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「あはははは! リルー! おいでおいでー!」

「ほーら、リル! こっちなのじゃー!」


 弾むような娘たちの声に、身体に巻き付いた白銀の鎖をシャラシャラと鳴らしつつリルも楽し気に駆けまわっていた。


 うーむ。

 どう見てもただの子犬だよねぇ。


 これが本当に封印されし伝説の魔獣【フェンリル】なのか、俺は自信が持てなくなってしまう。

 だが、マリーとアリスメイリスの嬉しそうな笑顔を眺めていると、そんなことはどうでもよく感じてくるのであった。


 まぁいいか。

 飼うと決めてしまったんだしね。

 それにマリーも言ってたけど、リルをここへ残して行くなんてどの道出来そうになかったよ。


 俺って色々甘いのかなぁ。


 でもさぁ。

 普段はあんまりわがままを言わない娘たちがあれほど真剣に考えて出した結果だもの、やっぱり尊重してあげたいよねぇ。


「あ、リヒトさん。誰か戻ってきましたよ」

「ん?」


 沈思黙考に耽る俺の腋をツンツンとつつくリーシャ。

 思わず『あふん』と変な声が漏れそうになる。


 彼女が指を刺しているのは西側。

 確かに森を抜け、誰かがこちらへ小走りで近付いてくる。


「ああ、帽子にギルドの紋章がついてるから職員の人だろうね」


 果たして、俺の言った通りであった。


「リアム諜報部長からの伝言を持って参りました。【黒の導師】さま」

「リアムさんから?」


 森へ溶け込めるようにか、深い緑色の服を着た男が俺の前でビシッと気をつけの姿勢を取る。

 俺は上官ではないのだから、そう言うことはやめてほしい。


「はっ! 『現在、我々はオークの群れを順調に西の境目付近まで押し込んでおります。あと二時間もすればそちらへ戻れるでしょう。怪我人はなし。脱落者もなし』とのことです」

「そうですか。それは朗報ですね。戻られたあとの予定はどうなっているか聞いてますか?」

「はっ! 王都へ続くせき止められた川を解放後、帰還する運びとなっております」

「了解しました。お疲れ様です」

「はっ! それでは、私も前線へ戻ります!」

「あ、そうだ。ひとつリアムさんへ言伝をお願いしてもいいですか? それと聞きたいこともあるんですが」

「はっ! なんなりとお申し付けください!」


 彼の勢いに多少気圧されながら、質問と伝言を口にした。

 会話が終わるとギルド職員の彼は、深々と俺に頭を下げ、再び西へ向かって走り去って行ったのである。


 これでよし。


 会話が気になったのか、リーシャとグラーフが近付いてきた。


「リヒトさん? なにかあったんです?」

「いや、順調そのものだってさ」

「おお、そいつぁよかったでさぁ」

「それでなんだけど。リーシャ、グラーフ。少し俺を手伝ってくれないかな?」



-------------------------------------------------------------------------------------



