20 カーザの国。
ふぁあっと欠伸を漏らしてしますほど、暇だった。
荷馬車に乗りながら、周囲を見回すが敵襲はなし。
最近盗賊は出ると噂だが、ここ周辺は魔獣も出ない比較的安全区なのだという。
そうヴィオから聞いた。
やっぱり留守番をしておけばよかった、なんて後悔をする。
暇でしかない。稽古がしたい。身体が鈍りそう。
狩りがしたいが、獣一匹見当たらない。新鮮な血が飲みたい。
二日目の夜は、飲むことを遠慮した。
絶対まずくなっていると思ったからだ。
「本当に飲まなくていいのか? ヴェルミ」
ヴィオが心配でいっぱいなまなこで見てくる。
「一日一回摂取させろとフランケン院長に言われているのだが」
「まぁ、大丈夫でしょう。一日抜いても」
焚き火を囲って、そう会話を交わしていれば、アッズーロの視線に気付いた。バチッと視線が交じり合うと、アッズーロはプイッと顔を背ける。
帰り、覚えていろよ。ガツンと言ってやる。
「我が主! なんならオレの血を飲むか?」
リーノが笑顔でそう提案してきた。
「リーノの血は微妙だから要らない」
「なんと!?」
リーノは落ち込んだ。
「動物の血を飲んで育ったから、そう感じるのでは?」
ナータが言う。そうかもしれないと、私は頷く。
牙を使って血を飲んだこともないし、誰かの血を飲んだことがない。
人間で例えるなら、ベジタリアンだろうか。
この場合、動物血液主義者ってところかな。
「まぁ世の中には、エルフの血欲しさに里を滅ぼすような悪い吸血鬼がいるから、そうならないためにも動物の血だけでいいや」
「その動物がいないんですよね」
ミーニはすっかり暗くなった周囲を見回す。
「いいよ。別に喉渇いてもいないし、寝る」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
毛布にくるまって、眠ることにした。
翌朝は朝陽で目覚めることになる。
うんざりするほど気だるい中、起き上がった。
「おはよう、ヴェルミ。大丈夫か? 喉は渇いていないか?」
「うん、おはよう」
ヴィオの心配を軽く流して、ミーニに顔を拭いてもらう。
一日抜いてもなんてことない。
再び出発をして、暫くして、前方を見ていたリーノが声を上げた。
「人影三つ、待ち構えているぞ! あれは……!」
前方と聞いて、腰を上げた私は御者とジェイコブさんのいる前を覗く。
吸血鬼の目で捉えたのは、二本足で立っているトカゲのような姿。
「トカゲみたい」
「リザードマンではないか?」
ナータが教えてくれる。
リザードマンか。初めて会う種族だ。剣と盾を装備しているところからして、戦う気満々に見える。
「そんな、リザードマンは誇り高い戦士のはず……人間を凌駕する身体能力の高さと強さではとても敵いません。もしも賊の正体が彼らなら人間に勝ち目がありませんなっ!」
ジェイコブさんが頭を抱えた。
「大丈夫ですよ、ジェイコブさん。雇ったのはオーガ族の村一番の強者、ヴィオさんですよ。人間を凌駕する力の持ち主です」
私はそう宥めて、後ろにいるヴィオを振り返る。
行け、と顎で指示した。
「ああ」
そう返事をしたヴィオは、荷馬車がリザードマン達の前で止まると一人降りる。
「加勢すべきか?」
リーノが私に問いつつ、前を向く。
「いやヴィオの仕事だ。それに十分だろ」
リザードマンがどれほどの身体能力を持っているかは知らないが、ヴィオで事足りると判断した。
その判断は正解で、少し言葉を交わしたあとヴィオは襲いかかったリザードマン三人を蹴散らした。厳密には、大剣でなぎ払っていたのだけれど。
リザードマン達は一撃を喰らって敵わないと思い知ったようで、何かを言い放つと尻尾を巻いて逃げて行く。トカゲのようにするりといなくなったので、身体能力の高さは理解した。
荷馬車に乗り込んだヴィオは、私とジェイコブさんに報告する。
「噂の賊で間違いないようです。きっとリザードマンの群れから、はぐれた者達の集まりでしょう。追い払いましたが、また来ると言っていました」
