夏祭り 前編
8月に入ると夏が終わってしまう感じがして少し悲しくなりますよね。
みなさんはこの夏どのように過ごしてますか?
花火は見ましたか?
夏祭りには行きましたか?
思い出を作ることはできましたか?
「ちょっと待っててねー」
伯母さんはそう言いながら押し入れに頭を突っ込んでいる。かなり必死に探してくれているので、なんだか申し訳なくなってしまった。
昨日は熱が出てしまったが、今朝には下がり、無事夏祭りに行く許可が伯母さんによって下された。それまで柚月にかかっていた暗雲はすっかり晴れたようで嬉しそうだ。私自身も少し不安だったので、熱が下がって安堵した。
「確か、皓のやつがあったはずなんだけど…」
伯母さんは夏祭りに行くなら甚平とか着る方が雰囲気でるでしょ?と言って、この家にきてから恒例になっている皓のお下がりが決定した。わざわざ買うのも勿体無いし、そもそもこの辺にはそんなものを売っている店自体がなさそうだったので全然気にならなかった。
ちなみに柚月は浴衣で行くらしい。
「あー!あった、あった。あったよボクくん。」
伯母さんはもぞもぞと押入れから出てきながら言った。最後、油断したのか頭を少しぶつけた。少し笑ってしまった。
「イタタタ、ちょっとボクくん、今笑ったでしょ?」
笑ってないよと平然を装って言ってみる。
ほんとー?といいながら私の目の前に甚平を出してくれた。
「どう?これ。皓が5、6年生のときに使ってたものなんだけど、なんでもあの子今ではあんなに大きくなったけど、小学校まではずっと小さくて6年生のときでも今のボクくんよりちょっと大きいくらいだったのよ」
昔を懐かしみながら伯母さんは語った。今、皓は175センチくらいあるので驚きだった。その後言われるがまま、甚平を着てみた。市松模様がきれいなものだった。
「すごい、ピッタリじゃない!よく似合ってるよ。本当に皓が小学生だった頃を思い出すなー」
“ボク”の頭をポンポンしながら話す。
「よし、甚平もちゃんと見つけたことだし、あとは祭りに行くだけだね。といってもまだ午前中だけどね」
時計の針は10時22分を指している。柚月たちの通ってる学校で開催される夏祭りは午後4時半から始まる。
「ボクくんは柚月と一緒に先に行っててね。私と皓は後から行くから」
「皓兄もくるの?」
「もちろん、あの子だってあそこの卒業生だからね。」
どうやら皓もくるらしい。そういえば彼には小学校時代の友達とかで、今でも連絡を取っていたりする人はいつのだろうか。ふと、そんなことを考えた。
正午をまわり、お昼を取ってから柚月とともに秘密基地へと向かった。
「よ、ボクくん。いよいよ今日だな」
廃トラックの荷台に腰掛けながら涼は言ってきた。
「毎年恒例のことなんだけどさ、毎年ほんと楽しみなんだよねー」
同じく荷台に乗せられた古タイヤにまたがりながら珠美が続ける。
ちなみに、最後の調整ということで今日も翔太の姿はなかった。彼はここ数日ずっと秘密基地には来ていないので、年長者がいない秘密基地はイマイチまとまりがないように感じた。
それに加えて、私はどうしても気になることがあった。畑仕事を手伝ったあの日、彼が尋ねてきたこと、それに答えたあとの彼の表情、どうしても腑に落ちないままだった。しばらく1人で黙って考え込んでしまった。
その後、涼たちと虫相撲をした。すると、あることに気づいた。皓、涼とともにとったヒラタクワガタがなんだか弱っているように感じた。
「ねぇ涼、この虫弱ってるのかな?」
涼が覗き込む。
「うーん、そうだなー、とってから時間も経つし、戦わせたりしてるし弱っているかもね」
「もう逃がしてあげたほうがいいのかな?」
私と涼が考えていると柚月が口を挟んだ。
「ちゃんと死ぬまで面倒を見てあげなきゃ。それが飼っている人の責任だと思うよ」
柚月の目は真剣だった。そのまっすぐな瞳に飲みこまれてしまいそうだった。
「わかったよ、そうだよね。責任を持って面倒を見るよ」
私がそういうと、彼女は満面の笑みで頷いた。彼女がそんなに真剣にいうということは何か理由があるからなのだろうか。
この日は祭りもあるのでいつもよりも早くに切り上げることになった。
家に帰り、私たちは身支度した。
私の方はすぐに甚平に着替え終わり、一階の和室で柚月を待っていた。
「おまたせ、ボクくん」
そこには浴衣を着て少しだけ、本当に少しだけ大人びて見える柚月が立っていた。
「すごい、かわいい…」
思わずそんな言葉が出てしまった。
「ふふ、ありがと」
彼女は少し頬を染めながら返事をした。その表情をみて、自分が改めてなんといったのか思い出し、こちらも赤面してしまった。
学校に近づくにつれて、足取りはだんだんと速くなった。そして、それにつれて聞こえてくる祭囃子が一層足を速めさせた。
「ボクくん、はやく、はやくいこ!」
柚月に半ば強引にジンベエの裾を引っ張られる。顔では平静を装っていても、私の心も祭囃子にのせられ、ウキウキしていた。この気持ちは偽りなんかじゃなくて、本当にそう思った。純粋な気持ちだ。
だんだんと会場である学校の校庭が見えてきた。毎朝、ラジオ体操で行っている筈なのに、櫓が組まれ、提灯がいくつもぶら下がり、屋台が点々としているその場所はどこか別の空間に変身していた。
その空間に引っ張られずにはいられなかった。祭りが始まる。そのことをひしひしと感じた。




