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凱旋


 結局、宴のような打ち上げは夜半にまで及んだ。


 なんせ牛肉と酒だけは大量にある。


 肉を焼いては喰らい。

 酒を飲んでは喰らい。

 喰らっては飲む。


 どうやら冒険者と言うものは酒と肉さえあれば生きていけるらしい。


 そしてこれが、バカ話や芸に長けた冒険者をさかなに延々と続いたのであった。


 当然ながら、最大の功労者として持ち上げられまくった俺。

 しばらくはそれに付き合っていたが、乾杯の音頭が七回を数えたあたりで宴席を辞した。


 俺自身、だいぶ酩酊してきたこともあったが、なにより娘たちが非常に眠そうだったのである。


 後は若者だけで盛り上がってくれればいい。

 現に美少女のリーシャや、好青年のグラーフはあちこちの冒険者から引っ張りだこになっていた。


 俺は既に眠ってしまったマリーを抱き上げ、ショボショボした目をこすっているアリスメイリスの手を引いて空き馬車へ向かう。


 かがり火代わりの焚火や、そこかしこに設置されたカンテラのおかげで足元に不自由はない。


 そして俺が向かった先は、ギルド職員が乗ってきたと言う立派なほろ付きの馬車であった。


 『リヒトハルトさまのお子さまがたを地べたに寝かせるのは心苦しいですから』と申し出てくれたリアムさんからのご厚意を受け取った形である。


 俺はマリーとアリスメイリスを毛布でくるみ、そっと横たえた。

 既に二人は気持ち良さそうな寝息を立てて夢の中。


 色々あったから疲れちゃったんだね。

 お手伝いありがとう。

 ゆっくりおやすみ。


 俺は娘たちの額に軽くキスをしたあと、音を立てぬように馬車を降りた。

 すると、まるで俺を待ち構えていたかのように、お座りをしたリルがそこにいたのである。

 小さいがフッサフサの尻尾を、ものすごい速度で振りながらだ。


「どうしたんだいリル。お前も眠いのかい?」

「キャウン」


 鳴き声が『違う』と言ってるように聞こえたのは気のせいだろうか。


「あ、もしかしてお腹が減ったのかな?」


 マリーが少し食べものを与えていたのは目撃したが、パンや焼いた肉などではあまり食べられなかったのかもしれない。


 そう言えばリルの食事まで思い至らなかったね。

 ごめんな。


「キャン!」


 リルは『そうだ』と言わんばかりに大きく一声鳴く。


「そうかそうか、わかったよ。おいで」


 俺が手を差し出すと、ピョンと飛び乗り、そのままスルスルッと肩まで登ってきた。

 やたら身軽なあたりが普通の犬とは一線を画している。


「クゥーン」


 俺の頬に頭を摺り寄せて気持ち良さそうだ。

 リルを肩に乗せたまま食材置き場まで移動。


 牛肉を取り出し、生のまま細かく刻む。

 塊ではリルも食べにくいだろう。


 それだけでリルは大興奮。

 俺の双肩をそわそわと行ったり来たりしている。


 どうやら相当お腹を空かせていたようだ。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、俺は小さな腕に肉を盛り、地面へ置いた。


 喜んでピョンと飛び降りたリルであったが、なぜかすぐに食べようとはせず、ジッと俺の目を見つめている。


 え?

 まさかこれって、俺の許可を待っているとか?

 嘘だろ……?

 躾なんてまだ誰もしていないのに、少し賢すぎやしないかい……?


 俺は試しに『どうぞ、召し上がれ』と言ってみた。

 『はい!』とばかりにキャンと鳴いたリルは、ようやく肉を食べ始めたのである。


 マジかよ……

 天才犬じゃないか……

 ん? 待てよ……?


