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水源を死守せよ


「ぎゃーーーー!」

「ちっ、ちくしょう!」

「このっこのっ!」

「右だ! 右へ回り込め!」


 グルァァアアア


「こ、こいつ! 魔法の効果が薄いわ!」

「俺に任せろ!」

「いてぇぇぇぇ!」

「誰かヒールを! 急いで!」

「うおりゃぁぁぁ!」


 グァァアアア



 冒険者たちとモンスターが織り成す阿鼻叫喚。

 倒す者、倒される者。

 呻る剛腕。

 迸る魔導術。

 血飛沫が舞い、汗が飛び散る。



「おい! 子連れのおっさん! あんた、【黒の導師】なんだろ!? バカにして悪かった! だからなんとかしてくれぇ!」



-------------------------------------------------------------------------------------



 結局、なし崩し的に副ギルド長ネイビスさんが持ってきた依頼を受けることとなった俺たち。


 かなり乗り気なリーシャに押し切られた形であったが、食材の高騰を憂いていた俺も他人事とはとても思えず、クエストを受諾したのである。


 任務内容は『他の冒険者たちと協力して、水源の湖に巣食う怪物を排除せよ』と言うものだ。


 その湖は王都から北西へ一日ほど歩いた山間にある。

 冒険者ギルドは最近になって川の水量が減ったことを不審に思い、事前に湖の調査を行った時、そこには多種多様のモンスターで溢れかえっていたと言う。


 怪物たちも渇きに耐え兼ねて湖に集まったのではないだろうかと推察された。

 そしてどうやら、湖から川へ繋がる水路がせき止められたために水量が減ったようだとの報告もあったらしい。

 ただし、せき止められた理由は判明していない。


 モンスターの中にも知能が高い者はたくさん存在する。

 中には人間などを遥かに超える知識の持ち主もいるほどなのだ。


 もしかしたら、頭のいい怪物がなんらかの画策をした可能性もある。

 その可能性も探っておきたいと言うのが冒険者ギルドの思惑と本音であろう。


 現に何人かの調査員がギルドから派遣され同行することになった。

 彼らは一足先に現地へ向かい、我々冒険者の到着を待っているはずだ。



 ともあれ、『ぜったいパパといっしょにいくもん!』と聞き分けのないマリーとアリスメイリス、そして『姐さんたちは俺が守りやす!』と意気込むグラーフも仕方なく同行させ、一晩の野宿を経てようやく湖に着いたのが今朝のことである。


 出発が休日でなければ『学校があるだろう?』とていよく断れたんだけどね。

 ……いや、マリーとアリスならそれでもついて来ちゃうかな。


 俺としては不安や心配のほうが大きいよ。

 どんな怪物が潜んでいるのかもわからないんだからね。


 ま、娘たちは身を挺してでも守り切るつもりさ。


 それよりも、驚いたのはこの依頼が『現地集合』だったことだよ。

 移動手段は自由って言われてもね。

 普通ならギルド側で馬車とか用意してくれるもんなんじゃないの?

 たまたま他の冒険者と乗り合わせで馬車を確保できたけど、いい加減すぎないかい?


 しかもさぁ、その乗り合わせた冒険者たちってのがまた……


「なぁ、おっさん。あんたさぁ、子連れで冒険者なんてできるのか? 親父なんだろ?」

「デカい兄ちゃんも、可愛い姉ちゃんも可哀想だねー。そんなのが親父じゃ苦労するだろう」

「見るからに弱そうだけど、ちゃんと闘えるのかい? おっさんらがブッ倒れてもオレたちゃ助けねぇぜ? そこの姉ちゃんだけは助けてやるかもしれねぇけどよ」

「ブワハハハハ! そりゃあいい! そしたらオレたちのパーティーに入れよ!」

「やめときなよアンタたち。よく見りゃこのおじさんもいい面構えをしてるじゃないの。いかにも貧乏そうでシケたツラだけどねぇ!」

「グワーッハハハハ! うめぇこと言うなぁ!」


 俺はこんな罵詈雑言を受けながらも薄い笑みは絶やさない。

 この程度の荒くれた連中は料理人時代にいくらでも遭遇しているのだ。


 いちいち目くじらを立てていたら身が持たんよ。

 こう言った輩とは関わらないのが一番さ。


「あなたたちねぇ! この人を誰だと思ってるの!? 【オリハルコン】級冒険者【黒の導師】さまよ!」


 俺の代わりにすさまじい目くじらを立てたのはリーシャであった。

 プルプルと震えているから怪しいとは思っていたが、ついに堪忍袋を引き裂いたようである。

 義憤であろうと怒ってくれたリーシャの気持ちが堪らなく嬉しい。


 そんなリーシャの怒りにポカンとする冒険者たち。

 だが数瞬の後に、彼らはドッと大爆笑したのである。



 そんなこんながあって、湖から少し離れた森の中の空き地へ到着した俺たち。

 そこには既に数十名にも及ぶ冒険者が集結していた。


 様々な人々が思い思いの武装で身を固めている。

 中には露出狂と見まごうような破廉恥極まりない衣装の女性もいた。


 あれでも冒険者なのかね……?

 卑猥なダンサーとかじゃなくて……?


