共同戦線
俺の顔はあからさまにしかめっ面となったのだろう。
依頼の話を進めようとした副ギルド長ネイビスさんが、少したじろぐ様子をみせたのである。
だってさぁ、考えてもみてくれよ。
この人が持ってくる依頼って、割とろくでもないことになるんだよね。
王太后シャロンティーヌさまのお屋敷へ行った時は、愛娘のマリーが飼い犬のペロに噛まれそうになったし。
海開き前の海水浴場調査の時だってモンスターに襲われた挙句、大事なリーシャが一時呼吸停止にまで陥ったもんな。
あ、何気なく大事なって言っちゃった。
意識しすぎだろ俺。
でも本当に大変だったんだぞ。
俺がリーシャに必死で人工呼吸してさ……
なかなか息を吹き返さなくてヒヤヒヤしたよ。
うっ……人工呼吸か……
救助のためとは言えあんなにガッツリと唇を奪って……
いかんなぁ。
猛烈に意識しちゃってるよ俺。
リーシャのプルンとした唇を見てると、その感触まで思い出して妙な気分になってしまう。
これでは明らかな変態だ。
いやいや。
そこは男心と言ってくれ。
男ってのは意外と初心なんですよ、ウブ!
自分の思考に自分でツッコミを入れる。
こうでもしないと頭がモヤモヤで一杯になってくるのだ。
「ま、まぁ、そう嫌な顔をせずに聞いてくだされ。リヒトハルトさまならきっと立ち上がってくれるはずです」
取り繕うように言うネイビスさん。
ツルツルの頭に噴き出した汗をあたふたとハンカチで拭っている。
違う意味で立ち上がりそうになってきた俺。
当然ながら退席と言う意味でだ。
「聞くだけ聞いてあげましょうよ。きっとネイビスさんもリヒトさんを頼りにしてるんですから」
「そ、その通りですぞ! さすが【紅の剣姫】リーシャ嬢!」
ほかならぬリーシャに服の裾を引っ張られながらそんな風に取りなされては、俺とて無下にするわけにもいくまい。
だがここで下手に出ればネイビスさんは必ず調子に乗る。
なので俺は渋面を崩すことはなかった。
彼は、俺に頼めばなんでも引き受けてくれると思っている節がある。
そんなことはないと言うことを、きっちりと示しておく必要があったのだ。
「リーシャがそこまで言うなら仕方ありませんね、一応聞いてみましょう。ただし、判断はそのあとでしますが」
「お、おぉ! 聞いて頂けるだけでも充分ですわい」
ネイビスさんにしては珍しく、きちんと膝を正す。
要りもしない咳払いを何度かして喉の調子を整えたりしている。
あれ?
なにこの反応。
もしかして、超がつくような面倒事じゃないだろうね?
「依頼内容の前に、まずリヒトハルトさまへおうかがいしますが」
「うかがいましょう」
「現在の王都における市場をどうお考えですかな?」
「……『元』ですが、料理人としての意見を述べるならば、はっきり言って看過できるような現状ではありませんね。食材の高騰が続けば流通や消費も滞るわけですから。そうなれば消費者だけではなく生産者にも多大な損害が出てしまうでしょう」
「まさしく! いや、まさしくですぞ! さすがは【黒の導師】リヒトハルトさま! 経済にもお詳しい!」
俺もリーシャも思わずビクッとしてしまうほどの大声を出すネイビスさん。
しかも、今の会話において【黒の導師】は全く関連性がない。
お世辞だけは上手いんだよねこの人……
まぁ、それが副ギルド長にまでなった秘訣なのかもしれないけどさぁ……
「ならば、高騰の原因も耳にしておられますな?」
「噂程度ですよ。今年は雨が極端に少ないと」
「その通りです。ここ近年では稀に見る降水量の少なさでしてなぁ。気温の高さも相まって、干害も起こり始めております」
「ますます深刻ですね」
「はい。そこで本題に入るわけですが」
そこで一旦区切るネイビスさん。
お茶で唇を湿らせながら、俺とリーシャの顔色をうかがっている。
