毒
「うぉっほん! なにはともあれリヒトハルト殿、大儀であった! 本来ならば国軍が真っ先に動かねばならぬところであるが、結果的にはそなたたち冒険者へ任せきりとなってしまったことを許して欲しい」
「いえ。軍が動くとなれば、臣民の不安を煽ること必至。国王陛下の不動心こそお見事でござ」
「ワハハハハハ! 嬉しいことを言ってくれるではないか! リヒトハルト殿は魔導の腕だけではなく、聡明さも兼ね備えておる! まっこと大した御仁だ!」
「滅相もございま」
「ええ、ええ! そうでございましょう!? そうなのですわ! お父さまもやっとおわかりになられましたのね! リヒトハルトさまのことを!」
国王陛下と俺のやり取りに、待ってましたとドヤ顔で割り込んでくるシャルロット王女。
この親子は俺の発言を遮らないと気が済まないのだろうか。
だけど、こうも手放しで褒め讃えられると照れくさくてしょうがないね。
それも一国の王から直々にだもの。
背筋がむずがゆくてかなわない。
でもさぁ。
みんな気付かないのかな?
なんだか国王の顔色が悪い気がするんだよね……
青ざめているってわけじゃなく、なんだか土気色って感じでさ……
だいぶ痩せてしまってもいるし、もしかしたらご病気なのかも。
ここは王宮であるし、腕の良い医者もいるだろうから心配はないのかもしれない。
だが、俺にはどうにも気になって仕方がなかった。
アトスの街に住んでいた頃。
近所に住んでいた猟師のおじさんが亡くなった時もこんな顔色をしてたんだよね。
うーむ。
失礼千万だとは思うけど、ここはひとつ確かめてみるか。
杞憂で終わるならそれに越したことはないんだしね。
俺は王へ向けて、こっそりと【解析】のスキルを発動させた。
この場に魔導結界が張られていないことは既に確認してある。
王宮内にしては不用心だとも思うが、そんなこともあるのだろうと深く考えないことにした。
ま、もし張られていたとしても俺の魔導力ならブチ破っちゃうと思うけどね。
さて、と。
脳内へ浮かび上がる王の様々な個人情報はなるべく無視する。
俺に他人のプライベートな一面を盗み見るような悪癖はないのだ。
目的である状態異常の項目を探すと────
────あった。
国王の状態は……【毒】……
毒!?
どう言うこと!?
……国王陛下は自ら毒をあおるような人ではないだろう。
たとえ世を儚んだとしても、愛するシャルロット王女や己の責務を放棄して自殺などするわけがない。
そのくらいはこの短い時間会っただけでもわかる。
同じく愛娘を持つ者として。
動機がないとしたら、なぜだ?
仮に王が患う元々の持病があったとする。
その場合、【解析】のスキルならば疾病の種類は問わず『病気』とだけ表示されるはずだ。
原因がわからずとも、スキル対象者の『現状』を解析するのだから。
そして国王が現在『毒』状態であるのは紛れもない事実。
つまり、王自身が服毒したのではないのならば、第三者の手で毒を盛られたと言うことになるであろう。
しかし、失礼ながら今この時もご存命と言うことは、遅効性、あるいは薬効の低い毒の可能性が考えられる。
そ……そうか……これこそが真の『王族暗殺計画』だったのか!
よりにもよって、国王陛下その人を直接狙うなんて……!
いや、待て。
なにかが引っかかる。
くっ、喉元まで来てるのに出てこない!
「お父さま、わたくしはリヒトハルトさまの国難を救った功績を鑑み、爵位を授けるべきだと思いますわ!」
……はい?
…………はいぃ!?
「ワハハハ! それはよいなシャルロットよ! どの爵位がいいであろうか!」
ちょ、ちょっと待って!
国王陛下もシャルロット王女殿下も、そんな軽ーいノリで爵位を授けちゃ駄目でしょうが!
いつもそんな風に決めてるんですか!?
いやいや、それよりも俺に爵位!?
そんなことをしたら俺が貴族になっちゃうんですよ!?
「どーんと侯爵くらいになさってはいかがでしょう?」
「ワハハハハッ! それは面白そうであるな!」
ちょっ、やめてぇぇぇ!
