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伝説……?


 どよめきと興奮が冷めやらぬ森の中の空き地。


 冒険者たちの雄叫びは、湖畔に集結した怪物へも届いたであろう。


 だが、そんなものは既に些末事だ。

 あとはこの勢いそのままに進撃するのみである。


「【走査スキャニング】!」


 俺は探索系スキルの【走査】を発動させた。


 視界に入るもの全ての輪郭が、白い線で描画されていく。

 地形や植物、無機物、そして人間や動物、虫に至るまでの全てがだ。


 見えるのは輪郭のみで、肉体部分や背景は黒く塗りつぶされていた。

 ただし、人間とモンスター登録された生物に限っては心臓の当たりに赤いポイントがつく。


 俺は上空から俯瞰するような視点へと切り替える。

 【走査】出来る範囲は半径1キロメートルと言ったところか。


 俺たちのいる地点から北へ300メートルほどのあたりが広大な空間になっていた。

 きっとそこが湖だ。


 その南端には無数の赤い光点が蠢いている。

 これらはオークの群れであろう。

 他よりも少し大きいポイントがオークロードなのかもしれない。


 そして、湖の中心部分。

 そこには一際巨大なマークが輝いていた。


 いる。

 微動だにせぬが、これこそ伝説の『封印されし魔獣』だろう。


 参ったね。

 本当にいたよ。

 こりゃ一刻の猶予もないね。

 だけど、これで敵の位置や地形はわかった。


「リヒトハルトさま、彼らになにか一言いただけませんか?」


 諜報部長のリアムさんが、そう俺に声をかけてきた。

 冒険者たちもキラキラとした目で俺を見ている。


 やれやれ。

 これじゃおかしな宗教の教祖にでもなった気分だね。


 とは言え、無視するわけにもいくまい。

 あれこれ訓示みたいなものが脳内を流れて行ったが、上手くまとまらなかった。


 俺は無駄な思考を諦め、思ったことを言葉にしようと決めて口を開いた。


「えー、まずは冒険者諸兄の奮起に感謝します。多数の怪我人もいる中、立ち上がってくれたその勇気は、称賛に値するものです……あー、その、なんだ……ええい! きみたちの大事な人を守るためにも、俺に力を貸していただきたい! 恐れるな! 恐れる者は俺の背中だけを見ろ! 俺がきみたちの道を切り開いてやる!」


 うひー!

 我ながらガラにもないことを言っちゃってるよね!


 ウオオオオオォォォ


 言った本人は照れているのに、冒険者たちときたら異様に盛り上がっちゃってるよ。

 でもこれは悪くないね。

 士気の高さは戦力の向上にもつながるからな。

 よーし。


「行くぞ! 突撃ーーー!」


 オォォォォォオオオオオ


「盾職は前衛ー! 攻撃職は中衛へ! 導師、癒術師は後衛だ!」


 複数のギルド職員が、雄叫びと共に走り出した冒険者たちへ必死に声をかけているのが背中から聞こえた。

 走りながら陣形を組ませる算段らしい。


 だが、俺は既に必死であった。

 何故なら、早くも足腰が悲鳴を上げ始めているからだ。


 ま、まだ、100メートルも走ってないってのに……!

 瞬発力勝負ならなんとかなるけど、持久力勝負は勘弁してくれぇ!


 後ろからの足音がどんどん近付いてくる。

 このままではすぐに抜かされてしまうだろう。


 なんて情けない!

 なにが『俺がきみたちの道を切り開く!』だよ。

 仕方ない。

 格好悪いけど、少しだけズルをするか。


「【フィジカルエンチャント】アジリティ」


 周囲へ聞こえぬよう、ボソボソとスキルを発動させた。

 グンと軽くなる両脚。


 おお!

 こりゃあいいね!


 はっはっは!

 楽ちん楽ちん!


 って、おい。

 頭上に出た矢印でスキルを使ったのがバレバレじゃないか!


