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05 弟子入り。




「イサークさん。冒険者だったんですか?」

「……」


 またチラリと私を見てから、イサークさんは目を背けて答える。


「違う」

「……」


 嘘を言っているように思えた。


「ほら行こう。ヴェルミ」

「……うん」


 トマトをカゴに入れて抱えるニーヴェアが先に行く。

 イサークさんを気にしながら、私はニーヴェアの後ろを歩いた。

 イサーク。隠居している元冒険者。

 それにしては、強さをヒシヒシと感じた。


「フランケンいんちょー」

「なんだ。ヴェルミ」

「冒険者って何?」


 フランケン院長の元に行き、私は大きすぎる手を掴んで訊いてみる。


「……冒険者は、悪い魔物や魔獣と戦う職業……仕事だ」


 悪い魔物、か。

 共存している世界かと思っていたが、そうではない魔物もいるみたいだ。

 魔獣も初耳だな。どんな生物だろうか。

 手練れの冒険者なのだろうな。あの人。


「魔獣ってどんなの?」

「恐ろしい生き物だ。大暴れするし、食べれない」

「食べ物にならないの?」

「ああ、瘴気が濃くってな」

「ふーん」


 瘴気はなんとかわかる。害があるものだろう。毒だっけ。

 魔獣の血も飲まない方がいいと覚えておこう。


「……魔獣はどのくらいの大きさ?」

「今日はよく喋るな」

「質問してるだけ」


 首を傾げるフランケン院長は、どこか優しい眼差しに見えた。

 私も首を傾げて、そう返す。


「ずいぶん人気者になったようだ、よかったな」


 ぽん、と大きすぎる手が頭を置かれた。


「ヴェルミ! みてみて!」

「かみかざりもらったのー」

「あたしもほしいー」


 女の子達に囲まれる。

 宝物みたいに両手で差し出したのは、欠けたガラス玉がついた髪飾り。

 要らないからと渡されたのだろう。

 こんな欠けたガラス玉の髪飾りが欲しいなんて。それなのに、喜んでいる。

「可愛いけど、怪我しちゃうかもしれないからそのガラス玉をとろう」

「えぇー?」

「代わりに花でも挿し込めばいい」


 ぺキッとガラス玉をへし折ってしまえば、ただのピンになるけれど、花を摘んで挿せばいい。


「そっか!」

「ありがとう、ヴェルミ!」

「いいなぁ」


 セイレンの女の子は、翼を口に当てて羨ましそうに見つめた。


「花、挿したら、皆可愛くなるんじゃない」

「そう!? じゃあみんなでお花ばたけにいこう!」

「いこう! ヴェルミ!」

「え? 私も?」

「いきましょう!」


 花畑に誘われるのは、初めてだ。

 拒否権はないようで、両腕を掴まれた。

 晴れてるから室内に居たいんだけど。

 フランケン院長は、まだ優しい眼差しを送る。

 やれやれ。

 私達は一度孤児院に戻って、それから雑木林の向こうにある丘の花畑に向かった。

 私にプレゼントした花冠も、ここで作ったようだ。

 白い花や黄色い花が、咲いている。


「ヴェルミ、おねがい」

「わたしもー」


 何故か私に花を挿すように頼んでくる。

 仕方ないので、プチアレンジした髪に、崩れないよう挿し込んだ。


「うん、可愛い」


 女の子達を見回して、一言つけ加える。

 女の子達は、大喜びした。


「ちょっと!」


 そこに声が上がる。女の子の声だ。

 孤児院の子どものものではない。

 顔を向けてみれば、リボンの装飾がついたドレスを着て、そして金髪の髪をツインテールにした女の子が胸を張っていた。威張っている様子。後ろには女の子が二人控えていた。どう見ても、街の子どもだ。それも筆頭は、裕福な家の子どもだろう。


