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お買い物 2


 冒険者ギルド本部公認ショップ【アドベンチャーマスターズ】の店内へと入った俺たち。


 どうやらギルド公認だけあって、武具の他にも冒険に役立つ様々な品が取り揃えてあるらしい。


 あぁ。

 そう言えばアトスの街にあった冒険者ショップもこんな感じだったなぁ。

 もしかしたらあっちのも姉妹店だったりするかもしれないね。


 アイテムが丁寧に並べられた商品棚はいくつも並んでおり、その合間を縫うように娘たちが駆けだしてゆく。

 まるで欲しい品がどこにあるかわかっているかのように。


 マリーとアリスメイリスは以前ここへ来たことがあるとでも言うのだろうか。


 などと訝しんだ俺であったが、答えは簡単。

 天上から案内板がぶら下がっていたのだ。


 ここは雑貨コーナー。

 あちらは旅行道具。

 と、言った具合に。


 しかしまぁ、流石はギルド本部が認めたお店だけのことはあるね。

 こんなにたくさんの商品があるってのに、全く雑然としていないし、埃ひとつなくきっちりと掃除もされているよ。

 武器や防具も、これでもかってくらい磨き上げられてピッカピカだ。


 うーん。

 きっとここの店主は客商売ってもんをわかってるんだろうねぇ。


 飲食店も同じさ。

 小汚い店だと、いくら料理が美味しくてもあんまり入る気がしなくなるもんな。


 前に俺が勤めていた『子豚亭』も、店内の清掃は徹底してたよ。

 厨房も俺が無茶苦茶掃除してたから綺麗だったけど、今頃はどうなっていることやら。

 俺以外のコックたちは超適当な連中だったからなぁ。

 妙な虫とか湧いてなきゃいいけど。


 そんなことを考えながら娘たちの後を追った。


 やっぱりね。

 やっぱりまずは武器だよね。


 マリーとアリスメイリスは武器コーナーでためつすがめつしていたのである。

 気になる武器は手に取って、馴染み具合や重さを確かめていた。


「マリーお姉ちゃん、これはどうかの?」

「そうだねー、にぎりのかわがちょっとかたいかなぁ」

「ふむ。確かに革は硬めじゃの」

「とうしんもすこしみじかすぎるかも」

「そうじゃの。もう少しリーチがないと不利かもしれぬのー」

「アリスちゃん、これは?」

「重さも長さも丁度じゃが、宝飾品がゴテゴテしすぎておるの」

「しかもこれ、がらすだまじゃない?」

「じゃの。魔導の品でもなさそうなのじゃ」

「それなのにたかいよねー。おこづかいでかえるものをさがさないと」

「じゃのー」


 などと、二人の真剣だが可愛らしく楽し気な会話が聞こえてくる。


 これでは冒険者と言うより、まるで鑑定士だね。

 むしろそっちを目指してくれたほうが俺としては安心できるのになぁ。


 ところで、二人ともお小遣いで武具を買う気だったのかい……?

 俺が渡した月々のお小遣いをきちんと貯めていたなんて……


 なんと健気で素晴らしい娘たちなんだろう!

 値段なんか気にしなくていいんだよ!

 パパがなんでも買ってあげるからね!


