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王立図書館


「おおぉ……」

「こりゃあ……」

「ふわぁー……すごいねー」

「雅じゃのー」


 俺たちが見上げている建物は目的地の【王立図書館】……のはずだ。


 本の形をした巨大な看板にも『王立図書館』としっかり書かれているので間違えようもない。


 しかしこれはすごいなぁ。

 ここの場所自体は空からの偵察で知ってたけど、昼間に見るとこんなにすごいんだねぇ。

 いやはや、全くすごい!


 ってか、これ、本当に図書館?

 美術館じゃなくて?


 あちらこちらを眺めては、すごいすごいを連発する俺たち。

 語彙力と言うものをどこかへ置き忘れてきたようで、もはやそれしか言葉にならないのだ。


 我が一家も唖然としてしまうほどの見事な装飾が施されたこの建築物。


 ゴブリン、オーク、オーガ、グリフォン、マンティコア、果てはドラゴンに至るまで、古今東西に存在する主だったモンスターの姿が繊細な彫刻で再現され、優美に、そして豪壮に屋根を飾っていたのである。

 むしろ彫像で構築された屋根と言うべきか。


 その彫刻群は実際のモンスターを【石化】状態にしたのではないかと思うくらいにリアルな造形で、ともすれば今にも動き出して襲い掛かってきそうなほどであった。

 実物大ではないのが唯一の救いであろう。


 リアルすぎて夜中に子供が見たら泣き出しそうだよねこれ……


「キュゥン?」


 肩掛け鞄から鼻面を出したリルが、『どうして伝説の魔獣【フェンリル】である私の像がないの?』と訴えている。

 そう言われれば確かに見かけた記憶がない。

 フェンリルならば、白銀の鎖に繋がれた狼の姿を模した像になるだろうし、見逃すはずもないのだが。


 この王都では最も名の知られているはずのフェンリル。

 子供向けの童話や絵本にもなるくらいにポピュラーなのである。

 ゆえに、普通ならば真っ先に作られてもおかしくない。


 なにせ『神殺し』の魔獣王なのだから。


 ……むしろ『神殺し』だからかもしれないね……

 よく考えたら神さまを倒すなんて不届き千万だもの……


「パパ、なかにいこうー!」

「はやくはやくなのじゃー!」

「ああ、わかったよ」


 娘たちに両手を引かれ、やむなく歩き出す。


 マリーとアリスメイリスも学校の課題について調べたいことがあると言っていた。

 休日だと言うのに、なんと勉強熱心なのであろうか。

 俺は娘たちを誇らしく思った。


 それに比べて、このグラーフが浮かべたまるでやる気のなさげな表情を見よ。

 きっと『今日のお昼ご飯はなにかなぁ?』などと考えているのだろう。


 冒険者試験の特訓をした時に見せた集中力はどこへ行ったんだい……?


 俺の気持ちなど、どこ吹く風。

 彼は通りすがりの綺麗なお姉さんを目で追っていた。

 そのまま女の子の後を追わず、一応は俺たちについてきているのがせめてものである。


 ま、そんなことをしたら、うちの姐さん連中に思い切り叱られるからね。


 グラーフにとって、我が家の女性陣がこの世で最も恐ろしい存在なのだった。




 図書館の内部は、外観と反比例するかのように質素……いや、至ってシンプルな造りとなっていた。


 まるで森のように林立する書棚。

 耳が痛くなるほど静まり返った館内。

 黙々と読書にいそしむ人々。


 俺が住んでいたアトスの街の図書館も、遥かに規模は小さいけれどやっぱりこんな感じだったなぁ。


 ただ、こちらはとてつもない蔵書量を誇る王立図書館だ。

 調べ物をするにしても、どこから手を付ければよいかすらわからない。


「パパ、わたしたちはあっちにいるからね」

「なにかあればわらわたちに声をかけてほしいのじゃ」


 ひそひそ声で俺に言うマリーとアリスメイリス。

 どこで覚えたのか、図書館でのマナーを理解しているらしい。


 あぁ、そう言えば学校の中に小さな図書室があるって言ってたもんな。

 きっとそこで教わったんだろう。

 ミリア先生の教育に感謝せねばならんね。


「ありすちゃん、まどうかんれんのしょもつはこっちみたいだよー」

「うむ。今日は以前マリーお姉ちゃんが言っていた魔導理論の応用を重点的に……」

「!?」


 そんな難しいことを調べにきたのかい!?

 俺も知らないよ!?


 俺へ向けて手を振ったあと、小声で話しながら早歩きで去って行く娘たちの小さな背中を、呆然と眺めるしかない俺。

 二人は金髪と薄紫色の髪をお揃いのポニーテールにしているのだが、それが歩くたびにぴょこぴょこ動いてとても愛くるしい。


 いやはや……子供と言うのは恐るべき速度で成長するとは聞くよ。

 だけど、俺の娘たちはどうなっちゃってるんだ……?

 将来は魔導技師にでもなるつもりなのかな……

 収入は安定性に欠けるって話だけどね……


 おっと、俺もこうしちゃいられない。


「グラーフには俺を手伝ってもらうよ」

「へい」


 とは言ったものの、どこから見て行けばいいのかねぇ。


 書棚と書物に埋め尽くされた館内をぐるりと見回す。

 この密林とも言えるような図書館を闇雲に歩き回ったところで目的物へは辿り着けまい。


 俺は早々に自力で探すのを諦め、館内の中央に位置するカウンターへと向かった。

 そこには司書と思しき女性が二人腰かけて、なにやら真剣に作業中である。


 声をかけにくい雰囲気をプンプン醸し出していたが、俺は意を決して尋ねた。


「あのー、少し前のことを調べる時はどうすれ……」

「!! ゲホッ! ゴフッ! ゲヘッゲヘッ! ……し、失礼いたしました……」


 この人たち。

 カウンターで周りからは見えないと思って、こっそりおやつを食べてるよ……

 そして俺がいきなり話したんで、むせったらしいぞ。

 暇なのかもしれないけど、これで国から給料をもらってるのは、なんだか納得がいかないよね……


「え、えぇと、いかがいたしました?」


 営業スマイルへ豹変する司書さん。

 微妙に顔が引きつっている。


「……数年前の出来事を調べたいんですが」

「あっ、はい。でしたら、あちらに過去の新聞などを扱うコーナーがあります」

「そうですか、ありがとう」


 俺は多くを語らず、それだけ言ってカウンターを離れた。

 わざわざ口に出してお互いが嫌な気分になる必要もあるまい。


「どこにでも不真面目なヤツってのはいますからねぇ」


 グラーフよ。

 きみがそれを言うのかい?

 授業中はミリア先生の顔ばかり見ていると聞いたよ?


 ともあれ、お陰様で無事に新聞コーナーへ辿り着けた。

 後はこの中から二年前の出来事を調べるのみである。


「あったあった。このあたりの新聞が二年前のだね。じゃあ、グラーフ、きみは年末から見ていってくれないか。俺は年始から調べるよ」

「……あのぅ……難しい字があったら聞いてもいいっすかね?」

「…………遠慮なくどうぞ」


 俺としたことがグラーフの弱点をすっかり忘れていたよ。

 特訓の時も難読文字で苦労したんだったね……


 今からでもマリーとアリスを呼んだほうがいいかなぁ。

 いやいや、娘たちの邪魔をするのも親としては情けないからやめておこう。


 いいさ。

 グラーフの一人や二人、まとめて面倒見てやる!


 さーて!

 やりますかね!



 心の中で気合を入れ直した俺は、バッと新聞を広げるのであった。




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