本物
会話多めになっちゃいました…
※訂正
翔太の引っ越しの日時を変えました。勢いで間違いました。すいません。
「おっ、いいもの使ってるね。」
皓は古タイヤに腰掛けながらいった。
翔太は慣れた手つきでコールマン200Aを点火し廃トラックの荷台に置いた。辺りにはランタンの暖かな光が広がり、闇の中に私たちの顔をうかびあがらせる。蚊取り線香にも火をつけランタンの隣に置くと唐突に彼は言った。
「実はおれ、夏いっぱいでここを引っ越すんだ」
「えっ!?」
私の記憶が確かならば、彼の家は不動産業を営んでいるはず。引っ越しとはどういう意味なのか。
「ちょっと待ってよ、翔太のとこは不動産屋だろ?」
皓は私が思っていたことを察したかの様にきいた。
「うん。うちは不動産屋。だから引っ越しとかは普通はないんだ。普通は…」
彼は何かを堪える様に唾を飲み込んだ。一息ついて続ける。
「実は、お母さんのほうの大阪に住んでいるおばあちゃんが寝たきりになっちゃったんだ。お母さんは一人娘だし、おばあちゃんは女手一つでお母さんを育てたんだ。だからそっちの介護に行きたいんだって。その事情をお父さんに言ったら『それならここはうちの親父に任せてそっちに行こう』って言ったんだ。不動産屋はお父さんのほうのおじいちゃんがやってたものだから、任せればいいって」
「じゃー、翔太だけこっちに残るってことはできないの?お父さんのおじいちゃんはこっちにいるんでしょ?」
翔太は私が質問すると少し俯いた。
「そうしたいんだけど、介護に終わりはなさそうだし、ずっとおじいちゃんの世話になるわけにはいかないって言われたんだわ。本当におれはそうしたいんだけどさ…」
私は翔太の気持ちも彼の親の気持ちもわかった。そして、彼自身も分かっているのだ。だけど、それでも何かがわからないのだ。板挟みにされているのだ。
「そうか、それは俺たちにだけで柚月たちには言ってないのか?」
「うん、言ってないんだ。おれ、このまま言わないでおこうと思ったんだ。でも、それはそれでひどいことだなって思って。それで、どうすればいいのか相談したくてボクくんに頼んで皓兄を呼んでもらったんだ」
なるほど付き合いが長い柚月に言うのは気が引けたということか。なんだかうまいこと使われた感はあったが黙認しておくことにしといた。
「なるほどね…ねぇ、翔太、君にとって柚月たちはどんな友達なのかな?」
皓は翔太に問いかける。
「えっ、それは…大事な友達だよ。本当は別れたくなんかないんだ。それでも、それでも…」
彼はそこまでいうと感極まってしまった。私は翔太の隣に座り、彼の背中に手を置いた。“ボク”よりかは年上だといっても子どもは子どもなのだ。感情は抑えきれるものではない。そして時には抑えるべきものでもないのかもしれない。
「じゃー、ここでちょっと2人に聞くんだけどさ、俺の友達で小学校から今でもずーっと仲良くしている人って何人いると思う?」
私は“ボク”ではなく私自身に置き換えて考えてみた。そして困惑した。1人もいなかったことに。
そんな困惑している“ボク”をよそに翔太は
「5人くらい?」
と答えた。
「ボクくんはどのくらいだと思う?」
「1人か2人くらい…」
「ボクくん正解だね。1人だよ。1人。しかもそいつは中学高校と同じだったんだ。言うならばくされ縁ってやつだな。そうじゃなかったら多分関係は続いていなかったと思う。」
翔太は黙ったまま、ただ聞いていた。
「中学に上がってバラバラになる。高校に上がった時もバラバラになる。そうやってどんどん人との関係ってのは希薄になってしまうものなのさ。小学校の時に同じ学年の子が100人以上いて、今でも関係が続いているのがたった1人。つまり1%にも満たないんだよ。そりゃ、仲が良かった子はいくらかいたさ、でもそんなもんなんだよ。その友情は本物にはならなかった。」
