片付け
瞼をゆっくりと開けると、そこにはもう見慣れてしまった木目の天井が広がる。カーテンの隙間から微かに太陽の光が差し込み、朝の訪れを感じた。
今朝はラジオ体操はなかった。というのも、昨日の夏祭りの櫓や屋台などが出っ放しであるからである。
隣には柚月の姿はなく、先に下へ降りたみたいだ。私も起き上がり、布団を整えて一階へとむかう。
大きなあくびをひとつしながら席に着く。
「おはよう、柚月。」
「ボクくん、おはよう。ふふ、寝癖ついてるよ。」
柚月は手櫛で寝癖を直そうとしてくれた。(結局直らなかったが…)そんな彼女はもう、パジャマから着替えていた。一体何時に起きたのだろうか。
「そうだボクくん、昨日も言ったかもしれないけど、ご飯食べたら学校に行くからね。」
と昨日寝る前に言われたことをもう一度復唱された。
柚月によると夏祭りの片付けは基本、六年生とその保護者でやることになっているのだが、参加した生徒は片付けもやるのが暗黙のルールであるらしい。そのため柚月はもちろん、親戚であり尚且つ夏祭りに参加した“ボク”も例外にはならないようだ。
「わかってるよ。ねーねーどれくらいで終わるものなの?」
「半日くらいかな。」
「半日!?」
「うん、だってあのお化け屋敷だって片付けるんだもん。それくらいかかるよ。」
「そうなんだ…」
若干行く気が削がれたが、逃れられる余地はなさそうなので、諦めてシャケと一緒に暗黙のルールを口に放り込み、咀嚼した。
朝食を終え、私もパジャマを脱ぎ捨て着替えた。寝癖を直すのは面倒に感じたので、そのまま上からお下がりの麦わら帽子を被り、無理やり押さえつけた。これは“私”のときにもよくやることで、これができない平日はやっぱり嫌だなと思い出した。
そして、それと同時に自分は答えを探していたことを思い出す。答えは自分の中にある気がする。だけど、それを答えとするとこの時間に終わりが来てしまいそうな気がして。なんとなく考えないようにした。
「ボクくん、準備できた?いくよ!」
柚月に呼ばれ、玄関へとむかう。
冷涼感のある風が頬を撫で、通り過ぎていった。
「今朝は涼しいね。」
太陽の方角から察するに、北風のようだ。
「うん、でもなんだか夏が終わっちゃう感じで私は寂しいな。」
確かに柚月の言う通り、夏が終わると急に心が寂しくなる感じがする。季節がなせる技とは末恐ろしい。そして、夏の終わりとは私には他にも意味があるように感じて、その話題はそこまでにしてしまった。
校庭に着くと、もう生徒がバラバラと集まっていた。
向こうには翔太達がみえる。
間も無くして片付けの概要が発表された。ふむふむ、なるほど屋台を片付ける組と校舎の整備組で別れるようだ。私と柚月、翔太の3人は整備、珠美、涼の2人は屋台を片付ける組になった。
「ほんじゃ、あとでね」
涼と珠美はそういうと屋台の方へかけて行った。
「よし、おれらも行こうか」
翔太に連れられて私達は校舎へ向かった。
現場に着くと、担当の先生らしき人物がテキパキと指示を出していた。見知らぬ“ボク”に対してでさえお構いなく、よく言えば分け隔てなく接してくれた。思えば、この時代はヨソとウチの境界ははっきりしていないような感じがする。それは良いことであると思った。
そんな感じで着々と片付けは進み、私は昨日初めに驚かされた図工室の机に腰掛けていた。流石に教室の復旧には携わることはできない。足をプラプラさせ、暇を持て余していると、そこに翔太がやってきてぼそぼそっと耳打ちされた。
「えっ、なんで?」
内容が内容であったので思わず尋ねた。
「いいから、来ればわかるから。それと柚月達には言わないでおいてね。よろしくね」
彼はそういうと、ふらふらっと何処へか消えて行った。どうも腑に落ちないが、柚月達にバラすなよとのことなので頭の片隅にしまっておいた。
その後片付けは無事終わり、校庭の朝礼台の前に集合せよとの放送が入ったので向かった。教頭先生と思われる人物の軽い挨拶のあと解散となった。
「やっぱりさ、今年のお化け屋敷は凝ってたよなー!」
「私は音楽室のやつが一番怖かったかな」
秘密基地では昨日の夏祭りの話で持ちきりだった。そんな中でも翔太はどこか心あらずという感じだった。そしてそんな彼の姿を見て、謎はますます深まるばかりだった。何故、あの様な頼みを柚月ではなく“ボク”にしたのか、そしてその内容とは一体何なのか。検討もつかなかった。
そのぼんやりした状態のまま時間は過ぎ、お開きとなった。
家に帰り、夕食を終えたあと私は階段に腰掛けていた。ここが一番玄関が見やすく、近く、そして誰かに悟られにくい死角となっている。もうすぐ時計の針は21時刺す。そろそろ出番がやってくる。
「ただいまー、はぁー、疲れたな。」
皓が予備校から帰ってきた。つまり、私が使命に取り掛かり始めるということだ。
「皓兄おかえり。」
「あれ、ボクくんこんなところで何を…」
慌てて皓に近寄り、彼の口を塞ぎ顔の前に人差し指を立てた。彼は少し動揺しつつも、何かを察してくれたらしい。そこで私は翔太に言われたことを耳元で伝える。
「えっ、今からなの?」
「うん、今からだよ。」
「なんだかよくわからないけど了解したよ。じゃー、上手くいっとくから先に門のところに行ってな。」
彼はそう言い残すと居間へと入っていた。
数分後、彼は荷物を降ろして門のところへ来た。
「おまたせ。それじゃ行こうか。」
こうして2人である場所へと向かった。鈴虫の鳴き声があたり一面に広がり、夜風も相まって極めて涼しく感じた。秋はもうすぐそこまで迫って来ている様だ。
通い慣れてしまった道を進み目的地へとついた。
「うわ、ここ本当に夜に来ると不気味だね。」
皓がそういうのも無理はない。ここは昼間、私たちが遊んでいた秘密基地の入り口、つまり空き家の正面玄関だからだ。
「本当に来るんだよね?」
「うん、多分。時間も指定されたし…」
そう言いながらも内心少し不安があった。
「ごめん、こんな時間に呼び出しちゃって。でもどうしても話したいことがあったんだ」
後ろには、赤いコールマン200Aランタンを携えた翔太が立っていた。少しだけびっくりした。本当に少しだけ。
「さ、ここで話すのも何だから基地の方に回ろう。ランタンも蚊取り線香もあるからさ」
翔太は1人裏へと回っていく。私達もそのあとをついていった。
何を話すんだろうか。この時、翔太が何を話すのか私達は知る由もなかった。




