた。
弓も教えてもらったと答えるニーヴェアは、孤児院で最長年だと思う。三つ歳上だったはず。
「ニーヴェアはいつから孤児院にいるの?」
「もう四年になるな」
「ふーん」
何度も木刀を落としてしまい「しっかり握れ」と叱られているアッズーロを、二人で眺めながら続けて質問をしてみた。
「どうして両親亡くしたの?」
「……」
やっぱりするべき質問ではなかったのか、ニーヴェアは俯く。
カラン、とまたアッズーロが木刀を落とす音が嫌に響いた。
「……吸血鬼だ」
「え?」
「悪い吸血鬼に里を襲われてしまったんだ。生き残ったのは隠れていたオレだけ」
「……悪い……吸血鬼……」
「冒険者達が来て、その悪い吸血鬼は倒されたんだけどな」
顔を上げたニーヴェアは、顎でクイッとイサークさんを示す。
「あの人もいた」
イサークさんがいたという。
「だから、ヴェルミが吸血鬼だってだけで避けてた。ごめん。ヴェルミは悪くないのに」
「……あー、そうだったの」
だから孤児院に来たばかりの時は遠巻きにされていたのか。
「でも吸血鬼全員を恨んでもしょうがないよ。それなのにこうして私と普通に話せるニーヴェアはすごいと思う」
「! ……そ、そうか」
話からして里は壊滅させられたのだろう。じゃなきゃニーヴェアは里にいる。ここの孤児院にはいないだろう。
ニーヴェアは頬を赤らめて照れた。
「なんで吸血鬼は里を襲ったんだ?」
「エルフの血を求めたんだと思う。不死の血は格別らしい」
「……」
「……な、なんだよ」
エルフの血。格別に美味しいのか。
思わずニーヴェアを凝視してしまった。
「べ、別にヴェルミになら、血を分けてやってもいいが? そんな目で見るなっ」
「いいのかよ」
ニーヴェアは本当に私のことを受け入れてくれているらしい。
「私はコップ一杯で満たされるのに、里を襲って暴飲か……この世には悪い奴はいるんだな」
「……ああ」
「強くならなきゃだな」
「ああ!」
決意を再度固めた私とニーヴェアだったが、今日はもう終わりだと追い払われた。
今度イサークさんに話を聞いてみようと決めて、私はアッズーロとフランケン院長と狩りに出掛ける。その間、ニーヴェアは留守を頼まれた。
アッズーロは森を駆けては、地面の匂いを嗅いで獲物を探す。それについていく私とフランケン院長。
「思ったんだけど」
「にゃあ」
「お前自分で狩れよ」
絶対私より強いだろ。そうついてきたチェシャを見下ろす。
「約束しただろう? ヴェルミ」
「にゃあん」
「……はーい」
フランケン院長と一度約束してしまったが、解せない。
チェシャは、にまにまと笑っているようだった。
小鳥を見付けたので、影を伸ばして捕まえる。
アッズーロは子鹿を仕留めた。
褒めてと言わんばかりに頭を押し付けられたので、押し退けつつ撫でてやる。それを見たチェシャがアッズーロに飛びかかったから、狼と猫の喧嘩が始まってしまった。猫の首根っこを掴めば、仲裁出来たけれど。
「明日はあたしも連れってって!」
夕食時にそう言い出したのは、セイレンのセイカ。
「歌のれんしゅうをするの!」
「へぇ、それは名案だ」
「でしょでしょ?」
セイレンの歌声で獲物を誘う。
前世でセイレンと言えば、歌で船乗りを惑わす海の怪物だった。でもこの世界では、歌で特定の獲物を誘う能力を持った魔物。人間でも魔物でも動物でも、狙って誘い込めるらしい。
それなら、狩りがしやすくなる。
フランケン院長の許しが出るかどうか顔を見ようとしたが、その前にアッズーロの顔が目に留まった。露骨に嫌そうな表情をしている。
「なんて顔してるんだよ、アッズーロ」
「……」
「アッズーロは明日からヴェルミと二人で狩りをしたいと言っていたところなんだ」
黙り込むアッズーロの代わりに、フランケン院長が理由を話す。
「フランケンいんちょーは来ないの?」
「そろそろ任せようと思う」
