小さき訪問者
「ひぁっ!」
声をかけた途端ドアが開いたものだから、訪問者は驚きの声をあげた。
おっと。
びっくりさせてごめんよ。
丁度鍵をかけるために玄関先へいたもんだからさ。
そしてその訪問者に俺も驚いた。
なぜなら小さな女の子だったのである。
彼女はそれほど長くもない茶色の髪を頭の両脇で結っていた。
いわゆるツインテールだ。
かなり短いけれど。
だが、少女にはそれがとてもよく似合っていると感じた。
この髪形を施した人物は天才だと思えるほどに。
そしてまた服装がすごい。
ド派手な真っピンクのワンピース姿なのだ。
しかもお腹のあたりにやたらと大きな向日葵のアップリケと言う、なかなか大胆なデザイン。
それなのに、彼女が着るならこれしかないだろうと思わせるなにかを感じた。
極めつけは肩から斜めに下げた苺型のポシェット。
娘のマリーですら選ばなさそうな、あまりにも子供っぽい造形のそれが彼女には非常に良く似合っていた。
『名は体を表す』とは、よくぞ言ったもんだよね。
「え、えーと……こんにちは」
「こんにちはなのです、リヒトハルトさま! ……あれっ? リヒトハルトさま?」
「んんー? どちらさまでしたっけ……? あっ、マリーたちのお友達かな? ごめんよ。二人はまだ学校から帰って来てないんだ」
「むぅぅっ!」
肩を怒らせ、頬をこれでもかと膨らませるちっちゃな少女。
どうやら俺の言葉が気に入らなかったらしく、おかんむりの様子だ。
「どうしてちょっと髪形を変えただけでわからなくなっちゃうんです!?」
「えぇっ? だ、誰だい? 顔を良く見せておくれ。俺の知り合いにこんな可愛い子いたかな?」
俺がしゃがんで顔を見やると、怒りの表情が一変。
フフーンと少女はドヤ顔になり、頭の後ろと腰に手をあて決めポーズを取った。
まるで服屋で配ったチラシのモデルである。
ただし、子供服の。
可愛い!
無駄にドヤってて可愛いよ!
「どうです? もうわたしが誰だかわかったはずです!」
「いやぁ、ちょっとよくわかんないなぁ。きみが眩しすぎてよく見えないんだよね」
「そ、そうなんです? では……うっふ~ん」
小さいくせにクネッと腰を曲げる。
本人はきっと妖艶な美女のつもりなのだろう。
一応彼女は、こんな風体だが成人女性であるのだ。
いかん。
そろそろ笑いがこらえきれないかも。
プスーと漏れ出す笑いを必死に抑えたが無駄な努力だった。
「はっはははははは! ベリーベリーちゃんは今日も可愛いね!」
「はえっ!? もう! わかってるんじゃないですか! リヒトハルトさまのバカー!」
「はははは! ごめんごめん。あんまり可愛いんで、からかいたくなっちゃったんだよ。さ、中へお入り。昨日作ったケーキがあるよ」
「!!」
俺をポコポコ叩いていたベリーベリーちゃんの真っ赤な膨れっ面もどこへやら。
ケーキと聞いては甘いもの好きの魂が全力で揺さぶられたようで、トロンととろけそうな顔へ変わった。
きっと脳内は甘味で溢れかえっているのだろう。
俺もなんだか数日振りに全力で笑った気がする。
凝り固まった緊張の糸が、知らず知らずのうちにほぐれたのだ。
彼女には感謝せねばなるまい。
そうだよ。
心には常にゆとりを持っていないと、いざって時に動けないもんな。
お茶の準備をしケーキを皿に取り分けるまで、なぜか彼女は居間で立ちつくしていた。
適当に座ってくれと言ったはずだが聞こえていなかったのだろうか。
テーブルにケーキとお茶を並べ、よっこいしょと椅子へ腰かける俺。
トテトテとこちらへ近付き、当たり前のように俺の膝へ座るベリーベリーちゃん。
更にトコトコと歩いてきたリルがベリーベリーちゃんの膝に乗った。
なにこれ!?
三段重ね!?
