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悪魔でした!


「ぅげっ」


 二人の人物を見て、まずリーシャが発した言葉こそこれである。

 確かにある意味では仇敵と言えないこともない。

 彼女の顔がまるで悪魔を目撃でもしたかのようにみるみる渋面へ変わった。


 ま、俺からすればある意味では天使みたいに可愛らしいと思えるんだけどね。


 なんのことはない。

 この二人は俺たちもよく見知った来訪者である。


「お久しぶりです。リヒトハルトさま、リーシャ嬢。オークロードの討伐、お見事でした。王国軍全体が動けなかったことは平にご容赦を」

「リヒトハルトさま! こんにちはですっ!」


 きちっとした礼をしているのは、シャルロット王女直属【白百合騎士団】団長のフィオナさん。

 たぶん、湖の一件で騎士団を出動させられなかった詫びも兼ねているのだろう。


 そして、お供はピンクの鎧を纏った副団長のちっちゃな天使、ベリーベリーちゃんであった。

 こちらはフィオナ団長と対照的に屈託がない。


 ペコっと礼をしたベリーベリーちゃんの姿に、子犬のリルを見た時のようなときめきが俺の心に湧き上がってくる。


 うひょう!

 愛玩犬が二匹に!


 おっと、さすがに犬扱いはどちらにも失礼か。

 ちっちゃいとは言え、かたや【神速】の称号を持つ剣豪。

 子犬みたいだとは言え、かたや伝説の魔獣【フェンリル】だもんな。


 だけど、俺の愛でたくなってしまう気持ちもわかってほしい。

 幼子としか思えないが一応は成人女性だとか、これでも白百合騎士団副団長だとかは関係ないし、どうでもいいのだ。

 ただただ愛でたいだけなのである。


「お久しぶりですねフィオナさん。湖の件はお気になさらず。ささ、いまお茶を淹れますから座って座って。ベリーベリーちゃんもこんにちは。そうだ、おいしいクッキーがあるよ」

「!!」


 俺も立ち上がって礼を返しながら発した言葉に、ベリーベリーちゃんは見えぬ尻尾をブンブン振っているような気がする。

 彼女はすかさず近付いて来て俺の腰に抱き着いた。

 そのまま『はやくちょうだい』と言わんばかりに俺を見あげている。

 どうやら甘党なのは変わっていないらしい。


「ちょっと、ベリーベリーちゃん……さん! ベタベタしすぎじゃない……ありませんかねぇ!? リヒトさんもなんでもてなしちゃってるんですか!?」


 この幼女にしか見えないベリーベリーちゃんが、自分よりも年上の成人女性であることを思い出したのだろう。

 怪しげな敬語で言うリーシャの声に、ニヤリと笑って返すベリーベリーちゃん。


 そしてますます俺にしがみついてくる。

 まるでリーシャへみせつけるかのように。


「!?」


 リーシャの怒気が強まっていく。

 この二人……と言うよりは、創設者のシャルロット王女を含む白百合騎士団とリーシャの相性は非常によろしくないようだ。


 我が家の庭でひと悶着が起こっても困る。

 さすがにここは助け船を出すべきだろう。


「リーシャ。うちを訪ねてきてくれた以上、お客さんとして扱うのが礼儀だよ。さぁ、きみも座って落ち着きなさい」

「うっ、そりゃあそうなんですけど……こうも毎度毎度いいところを邪魔されちゃあ……」

「ん? 何か言ったかい? それよりも」


 俺は神妙な面持ちで腰かけたフィオナさんの顔をチラリと見やる。

 やはり憂いを帯びている気がした。

 青みがかった髪が右半面を隠しているが、露わになった左半面が少し冴えない表情に思えたのである。


 その隙に膝の上へモゾモゾと登って来たのはベリーベリーちゃんだ。

 前回、カフェでフルーツパフェを食べさせた時と同様に、俺の膝に座れば甘いものが食べられると思っているのだろう。


「どうやらフィオナさんは、なにか重要なお話があるみたいだ」

「えっ?」

「……リヒトハルトさまの洞察力にはかないませんね……」


 俺が注いだ冷たいお茶で唇を湿らせるフィオナ団長。

 与えたクッキーを両手で持って、カリカリカリカリと高速で齧るベリーベリーちゃん。


 リスみたいで可愛い!

 今のうちにいっぱい頭を撫でておこう!


