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勇気


 大運動会は盛大な拍手と共に幕を下ろした。


 終わってみれば俺たち一家の大活躍で、マリーとアリスメイリスの所属していた白組が見事に勝利を収めたのだ。


 ちなみに、身内ではグラーフだけが紅組だった。

 『リヒトの旦那やリーシャの姐さんがそっちにいたんじゃ勝てるはずもねぇですぜ!』とは、彼の愚痴にまみれた談である。


 更に『お昼ご飯をごちそうになったからって、手加減はしないからねマリーちゃん!』などと、ツンデレみたいなセリフを吐いていたアキヒメちゃん。

 『わたし、お腹いっぱいでもう動けないよ~!』と体操服からポッコリお腹をはみ出させていたフランシアちゃん。

 この二人も揃って紅組であり、負けたことに大層悔しがっていたのだ。



 そして、それからしばらく経ったある日。



 今日も今日とて、俺とリーシャは畑仕事にいそしんでいた。

 農業の素人が育てている割にはすくすくと成長しており、喜ばしいことこの上ない。


 植えた作物は事前に立てた予定通り、キャベツ、レタスの葉物と、人参、ジャガイモの根菜だ。

 これらは比較的育成がしやすいと耳にしたからでもある。


 思った以上の成長ぶりに、俺は嬉々として愛情を注いでいるのであった。


 今もうね蔓延はびこる細かな雑草を、一本一本丁寧に引き抜いているところなのだ。

 少しでも残っていると、その旺盛な繁殖力ですぐに増えてしまう。

 なので俺は四つん這いになり、雑草を根絶すべく注意深く目を光らせたのである。


 傍目にはみっともないだろうけれど、無農薬で育てている作物だからね。

 虫や草には弱いんだよ。


 この繊細さは俺と同じだね!

 ……ごめんなさい調子に乗りました。


 俺が見ていた分は終了し、痛む腰を伸ばしながら立ち上がると、隣の畝で同じように這いつくばるリーシャが目に入った。


 被った麦わら帽子と、ホットパンツに包まれた豊かなお尻がフリフリしている。

 目の毒もいいところだ。


 俺はなるべくそちらを見ないようにつとめながら畑全体を見渡す。


 うーむ。

 思ったよりも拡大してしまったね……

 購入した作物の苗が多すぎて、畑のほうを慌てて広げたのが原因なんだけどさ……

 こりゃ家庭菜園の域を超えちゃってるよねぇ。

 でもまぁ、これで美味しい野菜が食べられるなら、こんな苦労はどうってことないよね。


 野菜の高騰はまだ続いている。

 どうやら今年は雨が異常に少ないらしく、作物の生育不良が相次いでいるかららしい。

 このままでは大陸全体が水不足になるのではないかなどと言った噂も立っていた。


 それを裏付けるように我が家の畑も土がパサパサなのだ。

 井戸から汲んだ水を多めにあげるくらいが関の山である。


 だが、水をあげすぎると今度は根が腐ってしまう。

 痛し痒しと言った現状が俺をやきもきさせるのだった。


「ふぅ、リヒトさん、こっちも終わりましたよ」

「あぁ、お疲れ様リーシャ。一服しようか」

「いいですねー」


 俺もリーシャも、首に掛けたタオルで汗をぬぐいながら庭のテーブルチェアへ座る。

 お互いに一息でお茶を飲み、大きな溜息をつくタイミングまでもが一緒であった。


「あはは、私たちって意外と息が合ってるのかもしれませんね」

「はははは、俺もそう思ってたところだよ」


 他愛もない会話で微笑み合う俺たち。

 こんなのんびりとした毎日がいつまでも続けばいいと、俺は本気でこいねがっていた。


 可愛い娘たちに、素敵な家族。

 あとは、俺に足りないのって嫁さんくらいなもんだよね。


 ……まぁ、それが一番最大の難関なんだけどさ……


 運動会の時にあのグラーフが学校では大人っぽい雰囲気で高学年の子たちからモテていると聞いてしまったんだよ。

 そもそも『大人っぽい雰囲気』ではなく完全な『大人』じゃないか。

 女の子たちも普段は身近に接することのない大人の男性になにか勘違いを……


 待て。

 違うだろ、俺。

 そもそも幼女にモテたところで結婚はできないんだぞ。


 いや、それも違うな。

 たとえ小さな子にとは言え、モテモテのグラーフに嫉妬してますって素直に言えよリヒトハルト。

 シット!

 ガッデム!


