頑張る娘たち
「パパー、おしおってこれくらいでいいの?」
「……」
「もー! パーパー!」
「っ!? あ、あぁ、うん、塩ね。うんうん、そのくらいでいいよマリー」
「お父さま、コショウの在庫はどこじゃったかのー? 確かまだあったはずなのじゃ」
「……はぁ~……」
「お父さま? ふんむ……マリーお姉ちゃん、お父さまはこりゃアレかのー?」
「うん、アレだねーアリスちゃん」
「恋わずらい」
「こいわずらい」
「!?」
娘たちから俺に贈られたクリティカルヒット!
あまりの衝撃に、思わず持っていたサラダボウルを取り落としそうになる。
そんな俺へ追い打ちをかける娘たち。
「ちょーっとリーシャ姉さまが不在だからと言ってこのザマじゃもの」
「そんなにりーしゃおねえちゃんがすきならけっこんしちゃえばいいのにねー」
「こっ、こらこら、話が飛躍しすぎだよ。け、け、結婚だなんてそんな……そ、それにほら、マリーとアリスだって俺が結婚しちゃったら嫌だろう?」
「ほかのおんなのひとはいやだけど、りーしゃおねえちゃんがママになるんでしょ? だったらぜんぜんいいよー」
「!?」
「あ、わらわも賛成なのじゃ。姉さまがお母さまになったらみんなに自慢できるのじゃー」
「!!??」
ちょ、ちょっと待ってくれ。
俺の脳みそが全くついてきていない。
そもそも、よく『恋わずらい』なんて言葉知ってたね……
どこで覚えてくるのか本当に不思議だよ……
って、いやいや、俺は恋わずらいじゃないから。
ただ、リーシャがすっっっごく心配なだけさ。
リーシャが白百合騎士団へ潜入し、内部調査を開始してから早くも一週間が経過した。
その間、こちらへの連絡は一度もない。
当然だがあの日以降、フィオナ団長やベリーベリーちゃんも姿を見せていなかった。
便りがないのは良い便り、などと言う言葉もあるが、俺はずっと心も重く過ごしていたのだ。
だってさぁ、潜入捜査だなんてことが王族暗殺計画の首謀者にバレてみなさいよ。
まず間違いなく口封じされるだろう?
もしそんなことになったとしたら、俺はいったいどのツラ下げてリーシャの両親に詫びればいいのか。
それこそ悔やんでも悔やみきれるものではなくなってしまう。
だから俺も捜査に手を貸してやりたいのは山々なのだが、俺の前にはまさしく巨山が立ちふさがっているのだ。
白百合騎士団とは女性のみで構成された騎士団である。
しかもシャルロット王女選りすぐりの。
つまりは『女の園』だ。
そんな場所に男である俺が介入できるはずがない。
訪ねたところで門前払いされるだけであろう。
下手をすれば逮捕、投獄も有り得る。
なので、手をこまねいて待つことしかできず、鬱屈している俺なのであった。
そんな俺を見守るマリーとアリスメイリス、二人の娘。
彼女たちは俺を元気付けるためか、はたまた単にリーシャが不在になって家事が行き届いてないせいか、積極的にお手伝いをするようになった。
現に今も早起きして、自らのお弁当を製作中なのである。
勿論メニューを考案するのは俺だが、あまりにもボーッとしているらしく、呆れたように調理をガンガン進めていく二人の娘なのであった。
娘たちの成長を喜んでいいのか、俺の不甲斐なさを呪っていいのかわからない。
ともかく、朝食とお弁当を完成させてマリーとアリスメイリスを学校へ送り届けねば。
いつもならばグラーフも一緒に登校するので送り迎えは不要だが、今朝は早くから冒険者ギルドへ行くと言い残し、出て行ったのだ。
きっとまた副ギルド長のネイビスさんあたりにこき使われているのだろう。
俺としても散歩がてら娘たちを送って行けば、多少なりと気分転換になるかもしれないので渡りに船と言える。
「ごちそーさま!」
「ごちそうさまなのじゃ!」