「さ、流石、ヴィオさんです! お強い!」
「ありがとうございます」
ジェイコブさんに強いと褒められて、ヴィオは嬉しそうに微笑むと私に目をやった。
君のおかげ、と込められた視線。
私はプイッと逸らして、ジェイコブさんを向く。
「また来るってことは、次は数を揃えて来るかもしれませんね」
「んー……ヴィオさん、帰りもお願い出来ないでしょうか?」
目をつけられたのならば、と恐れているジェイコブさんは帰りも護衛してほしいと頼む。
「しかし、ジェイコブさんはこれから鉱石の石工などの依頼で、長くカーザの国に滞在する予定では?」
「そうなんですよね……」
「でしたら、お断りをします。申し訳ありません。代わりと言ってはなんですが、もしもギルドで賊の討伐の依頼があったら引き受けておきますよ」
「おお、それなら安心して帰れます!」
ギルドで賊の討伐の依頼。
私は疑問に思った。
「別の国なのに、冒険者の仕事引き受けられるの?」
「ああ、同盟国だから、可能なんだ。ドムス国とカーザ国」
ドムス国が私達が住んでいる国。
ギルドは共通していて、冒険者の仕事が出来るのか。
「ほら、ヴェルミちゃん。カーザの国が見えてきた」
「本当ですか?」
ジェイコブさんが指を差すので、覗いてみた。
山が見える。あちらこちらから煙が立つ山には、立派な柱と門があった。遠くからでもわかる。大きな門だ。灰色の石で出来ているようだ。
あの山一帯が国なのだというから、ドムス国より小さい。
「あそこを通って中に入るんですね」
「ああ、ちょっとした持ち物検査をしたらすぐに入れるさ」
持ち物検査だけで入れてしまうのか。
他国に入る。ちょっとワクワクだ。
少し並んだあと、その持ち物検査がされた。
アッズーロは子どもだし、何も持ち合わせていないので、スルーされた。
私はイサークさんからもらった誕生日プレゼントのナイフを預ける。
オークの三人も所持していた刃物を預かると、言われてしまった。
ヴィオだけは首にぶら下げたシルバーのネームプレートで冒険者だと証明したから、大剣を持って入ることを許可される。
丸腰になったオーク三人は、ちょっと落ち着きがない。
それを見てから、無事カーザ国に入れた報酬を受け取るヴィオに目を向ける。
ジェイコブさんは手を振ってきたので、子どもらしく手を振り返した。
「じゃあね、ヴェルミちゃん達」
「ジェイコブさん、お元気で」
見送ったあとに、周りを見る。
ドワーフがいる。だいたい百五十センチ以下くらいの身長の小人で、長い髭を蓄えた人達が行き交いしている。
国の中は、山の中に巨大トンネルを掘って整えたような造りとなっていた。
山に国を作るだなんて、昔の人はすごいことをするものだ。昔のドワーフか。灯りがずらりと並んであり、淡く照らす道なので、吸血鬼の私としては快適な国だ。
「さて、先ずは観光をしながら、孤児院の皆の土産を選ぼう。さぁ」
「はぐれないように手を」
「ヴェルミ様、お手を」
「我が主よ!」
スッと差し出される肌色の手が一つ、緑色の手が三つ。
はぐれないように手を繋ごうということなのだろう。
「……私の手は二つしかないんだけど」
四人は顔を合わせるとガミガミと言い争い始めた。
子どもの主を持つと、手を繋げるのか。
特権だな。
「ミーニとリーノは後ろ。アッズーロもはぐれないように見てて」
「……はい」
「あいわかった」
私は背格好が似ているヴィオとナータがいいと思い、その手を掴んだ。
アッズーロも忘れてはいけない。
はぐれそうで怖いな。とちょっと振り返る。
アッズーロはそっぽを向いて、顔を合わせようとしなかった。
「ヴェルミ、血は必要ないか? 先に買おう」
「別に平気だよ」
「そうか……」
「気にしすぎ。喉渇いたら言うから、双子ちゃん達のお土産を選ぼう」
何がいいだろうか。実用的なものがいいだろう。
実用的なドワーフの国のお土産。
