情報収集
「1月は特に大きな事件が無し、と。盛大に新年を祝う行事があったくらいか……さて2月は……」
ペラリペラリと次々に新聞をめくっていく。
王都の新聞とは、基本的に夕刊だ。
つまり、その日の出来事が当日に伝えられるのである。
夜間に起きた事件などは翌日に持ち越されてから記事になったりするんだけどね。
一日分を数分間で読み流し、テンポ良く翌日の分へ移行していく。
王都公認の新聞社が発行しているとは言え、それほどページ数が多くないのもありがたかった。
広告などの無駄なものがないのも喜ばしい。
一日分で何十枚もあったら精査に手間がかかりすぎるからね。
俺としては王宮関連のニュースさえ確認できればいいわけだし。
2月もそれほど目立った出来事はなかった。
強いて言えば、長年仕えた重臣が年齢を理由に引退したことくらいだろう。
3月も……特には…………ん?
『3月30日付け 新たな宰相就任』
『若くして重職に就いたヨアヒム宰相。彼の魔導と執政の才覚は、王立学術院のお墨付きと言えるだろう。辣腕を振るい、この国の未来を光溢れるものへ変えてくれることを期待したい。なお、そんな彼とシャルロット王女殿下にロマンスは生まれるのかも注目すべき点である。 【王宮事情通 筆】』
へぇー。
この時期に就任したのか。
……それはいいけど、王宮事情通って誰だよ……
しかもロマンスなんてこれっぽっちも生まれてないあたり、この人はヘッポコ記者なんだろうね……
てか、これじゃゴシップ記事っぽくなっちゃってるけどいいのか?
一応王宮公認の新聞なんだよね?
まぁいいや。
さて、次だ。
「リヒトの旦那、こいつぁなんて読むんですかい?」
隣で年末から調べていたグラーフが困った顔で俺を見ている。
早速難読文字が現れたようだ。
「えーと、『軍縮』だね。 ……ん? ちょっとそれをよく見せてくれないかい」
「へい、どうぞ」
『12月1日付け ヨアヒム宰相が長期的な軍縮計画を発議』
『宰相閣下は近年における戦闘数の急激な減少を鑑み、王国軍の縮小を最高評議会に発議した。今後は長期にわたり徐々に兵の数を減らしていく考えである。最高評議会はこれを受け、主だった文官の賛成多数により承認、可決された。一方、武官側は大きく反発し、全面的に対抗する構えである。軍の出動回数は大きく減少したものの、国外における四大陸の侵攻等にどう対処していくのか、その動静を見守るべきであろう。』
ふーむ。
これが文官と武官の衝突している原因か。
そりゃあ武官としては、おまんまの食い上げになるもんなぁ。
軍ってのは雇用の一面も担ってるわけだしさ。
兵隊さんたちも食いっぱぐれは困るよね。
「ありがとうグラーフ、引き続きよろしく」
「へい」
グラーフへ紙束を返し、俺も4月の新聞から精査を再開する。
5月が過ぎ、6月に名差し掛かった頃。
「んん? はっはははは、なんだいこりゃ」
思わず噴き出す俺に、すかさず『シーッ』と叱責する周囲の人々。
「すっ、すみません……」
「どうしやした?」
「ぷぷぷ……これ見てくれよグラーフ」
俺が示した大見出し。
そこには『スクープ! ヨアヒム宰相、王女殿下にこっぴどくフラれる!』と書いてあったのだ。
『かねてよりシャルロット王女殿下へ言い寄っていたヨアヒム宰相であったが、この度、見事に玉砕した。あろうことか王女殿下の寝室に忍び込もうとしていたところを衛兵に発見されたと言うのだ。これが事実ならば大変な事態となるが、真相は究明されることなく鎮静化されてしまったようだ。ただし、宰相が国王陛下と王女殿下の双方から激しい叱責を受けていたことは真実であるらしい。』
マジかよこの記事!