「お戯れもほどほどになさってください!」
ざわつく重鎮たちの間から、やたらと細身で緑色のローブを纏った男が、甲高い声と共に進み出てきた。
茶髪の後頭部を思い切り刈り上げ、糸のように細い目をしている。
ついでに眉毛も細いものだから、どちらが目なのかもわからない。
そして神経質そうな顔立ちが彼の性格を物語っているようであった。
「このようなみすぼらしい冒険者風情に破格の厚遇をするなどと、王家の威光に関わると存じ上げます!」
男は、ただでさえ細い目を鋭角に吊り上げて喚き散らした。
もはや目と言うより、線である。
「そもそも私は小汚い卑しき者を宮中に召すことに反対したはずでございます。これでは後ほど消毒をせねばなりますまい! 王宮内に得体の知れない病が蔓延してはたまりませぬからな!」
一瞬でむかっ腹が立つ俺。
リーシャとシャルロット王女の頬も一気に膨らんでご立腹のご様子。
しかし、なんなんだこの青びょうたんは?
不躾にもほどってもんがあるだろう。
俺はちゃんと風呂に入ってきたし、洗濯も毎日してるよ!
……あぁぁ!
髭を剃ってくるの忘れてたぁ!
「……まぁ、そう言うなヨアヒムよ。リヒトハルト殿は国を救ってくれたのだぞ」
「オークロードごときはこの私が行けば一捻りでございましたとも!」
「……そなたのような国の重鎮が動けぬから冒険者ギルドへ依頼したのであろうに……」
困った顔で言う国王陛下。
ん?
ヨアヒム……?
なんだかどこかで聞いた覚えが……
「ヨアヒム宰相! あなたはわたくしの大ーーー事なリヒトハルトさまになんと言う暴言を!」
「そもそも王女殿下はこのような下賤の者と、どこでお知り合いになられたとおっしゃるのですか!」
「ギクッ」
あぁー、そうだ!
ヨアヒム宰相!
娘たちを学校へ送って行った時に、アキヒメちゃんとフランシアちゃんがそんな話をしてたっけな!
うんうん。
噂通りにキモいね!
特にあのシャルロット王女を見る時の目付きときたら。
まるで全身を舐め回してるようだよ。
おぉ、気色悪い。
「えーと、どこでだったかは忘れてしまいましたが、ともかくわたくしにとって大切なかたなのです!」
「そのような言い分が通るとお思いですか!」
さすがのシャルロット王女も『夜中にお忍びで魔導飛行装置を使って空を飛んでいましたら、偶然リヒトハルトさまと出会ったのです!』とは言えるはずもなかったようである。
しかも真実を明かしたところで信じてもらえそうにあるまい。
事実は物語よりも奇なり、と言うことだ。
うーん。
周囲にいる他のお偉方もなんだか騒々しくなってきたね。
もしや王宮内にも派閥があったりするんだろうか。
例えば、国王派と宰相派と言った具合に。
いやね、重臣ぽい人たちが二手に分かれて揉め出したもんだからさ。
俺の目から見ると、武官は国王側で文官が宰相側かな。
で、この場には文官のほうが多く見受けられる。
あー、フランシアちゃんが言ってたなぁ。
宰相が最も力を入れているのは軍縮関連だってね。
そりゃ宰相は武官に嫌われるわな。
んっ?
なんだか閃きのようなものが脳裏をかすめたんだけど……
一瞬過ぎてわかんなくなっちゃったよ……
まぁいいや。
そのあたりをゆっくり考えるためにも、取り敢えずこの場は退いたほうがいいかもしれないね。
このまま俺がいたんじゃ収拾つかなくなりそうだ。
問題はどうやって帰るかなんだけど……
そんなことを考えていると、リーシャと目が合った。
どうやら彼女はずっと俺を見ていたらしい。
ナイスタイミング!
と思ったら、リーシャは恥ずかしそうに真っ赤な顔でうつむいてしまった。
こらこら!
こっち!
こっちを見てくれよ!
伏し目がちにチラッとこちらをうかがうリーシャに、すかさず口パクで『帰りたいからなにかきっかけを頼む』と伝えた。
リーシャは笑顔でうんうんと頷いたきり頬に両手を当てて後ろを向いてしまった。
いやいや!
それ適当にうなずいてみただけでしょ!?
絶対なんにも伝わってないでしょ!?
しまったなぁ。
こんな時のためになにか合図や暗号を考えておくべきだったよ。
俺は溜息をついてからフィオナさんかネイビスさんに相談しようと思った時、救いの手は現れた。
「うむむ。余はなにやら頭痛がしてきた。すまぬがこれにて本日の謁見は終了するものとする! リヒトハルト殿、後日改めてお会いしたい! 解散だ!」
そう言い残して、国王陛下とシャルロット王女、そしてリーシャは群がる重鎮たちを退け、強引に退席して行ったのである。
その際、シャルロット王女が俺へ向けて小さくブイサインしていたのを見逃さなかった。
助かりましたよ王女。




