19 満天の星空。
翌日来た依頼人は、小太りの男の人だった。
「いやぁ、四人も護衛をしてくれるということで助かりますなぁ」
額の汗をキュキュッと拭き取る小太りの男は、見事に私とアッズーロをカウントしなかった。当然の反応である。私も頭数に入れられたら、きっと護衛が必要ないほど強い人くらいだと思う。
ミーニがカウントしろよ、と言いたげに青筋を立てたものだから、後ろに押し込んで宥めた。
「えっと、君かな? ドワーフの国についていきたいって男の子は?」
話をそういう風に解釈したみたいだ。
私がついていきたいと言い出したわけじゃないが、その方が自然だろう。
そして格好から判断して、男の子と思われた。男物のワイシャツとズボンでは、そう勘違いしてもしょうがないだろう。
ヴィオさんも話していても気付いてくれなかったもんな。
ミーニが、物凄い顔をしている。
「はい。でも私は一応女の子です。ヴェルミと言います。もう一つが男の子のアッズーロです。我儘を言ってすみません」
「えっ!? 女の子だったんだね、ごめんごめん。いやいいんだよ、礼儀正しい子だ。僕はジェイコブだよ」
ジェイコブさんは、私の頭に手を伸ばした。
でもそれが私に触れることはない。
ナータが拒むように掴んだからだ。
「我が主に気安く触れないでもらおうか」
ナータは牽制した。
「えっ? わ、我が主?」
「あ、主従関係ごっこをしてるんですよ。私が主です」
「ああ、そうなの」
ちょっとナータに怯えて身を引くジェイコブさんは、私に構うことはやめる。
私はナータの脛を蹴った。大ダメージだったのか、ナータは脛を押さえて蹲った。
依頼を引き受けたヴィオに、ジェイコブさんは説明をする。
移動手段は、荷馬車。大きめなものだから、皆が乗れるそうだ。
ナータの予想通り、鉱石を運ぶ。
「最近カーザ国の付近には賊が出るって聞いたからね。オーガ村で一番強いヴィオさんに依頼すれば、百人力かと思って」
「ありがとうございます。賊が出たら、必ず守ります」
ヴィオは自信に満ちた顔で、胸に手を当てた。
「ヴェルミ」
そこで荷馬車の上から声がして、顔を上げる。
黒い翼を広げて舞い降りたセテさんだ。
「これを」
「ん? 帽子? くれるのですか?」
「ああ。ないと不便だろう」
被せてきたのは、帽子。ハンチング帽だ。ちょっとツバが長め。
「おお、気が利きますねー。欲しかったんですよ、ありがとうございます」
「なんで帽子?」
ミーニが首を傾げる隣で、リーノが覗き込む。
「知らないのか? 吸血鬼は陽に弱い。陽に晒される荒れ地を移動し続けるには辛いだろう」
「何!? だが、我が主はこうして平然と陽の下で動くぞ!?」
「歩く時は日陰を歩くし、ぶっちゃけ陽の下はだるくなる。それを我慢してただけ」
「なんと!?」
リーノが大袈裟に反応した。
そんなに驚くことか。直射日光を浴びていると力が抜ける。森の中の木洩れ陽くらいなら支障はないけれど、やっぱり荒れ地となると辛いと思う。でも幸い荷馬車には屋根がある。
「だるそうにしているのは、素かと思っていたぞ!?」
「もう一回ぶっ飛ばされたいの? リーノ」
私は笑顔で問う。フランケン院長の言い付けで言葉遣いは気を付けているので、刺々しい声を放つ。全力でぶっ飛ばそうか。
「気を付けて。帰りは六日後だろう?」
「ええ、そうですよ」
「わかった」
ハンチング帽を深く被る。
一つ頷くとセテさんは羽ばたいて、空の彼方へ飛んでいった。
「……」
ナータが意味深に空から私に視線を送ってきたので、あとで理由を聞こう。
私達は荷馬車に乗り込んで、街を出発した。
ガタンゴトン。人の手が加えられていない荒れた地を駆ける荷馬車が揺れる。
私は後ろに座り、足を出してプラプラさせた。
吸血鬼の目でなんてことのない景色を眺めつつ、見張っていたりする。