 まぁ俺もあんまり人のことは言えないか。

 この暑いのに真っ黒なマントだしね。


 だが報奨金に目が眩んだとはいえ、歴戦の冒険者たちなのだろう。

 誰もが物音を立てないように心がけている。


 モンスターに気付かれぬよう、会話も小声であった。

 指のサインだけでやり取りしている者すらいるのも驚きである。


 すごいね。

 他の冒険者たちの闘いを見るのもいい勉強になりそうだよ。



 そんな折、斥候に出ていたギルドの調査員が戻ってきた。

 どうやらこの付近にモンスターはいないらしく、普通の声で状況を告げる。


 彼の話によると、湖畔にオークの大集団が陣取っているようだ。

 オークとは、緑色の肌で身体は人間に近いが頭部は豚と言う、なかなかに狂暴な怪物である。

 この大陸においては割とポピュラーなモンスターであるが、厄介なのは旺盛な繁殖力によるその膨大な数であった。

 古来より散々討伐されてきたはずなのだが、一向に絶滅する気配は無い。


「なんだよ、オークか。こりゃ楽勝だぜ」

「ああ? オークごときでビビってんのかこの国はよぉ」

「ガッポリでうめぇ話じゃねぇか」


 口々にそんなことを言いながら、明らかに緊張が解け始める冒険者たち。

 油断、と言うほどのことでもないのだろう。


 相手がオークなら数にさえ気を付ければ、いっぱしの冒険者が負けることなどない。

 そうたかをくくっているのがありありと感じられた。



「ま、待ってください。報告ではオークだけじゃな」


 ゴッ


 ギルドの調査員が唐突に前のめりとなって倒れた。

 彼の傍らに拳大ほどもある石が転がっている。


「!?」


 絶句する冒険者連中。

 そして、モ゛ッモ゛ッと、奇怪で荒い息遣いが周囲に満ちる。


「てっ、敵襲だあああああ!!」

「オークだ!」

「おいおい! すげぇ数だぞ!」


 木々の隙間から雪崩れ込んで来るオークの群れ。

 たちまち喧騒が辺りを支配し、騒然となってゆく。


 奇襲を受けた冒険者たちは、明らかに対応が遅れているようだ。

 数名がオークの手にした獲物で倒され地に伏す。


 俺は家族全員を少し後退させ、状況の把握に努めた。

 下手に動いたところで、いい結果は招かぬのである。


 正直言って思い切り焦ってるけど、俺が冷静でなければ娘たちは守れないからね。


 ジリジリと迫り来るオークの汚らわしい姿。

 俺たちと一緒に乗ってきた冒険者たちも、奮戦はしているが多勢に無勢でジリ貧な様子。



「おい! 子連れのおっさん! あんた、【黒の導師】なんだろ!? バカにして悪かった! だからなんとかしてくれぇ!」



 男の絶叫が俺の耳を打つ。


「リヒトさん」

「旦那」

「リーシャ、グラーフ、きみたちの言いたいことはわかってるよ。彼らも俺たちと旅を共にした仲間みたいなもんだからね。さぁ、助けよう」

「お、おっさん……」


 肩を震わせる男。

 涙を見られたくないのか、土に顔をうずめている。


 こらこら。

 助ける前に死ぬんじゃないよ?


「リーシャは前衛でオークの侵攻を出来るだけ阻止。グラーフは中衛で彼女のサポートをしつつ数を減らして欲しい。マリー、アリス、おいで。このマントにくるまるんだ」


 駆け出すリーシャとグラーフの背中へ右手を向ける。

 体内の魔導力が瞬時に集約された。


「【フィジカルエンチャント】! ストレングス! アジリティ! バイタリティ!」


 二人の身体が魔導の陣に包まれ、頭上にステータス上昇を示す上向きの矢印が現れた。

 俺は事前にパーティー戦へ向けて様々なスキルを習得しておいたのである。


 流石に初期の魔導スキルだけじゃ対応力に欠けるんでね。


 筋力、体力、敏捷性を強化されたリーシャがオークへ高速で斬りかかる。

 音も立てぬ剣筋は数匹を一瞬で一刀両断!

 【くれない剣姫けんき】は絶好調のようだ。


 一方、グラーフが相対しているのは、青い肌の屈強なオークであった。

 高身長の彼よりも一回り大きい。


 あれは、ハイオークか。

 オークの上位種だな。


「【エンチャントウェポン】! フレイムソード!」


 防戦に回ったグラーフの大剣が大きな炎に包まれる。

 ハイオークがそれに驚き、少し腰が引けたところを一文字に焼き切るグラーフ。


「ひゃあ! 魔導ってのはすげぇもんでさぁ!」

「すっごく身体が軽いですよリヒトさん!」


 二人は魔導のサポートに快哉をあげた。

 これぞ後衛の醍醐味。


「よし、二人とも、オークを挟み撃ちにして一ヶ所に集めてくれないか!」

「了解!」

「任せてくだせぇ!」


 縦横無尽に駆け回るリーシャとグラーフによって、空き地の中央付近へオークが集中していった。

 俺は抱き寄せた娘たちの温もりを感じながら、更に魔導力を体内で練る。


「パパ! おねえちゃんたちがはなれたよ!」

「今なのじゃ! お父さま!」


「【インデグネイション】!」


 娘たちと俺の声はほぼ同時だった。

 中級範囲魔導スキルを解き放つ。


 巨大な魔導陣がオークの足元に現れ、上空高く火柱を噴き上げた。

 一網打尽に燃え尽きるオークの群れ。



「す………………すっげぇ…………おっさん……いや、あなたは何者なんですか……?」



 蔑みから尊敬の目へ変わった男に、俺はニッと笑ってこう告げたのである。



「しがない元料理人さ」




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