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撤退


 俺は議論紛糾の場となってしまった謁見の間を後にした。


 武官と文官。

 国王派と宰相派の激しい舌戦……と言うより、もはやただの言い争いが俺の背を打つ。


 そんなものには目もくれず、やたらと長い廊下をカツンカツンと足早に進んだ。


「す、すみませぬリヒトハルトさま。まさか斯様な事態になるとは」

「私からも謝罪をいたします。目出度き席であのような醜態をさらすなど、我が国の恥部をお見せしただけでありませんか。情けないにもほどがあります」


 俺について来た副ギルド長のネイビスさんと白百合騎士団団長のフィオナさんが、申し訳なさそうに頭を下げる。

 無言で歩く俺が怒っているようにでも見えたのだろうか。


 少々呆れはしたが、特に怒りが湧いたわけではない。

 ただ、考えなきゃならない事柄がいっぺんに増えただけなのである。


 そして、ぼんやりとまとまりかけた俺の戦略……そう、これはもう戦略だ。

 奸計と戦うための。

 その戦略に、この二人は不可欠なのであった。


「いえ、お気になさらないでください。それよりもですね、お二人に少しご相談したいことがあるんですが、この後はお時間がありますか?」


 俺の発言に顔を見合わせるネイビスさんとフィオナさん。


「え、ええ。副ギルド長などをやっておりますと、時間の融通はいくらでもできますから」

「私も急ぎの予定は今のところありません。ですが、相談とはなんです?」


「シッ、ここでの迂闊な会話はやめておきましょう。意図的にかもしれませんが、この城内には魔導結界が張られていないようですので」


 人差し指を唇に当て小声で言うと、ハッとした表情で口をつぐむ二人。

 荒くれの冒険者たちをまとめるネイビスさんと、現役の騎士団長たるフィオナさんだけに、恐ろしく察しはいいようだ。

 皆まで言わずとも、スキルによる盗聴を懸念した俺の思考を汲んでくれたのである。


 魔導結界ってのは、文字通り魔導力で展開される結界のことなんだけど、攻撃魔導を防ぐ魔導壁とは違って、スキルを感知、もしくは遮断するものなんだよね。

 これがないと、諜報スキルによって機密情報やスキャンダラスな事柄がバンバン流出しちゃうもんな。


 ましてやここは王城。

 普通なら超強力な結界がガッチリ張ってあって当然な場所。


 魔導結界の有無は、魔導士にしかわからない。

 そして、魔導士は誰が魔導士なのかを知覚できる。


 こうなってくると、俺が国王に詔勅しょうちょくされた意味ってのも、なんとなーく見えてくるよねぇ。



 俺たちは無言のまま頷き合うと、真っ直ぐに城門を出て我が家へ向かった。




 

 一張羅、俺としてはだが、を脱いで普段着に着替え、三人分のお茶を淹れて一服する。

 帰宅が嬉しかったのか、俺の周りをグルグル駆け回るリルにもミルクを与えた。


 よしよし、お留守番ご苦労様。



 時刻は既に夕方。

 そろそろ娘たちも下校してくる頃であろう。


「で、相談なんですが」

「是非お聞かせくだされ!」

「どのような!?」


 俺が一言発した途端にグイッと顔を寄せてくるネイビスさんとフィオナさん。


 フィオナさんはいい香りがするし美人だからいいけど、ネイビスさんはやめてほしい。

 爺さんの顔をアップで見ても全く嬉しくないよ。


「い、いや、そんなに食いつかれても……」

「なにをおっしゃるのですかリヒトハルトさま! 私も久方ぶりに陛下のお姿を拝見いたしましたが、あれほどお痩せになって……! このままではオークロードなどとは比べ物にならぬほどの国難になり得ますぞ!」

「わかってますって! 取り敢えず落ち着いてくださいよネイビスさん!」


 どうどう、と馬をいなすように肩を叩いて落ち着かせる。

 これほど興奮されては脳の血管が切れかねない。

 ネイビスさんの年齢でそんなことになったら致命傷だ。


「醜い……」


 ふと声が聞こえ、フィオナさんを見やれば、テーブルに置いた両拳をブルブルと震わせている。

 そして俺が声をかけるよりも先に爆発した。


「醜いのです! 貴人たるお歴々のお姿をご覧になりましたか!? 己の利権に走り、私腹を肥やすべく喧々囂々(けんけんごうごう)するあの浅ましい姿を! 武人も文人も等しく醜い! これだから家柄のみで上に立つ連中はダメだと……!」


 うわ。

 珍しく冷静なフィオナさんが激昂してるよ。

 しかもかなり本音っぽい。

 フィオナさんにもリーシャの『思ったことをストレートに言っちゃう病』が感染したのかな……?