朝食を終え、きちんと挨拶をしてから流しへ食器を片付けるマリーとアリスメイリス。
その足でスモックに着替え、登校の準備を整えている。
ああ、もう俺がいちいち言わずとも自分でなんでもできるようになっちゃったんだねぇ。
しみじみとそんなことを考えながら、シュルリとコーヒーをすする俺。
そのうち『パパうざい』とか言われてしまうのかと思うと、寂しさで目頭が熱くなってくる。
「パパー、じゅんびできたよー! いこうー!」
「お父さま、はやくはやくー! 少し遅れ気味なのじゃ!」
「よし、行こうか」
娘たちに両手を引かれ、よっこらしょっと立ち上がる。
朝は足腰が固まっていてなかなか不自由なのだ。
昼くらいになればだいぶほぐれてくるんだけどね。
あーあ、歳を取るって嫌だねぇ。
マリーとアリスメイリスの手を握りながらてくてくと朝の通学路を歩く。
庭の掃除や、出勤、通学中であろう近所の住人と挨拶を交わしながら。
ここにはいつもの平和な時間がある。
だが、リーシャにとっては気の抜けることのない時間が今も続いているのだ。
そう思うと、眩しい朝日すらも俺には鬱陶しく感じられてくるのだった。
「あー! ふたりともおはよー!」
「おはようなのじゃー!」
前を歩く黒髪と金髪の子に元気な声をかける娘たち。
どうやらそれは終生のライバル(?)のアキヒメちゃんとフランシアちゃんらしい。
普段は仲良しだけど、運動会では大激闘を繰り広げたもんな。
「マリーちゃん、アリスちゃん、おはよー。パパさんもおはようございます」
「おはよぉ~。あ、パパさんだー、おはようございます~」
「おはようアキヒメちゃん、フランシアちゃん。今日も娘たちと仲良くしてやってね」
「はい。勿論です」
「はぁ~い」
ペコンと俺に挨拶する二人の少女。
我が愛娘たちにも負けず劣らず可愛らしい。
そして四人の少女たちは並んで歩き出す。
俺は子供らが話しやすいように数歩退き、後方から見守ることにした。
「そうだ、マリーちゃん。昨日ね、この国の宰相さんに街で偶然会ったんだよ」
「さいしょーさん?」
「うん、宰相で宮廷魔導士の『ヨアヒム』さんって人」
「ふーん。えらいひとなの?」
「とってもね。だけど……なんて言うかこう、怪しい感じの人だったよ。ね、フラン」
「うん。なんだか悪いことばっかり考えてそうって言うか、気持ち悪い感じって言うか」
「そうなんだー? いやだねーそんなひと」
「なにゆえそんなヤツが宰相なのじゃ? もっとマシな人材がいくらでもおろうに」
「政治家としても魔導士としてもかなり優秀なんだって」
「へぇ~」
「でもね、やりかたが強引すぎて気に入らないって人も多くいるってお菓子屋のおじさんが言ってたよ」
「ほー」
「私もきら~い! なんかねー目がすっごく細くてキモいのー」
驚いたな。
娘たちは普段こんな会話をしてるのかい?
こりゃ変な言葉も覚えてくるわけだよ。
「それでねー、その人が最近では軍備の縮小に最も力を入れているんだってー」
「ほほぉー、フランシアちゃんは難しい言葉を知っておるんじゃのう」
「そうかなぁ? てへへ」
「あ、マリーちゃん。体操服持ってきた?」
「うん。ちゃんとあるよー」
「あれっ? 今日って体育あったっけ?」
「えっ? 昨日ちゃんと先生に言われたよ? まさかフラン、忘れちゃったの?」
「えーと、えーと、あっ、あったー! よかったー!」
「あはははは! ふらんしあちゃんらしいねー」
「くふふふ、ドジっ子じゃのー」
のほほんとした会話を繰り広げながら楽し気に歩く四人。
聞いているこっちも穏やかな気持ちになってしまう。
娘たちを校門の前まで送り届け、一人帰路へ着く。
心の片隅に微細な引っかかりを感じながら。




