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進捗


 勅命!?


 勅命って、王が直接出す命令だよね……?

 それがなんで俺個人に……?


「じょ、冗談ですよねフィオナさん」


 俺は『ええ、冗談です。すみませんでした』といった答えを期待したのだが、実直な彼女がそんな冗談を言うとは思えず────


「冗談などではありません。本日午後2時、冒険者リヒトハルト殿の参内さんだいを命じる。くれぐれも招聘しょうへいするように、と国王陛下より仰せつかっております」


 招聘とは丁重に招けと言うことだ。

 つまり俺は、国王から直々に会いたいと言われたようなものである。


 それはいいけど、なんで俺なの!?


「……あのー、理由を説明してもらいたいんですけど」

「ガッハッハ、なぁに、簡単なことですぞ。この前のクエストをお忘れですかな?」


 豪快に笑いながら口を挟んでくるネイビス副ギルド長。


 最近のクエストと言えば、オークロードの野望を挫き、湖を奪還したものが記憶に新しい。

 リルを拾ったのもこの時だ。


 あれには参っちゃったよね。

 俺が指揮官の真似事をするなんて思ってもみなかったもの。


 他の冒険者たちを率いて闘うなんて、俺のガラじゃないのにさ。

 しかも、元々は国から出る報奨金目当ての連中だったもんで、統率なんてなかなか取れなくて……

 ……ん?


「……あっ」

「さすがリヒトハルトさま。もう察しがつきましたか」

「あのクエストは非公式ながら国の依頼でしたもんね」

「その通りです。それを嗅ぎつけた冒険者連中がだいぶ集まってしまいましたがね、ガッハハハハ」

「現場は笑い事じゃなかったんですよ」

「こりゃ失敬。諜報部長のリアムからも報告を受けておりますぞ。なんでもリヒトハルトさまは八面六臂はちめんろっぴの大活躍だったとか」

「からかわないでください。あんなのは二度と御免ですからね」

「ガハハハハッ! そりゃあ残念ですな。最強無敵の冒険者との呼び声も高いリヒトハルトさまならば、ギルドの良い広告塔になれますものを」

「それこそ願い下げですよ。俺は平穏に暮らせれば満足なんですから」

「ガッハハハハ! 時代がそれを許してくれれば、ですな!」


 くっ。

 全く、どこまでも口の減らない御老人だ。


「ネイビス殿、話が逸れすぎです」

「おぉ! これまた失敬失敬!」


 フィオナ団長が呆れ顔でたしなめる。

 悪びれた風もなく、ペシッと己のハゲ頭を叩くネイビスさん。

 とてもじゃないが反省しているようには見えない。


「ともかく、国王陛下は先のオークロード騒動にて、最大の功労者であるリヒトハルトさまとの会見をお望みであらせられます」

「……いやぁ、俺のガラじゃないし、お断りするわけには……」

「まいりません」

「……ですよね……」


 なんだか大変なことになっちゃったなぁ。


 深々と溜息をついた俺を哀れに思ったものか、フィオナさんはこう付け加えた。


「謁見の間にはシャルロット王女殿下もいらっしゃられると思いますよ」

「……それはそれは……で、王女は元気なんですかね?」

「えぇ、まぁ。最近では王女付きとなった騎士に御執心のようですが」

「へぇー、あの王女さまが気に入るなんてすごいな。その騎士はきっととんでもない子なんでしょうね」

「それはもう。なにせ【紅の剣姫】ですから」

「へっ!?」


 【紅の剣姫】とは他でもない、リーシャの二つ名じゃないか!

 待て待て!

 リーシャが王女付きの騎士に!?

 しかも御執心!?

 な、なにがなんだかわからないよ!


