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闇夜


 街の灯りが俺の眼下で瞬いている。


 まるで満天の星空のよう。


 あの煌めきのひとつひとつに人々の営みや喜怒哀楽が込められているのかと思うと、俺の心にもさざ波のように打ち寄せる感情で溢れかえった。


 おお、神よ。

 願わくば全ての者へ永遠の安寧をもたらさんことを。



「どうしたのパパ?」

「なにやらボーッとしておるのじゃ」

「キャン」

「きっと、りーしゃおねえちゃんのことをかんがえてるんだよ」

「くふふっ、お父さまはリーシャ姉さまを愛しすぎなのじゃ」

「キャンキャン」


「…………」


 すみません。

 詩人にジョブチェンジしたわけじゃないんです。


 空から王都を俯瞰していたらそんな気分になっただけなんです。


 たまには詩的なことを言ってみてもいいじゃないですか。



 現在、時刻は深夜。

 幸いにも闇夜。


 そして俺たちは王都上空300メートル地点を旋回中なのである。

 勿論、【コートオブダークロード】の特殊スキル【飛翔】によってだ。


 理由は簡単。

 有事の際に王城の構造がわからぬのでは身動きが取れない。

 ゆえにその偵察と確認をしているのである。


 荒事があると決まったわけじゃないんだけど、一応念のためにね。

 決して、俺の気配に気づいたリーシャが窓から顔を出すんじゃないかな、なんて淡い期待はしていないんだからね!


 ではなぜ俺の腕の中に愛しのマリーやアリスメイリス、そして小さな子犬としか思えないリルがいるのかと言えば────


 きちんと翌日に作るお弁当の仕込みもし、娘たちを寝かしつけていざ出陣と言う時、俺の外出を察知したリルがけたたましく鳴き声を上げたのは完全な誤算だった。


「キャンキャンキャンキャン!」

「うわっ! こらっ! 静かにしなさいリル!」

「キャンキャンキャウン!」

「なんだって? 外は涼しそうだから散歩に行くなら連れてけって?」

「キャウゥーン!」

「散歩じゃないんだよリル。大事な用があるんだ」

「キャンキャンキャゥンキャン!」

「違う違う! 遊びに行くんじゃないってば! とにかく静かにしてくれぇ! 子供たちが起きちゃうだろ!」

「だっはっは! リヒトの旦那ァ。こうなりゃリルも連れて行ったほうがいいんじゃねぇですかい?」


 ソファに腰かけて冒険者パンフレットを読み漁っていたグラーフが声をかけてきた。

 彼には俺が出掛けることを事前に話してある。

 留守中の警備を任せたのだ。


 俺がリルと会話のようなものを交わしているのに、全く気にも留めないのは大雑把な彼らしいと言える。


「王城の偵察に行くってのに子犬連れでかい!?」

「キャン!」


 子犬じゃないもん、と言ったような抗議の鳴き声をあげるリル。

 流石は伝説の魔獣。

 賢すぎるのも困りものだ。


「なぁーにぃー? なにかあったのぉー?」

「全く、せっかく寝ついたと言うのに騒がしいのじゃ~」


 あああああ。

 ほら見ろ!

 マリーもアリスも起きてきちゃったじゃないか。


「あれ? パパどこかにいくの?」

「こんな時間にかえ? 怪しいのじゃ……まさかこっそり逢引きを……?」

「ちっ、違うぞ! なんてこと言うんだい!? さぁ、きみたちは明日も学校があるんだから早く寝なさい!」

「ありすちゃん、あいびきってなに?」

「お父さまはこれから知らない女の人とデートするらしいのじゃ」

「りーしゃおねえちゃんがいるのに!?」


 思わずブハッとコーヒーを噴き出し、腹を押さえてゲラゲラ笑うグラーフ。


 笑い事じゃないよ!

 なんとかしてくれ!