まぁ、唯一の大人であるフランケン院長がいないのはあれだ。
心配でもあるし、そうした方がいいだろう。
「セイカの歌で動物を集めてもらって狩りをしよう」
「……」
「それで頼む。ヴェルミ、セイカ、アッズーロ」
アッズーロはむくれたままだったが、フランケン院長も決定を下す。
セイカが翼の腕を真上に上げて「やったー!」と喜んだ。
イサークさんのしごきを受けてから、狩りに出掛ける。
そんな日々を過ごした。
陽が強い日でもイサークさんは容赦ない。吸血鬼が陽に弱いって知ってるくせに。加減もあったものじゃない。
霧を作り出して陽を緩和させていれば「隙だ」と鳩尾に木刀を突っ込まれた。痛い。超痛い。撃たれた時より痛いかもしれない。
倒れていたら、そこに木刀を振り下ろしてくるものだから、本当容赦なかった。鬼畜だ。鬼畜。
狩りは、毎日順調だった。
不貞腐れた態度のアッズーロも、慣れた様子でセイカが集めた獲物に飛びかかり仕留める。
「セイカ。歌、きれいだね」
「へへへ! ありがとう、ヴェルミ!」
オレンジに見える茶髪のセイカは、照れた笑みを溢して喜んだ。孤児院の中で、一番の美少女だと思う。
アッズーロも私を見習って褒めればいいのに、何も言わない。
モテないぞ。お前。
イサークさんにしごかれて、なんとなく身体が動きやすくなってきたが、強くなっているかは疑問。イサークさんには負けっぱなしで、私達の攻撃は掠りもしない。
どうやったらあの人を超えれるのだろうか。
考えつつ、午後の狩りをしていたら、森の異変に気付く。
なんだかざわめいているように感じた。
アッズーロも毛を逆立ている。
(ヴェルミ)
名前を呼ぶ声が頭の中に響いて、ちょっとビクッとした。
チェシャの声だ。いないと思ったら、私の影にいるらしい。
(思念伝達で話しかけてる)
テレパシーみたいなものか。
(近くに強敵がいるようだ。セイレンの子は帰した方がいい。今日は動物
も寄り付かにゃいだろうにゃ)
「強敵、ね」
何かが近付いていることはわかる。動物も危機を感じて、セイカの歌には釣られないようだ。
私はセイカが留まっている木の枝に飛び乗った。
「セイカ。お前は先に帰っていろ」
「え、なんで?」
「森が変だ。院長に伝えてきてくれ」
「わかった」
素直に従ってくれたセイカは、翼を羽ばたかせて孤児院に帰っていく。
それを見送ったあと、アッズーロの元に降り立つ。
「強敵がいるらしい。私は偵察に行くけど、アッズーロはどうする?」
「……行く」
私とアッズーロは、好奇心で偵察しに行くことにした。
やばそうなら逃げる。私とアッズーロならば、逃げることも容易い。
私達は不穏な気配がする森の奥を駆け足で進んだ。
そして、木々が軋む音を耳にする。
ゴオオオ、と轟音が響き、アッズーロは足を止めた。
私は構わず前を進む。
木の枝から木の枝を飛び移り、ようやく目に入った。
(ああ、ヘッドドラゴンだにゃ)
チェシャが言う。
ヘッドドラゴン。ドラゴンのような頭を持つが、決して空は飛ばない。羽はない。しかしその大きさはドラゴンと同じ。二メートルは余裕である。そのくせ身体は、頭の一回り小さい。大きすぎて身体は支えるようには出来ていないようで、引きずった跡がある。
そのヘッドドラゴンが木々をへし折り、執拗に追いかけているのは一人の男だった。
血の香りが鼻に付く。深傷を負っているようだ。
スミレ色の短い髪をしているが、右サイドは結んでいる。そんな男の人は、左の額に角を生やしていた。大剣を振り上げて下ろすと、衝撃波で地面が割れる。細身に見えるのに、驚異的な怪力の持ち主。
たぶん、オーガという種族だろう。
ヘッドドラゴンは、振り下ろされた大剣なんて気にも留めず、大口を開けて食べようとする。あの怪力で振り下ろされる攻撃が効いていない。相当硬い皮膚のようだ。
「っ! 子どもっ!?」
木の上から傍観していたが、そのオーガの青年に見付かった。
2018118