 ともかく、湖へ続く道なき道を俺たちは突き進む。

 もうすぐ薄暗い森が終わると思われた頃、複数の殺気を前方から感じた。


 どうやら向こうさんも動き出したみたいだね。

 だけど、これだけ迫られたら対応もなかなか難しいんじゃないかい?

 こんな時は先制するに限る、ってね。


「【フロストミサイル】!」


 走りながら突き出した左腕を中心に魔導陣が展開し、俺の周囲へ無数の氷柱を出現させた。

 そのひとつひとつがまるで意思を持ったかの如く、木々を避けながら疾駆していく。


 すぐさまグギィとかグギャアと言った悲鳴や苦鳴くめいがあちこちから聞こえてきた。

 氷柱に貫かれたオークのものだろう。


 氷結系中級スキル【フロストミサイル】は氷柱を自動で誘導し、敵への必中を誇る。


 後方からはそれを目撃した冒険者たちが歓声を上げていた。

 士気は後衛にまで伝播したようで、まさに絶頂を迎えている。



 そして、ついに森は途切れた。


 急激に広がった視界には、粗末な盾を構え、それなりに組織立った陣形のオークが待ち構えていたのである。

 それも膨大な数の。


 構うものか。

 この程度は予想の範囲内さ。


「【ライトニング】!」


 雷電系中位スキルが群れの中央を薙ぎ払う。

 絶叫と共に飛び散るオークども。


 まさに道は切り開かれたのだ。


 ぽっかりと空いた中央部へ雪崩れ込む俺と冒険者。

 瞬く間に湖畔は乱戦極まる戦場となったのである。


「うおおおお!」

「踏ん張れぇぇぇ!」


 盾職が押し返し。


「おりゃぁぁぁ!」

「【スラッシュ】!」


 攻撃職が切り伏せ。


「【ファイアボルト】ォォ!」

「【アイスボルト】!!」


 導師が敵の数を減らす。


 いいぞ。

 付け焼刃の共同戦線とは思えないくらいだ。


 そこへ影のように現れた諜報部長のリアムさん。


 まるで【シノビ】だ。

 東方大陸の冒険者ギルドに存在するジョブなのだが、なんでも隠密を得意とするらしい。


「リヒトハルトさま、ここは我々で引き受けます。どうかオークロードを」

「わかりました」

「お子さまがたへも職員がついておりますので、存分に」

「そうですか、それはありがたい」


 これほど期待されてるなら、俺ももうひと踏ん張りしないとね。


「【ファイアボルト】!!」


 俺は置き土産とばかりに最大出力の火球を放った。

 殺到してきたオークのド真ん中で炸裂し、巨大なクレーターを作り上げる。


 大歓声を背に受け、俺は黒きマントをばさりと翻した。

 言わずと知れた【コートオブダークロード】である。


 【飛翔】のスキルを発動させ上空へ舞い上がると、冒険者たちだけでなくオークからも驚きの声が上がった。


 空を飛べることは隠しておきたかったんだけど、そうも言っていられないんだよね。

 えーと、祭壇、祭壇、と。

 おっ、あれかな?


