17 反抗期。
しれっと再開です。
感想がもらえたので、二章始めます。
本当に糧になります。ありがとうござます!
でも毎日更新とはいかないです、すみません。
まったり待っていただけたら幸いです。
沈む。
沈む。
沈む。
ブクブクブク。
水音が聞こえる。
だから私は水の中に沈んでいるのだろう。
沈む。
沈む。
沈む。
ブクブクブク。
きっと私は死んだのだと思った。
沈む。
沈む。
沈む。
ブクブクブクーーーー。
どこか虚しい人生だった。家族もいる、友だちもいた。でも何故か孤独が付きまとう。寂しさも感じる人生だったのだ。
家にいるのに「帰りたい」と感じる。
どこかに帰る場所があるような気がした。
友だちに囲まれていても「独りだ」と感じる。
どこかに心から繋がる誰かがいるようなそんな気がした。
だから、求めていた。強く欲していた。
本物の絆が欲しい。
心繋がる誰かが欲しい。
そう思い続けた人生だった。
結局、その誰かは見付けられなかった。
私は独りきりだ。
「ーーーーハッ」
目を開いて、身体を起こす。
「夢……」
溺れ死ぬかと思った。
あれ? でも、私って溺れ死んだのだっけ?
薄暗い部屋で、首を傾げてしまう。
ブクブクブクと沈むのは、転生の過程だったのか。
最期が思い出せない。思い出してもしょうがない記憶か。
(にゃんの夢を見たの?)
一緒に眠っていた黒猫が問う。
思念伝達で、頭の中に声を響かせる。
私はそれに答えなかった。
黒猫のチェシャを抱き締めて、ベッドに身体を沈める。
もふもふの温かさ。微睡んでは、再び眠った。
「ほら朝よ! 起きなさい!」
陽が昇ると、オークのミーニが起こす。
緑色の肌をしていて、黒い髪は右サイドに搔き集める髪型。露出の多かった服装はやめて、ブラウスと毛皮のベストを着て、ズボンを履いている。
女子部屋となった一室で、女の子達は起き上がった。
「おはようございます、ミーニさん」と女の子達は挨拶をする。
「おはよう」とそれぞれに挨拶を返すミーニは、私のベッドまで来ると。
「おはようございます、ヴェルミ様!」
「様付けは要らないってば、ミーニ」
「いいえ、我が主。必要です」
下の八重歯が唇からはみ出たミーニは、私のベッドを整えようとした。
ベッドメイキングは自分でやる。それが孤児院のルールだ。
家来となった人に、そんなことをさせて堕落するつもりもない。
「着替えを手伝います」
「一人で着替えれる」
「ドレスは!?」
「着ない」
セイレンの女の子、セイカが爛々と目を輝かせたが、却下する。
ノームの双子ちゃん、リロとリルもしょんぼりした。
人間の女の子、ミピーは髪を結んで、と髪ゴムを差し出す。
自分の白銀髪を束ねたあと、順番に結んでやった。
何かやることはないかと、ミーニがそわそわしている。
「ほら、朝食の時間だ」
わーっと女の子達は、リビングルームに向かった。
「おはよう、我が主」
私も部屋から出ると、待ち構えていたオークのナータが一礼する。
もみあげ部分を剃っている赤い髪と緑色の肌の持ち主。その眼差しは冷徹そうに見える。ミーニと同じく、下の八重歯が唇から出ていた。
首には白の毛皮のスヌードを巻いている。黒のジャケットとズボン姿。
「おはよう、ナータ」
そう挨拶を返して、廊下を歩けば後ろをついてきた。
「おはよう、ヴェルミ」
「おはよう! 我が主よ!」
リビングルームに入るなり、顔を出すのはオーガのヴィオさん。
スミレ色の右サイドに髪を垂らした髪型で、左の額にはツノが生えている。
それから元気がいいのは、オークのリーノ。
ニカッと笑えば、下八重歯がはっきり見えた。
赤メッシュと茶髪をワイルドにオールバックにしている。
こちらも露出の多い服装を直してもらい、シャツを着てもらった。それから黒の毛皮のジャケット。
「おはよう、ヴィオさん、リーノ」