 だけど、娘たちにまで我が家の経済事情を心配されていたのは少しばかり情けないよね……

 別に貧乏なわけじゃないんだよ……



「あのー、間違っていたら申し訳ありませんが、もしや【黒の導師】さまでは?」


 野太い声に振り返ると、でっぷりと太った虎髭の男が立っていた。

 老年期に入ろうかと言う見た目ではあるが、むき出しの腕は傷だらけだ。


 これは彼の現役時代を端的に表しているのだろう。

 きっと元々は冒険者だったに違いあるまい。


 その彼は口角が異様に上がった営業スマイルと、とんでもない速度の揉み手をしている。

 あれでは摩擦で手が燃えてしまうのではなかろうか。


 だが、黒縁眼鏡の奥で鋭く光る黒い目は、微塵も笑ってなどいなかったのである。

 むしろ俺を値踏みしているような瞳の輝きだ。


 俺は即座に警戒した。

 敵の手がこの店にまで及んでいないと言う保証はない。


 俺は慎重に言葉を選びながら返答する。

 下手に否定するのは不審がられる可能性もあるし、ここは肯定しておくべきだろう。


「ええ。不本意ですし、不相応ではありますがそんな二つ名をいただいてます。それで、あなたは?」

「おお! 申し遅れました。店主のダルーインと申します。いやぁ、良かった! 人違いだったらどうしようかと思いましたぞ! ワシの人を見る目も捨てたものじゃありませんな! ガハハハ!」


 あれ?

 口調といい笑いかたといい、誰かに似てるような……


「お目にかかれて光栄ですぞ【黒の導師】リヒトハルトさま。おお! と言うことは、つまりあちらのお嬢さんたちが噂の最年少冒険者殿と言うわけですか! いやぁ! ネイビスが言ってた通り、本当に可愛らしいですなぁ! ガハハハッ!」


 そうだよ!

 ネイビスさんだよ!


 って、あれっ!?

 なぜ店主の口からネイビスさんの名が出たんだ?


「あ、あのー、つかぬことをうかがいますが……ネイビスさんとはどういったお知り合いで?」

「え? ああ、ネイビスですか。ありゃワシの兄ですわい」

「兄!?」


 こ、こりゃあ驚いた。

 でも、これで合点がいくね。

 そうかぁ、なるほどねぇ。

 言われてみれば顔も結構似てるや。


「リヒトハルトさま。兄から貴方さまになにかあれば、最大級の便宜を図れと申しつけられております。この店もギルドの一部ですので、なんなりとどうぞ」

「は、はぁ……」


 急に小声になったダルーインさんが耳打ちしてくる。

 彼の吐息が耳孔にまで入り込み、瞬時に気分が悪くなってきた。


 男の桃色吐息はいらないよ!


「お嬢さんがたは一生懸命に武具を見ておられる……おお! と言うことは、もしや初クエストの準備ですかな!?」

「ま、まぁそうなりますかね……」

「いやぁ、ウチの店を選んでくれるとはまっこと光栄の至りですぞ!」


 俺の手を取りブンブン振るダルーインさん。

 兄弟そろって大仰だ。


 取り敢えず入店してしまった以上、なにも買わずに帰るなんてできそうもないし……

 娘たちも買う気満々だもんな……


「ダルーインさん。良かったら俺の娘たちに武具を見繕ってくれませんか?」

「それはもう、喜んでお受けしますぞ! あ、ワシのことは『ダル』と呼んでくださって結構」

「は、はぁ。じゃあ、ダルさん。よろしくお願いします」


 ダルさんは早速マリーとアリスメイリスの元へ向かい、巨漢を屈め、とてつもない猫なで声で『お嬢ちゃんたち~、どんな武器が好きでちゅかなぁ~?』と話しかけていた。

 あれでは子供が怯えて売れる物も売れまい。


 うちの娘たちは結構な豪胆持ちだからひるむことはないだろうけどね。


 あれ……?

 そう言えば、【真祖】であるアリスはともかく、マリーがモンスターに怯えた姿って、あんまり見たことがないよね……

 かなり高レベルな怪物とも遭遇してるのに……

 俺と生活しているせいで感覚が麻痺しちゃってるのかな。


 まぁ、そう言った意味では冒険者向きだと思うけれども……

 いちいちビビってちゃお話にもならないからさ。


 ん?

 それより、ダルさんはさっきなんて言った?


 この店もギルドの一部?

 それってつまり、俺の敵ではないってことを暗に告げていたんじゃないのか?


 あのネイビスさんの弟さんだと言うなら信頼してもよさそうだね。



 俺は肩掛け鞄を下ろし、まだ内部で寝ているリルの下から紙とペンを取り出すのであった。




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