おっさん、新生する
「やったぁ! パパー! ごうかくしたよー!」
「嬉しいのじゃー! お父さまー!」
「……やった……やりやしたよ……旦那ァ……姐さん……奇跡が起きやしたぜ……! ……うぉーん! うぉーん!」
「うわっ!」
はしゃぐ娘たちだけでなく、偉丈夫のグラーフまでもが男泣きで俺にしがみついてきた。
むさ苦しいったらありゃしない。
だけど、気持ちはよくわかるよ。
「みんなおめでとう。よくやったね」
俺はマリーとアリスメイリス、そしてグラーフの頭を分け隔てなく撫でた。
頑張った子はきちんと褒めてあげねばならない。
それが父親であり、保護者でもある俺の役目なのだ。
「それでは、『冒険者カード発行の儀』へ移りたいと思います。お一人ずつこちらへどうぞ」
職員の声に、俺の心臓が縮みあがった。
俺ですら忘れかけていたトラウマが瞬時に甦る。
俺の身体がおかしなことになった元凶が、この『冒険者カード発行の儀』であった。
魔導装置が暴走し、システムバグに発展。
かろうじて発行された俺の冒険者カードは名前以外が文字化けしていたのである。
当然ながらステータス値も滅茶苦茶で、それのせいかは未だにわからないものの、俺の身体に起きた変化はその後の人生までをも一変させてしまったのだ。
驚いたよね。
どんな攻撃を受けてもまるで痛みを感じないんだから。
そしてすごく焦ったよね。
とんでもない身体能力と魔導力を得てしまったんだから。
でもはっきり言って、これほど扱いにくい身体もないと思う。
いや、冒険者としての観点なら無敵と言えるのかもしれないけどさ。
普通の生活では支障をきたしまくりだもの。
しかもさぁ、なんで腰痛だの足の痛みは残ってるわけ?
まずそこから解消されるべきだろうに。
ともかく、俺が受けたこんな思いを娘たちには味わってほしくないのだ。
だからこそ『冒険者カード発行の儀』と聞けば縮み上がってしまうのである。
また同じことが起きてしまうのではないかと。
「まずはグラーフさんからどうぞ」
「へ、へい!」
鯱張ったグラーフが魔導装置の前へ進み出た時。
「待った! ちょっと点検させてくれないかな?」
「はい?」
「旦那?」
俺は意図せず声を上げてしまったのだ。
自分でも驚いたが、口に出してしまった以上は引っ込みがつかない。
仕方なく魔導装置へ歩み寄り、表面の四角いパネルを入念に眺めた。
次に、グラーフと娘たちの手を取る。
よし。
油まみれにはなっていないようだね。
そう。
俺がこうなってしまったあの時。
魔導装置はリーシャが食べていた丸鶏のローストから出た油でギットギトになっていたのだ。
アレも原因のひとつであったと、俺は今でも思っている。
「失礼しました、続きをどうぞ」
「は、はい。では、グラーフさん。このパネルに手を置いてください」
「へい!」
奇妙な音を立てることもなく、魔導装置は正常に機能しスムーズにカードを排出した。
続くマリーとアリスメイリスの時も、装置はその役目をきっちりと果たしてくれたのである。
そこまで見届けてから、俺はようやく胸を撫で下ろすのであった。
「グラーフさんは致命的に知力が低いですが、筋力と体力はなかなかのものですよ。前衛ジョブで身体を張るのがもってこいですね」
「そ、そうですかい、へへへ」
頭をガリガリかいて照れるグラーフ。
たいして褒められていないことに気付かぬ辺りが、いかにもグラーフらしいと言えるだろう。
「マリーさんは……全ての数値が平均よりもかなり高いです! これは将来性を感じさせてくれますね!」
「? すごいの?」
「すごいですよ!」
「わーい! パパーほめられたよ!」
「よしよし、良かったねマリー」
カードを自慢げに見せるマリーが可愛くて思い切り抱きしめる。
まさに天使。
「最後にアリスメイリスさん……へ? こ、これは……知力が高すぎます! ほかの数値もすごいですよ! まさか装置の故障かしら……!?」
「ほー、そんなこともあるんじゃのー」
どよめくギルド職員たち。
……すみません。
職員のみなさん、ほんとすみません。
この子、実はアンデッドの王とも言える【真祖】なんです。
でも書類に【真祖】だなんて書けるわけないじゃないですか。
年齢も本当は310歳のところを10歳と書いてしまい、マジですみません。
300歳もサバを読んじゃいました。
