23 ヴィオ。
その出会いが、全てを変えてしまったようだった。
それを実感していく度に、オレにとってこの子は特別なのだ。
だからオレはーーーーそばにいることを決めた。
なのに。
オレはっ!
オレはっ!!
オレは大剣を振って、地面に突き刺すように下ろした。
ドンッと地を破壊して、砂埃を立たせる。
攻撃を仕掛けようとしたリザードマンをそれで遮って怯ませた。
それから大剣を叩き付けて、吹っ飛ばす。
背後に回る二人のリザードマンが、剣を突き付けた。
腹を掠めたが、飛び退けて避ける。
ザッと着地して、大剣を振った。後ろにも、敵がいる。
鎧や鱗を切って、致命傷は与えられていない。
またオレの後ろに回ったリザードマン二人が、アッズーロの方に行かないように挑むと、矢が背に突き刺さった。
こんな痛み。
オレを庇って槍を受けたあの子と、比べたら無いに等しい。
「うぉおお!」
リザードマン二人を叩き潰し、戦闘不能にする。
次に備えて、振り返った瞬間に肩を矢に貫かれた。
それでも倒れない。倒れてたまるか。
オレが背にしているのは、オレが背にしているのはっ。
この命に代えても、守るべきものだ!
次々と放たれる矢を、大剣の風圧で勢いを掻き消す。それでも頬を掠める矢。
弓を持つリザードマン達から、倒さないといけない。
ヴェルミ達に及ばないように。
しかし、弓のリザードマン達に向かおうとすると、一人のリザードマンに斧を振り下ろされた。地面に突き刺さったそれを踏み、大剣を横で叩き付けて吹っ飛ばす。
また矢が次々と放たれる。
大剣を振って、矢の速度を殺して叩き落とす。
間合いを詰めて飛びかかってきたリザードマンの剣が、腹を掠める。
赤い血が飛び散って、気が逸れた。
そんなオレの前に立ちはだかったのは、賊の頭・アトラン。
剣が振り上げられる。それを受け止めようと大剣を盾にした。
人間よりもある力が、重くのし掛かる。
膝をついたが、オレの方が力は上だ。
押し返して、その首をはねようとした。
だが、横から飛び付いてきたリザードマンに阻止されてしまう。
「ヴェルミ様!」
ガッと斧を防げば、聞こえてきた。
ミーニの声だ。
サッと後ろに目を向けた。
突き刺さった槍が、抜かれている。
血を飲み、回復をしたのだと理解した。
ホッとする。しかしまだ油断は出来ない。
「お前達!!」
斧を弾き飛ばして、オレは振り返らずに声を張り上げた。
「ヴェルミを連れて逃げろ!!!」
ここはオレが死守する。
オレが絶対に通さない。
オレを庇って、ヴェルミは負傷した。
オレのせいだ。
償いにここはオレが食い止める。
この命に代えてでも。
ーーああ、そう言えば。
初めてヴェルミに会った時も、オレは逃げろと叫んでいた。
彼女は確かーーーー。
「しかしっ!」
「行けぇええ!!!」
一斉に飛びかかるリザードマン達を、なぎ払っては怒号を飛ばす。
「逃しはせんぞ」
アトランが口を開く。
「お前から奪い尽くしてやる!」
「っ奪わせない!!」
オレは力の限り大剣を振った。
しかし、躱される。
アトランの剣が、オレの右腕を切り付けた。
大剣を落としてしまう。
首を狙った剣を、避けた拍子に、足に矢が突き刺さった。
崩れるように膝をつく。
「先ずはお前の命だ!」
「すまないーーーーヴェルミ」
振り上げられる剣。これは避けられないと頭でわかった瞬間、口にしていた。
「先に死ぬ」
庇われたこの命。守りたかったが、無理だ。
先に死ぬオレを許してくれ。
きっと君は、怒るだろうか。
ガキンッ!
剣が振り下ろされる光景を目に焼き付けていたオレの目の前で、その剣は折れた。
オレの前には、黒が一面。影だ。
オレはこんな状況なのに、ゆっくりと振り返った。
「死ぬ許可はしない」
血に濡れた口元を拭って、歩み寄るのは紛れもない彼女だ。
シャツの真ん中も穴が開いて、血に濡れていた。
血のような真っ赤な目を見開いて、アトランを見据えている。
ーーーーそうだ、初めて会った時と同じだ。
オレが逃げろと言っても、彼女は聞かなかった。
「ヴェルミ……っ!?」
オレの隣に来たヴェルミは、オレの口をその小さな手で塞いだ。
その手には血が溜まっていた。ヴェルミの血だろう。
オレの怪我を治すためだと意図を理解して、慌てて飲み込んだ。鉄の味。
そして背に刺さった矢が抜かれた。痛みがあちらこちらで消えていく。
「さぁ、逆転勝ちと行きましょうか!」
にやりと笑って手を振り上げたヴェルミの影は、いつの間にかリザードマン達の足元に伸びている。もう攻撃を仕掛けていた。
「影遊び」
そう技名を唱えれば、影が無数の槍のように尖り、リザードマン達の足を貫く。
アトランだけが、宙に大きく飛び、避けた。
「ヒュー、やるじゃん」
ヴェルミは感心しながら、影を引っ込める。
「動ける者は退け!」
着地をしたアトランは、そう仲間に指示を下す。
「いやいやだめだから。賊は一網打尽にする。全員生け捕りで引き渡す。おわかり?」
「っ……貴様、何者だ!?」
「ヴェルミ。こいつらの主だ」
アトランの問いに、ヴェルミはそう答える。
アッズーロが吠えた。リーノとミーニが、リザードマンを捩じ伏せる。
ナータが左手を庇いながらも、短剣を交えていた。
「ヴィオ。アトランは任せた」
「!」
「戦えるな?」
同じくらいの視線の高さにある紅い瞳は、オレに勝てるかどうかを問うている。
「……ああ!」
力強く頷くオレの手元に、大剣が戻った。
ヴェルミの影の仕業だ。
「あとは蹴散らしてやる。さぁ、遊んでもらいましょうか!」
他はヴェルミ達に任せる。オレはもうアトランだけを見据えた。
きっとヴェルミは「また謎の信頼感」と笑ってしまうだろう。
ヴェルミのことを、信頼出来るのだ。
一緒に過ごして、そう感じた。
ヴェルミは特別なのだと。
ヴェルミを信じてもいいのだと。
ヴェルミのそばにいたいと思った。
「うぉおおおっ!!」
オレはアトランに挑んだ。
◇◆◆◆◇
リザードマンの賊の頭・アトランは、先程確かにヴィオが死を覚悟したのを見た。
しかし、今は何故だろう。
闘志に燃えた目をしている。
オーガであるヴィオの一撃一撃は重く、力負けするのは明白だった。
二十九人対六人。普通に考えて勝つのは、どちらか。
しかし、覆された。たった一人の子どもの能力によって。
いや、違う。能力があっても、なくてもーーーー。
自分達は負けていたのだと思い知る。
目にも留まらぬ速さで、ヴェルミは次から次へとリザードマンを叩き潰す。
確実に、戦闘不能にしていく。
その速さから、リザードマンの仲間は逃げられない。
やがて、剣が砕けた。
ヴェルミの影で折れた剣は、もう使い物にならない。
大剣が首に突き付けられて、告げられる。
「投降しろ」
「っ……」
完全な敗北だった。
20190113