「監視されている気がする」
そこでナータが口火を切った。壁に寄りかかって座っている。
「セテさんがナータ達を監視しているということか?」
向かい側に座るのは、ヴィオさんだ。
それならわかる。進撃しようとしたオークの主犯格を監視しているついでに、孤児院の子ども達を気にかけているのだろう、と思った。
「いや、監視対象が違う」
ナータを見れば、視線が私に向けられていた。
「ヴェルミ?」「私?」
ヴィオと私の声が、同時に出る。
「なんで私が、お国の偵察部隊の烏さんに監視されなきゃいけないの?」
べたーっと床に背をつけて、足をプラプラさせ続けた。
落ちると思ったのか、ヴィオとナータは私の手を掴んだ。
「オレ達の処罰がなかったことが気掛かりだった。国外追放くらいあり得ると思ったが……それがなかった」
「あ、私も思った」
「それは孤児院の子どもに阻止されるほどの軍だから軽視されたのでは?」
「うん」
進撃を阻止されたオークの軍は軽視されたからこそ、処罰も下らなかったと私は思った。
鉱石の箱の向こう側にいるリーノが、ショックを受けているが、それは放っておこう。ちなみに隅っこに、アッズーロは丸まって眠っている。
「そう思ったが……オレなら阻止した子どもの方を重視する。特に吸血鬼の子どもならば、将来をあやぶみ見張らせているかもしれない」
「吸血鬼の子ども」
私は鸚鵡返しをして、床に寝そべり頬杖をついた。
視線はナータへ向ける。
確かに吸血鬼はエルフの村を全滅させたことがある。
危険視されても、しょうがないのかもしれない。
「最果ての孤児院で魔王が誕生するかもしれない、なんて王様が話してたら面白いよねー」
ニヤリとする。
「魔物の王か……それはそれで面白い」
乗ってくるナータは、珍しくニヤッと笑みを吊り上げた。
というか、初めて見た気がする。ナータの笑ったところ。
「冗談よ」
間に受けないでほしい。
人類の敵、的な存在になるつもりはないのだ。
大体、従者の一人が冒険者なのだから、ないない。
「まぁ、次会った時にでも訊いてみるよ」
「暗示を行使するのか?」
「ううん、普通に尋ねる」
お国勤めの人に暗示を使うのは、何かと問題がありそうじゃん。
もしもの話だけれど、私が監視対象だったら余計まずいじゃん。
国を追い出されるとかごめんだ。ただでさえ孤児院に居させてもらっているのに、迷惑がかかるじゃないか。
ナータは黙り込んだ。それでは意味がない、と言いたそう。
セテさんの反応を見て、判断する。
耳をすませれば、心音の異変も気付けるだろう。
嘘とつくと脈が乱れると聞くしね。
話が終わったから、私はまたなんとことのない景色を眺めつつ、見張った。
特に変わったことが起きることなく、夕方頃になると荷馬車を止めて野宿の準備をする。
夕食はオーク特製の鹿肉のジャーキーと、野菜が少し入ったスープ。
私はもちろん、血液である。水筒に入れておいた血を一杯飲む。
……美味しくはない。
雇い主のジェイコブさんは、荷馬車の中に眠ってもらって、私達は外で眠る。毛布を敷いて、順番に一人ずつ周囲を見張ることを決めた。
焚き火を消すと寒いというので、私は火のそばを離れて岩陰に座り込んだ。
「何しているんだ? ヴェルミ」
「ヴェルミ様」
ひょいっと顔を出してきたのは、ヴィオとミーニ。
「星を観てるだけ。今日は新月だから、星が満天に散りばめられてる」
「星?」
新月の今日、月光がないから、星の瞬きがよく見える。
私は寝転がって、一望させてもらった。
「ヴェルミは星が好きなのか」
「そう言えば、夜よく窓辺に座って眺めていますね!」
「一緒に横になってもいいだろうか?」
「あ、アタシも」
「どうぞ、お好きに」
私が許可を出せば、ヴィオとミーニは私を挟んで横になる。