 俺はしゃがんで、食事中のリルに有り得ない質問をしてみた。


「なぁ、リル。まさかとは思うんだけどさ。お前はもしかして、俺の言葉がわかるのかい……?」

「キャン!」


 一声鳴いて、真っ白な頭を大きく頷かせたリル。


「嘘ォ!?」


 目を剥いて仰天する俺。

 まさか当たり前のように返答するとは。


 待て待て。

 落ち着け俺。


 リルが封印されし伝説の魔獣【フェンリル】だってんなら、ちっともおかしな話じゃないだろう?


 いやいや。

 常識で考えたらとんでもなくおかしいんだけども。


 それより俺よ。

 本当にこの子を飼う気なのか?

 伝説の通りなら、神をも倒すような魔獣だぞ?


 下手すりゃこの大陸どころか、世界そのものが危ういんじゃないのか?


「な、なぁ、リル」

「キュン?」

「きみは伝説の魔獣【フェンリル】なのかい?」

「キャン!」

「やっぱりそうなんだ……そ、それで……この世界を滅ぼそうとしているとかは……考えてないよな?」

「キュウン!」


 何度も頷くリル。

 取り敢えずは良からぬことを考えていないらしい。


 額に浮き出た冷たい汗をぬぐいながら、心底胸を撫で下ろす俺。

 心臓に悪すぎる。


「……じゃあ、俺たちに飼われることになっちゃったのは、きみにとって不本意じゃないのかい?」

「キャン!」


 『全然オッケー』と聞こえた気がする。


「……そうか……あ、ごめん。食事の邪魔だったね。食べていいよ」

「クゥン」


 モリモリと肉を食べるリル。

 とても幸せそうで、笑っているかのようにさえ見える。


 今のところ彼女は現状に満足しているようだが、これでいいのかどうかの判断はつかない。

 どちらにせよ、もうしばらくは様子を見るしかなかろう。


 正直言って不安しかないけど、今更『やっぱり飼えません』なんて娘たちに言えるわけないもんな。

 いいさ。

 リルがなにかをしでかしたとしたら、全力をもって止めるのが飼い主の役目ってね。

 そう覚悟しておこう。


 俺は半分自分へ言い聞かせながら、懸命に肉を頬張るリルの頭を撫でるのであった。




 質素ながらも盛り上がった打ち上げは幕を閉じ、明けて翌朝。


 来た時と同じように冒険者たちは別れて帰るのかと思いきや、俺たち一家と共に行きたいと騒ぎ立てた。

 なんとも奇特なことである。


 一応は凱旋であるのだが、国からの依頼であることは機密事項となっていた。

 つまり、王都での盛大な出迎えなどはないのにもかかわらず、だ。


 とは言え、俺にそれを断れるようなきちんとした理由がない。

 なので、なし崩し的に連れ立って帰還する運びとなったのである。


 俺たち家族はギルド職員が乗ってきたと言う、例の幌馬車に鎮座していた。


 最初に乗った馬車の冒険者が一緒に帰ろうと誘ってくれたのだが、どう考えてもこちらのほうが乗り心地もいい。


 リアム諜報部長がどうしても乗れって言うしさ。

 申し訳ないが今回はこれで帰るよ。

 ……あっちは腰や尻が痛くなって辟易したんだよね。


 俺たちを先頭に、多数の馬車が一列となって王都へ向かう。


 誰かが歌い出した『冒険者賛歌』が、今や大合唱となって後方から聞こえてきた。


 季節は既に晩夏。

 空もだいぶ高くなっている。


 マリーとアリスメイリス、そしてリルは一塊でお昼寝中。

 リーシャまでもが俺の肩に頭を預けて熟睡していた。

 グラーフの視線がやたらと痛い。

 あの毅然としたリアムさんも、こくりこくりと船を漕いでいる始末。



 あー、平和だねぇ。

 いやぁ、ここまで本格的なクエストになるなんて思ってもみなかった。

 やり切った感がすごいよ。


 しばらくは何事もなければいいなぁ。





ここまでで第二部終了です。

お読みいただき誠にありがとうございます!m(_ _)m

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