武具を愛しすぎた男
「いやあ! お嬢さんがた! お目が高いですな! さすがはリヒトハルトさまのご息女! これはですな、昔この大陸を荒らしまわっていた真龍を【剣聖】オルランディさまが……」
嬉々として武器の説明をしているダルーインさん。
まだ幼い娘たちにそんな説明をしたところで、どれだけわかってもらえるのだろうか。
しかし、彼の少年のように輝いた瞳を見ていると、止める気が霧散していくのであった。
彼は間違いなく好きでこの商売をしているのであろう。
大事にされている商品たちを見れば、そんなことはすぐに納得できる。
どれもこれも異様にピカピカなのだから。
きっと暇さえあれば磨き込んでいるのだろう。
武具に恍惚の表情で頬ずりしているダルさんを想像し、少し気持ち悪くなってきた。
偏愛とは恐ろしいものである。
だが、俺の思考とは裏腹に、マリーとアリスメイリスは割と興味深げな顔でダルさんの説明を聞き入っていた。
たとえ幼い女の子であろうとも未知への探求心や好奇心には逆らえぬのだ。
出会った時のリーシャもそうだった。
彼女が語った冒険への果てしない憧憬がなければ、俺がこの道に入り込むことは永久になかったと思う。
たぶん今でも料理人のクチを探してアトスの街をウロウロしていたことであろう。
マリーとアリスメイリスも今、かつての俺のようにまだ見ぬ冒険の世界へ思いを馳せているのかもしれない。
俺はそんなダルさんと娘たちを横目に、ペンを走らせる。
当然だがラブレターを書いているわけではない。
ダルさんの兄である副ギルド長ネイビスさんへ宛てたものだ。
俺の伝言をダルさんからギルドへ届けてもらうつもりなのである。
我ながら天才的な発想だったね。
これなら敵にも感付かれにくいと思うんだ。
あ、そうだ。
もっと簡単に連絡を取れるような策をギルド側にも考えてもらわないとな。
よしよし、手紙に書き足しておこう。
「旦那……旦那」
「ん? どうしたんだいグラーフ」
グラーフも武具を選んでいたはずだが、困り顔でしょんぼりと立っている。
褐色の顔が苦悶に歪んでいるようにも見えた。
「……あの……あっしも武器とか見てたんでやすが、その……」
「? ……あぁー、わかった。皆まで言わなくていいよ」
全てを察した俺はグラーフに背を向け、まだ武具の口上を垂れ流しているダルさんに大声で言った。
敢えて娘たちにも聞こえるようにである。
また、俺の意思を伝えるためでもあった。
「ダルさん! 代金は全て俺が払いますんで、会計は全部まとめちゃってください!」
「! わかりましたぞ。では、そのように」
「旦那ァ……あっしは……あっしは旦那が保護者で幸せ者でさぁ!」
「ははは、これくらい気にしなくていい……っておい! こら! 抱き着くのはよしてくれ!」
剛腕でしがみつくグラーフを強引に引っぺがす。
そこへ申し訳なさそうな顔の娘たちがやって来た。
「パパ……いいの? おかねかかっちゃうよ?」
「家計の負担にならないかの?」
「なに言ってんだい。そんなことをきみたちが心配しなくてもいいんだよ。パパに任せておけば大丈夫。さ、欲しいのをなんでも選んでおいで」
「……うん! パパだいすき! すきすきー!! んちゅー!」
「愛しておるのじゃお父さまー! ちゅっちゅっ!」
俺の無精ヒゲに頬ずりしてキスのお土産まで置いて行く娘たち。
愛おしすぎて涙が出そうだ。
ま、父親の面目を保つためなら、このくらいの出費は安いもんさ。
どうせなら品質が良くて防御力の高い物を買ってあげたいからね。
「あっしもチューしやしょうか?」
「いらないよ!?」
唇を尖らせたグラーフを追っ払い、手紙の前に戻る俺。
魔導レジスターの置いてあるカウンターへ寄り掛かり、文面を確認する。
調べてほしい人物の名前は直接書かず、それでいて暗に人物が思いつくように書いたつもりだ。
万が一、この書面が奪われた場合を考慮してのことだが、正直ここまでする必要があるのかはわからない。
俺が思った以上に敵が間抜けであるような気がしてきたのだ。
なんでだろう。
頭が良いように見せて頭が悪いって言うか……
いやいや、もしかしたらこれも高度な情報戦なのかもしれないね。
わざと俺にアホっぽい部分を見せているとか……
うーん、どうだろう……?