「長く生きてきた二人にとって、この景色はなんてことのない星空なんでしょうね」
転生者の私にとったら、この満天の星空は圧巻で素晴らしいと思う。
遮る高い建物もなく、街灯もない。空気も汚れていない。
でもこの世界の住人とってこれは当たり前なのだろう。
この輝きも、星の多さも、素晴らしさも、当たり前。
「そんなことない。この星空は格別だと思う。こうして寝転がって一望するのは、綺麗なものだな」
「アタシも綺麗だと思います」
「……そうなの?」
左右から返事がくる。
同じような感性で観ているのだろうか。
そうだといいな。なんて思ったから、フッと笑う。
「ヴェルミ、寒くはないか?」
「寒くないよ」
上から覗き込んだナータにそう返したのに、もふもふのスヌードが差し出される。ナータがいつも首に巻いているもふもふだ。
ただそれを見つめていれば、手が伸びてきて、ズボッと強引に頭を通された。
もふもふに顔が包まれる。
「私、別に寒さは苦じゃないよ」
「オレからの贈り物だ」
悪くはないんだけれど、もっと丁寧に渡そう。
「ナータ! せめて新品のものをお渡ししろ!」
「最近作ったものだ」
「それをさっきまでつけていただろうが!」
もしかして渡す機会を伺っていたとか。
ミーニとナータのやり取りを横目に、空を眺める。
「ナータ」
「なんだ?」
「アッズーロはどうしているの?」
「反対側で眠っている」
荷馬車の反対側で眠っているそうだ。
そっちには、リーノが見張りで立っているだろう。
「変わらず無口?」
「ああ」
「どう思う?」
「どうと言われても、日が浅いオレにはわからない」
ナータはそう答えると、視線を私の左隣のヴィオに向けた。
「何がだ?」と話がわからないヴィオは質問をする。
「アッズーロが反抗期なの」
「反抗期?」
「そう、触れると怒るし、喋ろうとしない」
「……それは普段からのアッズーロに思えるが。そうだな、ヴェルミに対してもそういう態度ならおかしいな。何かあったのか?」
「身に覚えがない」
答えてからも、私は振り返ってみた。
うむ、全く身に覚えがない。
「いつからそんな態度なんだ?」
「んー。主従関係を結んだ日くらいから、口聞いてない気がする」
「……主従関係を結んだ日か」
ナータが心当たりがあるように呟いたから、顔をクイッと上げた。
真上のナータは顎に手を添えて、真面目に考えてくれている様子。
ちゃんと原因を究明しようとする従者達。いいかも。
「もしかして……アッズーロは君に服従をしていたのではないか?」
「はい?」
変なことを言われたので、前言撤回してもいいだろうか。
「アッズーロは狼の獣人。孤児院では君が強者だ。つまり群れのボス。本能的に付き従っていたのかもしれない。それなのにオレ達が主従関係を堂々と目の前で結んだから……」
「怒ってるってこと? まっさかー」
主従関係を結んだことに腹を立てているかもしれない。
ナータの仮説に、私は笑う。
「そんなの勝手に怒ってるだけじゃん」
「アッズーロは子どもだ」
「私と同い年」
「あなたは他の子と違って、大人びている」
私は片方の眉毛を上げた。
そして腕を組んで唸る。
「何それ、大人な私から謝れって言ってるの?」
「……そうは言っていない」
じゃあどうしろというのだ。
(いいじゃん、あんにゃ狼小僧。無視してれば)
チェシャが会話に割り込む。
アッズーロと、仲悪いからね。
「友だちじゃないか。わだかまりをとこう」
ヴィオがそう言うから、しょうがないと思い直す。
服従しているなら友だちとは言い難い気がするけど。
「でも喧嘩しかねないから、カーザ国に到着してからにしよう」
「わかった」
また妙な態度をされては、手が出かねない。
ヴィオの顔を立てるためにも、依頼人の前で問題は起こすべきではないだう。
20181209




