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おでかけ


 俺は一人、二階の自室にいる。


 昨日、副ギルド長ネイビスさんからもたらされた手紙を何度も繰り返し読んでいたのだ。


 念のために確認しておくけど、恋文じゃないぞ。


 書面の内容は、王宮に仕える文官をリストアップしたものである。

 更に個人個人の項目へ注釈がしてあり、その経歴やこれまでの仕事ぶり、果ては周囲からの評判なども綴ってあった。


 よくもまぁこんな短期間に調べ上げたものだよ。

 諜報部長のリアムさんが総指揮を執ったんだろうけどさ。

 本当に侮れない人だよね。


 ……リストの中で怪しいと思う人物は二人……いや三人かな……


 しかし困ったな。

 この連中をもう少し調べてほしいところなんだけど、こっちからネイビスさんに連絡するにはどうしたらいいんだ?


 ……やべー。

 迂闊だったなぁ。

 連絡方法まで考えてなかったよ。


 向こうはお隣のジェイミーさんに手紙を託したんだよね。

 俺もいっそジェイミーさんにギルドまで届けてもらうか?


 ……いや、そんなことをしたら流石にジェイミーさんもいぶかしむよなぁ。


 今考えれば、ベリーベリーちゃんを連絡役に起用したフィオナさんの策は絶妙の一手だったと思えるよ。

 きちんとこちらの状況まで踏まえているところが偉い。


 うーむ。

 頭脳がキレッキレのリアムさんも、時にはこんな風に抜けることがあるんだねぇ。

 ま、完璧人間よりは好感が持てるけど。



「パパー! じゅんびできたよー!」

「お父さまはまだかのー?」


 階下から娘たちの声が聞こえる。


「ああ、すぐに行くよ」


 そう返答して俺はおもむろに立ち上がると、小さく【ファイアボルト】のスキルを発動させた。

 小指の先ほどの炎が現れ、手紙をメラメラと焼いて行く。


 別に頭がおかしくなったわけじゃない。

 いわゆる証拠隠滅さ。

 こんなもんが家にあったら疑われるどころか即投獄だよ。

 内容も概ね記憶したし、問題なかろう。


 きちんと消火を確認し、諸々を詰め込んだバッグ片手に部屋を出る。


 大した物は入ってないが、【コートオブダークロード】だけは持って行かないとね。

 なにがあるかわからないしさ。


 この黒マント、色々と便利なんだけど普段着にするには目立ちすぎてなぁ。

 ただでさえ【黒の導師】なんて呼ばれてる俺だもの。

 だいたいはこれのせいで名付けられたようなもんだしね。

 出掛ける時は目立たないようになるべく着ないのさ。



 と、言うわけで、昨日ベリーベリーちゃんにいただいたありがたい助言を実行するべく、俺たち一家は【王立図書館】へ出発するのであった。


 施錠と魔導結界を指差し確認し、門から通りへ出る。

 行楽日和に相応しく、とてもいい天気だ。


 今日は休日であり、繁華街へ向かう人々も多く見受けられる。

 子供連れもかなりいて、はしゃぐ声があちらこちらから聞こえた。


 勿論、例にもれず我が愛娘たちもだ。

 元気よく自作の謎歌を披露している。


「おっでかけー! パパとおっでかけうっれしいなー!」

「お父さーまとー! おっでかけーなーのじゃー!」


 右手でマリー、左手でアリスメイリスと手を繋ぐ。

 出掛ける時はいつもこの構図だ。


 そして後ろから長身のグラーフがテクテクとついてくる。

 微妙につまらなそうな表情なのは、行先が王立図書館であるからに他ならない。

 いかにも『なんで休日にまで勉強しなくちゃならねぇんですかい』と言いたげであった。


「なぁグラーフ、学校はどうだい?」

「んー、まぁボチボチでさぁ」

「そうか。勉強は?」

「うっ、突然頭が!」

「キャン!」

「はははは。まだ苦手なんだねぇ、ははは……は?」


 今、鳴き声がしなかったか?


「あー! りる! ついてきちゃったの!?」

「お留守番しておれと言ったはずなのじゃ」


 娘たちの言う通り、でっかいグラーフの蔭で見えなかったが、どうやらリルが俺たちの後を追って来ていたらしい。

 俺が玄関の施錠をする時には室内にいた気がする。

 いったいどうやって出たのだろうか。


「旦那、あっしがリルを家まで連れて行きやすか?」

「いやぁ、それも今更な気がするよ……仕方ない。リル、俺の鞄に入っていてくれ。窮屈ですまないがね」

「キャン!」


 開けた肩掛け鞄の中へピョンと飛び込むリル。

 マントがクッション代わりとなって、それなりに居心地も良さそうにしている。


「リル、なるべく声を出すんじゃないぞ。それと、トイレに行きたくなったら呼んでな」

「キュゥン」


 俺は小声でそう告げると、リルも承知したように頷いた。

 大きめの鞄であるし、蓋をしめても隙間は充分ある。

 これなら呼吸に困ることはないだろう。

 

 鞄を担ぎ直し、再び娘たちと手を繋いで歩きだす。


 だが、少し進むとすぐにリルは鳴いた。

 俺にしか聞こえないほどに小さく、そして鋭く。


 同時に俺の首筋がビリッと痺れる。

 俺を中心に展開してある魔導結界が、何らかのスキル使用を感知した合図だった。


 どうやら何者かが俺に向けて諜報系スキルを使ったようだね。

 魔導結界は感知とスキル遮断、相殺を自動で行うから問題はないと思うけど。


 しかし、リルのほうが先に気付いて俺に警戒を促すとは驚いたよ。

 やっぱりフェンリルも犬のように鼻が利くのかねぇ?



 いきなり立ち止まったりせず、幾分歩調を落とし素早く目だけで周囲を探るが、付近に怪しい人影はなかった。

 これは遠距離からのスキル使用を疑うべきだろう。


 むしろ遠くから使えるような諜報系スキルは大したものじゃないことを感謝するべきか。

 有用なのは、せいぜい【監視】くらいなものであるからだ。


 とは言え、これで敵の目があることは確定した。


 しかし今のところは様子見らしく、ほとんど悪意は感じない。

 命令されたからそれとなく見張っている、と言った雰囲気だった。


 ならば警戒のゆるい今のうちに、とっとと必要な情報を調べ上げてしまうのがよかろう。

 時間が経てば経つほどこちらが不利になりそうだ。

 それに、国王陛下の体調も待ってはくれまい。


 押し黙ってしまった俺に、娘たちの視線が集まる。

 二人は、ほんの小さな俺の動揺がわかったのだろうか。


 いや、こう見えてマリーとアリスメイリス、そしてグラーフは冒険者なのだ。

 しかしまだ一度も冒険には行っていない。

 だが、冒険者となった者にはスキルに対してある種の第六感的な感覚が備わると言う。


 簡単に言えば、スキルに対して敏感になるってことさ。

 使う時も使われた時もね。

 もしかしたら娘たちもそれで感じ取ったのかもしれないね。


「パパ? どうかしたの?」

「なにやら難しい顔をしておるのじゃ」

「なんでもないよ、ははは」

「うん、パパがそういうならだいじょうぶだね!」

「お父さまに任せておけば安心なのじゃ」


 見よ。

 この絶大な信頼感を。

 父親とはこうあるべきなんだ。



「旦那ァ、トイレに行きたいなら恥ずかしがらずに言やぁいいんすよ。下痢ですかい? あ、歳を取ると小便が近くなるって言いやすからね」


「違うよ!? それにそんな歳でもないっ!」



 グラーフの余計な一言で全てが台無しとなったのであった。






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