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お買い物


「ふあ~あっ」

「目は覚めたようだねグラーフ」

「……へい。姐さんがたに散々ぺちぺちされやしたもんで……あー、その、リヒトの旦那、眠っちまってすいやせんでした」

「ははっ、構わないさ。休日なのに付き合わせちゃってすまなかったね」

「……旦那は優しいでさぁね…………リーシャの姐さんが惚れるのもなんかわかりやす……」

「なにか言ったかい?」

「いや、なんでもねぇです」

「?」


 なにやら気持ちの悪い言葉がグラーフの口から聞こえた気もするが、まぁよかろう。


 図書館を出た俺たちは、またもやてくてくと歩いていた。

 王城を取り巻く環状公園は、休日なこともあって大賑わいである。


 構図も行きと同じで、俺の両手をマリーとアリスメイリスが繋ぎ、後ろからグラーフがついてきていた。


 辺りにはソーセージや肉の焼ける香ばしい匂いが立ち込めている。

 その香りにつられた人々が美味い食べ物を求めて居並ぶ屋台へと群がるのだ。


 一口に屋台と言っても、これでなかなか奥が深い。

 味は勿論だが、マーケティング的にもだ。


 基本的には軽食やデザートなどを売りにするものである。

 しかし、そのメニューこそが重要だったりするのだ。


 客の男女対比、客数、年齢層。

 これらのどこに比重を置くかで変わってくる。


 もし俺がここに屋台を出すなら、狙いは家族連れだね。

 そうなると、子供を抱えている親も多いだろうから、片手で食べられるようなモノがいいと思うんだ。

 それでいて小さな子にも食べやすく、かつ数多ある屋台から選んでもらえるメニューを出さねばなるまい。


 ……まぁ、パッとは思いつかないけれど。

 もし、そんなメニューを考案できたらここの屋台戦争に参戦するのも悪くないね。


 繁盛店はかなり儲かってるって言うしさ。


 さーて。

 俺たちのお昼ご飯はどうしようかね。

 せっかく外出したんだし、どこか美味しい店でも開拓したいところなんだけど。

 有名どころはだいたい制覇しちゃったしなぁ。


 やっぱり『食の都』の異名を持つだけあって、王都は美味しいものが多いんだよね。

 ほんと、元料理人としては魂がうずいてやまない土地だよ。


「ねー、パパ。ちょっとおかいものしたいんだけど、いーい?」

「行きたいお店があるのじゃー」


 左右から腕にしがみつき、上目使いで声をかけてくる娘たち。

 こんなに可愛くおねだりされて、『否』などと無下に言ってしまう鬼畜な父親がいるとでも思っているのだろうか。


 いや、いてたまるものか!


「ああ、いいとも。店の場所はわかるのかい?」

「うん!」

「あっちなのじゃ!」


 たちまち腕をグイグイ引っ張るマリーとアリスメイリス。

 二人の喜びにあふれた表情を見ているだけで、こちらも嬉しくなってしまう。


「グラーフ、悪いけどきみもそれでいいかな?」

「勿論でさぁ」

「キャゥン!」

「ははは、リルもオーケーか」


 当初、俺は娘たちが好きそうな店に行くのだと思っていた。

 いわゆる、ファンシーな雑貨や可愛らしい衣服を求めているものだろうと。


 しかし、向かっている方向がまるで真逆なのであった。


 服屋は東側、つまり俺たちの住む住宅街方面に概ね集中している。

 当然だが、住民が多いほど売れるからだ。


 実際に休日平日を問わず、奥様がたが旦那や子供たちの衣類を求めて店に群がる。

 行ったことはないが、セールを実施した店などはあまりにも客が殺到し、戦場もかくやと言う状態になるらしい。


 そして、大陸各地を結ぶ大街道と直結した門がある北側と、多くの船舶で賑わう国際港を擁する南側には、宿屋や飲食店が軒を連ねて旅人や船員たちをもてなしているのである。


 東側を落ち着いた商店街とするならば、繁華街にあたるのは環状広場を含んで北側と南側になる、と言うわけだ。


 そんな中、俺たちが向かっているのは、そのどれでもない西側地区であった。


 こちらはいわゆる、工業、産業地区と呼ばれている。

 簡単に言えば職人街だ。

 武具や道具を作る職人の工房と、それを売る商人たちの問屋や商店で構成されているのである。


 軒先には様々な武器や防具、農機具などが並べられ、中には建物自体が武具で造られているのではないかと見紛うほどの店もあった。


 あー。

 こう言う風景もなんだか懐かしいなぁ。


 まだアトスの街にいた頃、冒険者適正試験に合格した俺とリーシャは初クエストの準備……に……


 ってまさか!?


「な、なぁ、マリー、アリス。も、もしかしてきみたちの欲しいものって……」

「ぶきとぼうぐ!」

「冒険に出るなら必須じゃもの!」


 やっぱりか!

 ああああ……やっぱりかぁ~……

 そりゃ冒険者になったからにはなぁ~……


 俺の時も早くクエストを受けてみたくてやっぱりワクワクしたもんなぁ。

 リーシャとウキウキ気分で武具を選んだくらいだし……


 でもさぁ。

 わざわざ危険な冒険に娘を行かせたい親なんていないと思うよ……


 だけど、こんなに目を輝かせてる娘たちに『クエストなんて危ないところに行かせません!』とは言えるはずもないし……


 はぁぁあああ~…………


「丁度いいや。あっしも冒険者になれたら武具を新調しようと思ってたところでさぁ。ドーンとかっこいいヤツを! ……あれ? 旦那、どうしやした?」

「……いやぁ、どうしたもこうしたもないよ」

「ははーん。姐さんたちが冒険に行きたがってるみてぇだから心配なんすね?」

「……きみにしては鋭いところを突いてきたね」

「流石の旦那も姐さんにゃ弱いんでやすねぇ」

「…………きみも娘を持てばわかるよ……」

「ぶははっ! 旦那らしくねぇですぜ! 危なさそうならいつもみてぇにドカーンとモンスターをやっつけちまえばいいんすよ!」


 グラーフ、きみは本当にお気楽だね。

 だけど、言いたいことはわかるよ。

 そしてその通りだとも思う。


 マリーとアリスを守るのは、父親としての使命であり俺の確固たる決意でもあるのだから。


「よく『可愛い子には旅をさせよ』なんて言うじゃねぇですか! 何事も経験してみるのは、姐さんたちにとっても悪いことじゃねぇと思いやすぜ」

「……そう、だね。きみの言う通りだよ。まさかグラーフに諭される日がくるなんてね」

「それは褒めてるんですかい?」

「勿論さ。きみの成長も嬉しく思ってるよ」

「うへへへ、なんか照れやすね」


 ガリガリと黒髪の頭をかくグラーフ。

 彼を学校へ通わせたのは間違っていなかったようだ。

 あのグラーフがこれほど人間的にも成長するとは。


「あ、ここだよパパ!」

「着いたのじゃー!」


 立ち並ぶ一軒の前で立ち止まった娘たち。

 そしてそのまま躊躇することなく店内へ入っていく。



 二人に手を引かれるがまま俺も入るが、その寸前、剣のような絵で構成された文字の看板が見えた。



 『冒険者ギルド本部公認ショップ【アドベンチャーマスターズ】』と。



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