「オレのことはさん付けしないでくれと言ったじゃないか」
「癖になったの」
ヴィオさんは苦笑をする。さん付けは癖だ。
「ヴィオ」
言い直せば、機嫌が良くなったように笑みで頷いた。
そんなヴィオは、中華風の服装をしている。いつもだ。
オーガの民族衣装なのかもしれない。
「おはよう、皆」
地を這うような声を発するのは、蒼白の顔のフランケン院長。
フランケンシュタイン博士が作り出した怪物だが、今ではこの孤児院の院長。
人間の男の子が二人。ケンタウロスの男の子が一人。ガーゴイルの男の子が一人。エルフの男の子。獣人の男の子。
オークが三人。オーガが一人。
賑やかな食卓について、私は皆が食べ終わることを待った。
私は吸血鬼。夜にコップ一杯分の血を飲めば足りる。
暇な時間だ。
日課の軽い屋敷の掃除を済ませた。
「ニーヴェア、アッズーロ。稽古に行こう」
「ああ」
「……」
掃除の片付けをして、声をかける。
エルフの子ども、三つ歳上のニーヴェアだけが返事をした。
狼の姿の獣人の子ども、同い年のアッズーロは沈黙。
そこで私はアッズーロの声を最後に聞いたのはいつだったのか。
元々、口数の少ないけれど、私には返事をする。
でもここ数日、顔も合わせていないと気付いた。
吸血鬼の能力に目を合わせた相手を操る暗示というものがある。それがあるから、吸血鬼の子どもである私と目を合わせる者は少ない。アッズーロも目を合わせることは少なく、大抵私の唇を見つめている。
アッズーロの黄色い視線が、全く向けられなくなった。
ともに稽古と狩りに行くけれど、言葉を交わしていない。
そう言えば、頭を撫でろとよく要求されたが、あの日以来ない。
オーガ一人とオーク三人の忠誠を誓った日から。
「アッズーロ?」
「……」
アッズーロは沈黙だけを返す。
まるで私を無視しているように感じた。
「おい、アッズーロ」
アッズーロの肩を掴む。
そうすると、ペシッと振り払われた。
久しぶりに交わる視線。藍色の毛を逆立てて、睨む。
「触るなっ」
拒絶。それを感じた。
理由がわからなかった。
これでもかと頭を撫でろと差し出してきたというのに。
いきなりの拒絶。
……頭にきた。
私は振り払われたその手で、アッズーロの頭をバシッと叩く。
「!?」
狼の目をしたアッズーロは瞠目したが、やがて牙をむき出しにした。
いつも黒猫のチェシャに威嚇するように。
「……グルルッ」
「なんだよ」
受けて立つと睨み返す。
廊下で喧嘩を始めようとした。
壁を蹴って、上から爪を振り下ろすアッズーロ。
鋭利な爪を避けて、狼の手首を掴もうとしたその時。
アッズーロの身体が、後ろに引いた。
見れば、ナータがアッズーロの後ろに立ってワイシャツを掴んでいる。
「我が主に牙を向けるというなら、オレが相手しよう」
「ガルルッ!」
アッズーロは、ナータの手も振り払って廊下に着地した。
「やめないか! アッズーロ! ナータさんも! ヴェルミもだ!」
「コイツが悪い」
ニーヴェアに割って入られたが、私はアッズーロを指差す。
アッズーロは五歳にして、もう反抗期なのだろうか。
「何が気に食わない? 言ってみろ」
「……グルルッ。ニーヴェア、オレは狩りに行く」
ニーヴェアにだけ告げて、さっさっと廊下を歩き去り出て行ってしまう。
頭にくる態度だ。
「なんなんだよ、あのアッズーロ」
「……さぁ、オレも初めて見る」
ニーヴェアにも、原因はわからないらしい。
なんなんだ。
「でも触れられることを嫌がるのは、普通だ。君だけは例外だったんだけれど」
そう言えば、セイカ達も以前そんなことを言っていた。
アッズーロもチェシャも、もふらせない。私以外。
積極的にアッズーロが触れてもらいたがるのは、私だけだった。
本当に何があったのだ。それとも知らぬ間に私が何かしたのか。