こんなもんを新聞に掲載するのもどうかと思うが、笑わずにはいられないよね。
「ぶははっ! おっといけねぇ……宰相ってぇのは旦那が話してくれたヤツでしょ? こいつぁ本気でマヌケ野郎でさぁね」
「だよね……よりにもよって王女に……ぷくくく」
いかん。
周りの人たちが睨んでる。
……うるさくて申し訳ない。
ここは王立図書館、バカ騒ぎはご法度である。
俺とグラーフは何事もなかったかのように取り繕い、再び新聞へ目を落とした。
しかし、あのキモ宰相がシャルロット王女に懸想してたなんてねぇ。
正直言って、彼にじゃじゃ馬王女の相手は務まらないと思うよ。
そもそも好かれてないのに言い寄ってどうするんだろうね?
シャルロット王女が簡単になびくとでも思ったのかな。
……駄目だ……
考えれば考えるほど、また笑いがこみ上げてくる……
笑ってはいけない場所や場面なのに、返って笑いたくなるのはなんでなんだろうね……
ええい!
無念無想!
集中集中!
よし、次の新聞!
6月5日は……『王宮内でボヤ騒動』があったみたいだ。
深夜の出来事だから発生したのは前日の6月4日ってことだね。
『王宮内の薬品庫近くでボヤがあり、燃え広がる前に消し止められた。怪我人は居ない模様』
ふむ。
怪我人がいないのは幸いだったね。
オーケー、次だ。
むむ?
…………これは……
『6月6日付け 国王陛下、ご体調を崩し公務を欠席』
6月6日って……確か……
『国王陛下は不調を訴え、急遽公務出席を取り止められた。奇しくもこの日はシャルロット王女殿下の生誕祭パレードが盛大に執り行われ、臣民一同大いに盛り上がりを見せた。陛下は後の談話で『毎年恒例の行事に今年は出席できなかったことは一生の不覚。愛娘シャルロットの晴れ姿が見たかった』と語られた。陛下は翌年の出席を固く誓っており……』
だよね。
王女の誕生日だったよね。
そう言えば王女さまも言ってたっけ。
あれは御前試合の時だったかな。
国王陛下は毎年この日に体調を崩すらしいんだ。
この記事は二年前だから、今年で三回出席できなかったことになる。
さぞや悔しい思いをなさっていることであろう。
あれほどシャルロット王女を溺愛しているのだ。
娘を持つ親として、その気持ちは非常によくわかる。
でも、やっぱりなにかおかしいよね。
毎年同じ日にってのがさ……
だけど、少しずつ見えてきた気がするよ。
色々と、ね。
その後も新聞を読み続け、結局俺が10月まで制覇した。
グラーフが12月と11月のわずか二か月分で頭痛を訴えたからである。
老眼気味の俺になんて負担をかけるんだい……
お陰で肩こりが悪化したよ……
6月以降の出来事としては、陛下の体調不振を報じる記事以外だと、10月の『他大陸からの密偵船増加』が目に留まったくらいであろうか。
それまでも多少は見受けられた密偵船が、7月以降に増加の一途を辿っていると書かれていた。
これがなにを意味しているのかは判然としないものの、引っかかりは感じる。
ともあれ、調べ切ったと言う達成感のほうが俺を支配していた。
愛する娘たちの接近すら感じぬほどに。
「パパ、わたしたちはしらべものがおわったよ」
「なにかお手伝いすることはあるかの?」
マリーとアリスメイリスが小声で俺に呼びかけてきた。
その時俺は瞼を揉みほぐしながら肩をグルグル回していたのである。
「ああ、お疲れ様。こっちも終わったから大丈夫だよ」
「そうなの? ざんねん」
「お父さまの役に立ちたかったのじゃ」
「じゃあ、悪いけど、この新聞を一緒に片付けてくれないかな?」
「うん!」
「勿論なのじゃ!」
なんと嬉しいことを言ってくれるのだろうか。
今日は娘たちに好きなものを食べさせてあげるしかあるまい。
俺は新聞を片付けるべく、痛む腰を叱咤しながら立ち上がる。
グラーフは机に突っ伏し、グーグーと夢の中へ旅立ったままだ。
娘たちと手分けして新聞の片付けも終わり、床に置いた鞄を肩へかけた時、内部からスースーと気持ち良さそうなリルの寝息も聞こえたのであった。
きみもかい!