「ここはわたしのお花ばたけよ! コジはきえてくれない?」

「「そーよ、そーよ」」


 大人から孤児について聞いたようだが、卑下するようにも言われたのだろうか。

 自分達はその子ども達には劣っていると自覚しているようで、さっきまで喜んで笑っていた彼女達は俯いた。


「名前でもつけてるの?」


 私は落とした腰を上げる。


「だまりなさい、コジのくせに」

「孤児だから何? だいたい人間の子どものくせに、私達に喧嘩売るつもり?」


 言い返して、私は不敵に笑う。

 威張った街の女の子達は、たじろぐ。


「いいよ、ヴェルミ。いこう」

「先に来たのは私達。仲良く遊ぶなら、一緒に遊びましょうよ」

「ヴェルミ!」


 ノームの双子ちゃんに止められる。頷くとは思えないらしい。

 でも私は、街の女の子達の答えを待つ。


「ふ、ふん! コジとあそぶなんていやよ!」

「じゃあ別の場所に行って」

「コジのくせに!」

「人間のくせに」


 からかうように言い返して、にんまりと笑う。


「なにわらってるのよ!? ここはにんげんのおうさまがおさめているくになのよ!」

「だからって自分が偉いって勘違いしてるの? あったまわるー」


 差した指をくるくると回す。

 リボンの女の子が赤面した。効果覿面のようだ。


「なによ! バケモノ!」

「ん」


 手を振り上げたが、私の手が上がる方が早い。

 音もなく伸ばした影を地面から出して、彼女のドレスを捲った。


「きゃ!?」


 後ろを振り向いてドレスを押さえる。控えていた二人は戸惑うだけ。

 私がしたとは思ってもいないようだ。

 次は取り巻きの二人のドレスも捲ってやった。


「「きゃあ!?」」

「どうかしたぁ?」

「なっ!?」


 クスクス笑う私を見る余裕はなくなり、三人はキョロキョロしながらその場で回転をする。見ていて愉快だ。


「いやぁ!!」


 怖くなったのか、三人は駆け出して逃げる。

 吸血鬼が影を操ることは知られていないみたいだし、わかるはずもないか。

 そう言えばなんで知られていないのだろう。私だけ特別なのだろうか。

 この能力のせいで捨てられた? なんて深読みをしてみてもしょうがない。

 そうだ。冒険者のイサークさんなら、何か知っているかもしれない。


「ありがとう、ヴェルミ!」

「でもヴェルミがいないときにきたらどうしよう」

「一緒にいればいい話だろ」


 次来た時に絡まれたら怖いと言うけれど、一緒にいればいい。

 そうすると「ありがとう! ヴェルミ!」と抱き付かれた。

 孤児院まで一緒に帰ったが、私はすぐに「ちょっと出かけてくる」と伝えて街外れに行く。

 イサークさんの家を訪ねた。コンコン、とノックすればドアが開いた。


「……またか」


 私を見下ろすイサークさん。


「こんにちは。イサークさん。私はヴェルミです。冒険者なんですよね?」

「……違うと言っただろう」


 また目を背けるイサークさんは、ドアノブに手をかけて閉じようとした。

 でもその前に私は影を伸ばして、阻止しようとする。

 その影に、ナイフが落とされてしまい、影は動かなくなってしまった。


「!」

「……なんのつもりだ」


 イサークさんが静かに問う。

 私の影遊びをそんな風に阻止できるとは驚きだ。

 でもそれ以上に、この人はやっぱり手練れだとわかり喜ぶ。


「遮ろうとしただけですよ。イサークさん、私の影にびっくりしないんですね。どうして私が影を操れると知っているんですか?」

「……帰れ。陽が暮れるぞ」

「知ってるんですね」


 私は嬉々として問う。

 影遊びの対処方を知っているし、驚いていない。


「弟子入りしたいんです。どうか私を鍛えてくれませんか?」

「……はっ?」


 それは予想外だったようで、目を丸める代わりにしかめた。


「……。オレは冒険者でもなければ、弟子をとるつもりもない」

「お願いします」


 目を合わせようとしない。暗示を警戒しているようだ。

 暗示を使って頷かせるつもりはないので、いいけれど。


「帰れ」


 ナイフを床から抜いて、今度こそドアを閉めようとした。


「また明日来ます」


 パタン、とドアが閉じられる。でも伝わっただろう。

 私は有言実行で、訪ねに行った。

 家の中にはいなかったけれど、畑にいたので挨拶をする。