 俺たちは戦場となった湖を離れ、最初の待ち合わせ地点へと戻ってきた。


 ここは森の中ではあるがぽっかりとした空き地となっており、冒険者やギルド職員が乗り付けた馬車もそのままとなっている。

 馬たちは馬車から外され、思い思いに草をんだり、草むらに寝そべったりしていた。


 これは馬を休ませる目的以外にも、いざと言う時に馬が自分で逃げ出せるようにとの配慮からである。

 馬、特に駿馬は貴重であり、重要な労働力でもあるが故の措置であった。


 意外と賢いからね、馬ってのは。

 飼い主が呼べばちゃんと戻ってくるしさ。

 しかも調教された軍馬に至っては、目が飛び出るほどの値段になるらしいよ。


 さて、それじゃあ準備に取り掛かりますかね。


「リヒトさん、これがギルドの荷馬車みたいですよ」

「お、さすがリーシャ。見つけるのが早いね」

「えへへー」


 褒められてモジモジするリーシャ。

 そんな俺たちを見て青ざめるグラーフ。


 俺は見なかったことにして、荷馬車の上に掛けられたシートを外す。

 先程の職員から聞いた通りであった。


「うん、いいね。グラーフ、申し訳ないけど、水をたっぷり汲んできてくれないかな」

「お安い御用でさぁ」


 巨大な寸胴をみっつも抱えて去っていくグラーフ。

 一体どんな体力をしているのだろう。


「リーシャは俺のほうを手伝ってほしいんだけど」

「わかりました」


 二人がかりで積み荷を降ろす。


「パパー。わたしもてつだう?」

「なんでも手伝うのじゃー」

「キュウン」


 そこへリルを抱いたマリーとアリスメイリスが声をかけてくる。

 嬉しいことを言ってくれる娘たちに、ジーンと胸を熱くしてしまう俺。


「そうだね。じゃあ、火を起こすから、枯れ枝を拾ってきてくれるかい? あっ、あんまり遠くへ行っちゃダメだよ」

「はーい!」

「はいなのじゃー!」


 元気よくトテトテと駆け出していく娘たち。

 幼子だとばかり思っていたが、俺の知らぬ間にどんどん成長しているようだ。


「可愛いですねぇ」

「全くだねぇ」


 リーシャと二人、ほんわかした気分で娘たちの背を眺めていた。


「それにしても、この荷馬車って肉ばっかり積んでません?」

「うん。まぁ、冒険者は豪快に食べるからなぁ」

「でも、これじゃ栄養バランスが偏りませんか? やっぱり野菜も食べないと」

「おっ、リーシャも言うようになったね。偉い偉い」

「えへへへ。リヒトさんにしごかれてますから」

「じゃあ調理も手伝ってもらうけど、いいかい?」

「もちろんですよ!」


 そう。

 俺は、腹を空かせて戻ってくるであろう冒険者たちのために、食事を振る舞おうとしているのである。


 職員の許可を得て、ギルドからの支給である食料を解放しているところなのだ。

 とは言っても、食材は限られているし、調味料も揃っていない。

 その上、荷の大半が大量の肉と酒ばかりと言うのがいかにも冒険者ギルドらしい。


「後はパンと……野菜はこれだけか」

「それは仕方ないですよ」

「そうだね。高騰しちゃってるもんなぁ」


 見つけた野菜は、玉ねぎとキャベツが少し……だけである。

 そして大量の牛肉と酒。


「こりゃあ、腕の見せ所だね。自前で少し調味料を持ってきておいて正解だったよ」

「あははは、さすがリヒトさんですね」

「さぁ始めようか」

「はい!」


 簡易式のかまどをいくつか設置し、マリーとアリスメイリスが拾ってきた薪に火を点ける。

 そしてグラーフがひぃひぃ言いながら運んできた寸胴で湯を沸かした。


 牛骨でダシを取り、玉ねぎと肉を投入。

 丁寧に灰汁アクを取りながらじっくり煮込む。

 味付けは塩コショウで充分だ。


 その間に、パンをあぶり、肉を焼く。

 半分にカットしたパンに、焼いた肉、輪切りの玉ねぎ、そしてキャベツを挟んだ。


 こうでもしないと彼らは野菜なんて食べないだろうからね。


 冒険者数十人分となると作業量も並ではないが、一家総出でかかればそれほど苦にはならない。

 『子豚亭』で働いていた料理人時代など、5人で100人分の宴会料理を作ったことさえある。

 それに比べれば天国だ。


 そして、人数分の牛骨スープとハンバーガーが完成する頃、ドヤドヤと冒険者たちが戻ってきたのである。



「うわぁー! いい匂いー!」

「うぅ……腹減った……」

「メ……メシ……」

「ええええ!? 料理してるのって【黒の導師】さまじゃないの!?」

「すっごーい! あんなにお強いのにお料理までなさるなんて!」

「……素敵!」

「隣の子、誰あれ?」

「【黒の導師】さまに馴れ馴れしくない?」

「バッカ、おめぇ、ありゃ【紅の剣姫】リーシャさんだぞ。おめぇたちみてぇなチンクシャじゃ、とてもかなわねぇっての」

「なによ! あんた!」

「キモッ!」



 漏れ聞こえる賛辞が照れくさくてたまらない。

 だけどリーシャはなぜか怒った顔。

 まるで聞いてはいけないものを聞いてしまったような、そんな強張った表情。


「リヒハルトさま。ただいま帰還いたしました。皆のために料理をしてくださるなど、光栄の至りです」

「ああ、リアムさん。ご無事でなによりでした」

「は、恐縮です。せき止められていた川も元通りになったのでご安心を」

「お疲れ様でした。俺の料理で良かったら召し上がってください」

「是非ともご賞味させていただきます」


 車座になった冒険者たちへ、職員が酒の入ったカップを配る。

 俺たちも冒険者を労いながら食事を配膳した。


 全員に行き渡ったところで、リアムさんが座の中央へ進み出ていく。


「冒険者諸君! よくやってくれた! 堅苦しい話は抜きにして、共に飲み、食そうではないか! この料理は少ない食材ながらも【黒の導師】が我々のために振舞ってくれたものだ! 大いに味わってくれたまえ! では、乾杯!」

「乾杯!」

「かんぱーい!」

「【黒の導師】さまに!」

「導師さま万歳!」

「うぉぉぉおお! 食うぞー!」

「飲め飲めェ!」

「うんめぇぇぇぇ!」

「おいしいよぉぉぉ!」

「ガッハハハハ! 踊れぇ!」



 こうして真昼間から宴とも言えるほどの打ち上げが始まったのであった。




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