お化け屋敷
「ねぇ、ボクくん。わたし少し怖い。」
と柚月が私の甚平の袖を掴んでくる。ここは少しでもカッコつけようと思い
「大丈夫、ぼくは平気だからさ。」
と返しておいた。
「次のペアどうぞ」
ストップウォッチで時間を測っていた受付係の女の子にそう言われた。
懐中電灯が渡され、私はそれを柚月に渡し暗幕をくぐった。このお化け屋敷は土足のまま校舎の中に入ることを前提としているため、順路にはブルーシートが敷かれていた。
校庭から騒ぎ声は少し聞こえてくるものも、提灯や屋台の光は全くといっていいほど入ってきていなかった。たぶん暗幕をかけているのだろう。柚月の手元にある弱い光の懐中電灯と非常口のマーク、消火栓のランプだけしか光はない。しかも、後者2つは夜の学校が異質な空間であることを際立たせているような気がする。
通路は机や椅子を使い廊下をただまっすぐ進めないようになっていた。そんな通路を2人でゆっくり歩いていく。
柚月はがっちり甚平の袖を掴みながら懐中電灯であちこち照らす。
「ボクくん、大声出すかもしれないからよろしくね。」
と最後の方は消え入りそうになりながらいうので、唾を飲み込み、
「うん…」と答えた。
一階の中央階段まで行くには一年生、二年生の教室の前を通り過ぎて行く…筈だったのだが二年一組の教室のあたりには机でバリケードが張られていた。
「えっ、どうしろってこと?」
「横見て柚月、こっちの教室を通って行くみたい。」
下に敷いてあるブルーシートは二年一組の向かいの教室へと続いていた。おそらくそこを通り越してバリケードを超え、一年生の教室の方へ行くのだろう。
「ボクくんそろそろなんか来そうだから、先頭よろしく。」
ここまで驚かされることがなかったため、そろそろ何か起こるだろう、と踏んだ柚月に懐中電灯を渡されながらそう頼まれた。依然、甚平の袖は掴んだままだ。
「うん、わかった。」
なるべく平然を装っていったつもりだが、内心、私もドキドキしていた。何せこんなシチュエーションに陥ることは実生活ではないものなので。
ゆっくりと教室の中に入る。中の雰囲気と置いてある木で出来た直方体の椅子を見て、図工室であると悟った。図工室のなかも机やら何やらで入り組んだ進むようになっていた。
中は少し進むと、入り口のドアが勢いよく、バタンッと音を立てて閉められた。
「ひっっ!!」
柚月がそれにつられて同じように、勢いよく甚平の袖を引っ張る。少しはだけてしまった。
それをさりげなく直しつつ
「大丈夫だよ。相手は本物の幽霊なんかじゃないんだし。同じ小学生だよ?誰かが物陰に隠れてて閉めただけだよ。」
と慰めておいた。
そのままゆっくりと、懐中電灯を左右させながら進み窓際まで来た。ここでカーブして図工室の前の出入口に向かうようだ。
カーブに差し掛かった瞬間、今度は窓際に置いてあった電動ノコギリがガタガタガタガタと音を立てて起動した。
今回は少しばかり油断していたためか、2人してビクッとしてしまった。とりあえずもうこの部屋から出てやろうと思い、出口まで突き進んだ。すると
ヴァァァ〜
と声が変わり途中の少し低いうなり声を出しながら、長机の下から人が出てきて驚かしてきた。
これにはたまらず2人して叫んで、走って図工室から出た。
「ハァーハァーハァー…」
結構全力で走ったので中央階段まで来てしまった。どうやら驚かしてくるポイントは一階ではあそこだけだったらしい。
お互いに顔を見合わせ、無言で頷き、二階へと上がった。
こんどは校舎の中央から東、つまりは生徒昇降口方面へと突き進み、東階段を登る。というルートだ。
しかし、この階も真っ直ぐ廊下を進むことは許されず、途中音楽室を経由しなければならなかった。
「ちょっとこれ、またくるやつだよね?」
柚月は焦り気味で問いかけてくる。
「かもね。」
音楽室に入ると図工室とは違い、真っ暗闇だった。前者では少しだけ月明かりが入ってきていた。(それはそれで、月明かりで彫刻の影ができたりしていて余計に怖かったのだが)
すると教室の左奥の方でピアノが弾き始められた。曲はたぶんバッハのやつだ。曲名は分からないが、よくテレビとかのBGMにも使われる、チャララー、チャラチャラチャーラーって感じのメロディのやつである。それにしても、演奏は上手であるが如何せん空間がわるい。
早く出たいと思ったのか、柚月は私を引っ張り出口のドアを開けようとするが開かない。そとから鍵を掛けられているらしい。
ドアをガチャガチャしていると、いきなり演奏が止まり、あたりに不協和音が響き渡る。どうして、綺麗な音を奏でることができるピアノは隣同士の音をたたくだけで耳障りな音が出るのだろう。とそんなことに感心している暇もなく、演奏者の男の子[たぶん]はこちらに歩み寄ってくる。
隣の柚月はびびって声も出ていない。彼の伸ばした手が触れそうになった時に、ドアが開き、倒れるようにして外に出た。
柚月が私にのしかかる形になった。
「イタタタタ…あっ、ごめん大丈夫?」