 影遊びで。

 影が迫ると、腰のホルダーにあったナイフで刺して阻止した。

 影の気配を察知したのだろうか。すごい。


「……なんのつもりだ?」

「また来るって言ったじゃないですか」

「…………」


 黙り込んで、じっと見下ろしてきたイサークさんに、私はにこりと笑って見せる。


「弟子は断ったはずだ」

「あ、お構いなく。勝手に挑ませてもらいますので」

「……はっ?」


 ナイフを抜き取って、私は構えた。

 私の言葉を理解していないイサークさんに再び影を伸ばす。

 しかし、飛び退いて避けられた。

 私はナイフを逆手で握って、駆け出す。

 イサークさんは手に取ったクワで、私の持っていたナイフを弾き飛ばした。


「ありゃ」

「ふざけるなっ。帰れっ!」

「お」


 首の襟を掴み上げられたかと思えば、畑から放り出される。

 もちろん、着地をした。


「また明日も来ます」

「来るな!」


 そう返されたが、私は翌日もイサークさんの家に足を運んだ。

 追い出せれるまで、挑み続けた。

 影遊びで駆使しつつ、爪で引き裂こうと向かう。

 でもすぐに避けられては首根を掴み、放り投げられてしまった。

 むぅ。強い。

 隙あれば暗示を使いたくても、目も合わせない。隙がない。


「こっちは四歳児だぞ!」

「四歳児が殺すつもりで飛びかかってくるわけねーだろ!」

「殺意はないのに!」


 ちょっとは手加減してと言おうとしたが、確かに四歳児が飛びかかってくるのはおかしい状況だろう。

 ホラーだ。あ、吸血鬼の子どもだから、十分ホラーか。

 段々と放り投げることに容赦がなくなり、孤児院に帰る私は砂まみれになる。


「……毎日何して遊んでいるんだ」

「汚してごめんなさい」

「いや、謝ることではないが」


 フランケン院長に謝っておく。でもイサークさんから苦情は来ていないようで、事情は知らない。まだ、かもしれないが。


「ヴェルミ。なにして、あそんでいるんだ?」

「ん?」


 アッズーロにも問われて、私は少し考える。


「私には大事なこと」

「……?」


 それだけを答えて、ベッドで眠った。

 曇りの翌日は頼まれたので、女の子達と花畑に行く。それが済んでから、またイサークさんの家に行った。そこに黒猫がいたけれど、スルーする。猫は好きだけれど、気安く触るのは痴漢と同じだと思う。我慢。

 畑で作業をしていたイサークさんは、私を目にしてげんなりした表情をする。私は笑う。


「待て。なんでお前は挑み続ける?」

「強くなりたいから」

「強くなってどうするつもりだ? 冒険者になりたいのか?」


 今日は飛びかかって来るなと言わんばかりに、掌を突き付けて制止させた。


「いや、別に冒険者になりたいとは思ってないけれど」

「じゃあなんで強くなりたい?」

「……」


 ちょっぴり考えてから、イサークさんを見上げる。

 これを話すのは、生まれて初めて。前世も含めて。


「私、本物の絆が欲しいんだ」

「……絆?」

「そう、絆。心から繋がるようなそんな絆を、いつか手に入れたいんだ」


 胸に手を当てると、切なくて渇望を感じた。

 一度目を閉じて俯いたけど、すぐに顔を上げる。


「手に入れた時、守り抜く力が欲しいんだよ。だから強くなりたい。この世は弱肉強食だろう? 守る力なく失うのはごめんだから」

「……お前、大人びてると言われないか?」

「ははは、言われるよ。手に入るかわからないけれど、強くなって損はないでしょう?」


 四歳児の考えていることとは思えないのだろう。

 疑心暗鬼のような目で、私を見てきた。

 やっと手に入れた絆を失くした時のことを想像すると、きっと身が裂けるような思いをするだろう。だから、守り抜く力が欲しい。


「はぁ……」


 大きなため息を吐いて、イサークさんは腰からナイフを取り、私の足元に突き刺した。

 影は伸ばしていないけど?


「好きな構えをして挑んでこい」

「!」


 ぱあっと目を輝かせる。イサークさんから許可が出た。

 さてと本気で挑もう。

 私は気付かなかった。秘めていた願いを聞いたのは、イサークさんだけではなく、狼の獣人とエルフの子ども。そして一匹の黒猫。



 

20181117

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