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ざまぁと言ってはいけません


 大多数は倒したものの、俺の魔導スキルをからくも逃れ焼け残ったオークたちは全て湖のほうへ逃げ去った。


 負傷者は多数出たが冒険者の中に死者はいなかったらしく、俺はひとまずホッと胸を撫で下ろしたのである。

 呆然としていた冒険者たちも、ようやく事態を把握し生き残った実感が湧いてきたようだった。


「おぉ……た、助かったのか……!?」

「すごいわ……」

「なんておかたなの……」

「あの人がほとんど一人でやっちまったぞ」

「く、【黒の導師】さま……! あなたは我々の救世主です!」


 面映ゆい心地で大げさな賛辞を受け止めていたが、たぶん俺の顔は真っ赤であっただろう。


 いつの間に戻ったものか、俺の左右を挟んで立ち、腕組みドヤ顔を決めているリーシャとグラーフ。

 マントからモゾモゾ出てきたマリーとアリスメイリスも俺の前に仁王立ちしてドヤ顔腕組みを決めた。

 『わたしのパパはさいこうでしょ!』とでも言わんばかりである。


 なにこれ?

 決めポーズかなにかなのかい?


「昨日のご無礼を伏してお詫びします! ほら! お前らも!」

「助かりました! 本当にありがとうございます!」

「死を待つばかりと諦めたところでしたわ! 【黒の導師】さま!」

「うぉ~ん、おんおん! ありがどうごぜぇまず~!」


 昨日、馬車で一緒だった冒険者連中が俺の前に跪き、感謝と涙を垂れ流している。


 それを『フフン』と鼻を鳴らして見おろす娘たち。

 まさか『ざまぁないわね!』などと思っているのではなかろうか。


 昨日、彼らが俺へ向けて吐いた罵詈雑言で、娘たちもプリプリ怒っていたのだ。

 ある意味ではその復讐を果たしているのかもしれない。


 だけどね、人を見下みくだしてはいけないよ。

 彼らも反省してるんだからね。


 それはともかく、指揮を取れるギルド職員を探さねばなるまい。

 先程の襲撃は数こそ多かったが、攻め寄せたと言うには明らかに軽いものであった。

 本隊はやはり湖畔に残っているのだろう。


 ならばこちらもすぐに態勢を立て直さねばならぬ。

 すぐに第二波が来ないとも限らないからだ。


「ギルドの職員さんはいますか?」

「全員負傷しちまってます!」


 俺の問いに、男の声が答えてくれた。


「では、癒術を使えるかたは重傷者を優先的に癒してください。怪我の軽いかたには応急処置をお願いします」

「お任せを!」

「了解ですぜ!」

「おい、やるぞお前ら!」


 俺の発言に次々と立ち上がる冒険者。

 どうやら俺の実力を認めてくれたようで、みんなが素直に従ってくれた。


 まぁ、最年長者もきっと俺だろうしね。

 今時の若者ばかりだけど、年上を敬う気持ちも少しはあるみたいだよ。


 そう、今回のクエストに参加した冒険者は、ほとんどが若手である。

 そこそこ地位や金のあるベテラン勢は一人も来ていない。

 相手がオーク程度では、豪傑たちも出る幕ではないと思っているのだろう。


 つまり、【ゴールド】以上の称号持ちは、俺とリーシャのみで、【ブロンズ】や【シルバー】の冒険者すらいないのが現状なのであった。

 どうやら俺が思っているよりも、称号を持つと言うことは難しいらしい。


 それでも彼らの冒険者経歴は俺たちよりも上であろう。

 血気盛んで、そこそこの腕自慢でもなければクエスト参加に名乗りをあげるはずもない。


 そんな若者揃いではあったが、率先して怪我人の介抱にあたっている様は、なんとも喜ばしいものである。

 次代を担うのは彼らなのだ。


「リーシャ、グラーフ。怪我はないかい?」

「勿論です」

「こんくらい余裕でさぁ」


 リーシャはともかく、グラーフも戦闘力だけを見るなら並みの冒険者以上だろう。

 あとは国語さえ身に着ければ立派な冒険者になれるはずだ。


 ま、そこが一番のネックだよね。

 ちょっと前、ミリア先生と二者面談した時に言われたんだけどさ。


 『マリーちゃんとアリスちゃんは、普通の子よりも成績がかなり良くてびっくりしました。この学校には勿体ないくらい優秀ですね。将来は王立学術院への編入も視野に入れたほうがいいかもしれません。ですが、グラーフくんは少し苦労してます。文法が苦手なようで、国語の授業中も注意力が散漫なんです。記憶力はそれほど悪くないのですけれど……』


 なんてことをおっしゃっていたんだよね。


 ええ、ええ。

 俺にはわかっていますとも。

 グラーフが注意力散漫な原因は、ミリア先生、あなたです!