 石造りの大きな祭壇と、その前にたたずむ巨人とも見まごうような姿が目に飛び込んできた。

 場所は乱戦地帯よりも少し西側の水辺。

 あれこそ目指すべきオークロードであろう。


 ザッ


 急降下した俺は、巨人の背後へ降り立った。


 黒に近い濃紺の肌を持った巨人が、こちらへゆっくりと振り返る。

 潰れた鼻に黄色い目、下顎から生えた二本の鋭い牙。

 上半身は裸だが、立派な装飾の青いマントを羽織っている。

 頭部には生意気に王冠のようなものを被り、右手には王笏おうしゃくがわりか、バカデカい鉄のこん


「あんたがオークロードで間違いないかい?」


 俺は努めて軽い口調で言う。

 3メートルはあろうかと言う巨体に圧倒されそうだったのだ。


「なんだ貴様は? 本当に人間か?」


 聞き取りにくい発音だが、それは人語を話した。


「人間風情が飛ぶ、だと? 我にも成しえぬ秘術を貴様如きが……」

「まぁ、そんなことはどうでもいいじゃないか。それよりちょっと聞きたいんだけどね。伝説の魔獣を復活させようって話は本気なのかい?」

「グワハハハ。ほう、それに気付くとは人間もなかなか洞察力があるではないか!」

「おやまぁ。本気なんだ」

「ならばどうする? 最早封印の解除は最終段階であるぞ。【フェンリル】の復活は目前なのだ!」

「いやー、それをやるとあんたたちも全滅しちゃうのでは?」

「そうはならぬ! 我の叡智をもってすれば、魔獣をも操れるはずなのだ!」


 いやいや。

 どこからくるんですかねぇ、その自信は。

 神さまも手に負えないような魔獣なんだよ?


「悪いことは言わないからやめときなさいって」

「やかましいぞ人間! そこで肉塊となって見届けるがよいわ!」


 瞬時に激昂したオークロードは、巨大な鉄の棍を俺へ振り下ろした。


 さすがモンスター、沸点が低いよ!


 ゴッ


「……は?」


 左腕一本で棍を受け止めた俺に、声も出ない様子。


「バッ、バカな……我の膂力りょりょくは岩をも砕くのだぞ……」

「へぇー、これでかい?」

「ぐっ、ならばこれはどうか!?」


 豚王が突き出した左手から火炎が迸る。


 おおっ。

 魔導術みたいなスキルも使うのか。

 オークの君主ロードって名前は伊達じゃないんだねぇ。


 俺は微動だにせず火炎を受け止めた。

 【コートオブダークロード】には火炎無効の能力が備わっている。


 俺も試しに燃やしてみたことがあってね。

 アリスに思い切り怒られたもんだよ。


「な、なぜ効かぬ! 並の人間なら消し炭であるぞ!」

「並じゃないから、かな? さぁて、と」


 首と指をゴキゴキ鳴らしながら近付く俺。

 諦めさせるための行動だったが、これが裏目に出てしまった。


「くっ、くそぉ!」


 ガゴン


 オークロードは図体に似合わず素早く祭壇へ駆け寄ると、なにかを操作したらしい。

 湖を中心に広がっていく轟音。


「しまった!」


 俺はオークロードを止めるべく、咄嗟に左腕を突き出した。

 溢れ出す魔導力の奔流。


「グワーッハッハッハ! これで魔獣の復活は成った! さぁ出でよ! 【フェンリル】! …………グギャアアアアアアア! ……グハッ……人間風情がこれほどの力を……しかしもう遅いわ!」


 俺の放った【インデグネイション】が発動し、魔導陣の中で火柱に包まれた豚王。

 だが、湖の発する轟音は止むことがない。


 それどころか、湖が真っ二つに割れて…………


「グワッハハハハハハ! 見よ! 【フェンリル】が現れるぞ!」


 オークロードは炎の衣を纏ったまま大声で笑う。

 なんと言うタフさなのだろうか。


 乱戦中の冒険者やオークたちも闘いを止め、固唾を飲んで湖を見守っていた。


 割れた湖の底が眩く光る。


 そして──────



 ルォォオオオオオオォォォ



 純白の毛並みと、全身に絡みつく白銀の鎖もそのままに、とてつもない大きさの狼が現れたのである。

 美しいとさえ言える容貌の狼は、現世に顕現した喜びをかみしめるように遠吠えを放っていた。


「グワハハハハ! さぁ【フェンリル】よ! 我に呼応せよ! ………………へっ?」


 オークロードが妙な声を出したのも無理はない。



 割れた湖の水が戻って行くと同時に、魔獣【フェンリル】の姿もどんどん小さくなっていったのだ。

 そして、元の静かな水面と化した時には───



 キャウンキャウン



 パチャパチャと湖の中心で溺れもがく、一匹の子犬がいるだけだったのである。



 

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