立ち上がり、私の腕を引いてくれた。
「大丈夫だよ、それにしても演出がいちいち凝ってるね。」
「なんかボクくんちょっと余裕な感じでムカつく〜。」
ベシッと口に出しながら頭に軽いチョップを喰らわされた。
「そんなことないよ。図工室のは本当にびっくりしたもん。」
そのまま東階段までゆっくりと向かう。どうやらこの階も音楽室以外では何も起こらなかった。
「なーんだ、どの階も1ヶ所しか怖いとこないのか。」
そう呟きながら階段を登ろうとすると、上の方から悲鳴が聞こえてきた。珠美たちだろうか。
「違うよボクくん。本当に怖いのはこっからなんだよ。」
と弱々しい声で柚月がぼやいた。
懐中電灯を左右に振りながら三階に登った。
三階に登った瞬間、他の階とは違う雰囲気を感じた。何処と無く人間が沢山いる匂いがした。つまり、おばけが沢山いるということだ。
私の感は当たっていたらしく、東階段の目の前の五年五組の教室から西階段の目の前の六年一組の教室までおばけまみれだった。
次々に驚かされ、その度に柚月は悲鳴をあげた。いきなり腕を掴んできたりするベタなものから、前から迫ってくるという意外なものまで様々だった。
途中、おばけ役の翔太に話しかけられて私はそっちの方が怖かった。
その全ての試練をクリアして漸く六年一組の教室に着いた。この教室はただカーテンが引いてあるだけで、そこまで真っ暗ではなかった。
「はぁー、ほんともうやだ。」
半泣き状態の柚月が溜息をつきながらつぶやく。
この階で彼女は叫びっぱなしだったのだ。無理もない。
「みて、柚月。黒板に何か貼ってあるよ。」
教室の前の黒板には紙切れが貼られていた。どうやらこれがお札であるらしい。剥がして見ると裏に何か書いてある。懐中電灯で照らすと、そこにはこう書いてあった。
“ここまで辿り着いた諸君に名誉を与える。この先に試練はない。安心して進めよ”
「これって信じていいの?」
「うーん、どうだろ。いつもはどんな感じなの?」
「いつもは三階まで行けば後は何もないよ。」
「じゃー、大丈夫だよ。」
どうやらこれで終わりらしい。たしかにあとは降るだけだし、階段では安全を考えてか驚かされることはここまでもなかった。
2人でゆっくりと西階段を降る。二階に到着した時、廊下の方から足音が聞こえ2人して足が止まった。
「ボクくん、聞こえた?」
不安そうに甚平の袖を掴みながら、柚月に問われる。
「うん、聞こえたよ…」
「こっち側の廊下に誰かいるとかあるのかな?」
すると足音はどんどん近づいてきた。
こちら側の廊下は本来、お化け屋敷では使用されていないので暗幕の類はない。近づいてきている何かが月明かりに照らされて浮かび上がった。真っ白い和服に身を包んだ、日本人形のような女の子の姿が。
『ギャァァァァ』
2人とも表現できないような悲鳴をあげ、全速力で階段を降り、渡り廊下へと出た。
そして私は気づいた。咄嗟に柚月と手を繋いでいたことを。
だけども、恐怖の方が勝るわけで、少し青ざめた顔で彼女はいった。
「さっきのあれって、もしかしてもしかするとあれだよね?」
「うん、もしかしてもしかするとあれだよ。」
と私も冷静を装って返す。手は繋がれたままだ。
するとそこへ先にゴールした珠美たちがきた。
「どうだった?やっぱ怖かった?」
「あれ?手繋いでるの??」
涼に指摘され、柚月は手を繋いでいることに気づいた。
「あれ?本当だ。気づかなかったよ。」
普通ならそこで手を離したりするものなのに、彼女はそうしなかった。
「柚月、嫌じゃないの?」
私は不思議に思ってきいてみた。
「なんで?別にいいんじゃない。まっ、もう離すけどね。」
そういってゆっくり手を離す。
「手を繋いだらちょっと安心したんだ。」
微笑みながら彼女はいうとそのまま校庭の方へ歩いていった。
不思議な子だなと思った。それともしっかりとした個を持っているのか。
そんなことを考えながら彼らの後を追った。
先ほど柚月と焼きそばを食べたところに皓と伯母さんがいた。
「皓兄、もう来てたんだ。」
柚月はそっちにかけていった。
「やぁ、諸君。楽しんでるか?おっ、ボクくんそれ俺のやつだね?」
「うん、そうだよ。着せてもらったんだ。」
「よく似合ってるよ。それにしても俺って本当、小さかったんだな…」
昔を懐かしんで目を細めながら皓は呟く。そして焼きそばをかき込んだ。
「もうすぐ盆踊りも始まるよ。最後まで楽しんで来なさい。」
と伯母さんは焼き鳥片手にそういった。
この祭り自体は21時に終わるらしい。終わる1時間前から櫓を囲んで盆踊りが始まるらしい。たしかに櫓の周りには人が着々と集まって来ている。
その後、お化け役をしていた翔太も合流し盆踊りに参加した。
ちゃんと踊れてるとか関係なく、ただただ楽しかった。どんな一瞬も逃すまいと満喫した。
「ね、ボクくん。楽しいでしょ?」
「うん、楽しいね。」
そしてあっという間に夏祭りは幕を閉じた。
終戦から43年目の夜だった。