 ……でも、王宮へ行けばリーシャの顔が見られるわけ、か……


「どうです? 行きたくなってきたでしょう?」

「ぐっ、栄光ある白百合騎士団団長のフィオナさんとは思えぬ意地の悪さですね……」

「ふふふ、私とていつまでもからかわれっぱなしと言うわけにはいきませんから」


 真面目一辺倒のフィオナさんも、だいぶ仰るようになったもんだね。

 ……俺たちみたいなガサツな連中と付き合っているからかもしれないけど。


「で、なぜリーシャが王女付きに? 白百合騎士団の内部調査はどうなったんです? 彼女は元気ですか?」


 俺はこっちに来たがっているリルをフィオナさんから受け取りながら小声で矢継ぎ早に訊いてみた。

 リルに嫌われたとでも思ったのか、とても残念そうな表情でフィオナさんはこう答えてくれた。


「リヒトハルトさま、小声でなくとも大丈夫です。ネイビス殿にはお話してありますゆえ」

「あ、そうだったんですか」


 待ってましたと、すかさず首を突っ込んでくるネイビスさん。


「私も初めに聞いた時は驚いたなんてものではなかったでしたぞ」

「でしょうね。俺もですし」

「ですが、国家転覆の危機とあっては協力を惜しまぬのが冒険者ギルドのつとめですわい」

「そう、ですよね」


 正直に言うと、リーシャを白百合騎士団内部へ密偵として送り込むのは最後まで不本意であった。

 危険に巻き込まれる可能性が高すぎる。

 リーシャ本人が強く志願してなければ、きっと行かせなかっただろう。


 そもそも、俺にそこまでの愛国心はない。

 俺にあるのは、愛娘たちや家族、そして平穏な暮らしを守りたいと言う気持ちだけなのだ。

 それらを守ると言うことが、結果的に国を助けることになるだけである。


 ま、シャルロット王女とも知り合ってしまったし、出来れば手助けしてあげたいとは思っているけれどね。



 リルを物欲しそうな目で見ながらフィオナさんが口を開いた。

 どれほどの犬好きなのだろうか。


「御安心くださいリヒトハルトさま。リーシャ嬢は……いえ、騎士リーシャは元気ですよ。王女殿下に振り回されて少々疲れは見えますが」

「……なによりも聞きたかった言葉ですよ。フィオナさん、ありがとう」

「いえ、私のほうこそ。これまでご報告に上がれなかったことをお詫びいたします」

「お気になさらず。それで、『王族暗殺計画』の調査や進捗しんちょくはいかがなんですか?」

「はい。騎士リーシャや、我々がどれほど入念に探っても、白百合騎士団内からは怪しい者や加担者を洗い出せませんでした。そこで、冒険者ギルド諜報部の力もお借りして精査しましたところ、噂の出所が判明したのです」

「ほう、どこですか?」

「王宮です」

「はい!?」


 意識せずとも俺の目は大きく開かれた。

 そんな馬鹿な話があるのだろうかと。


「とは言っても、張本人を割り出せたわけではありません。なので、我々白百合騎士団は王族がたの守護へ全力を傾けることにしたのです。信用できる精鋭を送り込むことによって」

「なるほど……しかし、よくリーシャを説得できましたね。王女付きになるなんて、すごく嫌がりそうなものなんですが」

「護衛に騎士リーシャを指名したのは王女殿下ご本人です」

「!?」


 そ、そう来たか……

 いや、100パーセント信用できる人物と言う意味でなら、リーシャを選ぶのは間違っちゃいないんだけどさ……

 護衛なら別にフィオナさんや副団長のベリーベリーちゃんでも良かっただろうに……


 まぁ、あれほどリーシャを白百合騎士団に入れたがってたシャルロット王女だもんな。

 きっとウッキウキで任命したんだと思うね。


 あぁ……リーシャの苦労している姿が目に浮かびまくるよ……



「リヒトハルトさま、私は伝達任務を終えましたゆえ、これにして失礼いたします。午後、お迎えに上がりますので参内の準備をお願いします」


 そう言って立ち上がるフィオナさん。


「おや、もうですか? 私はもう少し」


 対して仕事をサボる気満々のネイビスさん。

 副ギルド長がこんなことでいいのだろうか。



「あ、よかったらお二人とも昼食をご一緒にいかがですか? たいしたものは用意できませんけどね。それに、もう少し詳しい話も聞きたいので」

「それはいいですなぁ! フィオナ団長! リヒトハルトさまの料理ならば期待できますぞ!」

「……よろしいのですか?」

「ええ。一人で食事をするのも味気ないもんで。じゃあ、準備が出来るまでリルと遊んであげてください」



 俺の言葉で、大輪の薔薇のように顔をほころばせるフィオナさんなのであった。




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