「と、取り敢えず、これにて『冒険者カード発行の儀』は終了となります! 詳しくはカードのヘルプを参照するか、こちらのパンフレットをご覧ください!」
はーいと返事をする三人。
みんな合格出来てよかったよかった。
グラーフには少しハラハラさせられたけど、それでも受かったんだからたいしたもんだよ。
いやぁ、俺の特訓は効くねぇ。
リーシャの時もそうだったけど、我ながらビックリだ。
「あ、【黒の導師】リヒトハルトさま」
「はい? なんでしょう?」
意気揚々と引き揚げかけていた俺を、眼鏡のギルド職員が呼び止めた。
ちなみに女性で、なかなかのボディをお持ちである。
「以前に冒険者カードが文字化けを起こしているからと再発行を申請なさっておられましたよね?」
「ああ、はい。確かに」
あれは王都へ着いてから初めてギルド本部を訪れた時だ。
称号【黒の導師】を授与された折、ついでに申請しておいたのである。
「この魔導装置ならば最新型に交換したばかりですので再発行も可能ですよ」
「そうなんですか」
「現在のカード内容はそのまま引き継がれますのでご安心を」
「わかりました。で、どうすればいいんです?」
「再発行手続きは受理しておりますので、パネルへ手を置くだけです」
「なるほど。言わば冒険者カード『再』発行の儀ってことですね! はははは」
「……あははは、そうですね……」
あれっ?
面白いことを言ったつもりが、思い切りスベったよ!?
職員のお姉さんはどう見ても愛想笑いを浮かべてるじゃないか!
くそっ。
オヤジギャグだとでも思われたのか……
……まぁいい。
とにかく試してみよう。
もしかしたら普通の身体に戻れるかもしれないんだからな。
便利なこともあるけど、やっぱり俺は平凡に生きたいんだよね。
先程入念にチェックしたからパネルが油まみれでないことはわかっている。
だが、俺の手はそれに触れることを何度かためらってしまった。
俺の意思に反して。
不思議そうな顔で俺を見る眼鏡っ子職員。
マリーたちの視線も背中に感じる。
うーん。
やはり結構なトラウマになってるのかねぇ。
自分ではわからないほど精神の奥底に根付いてしまっているのかもな。
とは言え、こうしてまさしく手をこまねいているわけにもいくまい。
心の中で『えいやっ!』と掛け声をかけ、右手をパネルに置いた。
ピピピと装置から作動音がした。
顔の前にもあるパネルには様々な文字列が走って行く。
相変わらずその文字は小さすぎて読めやしない。
完全に老眼である。
一応、取り敢えずはごくごく普通に機能しているようだ。
あの時のようにスパークが発生したり、異様な音を立てたりはしなかったのである。
ウィーム
そして、装置の下部からニョロっとカードが排出された。
俺よりも早く眼鏡っ子がカードを奪い去る。
まるで『カードの確認は私の仕事です』と言わんばかりだ。
じっとカードを凝視していた職員の眼鏡がギラリと光る。
「……こっ、これはぁっ!!」
「おいおい、まさかまた文字化けかい? 勘弁してくれよ」
俺の声には答えず、カードを高く高く掲げる眼鏡っ子。
「測定不能です!」
「はいぃ!? なんだよそれ!? 文字化けとなんにも変わってないじゃないか!」
焦る俺。
きょとんとするマリーたちと職員一同。
「いいえ! ここを見てください!」
「……おお、ジョブやスキル欄が普通に表示されてる……なんだ、ちゃんと直ってるじゃ……直ってない!!」
今まで読むことすらできなかった俺の名前以外の項目。
ジョブは【魔導士】だし、称号は【黒の導師】ときっちり読めるようになっていた。
だが、ステータス値。
ここには本来数字が表示されるはずなのだが。
筋力や体力など、全てが『測定不能』の文字で埋め尽くされていた。
「測定不能の文字の右上! 右上を見てください!」
眼鏡っ子が俺に顔を寄せてきた。
甘い香水の香りがしてドギマギしてしまう。
右上ぇ?
そういやなにか書いてあるな。
老眼の俺にはなかなか厳しい大きさの文字だよ……
……んんん!?
「……なにこれ!?」
「パパ! みーたーいー! わたしもみたいー!」
「わらわにも見せておくれなのじゃ!」
「あっしにも!」
詰め寄ってくる娘たちとグラーフ。
「待て待て! 待ってくれみんな! お姉さん! 【+SSS】ってなんだい!?」