 あなたの優しさを、グラーフは母性として受け取ってしまっているのです!

 教師としてではなく、女性としてでもなく、母性として!


 彼は時々、家に帰って来てからもトロンとした表情で『ミリアママ……』とか呟いているくらいなんですよ!


 ……あれっ?

 これって、端的に言えばグラーフが変態ってことにならないかい……?


 ま、まぁいいや。

 今はそれどころじゃないからな。


「いやはや、迅速な対応痛み入ります【黒の導師】さま。ネイビス副ギルド長がおっしゃった通り、あなたは素晴らしい人だ」


 頭に石を投げつけられて昏倒していたギルド職員が俺に握手を求めてきた。

 俺も笑顔で握手を交わす。

 包帯を巻いてはいるものの、どうやら彼はタンコブ程度の怪我で済んだようだ。


「ご無事でなによりです。ところであなたは先程、なにか言いかけてませんでしたか? 重大なこととお見受けしますが」

「は、はい。それなのですが、敵はオークだけではなかったのです」

「そうですね……確かにハイオークも見かけましたし」

「いいえ! そんなものではありません!」


 俺の手を握る彼の力がグッと強まった。

 って、まだ握手してたのかい?



「オークどもの君主、【オークロード】の姿を私の部下が確認したのです!」

「なんですって!?」


 俺は仰天した。

 せざるを得なかった。


 今回のクエストは、最初から敵がオークであると判明していた。

 だから俺は事前に【モンスター知識】のスキルで調べておいたのだ。


 そして知ってしまった。

 数万匹に一頭、群れを統べるべく生まれる、オークの王とも言える存在があると。


 それは屈強にして強大。

 人間をも超える高い知性と残忍さを併せ持つ、恐るべき存在であると。


「バカな……この大陸におけるオークロードは西の辺境地帯にしかいないという話では……?」

「私もそう思っていました。現在確認されているオークロード種は全部で4頭。その全てが西に集中していたのですが……どうやら異常気象の影響により、食料と水を求めてここまで来たのではないかと推察されます」


 これは由々しき事態だ。

 今は怪我人だらけの冒険者たちしかいないんだぞ。


「冒険者ギルドへ連絡して【ゴールド】級以上の冒険者に派遣要請するのはどうでしょう?」

「ええ。私も同意見でして、既に職員を王都へ向かわせております。しかしながら、先程の戦闘でオークロードは恐らく怒り狂っておるでしょう。下手をすればすぐにでも逆襲に転じてくるかと存じます」


 あれ、ちょっと待って。

 それってつまり……


 俺のせいじゃないか…………!


 うわぁあ!

 調子に乗ってあんな魔導スキル使うんじゃなかったぁぁ!


「【黒の導師】さま、我々はいかがいたすべきなのでしょうか……?」


 困り果てた顔のギルド職員さん。

 いかがと言われましても、俺としては泣きたい気分で一杯です。


 だけど、ここで俺たちが逃げ帰った場合のほうがずっと破滅的だと思うんだよね……

 逃げた方角から王都の位置をヤツらに知られてみなさいよ。


 あっと言う間に攻めてくるだろうね。

 そうなれば被害はどれほどのものになるか、想像もしたくないぞ。


 これはもう、俺がやるしかない。


「……ここで座していたところで更なる奇襲に合うのが関の山。だったら、こちらから仕掛けるべきかもしれませんね」

「…………なるほど、それしかないでしょう。あいつらを王都へやるわけにはいきませぬ。私の妻や子も王都におりますゆえ」


 覚悟を決めた男の顔。

 俺は真摯な彼の視線に頷いて見せた。


「オークロードは俺が相手をします。他の冒険者には敵の数をなるべく減らしていただきたい」

「……なるほど……【黒の導師】さまならあるいは…………了解です、皆には私から作戦を伝えましょう。ただ、何人が立ち上がってくれるかはわかりませぬが……」


 それはそうだろう。

 先程恐怖を味わったばかりなのだ。

 全員が帰ると申し出ても、なんら不思議ではない。



「それともうひとつ。気になる情報が入ってきております」

「なんでしょう?」



「この地にまつわる伝説です」




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