「……俺の膝はきみの指定席なのかい?」
こっくりと大きく頷くベリーベリーちゃん。
我が娘たちよりも数段甘えん坊だった。
これで白百合騎士団の副団長だと言うのだから、世の中はよくわからない。
ちゃんとお務めを果たせているのだろうかと余計な心配をしたくもなる。
そう言えば彼女にはご両親がいないと聞いたもんなぁ。
無意識に親の愛情を求めているのかもしれないね。
我が家にいる間くらいは、俺が親代わりになってあげるべきだよな。
よしよし、思い切り甘えていいんだよ。
そんなことを思いながら、ケーキをむぐむぐと美味しそうに頬張るベリーベリーちゃんのツインテ頭を撫でる俺なのであった。
そしてベリーベリーちゃんは空いているほうの手でリルの小さな頭を撫でている。
なにこれ!?
三段撫で!?
……それは、もういい。
「ところでベリーベリーちゃん。今日はまたなんでそんな恰好をしてるんだい?」
「ふぇ!? こ、これは変装なんですっ! 鎧のままでは騎士だとバレちゃうですから!」
変装!?
これでかい!?
ただいつもより可愛いだけのベリーベリーちゃんだよ!?
そう言いたかったが、グッとこらえる。
「フィオナ団長の指示でして……わざと子供のフリをして監視の目を欺き、リヒトハルトさまとの連絡役に徹するのだ、と」
「……あー……」
不憫だ!
きみこそ騙されてるよ!
絶対遊ばれてるって!
「この髪も衣装もフィオナ団長が整えてくださったんです」
「……あぁぁー……」
やはりどう考えてもフィオナさんの悪ふざけだろう。
堅物に見えて意外とお茶目な一面があるようだ。
こんな時になにをしてるんだ、などと野暮なことは言わぬ。
もしかしたらフィオナさんは俺への癒し効果を計算していた可能性もあるのだ。
だとすれば、効果は絶大だと言わざるを得まい。
そうだ、思い出したよ。
アニマルセラピーだったね。
病人などが動物と触れ合うことによって心を癒されるって言うアレ。
まさにあんな感じだ。
「そうかぁ、ベリーベリーちゃんが連絡役を買って出てくれたんだ? 小さいのに偉いねー」
「子供扱いしないでください! ……むぐむぐ」
「きみがここへ来たってことは、頼んでおいた調査が進んだのかな?」
「はい。もぐもぐ……ふぎゅー」
口の周囲についたケーキ片をハンカチで拭ってあげたもんだから変な声をあげる副団長さま。
ちなみに今日のケーキはチーズケーキだ。
いいチーズが安売りしてたんだよね。
「書面にすると強奪される可能性もありますゆえ、口頭でお伝えせよと言われてます」
「そうなんだ? フィオナさんも随分手の込んだことをするね……」
ネイビスさんといい、フィオナさんといい。
人によってやりかたがこれほど違うのはなかなか興味深い。
最後の一口を飲み込み、お茶で口直ししてからベリーベリーちゃんは話し出した。
「……国王陛下が体調をお崩しになられたのは二年前からだそうです。信頼できる陛下付きの侍女からの情報なので、まず間違いないだろうと団長はおっしゃっていたです」
「……二年前か。俺がまだ料理人だった頃だね……あ、よかったらお昼を一緒に食べて行かないかい?」
「食べるですっ!」
元気よく挙手をするベリーベリーちゃん。
「それと、陛下専属のお医者ですけど、一人だけ不審な行動を見せるものがいると」
「ん? どう言うことだい?」
「陛下のご寝室の隣にある部屋、そこがお医者たちの詰所となっているのですが、夜な夜な脱け出す者がいるそうです。それがいつも同じ人物らしいのです」
「ふむ。怪しいね……フィオナさんにそいつの行く先を見張ってもらえるよう頼んでくれないかな?」
「了解ですっ」
有力な情報ではある。
だが、もう少し全容が見えてこないと動きようがない。
ここは我慢のしどころであろう。
「あとひとつ、二年前に起きた主な出来事を調べてほしいんだけどね」
「それなら王立図書館に行ったほうが詳しくわかるかもです」
「王立図書館?」




