10 チェシャ猫。
祝十話目!!!
チェシャ視点です。
この鬱陶しい孤独から救ってくれるのは、きっと心から繋がる関係。
同じく心から繋がる関係を求めている少女を見付けて思った。
ーーーーこの子だ。
夕食は、蒸した子鹿の肉をガムガムと食べていた。
ヴェルミは子鹿の血を飲み干す。
夕食が終わっても、オレはリビングに居座ってペロペロと毛繕いをした。
ヴェルミはオレを置いてどこかに行ってしまったけれど、いつでも彼女の元に行ける。匂いを辿るもよし。影に移動してもよし。
いつでも会える。会いに行ける相手。
そんな存在がいることに喜びを感じた。
ご機嫌になって尻尾を左右に揺らす。すると、会話が聞こえてきた。
食器を片付けているフランケンとヴィオだ。
「あの、無理ならいいのですが。ヴェルミの誕生日まで居させてもらえないでしょうか? 命の恩人の誕生日を祝いたいのです」
「……」
「あ、もちろん、なんでも手伝います」
「いや、それは構わないのだが……」
オレもさっき聞いて初めて知った。
「本当は誕生日ではなくて、孤児院に来た日だとは聞きました」
「そうですか……」
孤児院に来た日。ヴェルミが親に捨てられた日。
ヴェルミは親に捨てられたという事実を今日初めて知った。
言ってくれない辺り、オレに心をまだ開いていない。
まぁオレが訊けば、話してくれただろうけれど。
なんでもないように話したヴェルミの顔は、歪んだ笑みだった。
捨てられた孤児だから、本物の絆を求めるのは当然のことだろう。
血の繋がりよりも、もっと確かな心の繋がり。
それを欲するのは、自然にゃこと。
「ヴェルミは大人びている子どもで、正直何を考えているかわからない子だと思っていました。一人を好んで部屋の隅で一人遊びをしていたんですよ。子ども達の中には悪い吸血鬼に故郷も家族も奪われた子がいまして、その件もあって仲間外れにされていましたが……人攫いが来た時にヴェルミは真っ先に子ども達を守ってくれました。それで今は人気者になりました、よかった……」
人攫い、ね。魔物も妖精もいるこの孤児院は、格好の的ににゃったのだろう。
悪い吸血鬼に故郷も家族も奪われたニーヴェアが、始めはヴェルミを嫌っていた話はこの前聞いた。
そうか。安易に想像出来るにゃ。
部屋の隅、一人でいるヴェルミ。
特段寂しそうな顔もせずに、一人遊ぶ。
のらりくらりと一匹でいたオレと重にゃる。
「ヴェルミはすごい子ですよね……」
ヴィオの横顔は、眩しそうに微笑んでいた。
オレはお前よりも先に気付いていたがにゃ!