「ガラス細工のアクセサリーなんてどうでしょうか?」
ミーニが、先に口を開く。
女の子達は、喜びそうだ。
それなら毎日使ってくれそう。
「ならば男の子達には短剣を土産にやろう!」
「リーノはバカなの?」
「!?」
ドワーフの作る剣なら、お高いはず。今回の報酬では足りなくなるだろう。
今回の報酬は、ヴィオのものだが、一応オーク三人も頭数に入れてある額らしい。それでも足りないだろう。
「あ、ギルドがあった。先に覗いてもいいだろうか?」
「そっち、先に済ませよう」
ギルド会館を見付けたから、そこに入る。
大きなギルド会館は、冒険者でごった返していた。
ほとんどがドワーフだが、人間から獣人がいる。
自分の方が小さな身長だが、ドワーフも小さいと思う。
おかげで、私とアッズーロが悪目立ちしない。
幸い、受け付けに並んでいたのは数人。待ち時間は長くはなかった。
「ここに来る途中でリザードマンの賊と遭遇したのだが、討伐の依頼は来ていないか?」
「また現れたのですか……。少々お待ちください」
ヴィオに対応したのは、カウンター越しに顔がギリギリ出ているドワーフの女の人だ。茶髪でそばかすがついた顔。でも成人は迎えていそうな顔立ち。
ちなみにドムス国の成人は十八歳である。カーザ国は知らない。
「何組かこの依頼に挑みましたが……残念ながら成功して戻ってきていませんね。情報によれば、約三十人近くほどの盗賊だそうです」
「三十人のリザードマンの盗賊、か……」
ヴィオが悩むように自分の顎を撫でた。
え? 余裕じゃない?
あんな雑魚が束になっても同じでは?
何を悩む必要があるのか、と私はヴィオを見上げる。
ああ、私なら影遊びで無双することが出来るが、ヴィオには無理か。
「いいじゃん、引き受けておこう。ジェイコブさんに討伐するって話しちゃったし」
ヴィオの手を掴んで引く。私が大半やる。
そこでドワーフの受け付け嬢は、私を目にして驚く。
後ろに立つアッズーロにも目が行った。
「あの、まさか子連れで仕事をするわけではないですよね」
「まさか! 私達はいい子でお留守番します!」
にっぱーっと無邪気アピールをする。
断じて参戦するとは言わない。
むしろ最前で戦うなんて。
あれ、イサークさんにまた叱られそう。
「……失礼ですが、他のメンバーの方のネームプレートを確認させてもらってもいいでしょうか?」
疑い出してしまった受け付け嬢に問われて、オーク三人は顔を伏せた。
冒険者ではないため、ネームプレートは提示出来ない。
「冒険者ではないですが、腕の立つオークだ」
ヴィオがフォローを入れるが、結果依頼は受注出来ないとなってしまった。
ヴィオ一人では勝てないと判断されたのだ。
ギルド会館の前で、ヴィオはむくれたような表情をした。
「しょうがない……ここは勝手に討伐してしまおう」
ヴィオが意を決した風に言った。
「何それ、ギルドに来た意味がない」
「仕方ない。ヴェルミの実力を知っていれば、きっと受注出来たはずだ」
「そういうものなの? そもそも冒険者は何歳からなれるものなの?」
「十五歳から許可されている」
十年後か。まぁなるつもりはないけれど。
何をしているかな。十年後。
「オークの軍を追い払うほどの実力も見抜けぬとは、ギルドの受け付けの目は節穴ですね!」
「普通は見抜けないと思うけど」
ミーニがプンプンしている。
冒険者の力量を、見るだけでわかるようなギルド受け付け係。強そう。
でもミーニ達も、私のこと見くびっていたよね?
「気が進まないか?」
「いやそうじゃないけど。冒険者のルール的にいいの?」
「自己責任だ」
「そう……。まぁいいよ。先にお土産を買う店に目星つけておこう」
私が首を縦に振ると、ミーニとリーノは喜んだ。
ガッツポーズまでして、相当戦いたかったもよう。血の気が多い。
しょうがない奴らだと笑って、私はまたヴィオとナータと手を繋いで歩き出した。
20181214




