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おっさん、とんでもないものを拾う


 池の縁に倒れていたのは、なんと幼い子供だった。


 小さな身体に、粗末な衣服を身に着けている。

 いや、これは服ですらない。

 布に頭と腕を出せる穴を開けただけの、貫頭衣とすら呼べぬ代物であった。


「リヒトさん……この子……」


 心配そうなリーシャの顔。

 ああ、わかってる。


「うん、呼吸も脈もしっかりしてるよ。大丈夫、この子は生きてる」

「あぁ……良かったぁ!」


 心底ほっとした様子のリーシャ。

 見知らぬ子を心配できるのだから、きみは優しいね。


 巨大都市などでは、道端に子供が倒れていても見向きすらされないと行商人から聞いたことがある。

 それが当たり前なのだと。

 話の信憑性はともかく、俺には考えられない話だった。

 きっとリーシャもそう言うだろう。

 やはり俺もリーシャも、根は田舎者なのかもしれないな。

 どうしたって放っておけないのだから。


 俺はヘタに動かさず、様子を見ることにした。

 薄汚れ、擦り傷だらけの手足。

 背中まで伸びる、色素の薄い金髪。

 幼いながらも整った顔立ち。

 たぶん女の子、だと思う。


 身長は1メートルくらいだろうか。

 俺には5歳か6歳くらいに見えた。


 呼吸も心拍数も一定。

 つまり、気絶しているか眠っているだけだと思われる。


 だが疑問は尽きない。

 何故こんなところに。

 何故一人きりで。


 両親は?

 まさかこの子もヨゼフさんの牛のように攫われて来たとか?

 様々な問いが頭の中で渦巻く。


「……ぅ……」


 微かな呻きと共に少女が少しだけ目を開けた。

 鮮やかなブルーの瞳。

 俺は思わず少女を抱き上げてしまう。


「きみ! 大丈夫か!? しっかりするんだ!」

「起きたんですか!?」

「……ぅぅ……」


 少女の手が俺の顔へ伸びる。

 俺は安心させるように、彼女の小さな手をそっと握った。


「……パ、パ……」


 カクリと首が後ろへ落ちる。

 どうやらまた気絶してしまったようだ。


 パパ?

 俺を親父さんとでも見間違えたのだろうか。


「リヒトさん、ひとまず森を出ません? そろそろ日没も近いですから」

「そうだね、そうしよう。目的は一応達成したからね…………なぁ、リーシャ、この子を連れて行こうと思うんだけど、構わないかな?」

「勿論ですよ! 置いて行く気なんてハナからありません!」


 よかった。

 リーシャも俺と同じ気持ちでいてくれて。


 俺は少女を背負い、リーシャの先導で歩き出した。

 慎重に、だがなるべく急いで森を出なければ。


 夜の森ほど危険な場所はない。

 暗闇の中から襲われれば初心者の俺たちなどひとたまりもないだろうし、灯りを点ければ無用な怪物を引き寄せないとも限らないからだ。


 ならば火を焚けばいいなどと思ってはいけない。

 意外かもしれないが、総じて獣ってのはそれほど火を恐れないのだ。

 ま、魔導の炎だったら恐れるかもしれないがね。


 なんとか無事に森を抜けだすと、既に日は落ちかけていた。

 しまったな。

 これではアトスの街まで帰れそうにないぞ。

 近場のクエストだし、完全に日帰りを想定していたからね。

 それ故、ランタンやカンテラなどの夜間装備は一切所持していないのだ。


 せめて毛布やテントがあれば野宿も視野に入れられたんだが。

 今後も冒険者をやっていくんだ、そう言った雑貨もきちんと揃えなければなるまい。


 うーむ、余計な出費が増える一方だ。

 アトスの街に拠点を据えるなら、宿代だって必要になる。

 なんせ今の俺は根無し草だからな。


 今朝のことだってのに、あの粗末な子豚亭の住み込み部屋が既に懐かしく思えてくるよ。

 いやはや、とんでもなく濃い一日だったね。


 取り敢えず報告だけでもするべくヨゼフさんの牧場へ戻ると、彼は律儀にも表で待っていた。

 しかも涙目で俺たちの無事を喜んでくれたのだ。

 ああ、良い人だなぁ。


「おや、その子供は?」

「森の中で倒れていたんですよ。見かねて連れてきたんですが……あ、逃げた獣は死んでいましたよ」

「それはそれは、ありがとうございます! これで夜もグッスリと眠れますぞ! ……しかしおかしな話もあったもんですのう。そんな幼子があの森に一人でなど……おぉ! 立ち話も何ですから家の中へお入りください! 拙宅で良ければ今夜は泊まっていってくだされ!」

「いえ、流石にご迷惑では……」

「何を言うのです! お二人は依頼を達成してくださった英雄ではありませんか! どうせこの家にはワシしか住んどりませんから部屋は余っております! ささ、どうぞどうぞ! まずは一風呂浴びてさっぱりしてください!」

「わーい!」


 くっ。

 意外と押しの強い人だな。

 それに英雄だって?