どの道、たとえそうだったとしてもやはり気を抜くわけにはいかないか。
相手は恐れ多くも国王陛下に毒を盛るような下衆だからね。
こっちもなにをされるかわかったもんじゃない。
苦虫をかみつぶしたような顔になった時、ダルさんと娘たちの会話が耳に入ってきた。
「さて、お次は防具ですな。とは言え、この店には幼子用の鎧がないのです」
「えぇ~? ないの~?」
「そりゃそうかもしれんのー。わらわたちが天才すぎたのじゃな」
「ガハハッ! その通りですわい! 今までの最年少冒険者は14歳の少年でしたもので。それを大幅に更新しましたからな!」
「ぶー」
「困ったのー」
俺も困るよ!
防具もなしに大事な娘たちをクエストになんて行かせられるはずがないじゃないか!
ダルさんにひとこと物申そうとしたが、先に彼が口を開いた。
「お嬢さんがたはどなたからこの店のことをお聞きになられましたかな?」
「ネイビスさん!」
「ネイビスさんなのじゃ」
「ガハハハ! そうでしょう? ワシも兄ネイビスから『リヒトハルトさまのご息女がそちらに来店なされるかもしれぬ』と言われておりました。それゆえに」
ダルさんはふたつの木箱を軽々と棚の裏から引っ張り出してくる。
そしてそのまま開封すると────
「オーダーメイドでお二人の鎧を作らせておいたのです!」
はい!?
俺はそんなこと全っ然、聞いてませんけど!?
────眩く煌めく青と紫の鎧が現れたのであった。
「わぁ~! きれ~い!」
「これは美しいのうー!」
鎧に見とれる娘たちを余所に、大口上を繰り広げるダルさん。
「この武具こそ王都が誇る三ツ星の名工『グラム』の製作による究極の逸品ッ! マリーさまの鎧は、ミスリル銀と鋼鉄を合成した【青鋼】! 縁取りには魔除けの効果もある本物の黄金を使用! 真紅のマントは魔導の機織り師『バサン』が繊維一本一本にまで魔導を込めた至極の一枚!」
もはや誰も彼の口を止めることは出来ない。
「アリスメイリスさまの鎧は、同じく名工『グラム』の手による至高の名品ッ! 純度の高い白銀と魔導力を高めると言う紫紺鉄を混ぜて鋳造した【紫紺銀】! 赤紫のマントは大陸ナンバーワン革職人『ガウル』が精霊【サラマンダー】の皮をなめした文字通り幻の一枚! おお、神よ! このような素晴らしき装備を、真に素晴らしき冒険者の手にお授け下さり感謝いたします!!」
「…………」
「…………」
娘たちだけでなく、俺やグラーフまで呆気に取られてしまう。
なによりもダルさんが全く息継ぎもせずに言い切ったところにだ。
「あ……あのー、あっしも選んできたんですが……」
「そ、そうか。いいのが見つかったかい?」
「へい。ここは品揃えがすごいもんで、あっしのデケェ身体にも合うのがありやした」
「それは良かったね。じゃあ、カウンターの上に置いてくれないか。会計しちゃうからさ」
「マジでありがとうごぜぇやす。必死に働いて返しやすんで」
「そんなもんいらないよ。きみたちが元気に楽しく冒険できるならそれでいいんだ」
「グスッ、旦那ァ……」
またグラーフに抱き着かれるのも嫌なので、さっさとダルさんに声をかけた。
「ダルさん。先に会計をお願いできますか?」
「はいはい、少々お待ちを!」
彼が魔導レジスターをガチャガチャ操作すると、ビィーっと紙片が排出されてくる。
「これが請求書です。だいぶ勉強しておきましたぞ」
「そりゃあ、どうもありが…………んん!!??」
白い紙片を受け取り、金額を確認した途端、俺は全力で目を剥いた。
よくぞショックで心臓が止まらなかったものである。
嘘だろ!?
なにこれ!?
請求書には見たこともないほどの馬鹿げた金額が示されていたのであった。