そこで悲鳴が聞こえた。女の子達のものだ。
「オレ、見てきます!」
ヴィオが慌ててリビングを出る。オレはそれについていってみた。
オレの勘が正しければ、ヴェルミもいるはず。
ヴィオが開いた扉の中を覗いてみれば。
ハサミを持ったヴェルミが、ノームの双子にしがみ付かれて、セイレンの子と人間の子が泣いている現場だった。
「ど、どうした!?」
状況がわからないヴィオは、とにかくハサミは危ないから取り上げる。
「ヴェルミがかみを切るって!」
セイレンの子が悲鳴を上げた。
「だって邪魔なんだもん」
珍しく髪を下ろしているヴェルミ。白銀の髪は癖がついて、くるんとうねっていた。長さは肩に届くくらい。
「女の子なのに!」
「かみ切っちゃだめぇ!!」
ノームの双子がしがみ付いて離れなかった。
ロングヘアーにゃヴェルミかぁ。
想像したら見たくにゃった。きっと似合うに違いにゃい。
吸血鬼だけあって、ヴェルミは魅力的な顔立ちをしている。
紅い瞳は人を惹きつける色をしているし、白銀髪はキラキラとしていて伸ばしたらきっと触れたくにゃるほど美しいだろう。
吸血鬼にはそういう魅力を、生まれながら持っている。
「ぜったい長い方がかわいいの!」
「かみの長いヴェルミが見たい!」
セイレンの子と人間の子が、泣きそうな声を上げた。
オレも見たい。長い髪のヴェルミ見たい。
「私は邪魔だから短くしたいんだけど」
思念伝達で、オレも反対だってことを伝えようとした。
その前に、ヴィオがヴェルミの前に片膝をつく。
「オレも頼みたい。髪は切らないでくれ。ヴェルミ」
「なんでですか?」
「邪魔なら束ねればいい。皆が見たいって言っているんだ。その頼みを聞いてくれないだろうか?」
「……」
諭すように言うヴィオ。
ヴェルミは考えるように唇を尖らせた。
「「おねがい、ヴェルミ!」」
「おねがいおねがい!」
「おねがいー!」
女の子達からも懇願されて、ヴェルミは折れる。
「わかった」
伸ばすことを承諾するから、オレは手放しで喜んだ。
猫の姿にゃので、手を上げることは我慢する。
「ありがとう、ヴェルミ」
ヴィオが頭を撫でた。
気安くオレのヴェルミに触るにゃだし。
にゃんか嫌だにゃ。こいつ。
オレのヴェルミにゃのに。
「お風呂に行こう」
歓喜で騒ぐ女の子達から逃げるように、先に部屋を出て行った。
あとを追おうとした女の子達を、ヴィオが引き止める。
「ヴェルミの誕生日なんだが……皆が知っているように、オレの命の恩人だからプレゼントをあげたいんだ」
「ヴェルミにプレゼント?」
女の子達に相談か。
ライバルが何をプレゼントするか知りたいが、ヴェルミを追う。
今日も身体を洗ってもらおうっと。
軽い足取りで廊下に出ると、アッズーロがいた。
こいつもライバルだ。
オレをギロリと睨み付けてくるのは、いつものこと。
シャアアア! と受けて立つ。
ヴェルミは気付いていにゃいが、アッズーロはヴェルミに服従をしている。
撫でてもらいたがるのは、ヴェルミだけ。
ヴェルミとフランケンにしか、頭を撫でることを許さない。
オレだってそうだ。ヴェルミ以外には触れられたくない。
「また喧嘩? しないで」
ヴェルミが戻ってきて、オレのことを抱えた。
アッズーロはそのことにショックを受ける顔をする。
しかしヴェルミは気付かない。
勝ち誇った顔でニヤリと笑みで見せる。
オレは撫でてもらえるし抱っこもされるぜ。
お風呂も一緒だぁー!
「チャシャ。今日は風呂に入れない。女の子達と入る約束なの」
「にゃ!?」
ひょいっと床に降ろされた。
オレが男の人間に変身するからって、女の子達と入浴を避けている。
オレは別に魔物や妖精、人間の女の子の裸を見ても何も思わにゃい!
だいたい子ども相手だぞ!
にゃのに、廊下に置き去りにされた。
むむむっ。
仕方にゃいから、ヴェルミのベッドに潜り込んだ。
そのまま待っていた。でもあっさり眠りに落ちてしまう。
猫だもん。眠ることが仕事みたいなものだ。
やがて温もりを感じる。ヴェルミのものだ。
へにゃりと笑みが溢れる。
目を開いて腕を回して包んでくれるヴェルミを見た。
石鹸の匂い。オレの匂いをつけてやるー。
すりすりと頬擦りをした。
ヴェルミは起きなかったが、手でオレの頭を撫で付けてくれる。
ゴロゴロと喉を鳴らして、甘えた。
温かくてまた眠りに落ちる。
オレはこの子に、何をあげようかにゃ。
そう考えにゃがら。
20181121




