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爆誕


 グラーフへの特訓を開始してから初めての休日を迎えた。


 いよいよこれまでの厳しい特訓による成果を試す時が来たのである。


 わざわざ休日を選んだのは、学校のある平日を避けたこと以外にも理由があった。

 副ギルド長ネイビスさんの話によれば、休日は圧倒的に試験を受ける者の人数が少ないらしいのだ。


 近年では冒険者のなり手が減少してきたと聞いている。

 現にアトスの街では冒険者自体もかなり少なく、あの日に試験を受けたのは俺とリーシャの二人だけであった。


 だがここは王都。

 つまりは首都である。


 元々の住民も多いが、近隣どころか遥かな遠方からも、ギルド本部が置かれたここを目指して冒険者志望の連中が集まってくるのだ。

 そしてそのほとんどが平日に集中している。


 理由は簡単。

 この国において休日とは、神々も身体を休める神聖な日。

 それが国全体に深く浸透しているのだ。


 要は、休める時に全力で休めってことだね。


 とは言っても、別に法律などで強制されているわけではない。

 休日だろうと開けている店も多少はあるし、働いている者もそれなりにいる。


 そのひとつがこの冒険者ギルド本部だ。


 地方のギルド支部とは違って、本部では休日も随時適性試験の受験者を受け付けていた。

 確かにネイビスさんがおっしゃった通り、ギルド内部は閑散としている。


 普段ならガヤガヤとうるさいくらいに賑わうクエスト受付カウンターのお姉さんも、暇そうに爪の手入れなどをしていらっしゃるほど。


 こことは対照的に隣の建物、ギルド直営の酒場が入った建物なのだが、からは凄まじい喧騒がこちらにまで響いていた。

 きっと暇な冒険者連中が集って飲み食いしているのだろう。


 朝っぱらから酒盛りか。

 結構な御身分ですこと。

 こっちは寝不足だってのに。


 そう、特訓開始から今日に至るまで、俺とグラーフは睡眠時間を削って励んでいたのだ。

 平日は学校がある以上、特訓は夜にするしかない。


 マリーとアリスメイリスも最初の一時間くらいは勉強に付き合ってくれるのだが、やはり眠気には勝てないらしく早々に就寝するのも恒例となっていたりする。


 グラーフは眠気を感じたら己を殴って奮い立たせるほどの気合を見せたが、どれだけの効果があったのかは謎であった。


 正直に言えば無理に勉強しても能率が上がるわけじゃないんだよね。

 だけど、グラーフ本人がどうしてもって言うし、彼の心意気を無下にするのも可哀想だもんなぁ。


 ともあれ、こうして決戦の日を迎えてしまったからには、グラーフの頑張りと記憶力に期待するしかないのである。



「だだだ、旦那、あああああっしは受付をししししてきやすんで」

「おいおいおい、大丈夫かい? すっごくどもってるよ。ほら深呼吸深呼吸、落ち着けば大丈夫さ」

「そそそそそそうっすね。すぅぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁ」


 ……ダメかもしれない。


 俺の心にそんな気持ちが去来する。


 ぶっちゃけると、特訓自体は成功したと思うんだよね。

 彼も必須な単語は記憶できてるはずだ。

 わざと難解な言い回しや文章にしても、そこそこ対応していたからね。


 だから、一番の問題は『気負い』なんだよ。

 それをほぐせるようないい方法はないもんかねぇ。


「ねぇ、パパ」

「お父さま」


 シャツの裾が両脇からクイクイと引っ張られる。

 マリーとアリスメイリスの仕業であった。


 子供たちだけを屋敷へ残しておくのは防犯上もよろしくないので連れて来ていたのだ。

 もっとも、本人たちが一緒に行きたいと申し出たこともあってだが。

 代わりに今頃は子犬のリルが我が家を守っていることだろう。


