13 戦闘開始。
見回す限り、オークらしき種族の人影が五十。黒い犬も同じくらい。
合わせて100の軍。
赤い夕陽が照らす荒れ地に、ずらりと並んでいた。
先頭のオークが乗っている黒い犬は一際大きい。
多分ボスであろうその先頭のオークは、緑色の肌を持ち、茶髪は後ろに掻き集めた髪型。赤メッシュの前髪が一部垂れている。毛皮のベストだけを着ていて、鍛え上げられた上半身が露わになっていた。下の八重歯が尖って唇からはみ出ている。
「まずい! ヴェルミ! 降りてくるんだ! 避難するぞ!」
下のヴィオさんが言う。
だが、もう見付かってしまっている。
「子どもと男がいるわ」
オークのボスの隣に立つ女性のオークが言う。こちらは黒い髪を右サイドに集めた髪型。そして下の八重歯がはみ出ている。胸当てをしていて、女性も露出が多い服装だ。
緑色の肌と下の八重歯がオークの特徴か。
「ふむ、子どもに用はないが……」
「捕虜にした方がいい」
オークのボスのもう隣に控えている男性のオークは、そう提案する。
こちらは赤毛で前髪を下ろしていて、もみあげ部分は剃られていた。冷静そうな眼差し。首には毛皮のスヌードを巻いている。
補佐役だろうか。でもなんだかボスより強そうに感じる。
気のせいか?
「おーい! そこの子ども達! 投降しろ! 悪いようにはしない!」
オークのボスから、そう声をかけてきた。
「嫌だって言ったらー?」
「ヴェルミっ!」
私は木からスタンと降りて、尋ねてみた。
慌ててヴィオさんが私を捕まえる。
「はっはっは! いいか、一度しか言わないからよく聞くんだ!」
豪快に笑うオークのボスは告げた。
「オレは強い!!!」
ビシッと親指を自分に指して、キリッとした目付きで、ニヤリと笑って見せる。
「……」
「……」
「……」
それだけだ。他に言うことはないらしい。
私が抱いた印象は、お調子者。
私はスゥッと息を吸い込んで。
「そうは思えないー!」
と言ってやった。
ヴィオさんに口を塞がれたが、手遅れ。
オーク軍は怒ったように騒ぎ始めた。
なるほど。慕われてはいるようだ。
カリスマ性はある。でもやっぱり強いとは思えなかった。
比較している相手が、イサークさんだからだろうか。
「相手は子どもだ。そう騒ぐな」
寛大なオークのボスは、仲間をそう宥めて静かにさせた。
「捕らえろ」
そして命令を下す。
私達を捕まえろと。
ヘルハウンドを連れたオークの数人が前に出てくる。
「セイカ」
「な、なに? ヴェルミ」
「悲鳴上げて」
「え?」
怖がってヴィオさんの背に隠れていたセイカに頼む。
「思いっきりやっちゃって。それからフランケン院長にオークが攻めてきたって伝えてきて」
「わ、わかったっ!」
「皆、耳塞いで」と私が言う前に、アッズーロはもう頭の耳を塞いで蹲っていた。
ニーヴェアも耳を塞いで、ヴィオさんは私の前に出てから耳を塞いだ。
セイカは腕の翼を羽ばたかせて、飛ぶ。
「スゥッ……いやぁあああああああああああっ!!!!!!」
思いっきり上がるセイレンの悲鳴。空気がビリビリと震える。
耳を塞いでいても痛みを感じた。
前に蜘蛛が頭に落ちてきて悲鳴を上げたことで、発覚した強力な声。追い払うには最適な声だ。
思惑は成功して、オーク達は耳を押さえて中には倒れる者がいた。ヘルハウンドは皆が逃げ出す。
オークのボスを乗せていた大きなヘルハウンドも、尻尾を巻いて逃げた。
これで軍は半減。
「もういい?」
「いいよ。ありがとう」
「じゃあいんちょーに伝えてくる!」
セイカに笑みで礼を伝えて、森の中を飛び去るのを見送る。
いい仕事をしてくれた。
オークの方を見れば。
「なんだったんだ? 今のは」
「……セイレンの声だ。惑わす歌声を出すとは知っていたが、追い払う声を上げることもあるとは知らなかった」
「まだ耳が痛い……」
先頭の三人は、倒れなかった。
ヘルハウンドに振り落とされても、着地したオークのボス。
残念、無様な姿を見たかった。
「ごめーんなさーい。捕まえようとするから抵抗しましたー。でもちょっといいですか? 話し合いで解決する気はありませんかー? この街を襲う気なら、私達戦いますけどー引きませんかー?」
大声を上げて、とりあえず確認をする。
「ヴェルミ!」とヴィオさんが振り返った。
「戦ってくれないの? ヴィオさん」
上目遣いをして訊いてみる。