ニーヴェアと並んで歩き、玄関を出る。
後ろについてくるのは、ナータ。稽古についてくるのは、決まって彼だ。
孤児院の門のところに、女の子がいる。私を見付けて、手を振った。
「セリーアンナ」
「ヴェルミ! 遊びにきてやったわよ!」
この街の領主の娘、セリーアンナ。金髪のツインテールに、強気な青い瞳。意地の悪い子だったが、私が助けて以来こうして遊びに来るようになった。
孤児を卑下していたが、女の子達と仲が良くしてくれたのだ。
「私はいないけれど、セイカ達と遊んでやって」
「なっ! 私と遊ばないつもりなの!?」
「私、稽古があるから」
「ヴェルミ! 付き合い悪いわよ!」
「また今度ね」
ポン、と頭を撫でてやる。
ニーヴェアとナータを連れて、師匠イサークさんの稽古に来た。
イサークさんの家は、街の東の外れにある。
横に畑があって、裏庭にイサークさんが待ち構えていた。
有名らしい元冒険者のイサークさん。黒髪は短く、掻き上げている。面長な顔。顎には黒い髭。
私には、強者の風格を感じる。
「……アッズーロはどうした?」
イサークさんは、姿が見当たらないアッズーロを探す。
「反抗期みたい」
「……はぁ?」
呆れ顔になるイサークさん。
そう言うしかないんだもん。
「まぁいい。来ないなら知らん。ヴェルミから始めるぞ」
「はい」
腰に携えたナイフを抜き取る。
イサークさんは、木刀を構えた。
地面を蹴って、飛んだ拍子に懐に入る。
きっと目にも留まらないスピードだったはずなのに、叩き潰された。
でも同時に影遊びを発動させていたから、イサークさんの足を取る。
「!」
思わず、地面に張り付いたままニヤリとした。
イサークさんに鍛えられて一年以上が経つが、こんな風にイサークさんの足元を崩せたのは初めてだ。
腹を裂いてやろうと立ち上がると同時に、ナイフを振り上げる。
だが、木刀が防いだ。体勢が崩れても、防ぐか。
「ぐえっ」と声を漏らしてしまう。
イサークさんの膝が、後頭部に命中して倒された。
「惜しかったな」
「むぅー」
「次、ニーヴェア」
「はい!」
私の負け。パタパタと胸を叩いて砂を払う。大人しくナイフをしまって、ニーヴェアが座っていた椅子に腰を下ろす。
ナータは、その後ろに立って傍観していた。
「ナータも一戦やってよ、イサークさんと」
「敵わないのは目に見えている」
何度か言っているけれど、ナータはやろうとしない。
つまんないの。
お昼のランチの時間まで、イサークさんに叩き潰され続けて孤児院に戻る。
そこで男の子達に囲まれた烏を見付けた。
烏の翼を背に生やした烏天狗。ふんわりとした天パの黒い頭。セテさんだ。
「セテさーん」
「ヴェルミ」
駆け寄って、思いっきりその背に飛び付いた。
まだ五歳で軽い方でも、飛び付かれてはよろめいてしまうセテさん。でも倒れはしなかった。
「また来たんですね。暇なんですか?」
お国の偵察部隊に属しているらしいセテさんは、ほぼ毎日顔を出してくる。
「偵察のついでに寄っているだけだ」
「ふーん」
セテさんの偵察コースに、この街が含まれているのだろうか。
首を傾げる私をおんぶする形になるセテさん。
そんなセテさんから、ナータは私の脇を持って引き剥がした。
バチバチ。火花が散っているように感じた。
一時、敵同士だったからだろうか。
「ナータ、降ろして」
「……」
ナータに地面に降ろしてもらうと、セテさんは問うた。
「冒険者ヴィオさんはいるだろうか? ヴェルミ」
「リビングにいると思いますよ。子ども達が案内します。タイニー達、よろしく」
「うん!」
ケンタウロスのタイニーに頼んだ。
私はランチがいらないから、木陰の中に入ってナイフを抜いた。
「相手してよ、ナータ」
ナータと一戦交える時間だ。
「御意」
頷いたナータは、腰のホルダーから短剣を取り出した。
20181203