 よしてくださいや。

 とてもじゃないがそんな立派な人間じゃありませんよ。


 って、リーシャ!

 お風呂と聞いて目をキラキラさせない!

 あぁもう、わかったわかった。


「……わかりました。ご厚意に甘えさせていただきます」

「やたっ! おっ風呂ー!」

「ハハハ、さぁ遠慮なくどうぞ」


 家の内部は老人の一人暮らしとは思えないほどきっちり片付けられていた。

 こう言う辺りにも牛乳の品質を重視するヨゼフさんの人柄が現れているようだ。


 俺は一番風呂をリーシャに譲り、背負った少女を居間のソファへ寝かせた。

 安らかな寝息が聞こえる。


 暖炉では薪がパチパチと爆ぜていた。

 早春とはいえ、朝晩はまだまだ冷え込む。

 この暖かさが俺にはなによりありがたかった。


「ふー! いい湯でしたー! リヒトさん、次どうぞー!」

「あ、あぁ、もらうよ」


 ちぃっ。

 リーシャめ、しっかり服を着ていたか。

 い、いや、決して裸や下着姿を期待していたわけじゃないんだ。

 なんとなく、田舎育ちだから無防備だったりしないかな、なんて思っただけでね。

 ほ、ほら、貞操観念の薄い女の子はこの先色々と困るだろうし。

 もしそうなら叱ってやろうと考えてただけなんだよ。


 我ながら言い訳がましいと思いつつ装備を外し、少女を抱きかかえてヨゼフさんに教わった風呂場へ移動した。

 この薄汚れた子も綺麗にしてあげたかったのである。

 傷口を洗ってやらねば、どんな病気になるかもわからないからな。


 粗末な衣服を脱がせ、お湯を含ませたタオルで小さな身体を拭う。

 良かった。

 擦り傷はたくさんあるが、深い傷はないようだ。

 妙に痩せ細っていたり、身体中に不審な痣があったりなんてこともなかった。


 当初、俺はこの子が何者かに虐待でも受けていたのではないかと案じていたのだ。

 最近そう言った話をよく耳にするからね。

 取り敢えずはそんなこともなかったようで安心したぞ。


 よし、多少は沁みるかもしれないけど、我慢してくれよ。

 少しずつお湯をかけ、髪や顔も洗う。


 …………今更だけど、やっぱり女の子だったんだね。


 俺も服を脱ぎ、そっと湯船に少女を抱えて入る。

 うっ、ふぅー。

 いやぁ、疲れ果てた心身もあったまるなぁ。

 冷えきっていたこの子もだんだん血色が良くなってきたね。

 重畳重畳。


 少し白く濁ったお湯。

 これはきっと牛乳風呂だ。

 一部の貴族がこれをたしなんでいると聞いたことがある。

 はぁー、贅沢な気分だねぇ。

 ヨゼフさん、貴重な牛乳を使ってくれて感謝します!


 この歳になるとね、風呂がものすごく好きになるんだよ。

 特に足腰が痛い人はね。

 血行が良くなるのをビンッビン感じるんだ。


「……ん……ここどこ……?」


 俺の腕に抱かれた少女が目を覚ましたようだ。

 か細いが可愛らしい声。


「ああ、ごめんね。ここはお風呂だよ。きみが少し汚れていたから洗ってたんだ。どこか痛いところはないかい?」

「ううん……」


 小さくかぶりを振る少女。

 その動作で頭は少しはっきりしてきたのか、ジッと俺の顔を見つめている。


 うわぁ、大きくて綺麗な瞳だなぁ!

 顔の半分ほどもあるんじゃないか?

 睫毛もバッサバサ!


 まさか不審者だと思われてるんじゃないだろうな。

 俺はきみを攫った犯罪者ではないですよー。

 むしろきみが攫われたんだとしたら、その犯人に鉄槌を落としてやりたい者ですよー。


 しかし、本当につくづく可愛らしい子だなぁ。

 なんかこう、そこはかとない気品があるって言うか。

 ドレスなんか着せて『王女様です』って言ったら、きっと誰もが信じると思う。


 俺はこんな子が娘だったら無茶苦茶可愛がる自信があるぞ。

 あぁぁ、やっぱり早く嫁さん見つけないとな……

 身を固めて可愛い我が子を育てながら三人仲良くのんびりと幸せに暮らしたいもんだよ。



「パパ……?」

「はい?」

「パパァ!」



 少女は突然そう叫んでギュッと俺の首に抱き着くのであった。



 パパって誰!?

 俺!?

 なんで!?





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