 その娘たちがジッと俺を見上げている。

 マリーの青い瞳と、アリスメイリスの紫色の瞳がなにかを訴えているように思えた。


「どうしたんだい?」

「あのねー」

「うん?」

「そのぉ」

「?」


「わたしもしけんをうけてみたいの!」

「わらわも試験を受けてみたいのじゃ!」


「はいぃ!?」

「姐さんがたもですかい!?」


 仰天する俺とグラーフ。

 まさか娘たちがそんなことを言い出すとは。


「だっ、ダメだよ冒険者なんて! 危険すぎる!」

「えぇ~!?」

「なんでなのじゃ~!?」

「姐さんがたにはまだ早いですって! あっしでさえ受かるかわかんねぇんですぜ!?」

「ぐらーふはだまってて!」

「うるさいのじゃグラーフ!」

「……へ、へい……」


 娘たちの一喝で黙ってしまうグラーフ。


 こら!

 怯んでないで加勢してくれよ!


「冒険者なんていいことがひとつもないんだよ? 俺はマリーとアリスをこんな不安定な仕事に就かせたくないんだ!」

「こっほん」

「おほん」


 俺の声が聞こえたらしく、一斉に受付嬢たちがわざとらしい咳払いを始めた。

 どうやら冒険者と言う職業を俺がけなしていると思い、抗議しているようだ。


 す、すみません。

 これは娘たちに諦めてもらうための方便なんです!


 ……半分以上は本音なんだけどね。


「おねがいパパ。わたし、じぶんのかのうせいをためしてみたいの」

「わらわもじゃ。なんでもやってみないと合うか合わないかはわからないのじゃ」

「そ、それは俺もそう思うけれど……」


 くっ。

 まさか理詰めで来るとは。

 感情だけで言っているならいくらでも反論できるのに!


「し、しかし、年齢制限が……!」

「ないです」


 くそう!

 受付嬢め!

 速攻で俺の断り文句を潰してくるんじゃないよ!


 ってか年齢制限ないの!?


「パパ、おねがい」

「お願いなのじゃお父さま」

「くぅ……」


 そんな目で俺を見ないでくれぇ!


「旦那、ぶっちゃけあっしも姐さんがたが一緒にいてくれたほうが心強いでさぁ」


 などと非常に情けないことを言い出すグラーフ。

 これぞ四面楚歌。


「はぁ……わかったよ」

「やったぁ! パパだいすき!」

「お父さまラブなのじゃ!」

「さっすが旦那でさぁ!」


 俺は思い切りしかめた顔のまま、受付嬢に三人分の受験料を支払った。

 これが俺に出来る精一杯の抵抗だったのである。


「じゃあパパ、いってきまーす」

「行ってくるのじゃー」

「頑張ってきやす!」

「いってらっしゃい」


 受付嬢に案内され、二階の講義室へ向かう三人。

 騒動のお陰だろうか、グラーフの緊張もすっかり解けたようである。


 これが結果オーライとなればいいんだがね。


 ドッと疲れが噴き出した俺は、閑散としたホールのベンチに腰を掛けた。

 後はもう、祈ることしかできない。


 受かるか受からないかはともかくとして。

 こんな話、リーシャが聞いたらきっとびっくりするよね。

 はははは……


 リーシャ……


 危険な目には遭っていないかい?

 ちゃんとご飯は食べているかい?

 夜は眠れているのかい?


 あぁ……


「……会いたいなぁ……」

「失せ人ですか? 人探しならあちらのカウンターで受け付けています」

「違うよ!?」


 俺の呟きに耳ざとく答えた受付嬢へ思わず突っ込んでしまった。


 仕事熱心にもほどがありすぎるよ。


 それから小一時間ほどやきもきしながら過ごした時。

 試験官のギルド職員と共にマリーたちが階段を下りてきた。


 筆記試験と講義が終わり、中庭での実地試験へ向かうところなのだろう。

 俺とリーシャが受けた時もそうだった。


 マリーとアリスメイリスは俺にブイサインを送りながらニッコリ笑っている。

 試験の出来が良かったのだろうか。

 俺も笑顔で手を振って答えた。


 さすがは俺の愛娘たちだね!