「ぜったいダメ! パパ! わたしもいく!」

「わらわもお父さまが悪さしないように見張りに行くのじゃー」

「キャンキャン!」

「…………」

「だーっはっはっは! 旦那、こりゃもう決まりでさぁね!」



 と、言う経緯いきさつがあったのである。


 確かに俺も娘たちにきちんと説明しなかったのが悪い。


 それに王城を長時間偵察するのも露見の恐れがある。

 向こうにも魔導士はいるのだ。


 高空から短時間で済ませるのならば娘たちを連れて行ってもさしたる問題はなかろうと、俺は折れるしかなかった。


 一度決めたらテコでも動かぬマリーの頑固さはいったい誰に似たんだろうか。

 少なくとも俺ではないと思う。

 俺はしょっちゅう周りに流されるからだ。

 つまり、マリーの性格は本当のご両親から受け継がれたものと考えられる。


 マリーのご両親、か。

 この子は実の親をどう思ってるんだろうね。

 正直に言うと、怖くて聞いたことがないんだ。

 もし、本当のおうちに帰りたい、なんて言われたら全身が干からびるまで泣くよ俺。


 勿論、親の元へ返すのがマリーにとっても幸せなことなんだと言う葛藤はあるんだけどね。

 出会ってからこれまでずっと悩んでいるものの、答えがいつまで経っても出ないのさ。


 そもそもの問題として、どうすればマリーの両親を見つけ出せるのか。

 このバカみたいに広い大陸で。

 下手をすれば別の大陸にいる可能性すらあるのだ。


 禁忌の森でマリーと出会った時に、ヒントとなるようなものは一切所持していなかったんだよね。

 彼女自身の記憶もほとんどが失われていたし、マリーと言う名前すらも本名かどうか定かではない。


 情報が少なすぎて探しようもないのが今の状況なんだよなぁ……

 マリーと暮らしたいからこんな言い訳してるわけじゃないんだ。


 尋ね人の張り紙を見て回ったりと、小さな努力はちゃんとしてるんだよ!


 ……今のところなんの成果もないけど。

 しかもちょっとだけホッとしちゃってるけど!



「すこしさむいねー」

「そうじゃのー」


 高空だからか、それとも季節の移ろいか。

 頬に当たる夜風も、昨今ではだいぶ冷たく感じるようになっていた。


 まともに浴びれば肌寒さすら覚えるだろう。

 ましてやマリーとアリスメイリスはパジャマ姿なのである。


 俺はマントで娘たちをくるんだ。

 耐寒、耐熱、耐衝撃を兼ね備えたこの【コートオブダークロード】なら娘たちも凍えずに済むだろう。


 俺は少しだけ高度を落とし、王城空域を重点的に何度も旋回しながら、周囲や付随する建物群をつぶさに観察した。


「おしろのまわりでひかりがうごいてるね」

「あれは見回りの兵隊が持っている松明じゃな」

「いっぱいだね」

「随分と多いのじゃ」


 娘たちの言う通りだ。

 国王の居城を厳重に警戒するのは当然と言えば当然なのだが……


 それにしても多すぎる。


 数人ずつの小隊にいくつも分かれて整然と隊列を成して歩いているのが松明の動きだけでも伝わってきた。


「キュゥン」


 俺の肩に乗ったリルが、そっちを見ろとばかりに顎をしゃくる。

 その方向に目を凝らすと、王城の中層部に設けられたテラスに人影が見えた。

 室内から漏れ出す光に背を照らされているらしく、完全な逆光で顔までは判別がつかない。


 まさかとは思うけど、さっきの俺の妄想が現実になったとか!?


 リーシャ!

 俺に気付いて出てきてくれたんだね!



 グンと高度を落とし、一目だけでも彼女の顔をみようとした。

 だが────



「うげっ」

「あれ、だぁれ?」

「なんだか生理的に無理な顔をしておったのじゃ」


 俺はチラリと人影の顔を見た瞬間、急上昇に転じた。

 まるで逃げるように。

 闇夜に黒マントだし、こちらが気付かれることはないはずだ。


 言うまでもないだろうが、その人物とはヨアヒム宰相に他ならなかったのである。


 相変わらずとんでもなく細い糸目は、夜に見ると悪鬼としか思えなかった。

 いや、彼の放出する憎悪に満ちた怨念のようなものが、俺にそう感じさせているのかもしれない。


 なんだか夢に出てきそうですごく嫌なんだけど。

 ま、見るべきものはだいたい見たし、そろそろ帰還したほうがよさそうだ。

 長時間に及ぶほど露見する可能性は高くなるからね。

 くわばらくわばら。



「ちょっとしかみえなかったけど、きもちわるいひとだったねー。あっ、アキヒメちゃんたちがいってたのってあのひとかな?」

「ヨアヒム、だったかの。フランシアちゃんも言ってた通り、相当キモいのじゃ。あれでは女人にょにんにモテなさそうじゃのー」

「キャン!」



 娘たちの酷評とリルの同意に苦笑いを浮かべながら、俺は我が家に向けて針路を取ったのである。 





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