「それにあのブサキモ宰相! シャルロット王女殿下を見るあの開いてんだか閉じてんだかわからない糸目! そのいやらしいことと言ったら! 破廉恥な上に気持ち悪いです!」


 あー、それは俺も思った。

 あれは駄目なヤツだよね。

 しかしフィオナさんもよく見てるよなぁ。


 ってか、『ブサキモ宰相』って……


 確かにキモいしムカつく野郎ではあったが、これには同情を禁じ得ない。


 シャルロット王女が絡むとフィオナさんも性格が変わるんだね……

 覚えておこう……


「それでリヒトハルト侯爵閣下、相談とは?」

「やめてください! まだ爵位なんて貰ってないですよ!?」


 お茶を一息で飲み、幾分落ち着いたネイビスさんの発言に仰天する俺。

 この老人はいきなりなにを言い出すのだろうか。

 爵位など、あの場だけの冗談であろうし、貰う気も俺にはないのだ。


「そうです! なんでもご相談くださいリヒトハルト侯爵閣下!」

「フィオナさんまで!?」


 なんでこんな時にノリがいいの!?

 怒りで脳がおかしくなったんじゃないかい!?


 早くしないと俺までおかしくなるかもしれない。

 俺は勿体ぶらずに話すことにした。



「お二人に調べてほしいことがあるんです」

「お任せを!」

「お任せあれ!」

「早っっ! まだなんの説明もしてませんて!」


 なんと先走る人たちなんだろう。


「まずはネイビスさん。ギルドの諜報部は動かせますか?」

「無論です」

「では、今日あの謁見の間にいた人物の洗い直しをお願いできますか? 特に文官を重点的に、です」

「承りましょう!」


 ドンと胸を叩くネイビスさん。

 頼もしい限りだ。


「フィオナさんには国王が体調を崩された時期を詳しく調べてほしいのです。それと、王宮付きの医者は何人いますか?」

「国王陛下専属だけで3名です。総数となれば10名ほどかと」

「ならば、その3名をそれとなく見ていてください」

「委細承知」


 すかさずビシッと敬礼をする騎士団長。

 ほれぼれするほど麗しい。


「お二人とも、よろしくお願いします。ただし、くれぐれも無理はなさらないでください」


 深々と頭を下げる俺。

 顎で使ってしまって、本当に申し訳なく思っているのだ。


「あの、リヒトハルトさま」

「なんです?」


 おずおずと言うフィオナさんを怪訝な顔で見返す。


「よかったら、なのですが、騎士リーシャに言伝などあれば承ります」

「……」


 その申し出に思わず喉を詰まらせる俺。

 伝えたいことなど、山ほどあるに決まっている。


 ありすぎるがゆえに言葉が出てこない。


 そして散々頭を悩ませた挙句の結果がこれである。


「……近いうちに必ず迎えに行く。だから俺を待っていてほしい、と……」

「一言一句余さずお届けします」

「いや! ちょっと待った! やっぱり今のは無しで!」


 自分で言っておいてなんだが、これではまるでプロポーズではないか!

 しかもリーシャは別に王宮に囚われたお姫様なわけではない!


「ふふっ、ダメです。もうリヒトハルトさまの熱い想いを聞いてしまいましたので。そうですかぁ、リヒトハルトさまが白馬の王子さまで、騎士リーシャが幽閉されたお姫様と言うことなんですね……」

「ち、違いますって!」

「あなたほどのおかたからそれほど想われているなんて……少し彼女が羨ましいです」



 恋バナに興じる少女のようなフィオナさんを、少々恨めし気に見つめる俺なのであった。




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