 ……と、まぁ冗談はさておき。


 俺もここ最近ずっと考えたんだけどさ。

 やっぱり嫁さんにするなら若い子がいいと思うんだよね。

 だって、俺よりも長生きしてもらいたいじゃないか。


 俺なんてもう老い先短いだろうし。

 その場合、残された娘たちや、もしかしたらいずれ出来るかもしれない孫も、俺の代わりに見守ってほしい、なんて思ってたりするわけよ。


 贅沢を言っていいなら、可愛らしくて性格も良くムッチリとした……


「リヒトさん? 考え事でもしてるんですか?」

「おわっ」


 眼前にリーシャの大きな赤い瞳があった。

 俺の目どころか、心までをも覗き込むような視線に思わずのけぞる。


「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ、なんでもないさ」

「ふふっ、変なリヒトさん」


 不審すぎる俺を見ても、微笑みを絶やさないリーシャ。

 夏の日差しも相まって、やたらと彼女が輝いて見えた。


 俺は大事なものを見失っていたのかもしれない。


 そう感じさせるには充分すぎるほど魅力的な笑顔だったのである。


 もしかしたら俺はずっと、気付かないフリをしていただけなんじゃないのか?

 今の関係性が壊れてしまうことを恐れるがゆえに。


 これまでのことを思い返してみろ。


 豪農のお婆さんを助け、離れに泊めてもらった時のことを。

 娘たちが初めて登校した日、リーシャと二人きりになった時のことを。

 その他もろもろを!


 意外とあからさまに好意をぶつけられているではないか。


 もし、もしもだよ?

 今もリーシャの気持ちが変わってないとしたら……

 色々真剣に考えてみてもいいんじゃないのか?



「あー、リーシャ……」

「? そんなにジッと見つめてどうしたんです? あ、もしかして私の顔に土とかついてました?」

「い、いやそうじゃなくてだね、えーと……」

「?」


 いかんな。

 どう言えばいいのか俺にもわからんぞ。


 取り敢えずなにか言えよ俺。

 リーシャが待ってるだろ。


「その、リーシャはさ、マリーやアリスのことが好きかい?」

「はい? もちろん大好きですよ」

「で、ですよね。はは、良かった良かった」

「??」


 だあああ、違う!

 俺の脳みそはこんな時に役立たずでかなわん。

 聞きたいこととまるで違う質問をしてどうするんだ。


 あーあ……色恋沙汰にはヘタレな自分が情けないよ。

 モテるヤツってのはいったいどんな思考回路になってんだ?


 でもさ、この年齢になるまで女性とはそれほど縁もなく生きてきたんだし。

 できたらそのあたりのことも察してもらいたいもんだね。


 ……なーんて、言い訳しても仕方ないんだけどさ。


「もちろん、リヒトさんのことも大好きです。グラーフも……まぁ、時々鬱陶しいですけど嫌いじゃないですよ、あはは」


 リーシャは何気なく言った一言であろうが、俺の血液は一瞬で沸騰した。


 聞くなら今だぞ。

 震える口を無理矢理こじ開けるのだ俺よ。


「そ……それってさ」

「はい?」


 ほら言っちまえ!


「……家族として、かな? それとも、男として……?」

「えっ?」


 言った!

 言ってやったぞ!


 すごいな俺!

 勇気ある行動に乾杯!


 さぁ!

 リーシャの返答やいかに!?



「やぁやぁ! リヒトハルトさま、それにリーシャさん。今日も畑仕事ですかな? ご精が出ますなぁ!」


 門のほうから聞こえた副ギルド長ネイビスさんの大声に、ゴンとテーブルへ頭を打ち付ける俺。


 どんなタイミングだよ!

 どうせまた仕事をサボりに来たんでしょう!?


「あ、ネイビスさん、こんにちはー。丁度一休みしてたんですよ、冷たいお茶ですけどいかがです?」

「おお、こりゃありがたい! いやぁ、リーシャさんは気が利きますなぁ。きっと、いいお嫁さんになりますぞ! 我が息子とどうですかな? ガハハハ!」

「えぇー? そうですか? あははは、それは遠慮しておきますね」

「そりゃあ残念! ガッハハハハ!」


 『ガハハハ!』じゃないですよ。

 全くもう。

 千載一遇のチャンスを……

 俺の勇気を返してください。


「ごくごく、ぷはぁ! 美味い! リーシャさんのお茶は最高ですな!」

「あはは、そんなに褒めたってなにも出ませんよ」

「またしても残念無念。では、こちらから」

「?」


 黙って二人の会話を聞いていたが、ピクリと反応する俺の眉。

 嫌な予感のシグナルだ。



「ひとつ、仕事のご依頼を持って参ったのですが」



 やっぱりね!



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