戦わないと言うなら、暗示使わせてもらうけどね。
「うっ、戦うが……君達を逃すためだ!」
「一人じゃあ大変でしょう? ニーヴェアもアッズーロもいける?」
戦う、言質は取った。
あとはニーヴェアとアッズーロ。二人は頷いた。
「はっはっは! 戦うだと!? この人数を相手すると言うのか! オレ達三人を相手するだけでも負けるぞ」
オークのボスは、何を根拠にそんな自信を言い切るのだろうか。
どう見ても、私達の方が勝ちそうだけど。
まぁ一対一の対決ならの話だけどね。
「面白い、誰かあの赤い目の子どもを捕まえてこい」
オークの目では、私の目の中にある十字に気付かないらしい。
「オレこそが!」と足を進めてきたオーク。顎が突き出ていて大柄だ。
ヴィオさんが大剣を構えたが、私は腕を伸ばして制止させた。
剣を持って目の前まで来たそのオークに、にっこりと笑って見せる。
「その剣、ちょうだい」
私の目を見たオークは、容易く私に剣を渡す。
「あ、あ、あれ?」
「次は奇声を上げながら走って帰って」
「きえええええええええっ!!!」
戸惑っているオークに続けて暗示をかけた。
奇声を上げて仲間の間を突っ切る大柄のオーク。
その従順さを笑った。
「おい、何が起きた?」
状況が読み込めないオークのボスの困惑が伝わる。
私は剣をニーヴェアに渡した。
「オークの剣か……まぁないよりはマシか」
切れ味の悪そうな剣を見て、不満を漏らしたそうなニーヴェア。
うん、ないよりはマシだろう。
「自己紹介からしようか! 私は吸血鬼のヴェルミ。オーガのヴィオ。エルフのニーヴェア。獣人のアッズーロ」
私はまた声を上げて、紹介をする。
「吸血鬼だと?」
「目を見るな。言葉に従わされる」
「うむ、わかった」
オークのボスは、また補佐役に話しかける。
んー。補佐役がいなくなった時のボスの反応が見たくなった。
「オレは、この軍の大将だ! 名をリーノ! こっちはナータ。こっちはミーニだ」
ボスの名前がリーノ。補佐役はナータ。女オークがミーニ。
「あと……」
「ああ、モブは紹介無用」
「モブ?」
私は歩み出した。
影を伸ばして、自分の身体に這わせる。掌まで伸ばしたあとは、ズインと立体化させる。
「影遊び、剣」
初めてやるけれど、成功だ。
自分の影を剣に変えた。それを出来るだけ長く、大きく育てる。
だいたい六メートルは伸びただろうか。
「なんなんだ? あれは!?」
「……」
リーノの問いに、ナータは答えない。答えられないのだろう。
立体化しただけあって重さも感じる影の剣を、思いっきりスイングした。
「なぎ払うってこういうことを言うんだよっ!」
オーク軍に向かっていく影の剣は、なぎ払う。
中にはしゃがんだり倒れたりして避けた者もいたが、大半は影の剣の餌食になった。餌食といってもそれほど尖っていないので、吹っ飛んだ程度の被害だ。
おお、よく飛ぶ。
「なんだ!? ナータ!」
「わからない。吸血鬼の中には特殊な能力を持つ者もいる。それだろう」
影の剣を避けたリーノとナータ。
同じく避けたミーニが飛び出してきた。
「アタシが仕留める!」
強気なつり目をしているミーニの武器は、逆手に持った二つの刃物。
ズンズンとした足取りで迫るから、ヴィオさんが私の前に立つ方が早かった。
「させない!!」
大剣と二つの刃物が交わる。
オーガの怪力はなかなかのはずなのに、ミーニは持ちこたえていた。
オークの怪力も相当のようだ。
「ニーヴェア、アッズーロ。他のオーク達を倒してきてよ。二人とも背中を守り合ってさ」
影遊びの剣で減らしても数では負けるけれど、一対一ではニーヴェアとアッズーロの方が強いだろう。
顔を見れば、怖じけた様子のない二人が頷いて向かっていった。
私はリーノとナータの動きを伺おう。
そう思ったのだけれど、いつの間にか接近してきたナータが、左から剣を振り下ろしてきた。
腰に携えたナイフは、間に合わない。影遊びで壁を作った。
でも壁の前に男が現れて、ナータと一戦交える。
影から出てきたチェシャだ。
「!?」
「お前の相手はオレにゃ」
チェシャが首を突っ込んでくるとは意外だと思った。
ナータとも戦いたかったけれど、チェシャに任せよう。
私はビシッとオークの大将、リーノを指差す。
「私と対決してもらいましょうか! 大将リーノ!」
にんやりと笑って見せた。
残り三話、かな!?
20181124