 その後方から、まるで闇に取り込まれてしまったかのように暗い表情のグラーフがトボトボと肩を落として歩いていた。

 あれではむしろゾンビなどのアンデッドにしか見えまい。

 彼は幽鬼にも負けぬ濁り切った目で俺を見るや、力ない笑みを口の端に浮かべた。

 褐色の肌が哀れなほど青ざめ、全てを諦めたようなその顔。


 それだけで察した俺も、引きつった笑顔でグラーフを見送る。


 ま、まぁ、もしダメだったとしても次があるさ!


 なんだか、居ても立ってもいられなくなってきた俺は、中庭へ続くドアへ近付いた。

 ドアはガラス張りなので、中庭の様子が思うさま見て取れる。

 試験の邪魔をするわけにもいかず、俺はそこから見守ることにした。


「はぁっ!」

「やぁっ!」


 マリーとアリスメイリスはダガーを模した木剣で、果敢に試験官へ斬りかかっているところであった。

 気合のこもった掛け声とともに。


「おっ、おっ! いいぞ! マリー、左だ! アリス! 右足を一歩踏み込め!」

「お静かに」


 もはや受付嬢の素早い突っ込みは無視すべきだろう。

 いちいち相手をしていては俺が疲れるだけだと悟った。


「うぉりゃあああああ!」


 筆記試験の鬱憤を晴らすかのようなグラーフの雄叫び。

 さすがに戦闘慣れしたグラーフにはガチムチな試験官もタジタジの様子。


 マリーとアリスメイリスの相手をしているのは女性の試験官だが、かなり熟達した冒険者でもあるらしく、二人がかりの攻撃を軽くあしらっていた。

 その上で苛烈な攻撃も仕掛けている。


 小さい子が相手なんだからもう少し加減してあげてもいいだろうに!


 娘たちに支援魔導の【フィジカルエンチャント】を掛けてやろうかと思うほどムカっ腹が立った。

 それでは二人が試験に落ちてしまうと、俺は歯を食いしばってなんとか思いとどまる。


 同時に実地試験も終わりを告げたようだ。


 俺は慌ててベンチに戻り、何事もなかったかのように座り直したのである。


 ずっとハラハラしながら見てたなんて言えないもんな。


「パパー!」

「お父さまー!」

「旦那ァ」

「みんなお疲れ様」


 中庭から戻った娘たちを抱きとめた。

 金髪と薄紫色の頭を撫でる。


「どうだった?」

「うん! おもしろかったよ!」

「楽しかったのじゃ!」

「ははは、それは良かったね」


 グラーフにも声をかけようと思った時、コツコツと男女二人の試験官がこちらへ近付いてきた。

 生唾を飲み込むグラーフ。


「マリーさん、アリスメイリスさん、グラーフさん、お疲れ様でした。これより試験の結果を発表いたします」


 二人の娘が俺にしがみついてくる。

 彼女たちなりに緊張しているのだろうか。

 グラーフに至っては、生まれたての小鹿並みに膝を震わせていた。


 そこへ────


 ドカドカドカドカ


 休日出勤であろう、ギルド職員たちが勢ぞろいし、一列にビシッと並んだのだ。


 あー、これって俺もアトスの街で見たなぁ。

 それほど昔のことじゃないのに、なんだか懐かしいや。




「グラーフさんはギリギリでしたが、三名とも合格です! 特にマリーさん! 貴女は史上最年少の冒険者となられました! 皆さまの冒険者としてのご活躍、ギルド職員一同、心よりご期待しております!」


 パチパチパチパチパチ


 巻き起こる職員たちの拍手喝采。




 今ここに史上最年少の幼女冒険者が爆誕したのである。





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