「ほんもの?」
翔太は少し落ち着いたのかそう尋ねる。
「そう、本物だよ。本当に大切だと思ったり、いつまでも仲良くしていたいとは思わなかったから俺のは本物にならなかった。仕方ないのかもしれない。だって、新しい環境に行けば新しい出会いがある。それで交友関係は広がっていく。そうしていくうちに段々と昔の関係は薄れていくものなんだよ。なんたって会う頻度とかもどんどん少なくなるだろうしね。でも、本物なら続いていくはずなんだ。」
そして私たち2人の方を向いて続けた。
「いいかい、2人とも、本当に大事にしたい友達がいるならずっと大事にすべきなんだ。本物にすべきだ。これは俺が偽物しか作れなかったから言えるんだ。」
少しの間沈黙が流れた。
「ほんものか…わかったよ皓兄、おれが言わなきゃいけないこと、伝えなければいけないこと」
皓は納得したように頷いた。
「それなら良かった。ところで、いつこっちを出るんだ?」
「それが…」
翔太は少し俯いて、蚊の鳴くような声でいった。
「4日後なんだ…」
「4日後!?それはまた急な…」
「だから明日にでもみんなに言おうと思う。今日この後家に帰っても考える。皓兄、そしてボクくんありがとう。付き合ってくれて」
「どうってことないさ。」
私は皓に同意する意を込めて頷いた。
この時、私の中での翔太に対する謎は全て解けた。こっちに来てすぐ 都会と田舎どっちがいいか尋ねられたこと、その時の表情、全てに納得がいった。
その後、家に帰って布団に仰向けになって皓の言った言葉を反芻させた。
「本物か…」
その言葉は虚空に放たれた。
今の私には一体何が残っているのだろう。交友関係は希薄であり、自分の長所も伸ばそうとせず有耶無耶にし、周りに流されていた。本物と呼べるものは1つもないように感じた。
「何も、何も残っていないじゃないか…」
どうしようもない不安が心に押し寄せてくる。それと同時に目の前が潤んでくる。
(だめだ、柚月にみられたくない)
そう思い、誰もいないと思われる縁側へ足を運んだ。読んでいた通り、伯母さんと伯父さんは寝室にいるようで誰もいない。そう思われたが、
「あれ、ボクくんどうしたの?」
先客がいた。皓だ。
「いや、別になんでもないよ。」
皓が何かを察したかは定かではなかったが、深くは聞いてこなかった。そしてしばらく沈黙が続いた。
「ねぇ、なんか訳わかんないんだけど悲しくなることってない?」
私はふと聞いてみた。他人の意見を知りたかった。
「うん、あるよ。どうしようもなくて、虚しくて、悲しくて、心が押しつぶされそうになること、あるよ。」
「それでなんで生きているんだろうって思うことある?」
すると彼は少し笑って、
「ボクくんは難しいことを考えるんだね。本当に小学生?そうだなー…あるよ。」
皓の言葉に少しドキッとしたけれども続けて尋ねた。
「そういう時どういう風に考える?」
「これまた難しい質問だな。うーん、その答えを見つけるために生きているんじゃないのかな。」
「なるほど…」
「あんまり深く考えすぎるのも良くないかもよ。」
こうやって心の靄を誰かに話してはらうのも悪くないなと思った。話しているうちに虚しさ、悲しさ、その他諸々も弱まっていくように感じた。
「今日は片付けしたり、色んなこと考えたりして疲れたんじゃない?もう寝ちゃいな。頭を空っぽにしてね。」
「空っぽに?」
「そうさ、でなきゃ眠れなくなっちゃうよ。俺がここにきたのも空っぽにするためさ。空っぽにしてまた明日溜め込む分を空けておくんだ。」
そう言って彼は深呼吸をした。私も隣で真似してみた。涼しい、秋が近くにきているような香りが身体中に広がり、染み込んでいく。そんな感じがした。
「秋が来るね…」
皓はそう呟いた。