 さすがにリーシャも訝し気な顔のままではあったが、椅子に座った。

 一応は話を聞く気になったらしい。


 だが、フィオナさんは言い淀んでいる。

 と言うよりはなにかを逡巡している雰囲気だろうか。


 しかし、これではいつまで経っても黙っていそうだよね。

 こっちから誘導してみよう。


「貴女がそれほど迷うと言うことは、余程の事柄なのかい?」

「!……はい」

「なら、場所を変えたほうがいかな?」

「いえ、この庭の広さなら盗み聞きされる恐れはないでしょう。門の外にも数名の騎士を配置し、スキル探知にも警戒しております」

「えぇ!? そんなに厳重じゃ余計に目立つよ!?」

「……それほどのことなのです」


 ギュッとカップを両手で握るフィオナさん。

 視線はお茶の水面に落としたままであった。


「わたしにはよくわかんないですけど、なんだか『国家転覆』の危機なんですって」

「はぁ!?」

「えぇぇ!?」

「こ、こら! ベリーベリー! いきなり核心から話すなどと……!」


 意外なところから超意外な言葉を発したベリーベリーちゃん。

 驚愕する俺とリーシャ。

 慌てふためくフィオナさん。


 って、国家転覆ぅ!?

 尋常な話じゃないよそれ!

 本当ならば大事件もいいところだよ!?


「どう言うことなんだい!?」

「どう言うことなんです!?」

「ちょっ! 近い! リヒトハルトさま! 近いです! そんなに見つめられたら恥ずかしいです!」


 俺とリーシャの顔に迫られ、真っ赤な顔で両手をブンブン振り回すフィオナ団長。

 どうやらかなりの純情さんらしい。

 女性ばかりの騎士団に所属しているから、男性に免疫がない可能性もある。


「申し訳ありません。最初からきちんとお話します。ですが我々もまだ確信が持てないでいるのです」


 結果的にベリーベリーちゃんの爆弾発言が文字通り起爆剤となったようで、ようやくポツポツと口を開くフィオナさん。

 事が事だけに、俺たちも無言で耳を傾けた。



 その話によると、王族の暗殺計画があると言うとんでもない情報をどこかから掴んだらしい。


 それだけでも仰天なのだが、なんと首謀者は白百合騎士団の内部にいるかもしれないと言うのだ。


 ただ、情報の出所も信憑性もまるでわからない。


 虚言や流言の可能性が限りなく高いので公にはせず、白百合騎士団でも上層の信頼できる少数にしか知らされてはいない。

 それでもこの噂のようなものが真実であった場合、危害が及ぶのは王族、それも高い身分の王族であろうことは想像に難くないのだ。


 そこでフィオナ団長は、念のためシャルロット王女に報告と相談をしたと言う。


 王女は白百合騎士団に全幅の信頼を置いている。

 なにせ自らが創設した騎士団なのだから当然だろう。


 『そのようなこと、万が一にもあるはずがありませんわ!』と話を聞いた当初は一笑にしていた。

 だが、王女の周囲で起こるほんの些細な異変や違和感。

 それらが見えざる何者かによって引き起こされたのではないかと徐々に思えてきたのだ。


 シャルロット王女は疑心暗鬼に陥った。

 はっきりしない物事を嫌うがゆえに。


 本来の王女であれば、大々的にして徹底的な捜査を行うところであろう。

 だがそれを実行し、万が一にも団内から首謀者が出てしまった場合、白百合騎士団は間違いなくお取り潰しとなる。

 なので、騎士団へ深い思い入れのある王女にはそんなことが出来るはずもなかった。


 とは言え、首謀者が実在するのならば捨て置くわけにもいかぬ。


 しかし、団内の調査を団員にさせたところで真実を見抜くのも難しかろう。

 首謀者が一人とは限らないし、複数名で口裏合わせをされては真実などあっと言う間に闇の中へ消え去るからだ。


 まさに四面楚歌。

 疑うべきは白百合騎士団の全員なのだ。


 まぁ、フィオナ団長とベリーベリーちゃんは犯人ではないと思うけどね。

 フィオナさんとシャルロット王女は姉妹のような関係だと聞いているし、ベリーベリーちゃんには失礼だけど、この子がこれほど突飛な計画を思いつくはずもないからさ。


 それに、犯人がわざわざ俺のところへ相談にくるわけも……

 ん?

 あれ?

 そもそも、なんでこの二人は俺たちに相談しに来たんだろ……?



「リーシャ嬢! 幾度も断られ、あなたの気持ちは重々承知しているのですが、どうか白百合騎士団に入団し、内部から調査をおこなっていただきたいのです! 騎士団のちょうとしても、この国の臣民としても国家に対する反逆者を許せません! なにとぞ、なにとぞお願いいたします!」


「えぇぇぇぇ!? 私がですか!?」




 リーシャにとっては悪魔の使いでした!




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