俺がチラリとリーシャを見ると、リーシャも俺を見返していた。
これではただ見つめ合っているだけの構図である。
俺はなんだか急激に照れ臭くなってしまい、目を逸らしながらネイビスさんへ先を促す。
「ど、どうぞ、続けてください」
「では遠慮なく。状況は先程お伝えした通りなのですが、ではなぜ今も高騰しているとは言え食材の納入は行われているのか。肝要なのはこの部分なのです」
「そりゃあ、渇きに強い作物もありますし、田畑には農業用の灌漑用水もあるでしょうから、全く収穫がないと言うことにはならないと……」
「そう、それ!! それなのですぅぅ!!」
「ひぃぃ!」
またしても炸裂するネイビスさんの絶叫。
飛び上がって悲鳴を上げるリーシャ。
俺の鼓膜にも大ダメージだ。
「その灌漑用水の水源が、王都の北西部にある湖なのです! ですが湖は四方の山々から注がれる雪解け水で枯れることはありません! 水自体も質が良く、王都でも飲み水や生活用水になっている重要なものでして、『中央大陸名水100選』にも選出された」
「ちょっ、ちょっと待ってください! なにを言ってるのか聞き取れません! 落ち着いて!」
口角泡を飛ばすネイビスさんを押しとどめる。
彼は感情が昂ると早口になる癖でもあるのだろうか。
リーシャに至っては両耳に指を刺してハナから聞く気がない始末。
俺に話を聞けと言ったのはきみだろうに。
「要点を! 要点だけお願いします!」
「お、おぉ、こりゃ失礼いたしました。つい興奮してしまって」
血がのぼって真っ赤になった顔と頭をハンカチでこするネイビスさん。
既にそのハンカチはビッショビショだ。
「つまり、今や作物の生命線とも言えるその湖に怪物どもが居座ってしまったのでこれを排除せよ、と言うのが今回の依頼なのです」
「さ、最初からそう言ってくれれば……」
「そうはおっしゃいますが、これは我々冒険者ギルドからではなく、事態を重く見た王宮からの依頼なのですぞ!」
「王宮が……?」
「ええ。シャルロット王女も大層胸を痛めておるとか」
ポワンとシャルロット王女の顔が俺の脳裏に浮かぶ。
上品なお顔立ちと美しい金髪。
快活に話す時の可愛らしい表情。
そう言えば【白百合騎士団】団長のフィオナさんも、最近王女の元気がないって言ってたけど、これのせいなのかな?
だとしたら解決してあげれば少しは王女も元気が出るかもしれないよね。
「そんなに重大なら、軍隊を出せばいいんじゃないですか?」
妄想に耽る俺の代わりにリーシャがそう問うていた。
至極もっともな意見でもある。
しかし彼女の瞳は言葉と裏腹にギラギラしているのだ。
どうやらクエストがしたくてたまらない様子。
きみは立派な冒険者だねぇ。
「そんな話も何度か議題には上がったらしいのですが、やはり軽々に軍を動かしては国民にいらぬ不安を与えるであろうというご判断のようでした」
「あー、なるほど……『この国はそんなに切羽詰まってるのかー!?』ってなっちゃいますもんね……」
ふむ。
確かにそうだ。
いくら食糧危機とは言え、モンスターの群れごときにいちいち軍を派遣しては沽券に関わるからな。
「表向きはギルドからの依頼となっておりますが、国から褒賞も出るので賞金はかなりなものですぞ」
「ほう」
ピクリと俺の耳が反応してしまう。
かなりの賞金と聞いては自制心の塊(?)のような俺ですら、いかんともし難い。
我が家の財政状況もそれほど良いわけではないのだ。
なんせ、自分で野菜を育ててるくらいだからね。
娘たちの学費なんかの分も、出来れば貯蓄しておきたいし。
「ですが、今回は少しばかり問題もありましてな」
「なんです?」
「私の居ぬ間にこの情報を外に漏らしたバカ者がおったのです」
「ってことは……?」
「この依頼は他の冒険者たちとの共同戦線を張ることになります」




