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腹が減っては


 一等賞の旗を高く掲げるマリー。

 この青空のように晴れ晴れとした笑顔だ。


 そして観客からの驚きと称賛の声に手を振って答える俺。


 いやー、照れちゃうなぁ。

 運動会でこれほど注目されるのは初めてだよ。

 子供の頃なんて、後ろから数えたほうが早い順位ばっかりだったからね。


 運動の出来る連中はいつもこんな気分を味わっていたのか。

 なるほど、こんな称賛を毎度浴びられるなら、頑張る気持ちもわかるってもんさ。



「親子二人三脚、二組目は、第一レーン、アリスメイリスちゃんとリーシャさんペア、第二レーン……」


 さて、お次はリーシャとアリスの出番だけど……


 ざっと見たところあの二人に勝てそうな親子はいない。


 生徒会長のヒョロヒョロなジェラルドくんも出場するようだが、彼とは対照的にやたら太ったお父さんは始まる前から既に息切れしているのだ。

 あれではどうにもなるまい。


 もう一組はメガネをかけた女の子とお母さんのペアらしい。

 放送係がミリア先生に変わったところを見ると、この子が今までの放送をしていたようだ。

 大人しそうな顔に似合わず熱い実況だった。

 だがまぁ、こちらも俊足を誇るアリスメイリスとリーシャの敵ではないだろう。


 しかし不思議に思ったのは、隅っこで体育座りをしているグラーフはともかく、マリーのライバルであるアキヒメちゃんとフランシアちゃんが出ていないことだ。


 見れば二人の少女は少しだけつまらなそうに他の親子を眺めている。

 ひょっとしたら親御さんが来ていないのではなかろうか。


 そうだとしたら、やっぱり寂しいよね。

 まぁ、俺の親みたいに率先してこう言った場に出てくるタイプではないだけかもしれないが……

 あれはあれで鬱陶しかったけれども、いなきゃいないでモヤモヤしただろうね。

 子供心ってのはそう言うもんだよ。


「位置について、よーい……ドン!」

「アリスちゃーん! リーシャおねえちゃーん! がんばれー!」

「おっ、始まったか。行けー! アリスー! リーシャー!」


 おやおや。

 こりゃ応援するまでもないぞ。

 我が家族は圧倒的じゃないか!


 二人は『いっち、にっ、いっち、にっ』とお互いに軽快な掛け声をかけつつ、息の合った足取りで他の二組を大きく突き放していた。


 ああああ。

 ジェラルドくんのお父さんが盛大にコケちゃった。

 しかも思い切り顔面から行ったよ。

 うひー、ありゃ痛いぞー。


 メガネの子のお母さんは俺の作戦を真似て娘を抱きかかえたものの、高学年の子はやはり重かったらしく、少し走っただけでダウン。


 そりゃそうだよ。

 あんな力技、女性にはきついって。


 と言うわけで、見事アリスメイリスとリーシャのペアがぶっちぎりの一等賞を獲得したのである。


「お父さまー! わらわも一等なのじゃー!」

「頑張りましたよリヒトさん! 褒めてください!」


 息を弾ませながら俺たちのほうへやってくる二人。

 勿論俺は二人の頭を問答無用で撫でるのだった。


「よくやったよ二人とも」

「くふふふ、リーシャ姉さまのおかげなのじゃー」

「ううん、私はアリスちゃんに合わせただけだよー」


 俺に撫でられたまま、お互いをたたえ合っている。

 麗しき家族愛ではないか。



「以上を持ちまして、午前中の競技は全て終了となります。なお、昼食を挟んで……」


 ミリア先生による放送の声が昼休みを告げる。


 やれやれ。

 これでようやく一息つけるね。

 おじさんは緊張と興奮で疲れちゃったよ。


 隅っこに座っていたグラーフもこちらへ駆け寄り、みんなで確保したスペースへ戻った。

 俺は布でくるまれた巨大な重箱を取り出す。

 リーシャが全員にお茶を配り、グラーフが取り皿を子供たちへ渡した。

 娘たちは俺を挟んで座り、今か今かとお弁当を待ちわびている。


「わぁー! すっごいおべんとうー!」

「美味しそうなのじゃー!」

「あっしももう、腹が減って腹が減って……」

「みんな頑張ったからな、存分に食べてくれよ。ちなみにリーシャが作ったおかずもあるからね」

「えへへへ、美味しく出来てるといいんですけど」


 照れくさそうに鼻の頭をかくリーシャ。


「大丈夫さ。味見をしたけど美味しかったよ」

「ほんとですか!? リヒトさんにそう言ってもらえると自信がつきます!」

「どれがおねえちゃんのつくったおかずー?」

「これとこれよマリーちゃん」

「パパとってー」

「はいはい」

「んーーー! マジうめぇですぜ! リーシャの姐さん!」

「うんうん、美味しいのじゃ!」

「よかった~! ちょっとだけ不安だったの」

「これなら店も出せるんじゃねぇですかい!?」

「あ、そういうお世辞はいらない」

「ガーン!」


 などと話しつつ楽しい昼食を摂っていると、大きな木陰で寄り添いながらモソモソとパンをかじる二人の少女が目にとまった。

 アキヒメちゃんとフランシアちゃんである。

 やはり親御さんは来ていないらしい。


 俺がなにも言わずに立ち上がると、みんなから不思議そうな目で見つめられた。

 無言で木陰へ近付き、なるべく怪しくならないように声をかける。

 不審者と思われてはたまったものではない。


「なぁアキヒメちゃん、フランシアちゃん」

「あ、マリーちゃんのパパだ」

「なんでしょうか?」

「お弁当をたくさん作りすぎちゃってね。きみたちも良かったら一緒に食べてくれないかな?」


 この言いかたならあんまり遠慮せずに食べてもらえると思ったのだ。

 しかし二人はなにを言われたのかわからぬ顔でキョトンとしている。


 いや……これは違うな。

 理解はしているが本当にいいのかどうか、俺が気を使って言ったのではないかと類推しているような雰囲気だ。


 この少女たちはどこか大人びている。

 まるでわざと子供のふりをしているような気さえしてくるのであった。


 上手く言えないんだけど、見た目は子供なのに中身は大人と言った風な。

 そんなわけがあるはずもないんだけどさ。


「どうかな? それともお腹一杯かい?」

「いえっ、あの、本当にいいんですか?」

「勿論さアキヒメちゃん。きみたちがきてくれたら、マリーやアリスもきっと喜ぶよ」


 アキヒメちゃんとフランシアちゃんはお互いの顔を見ている。

 驚きの表情なあたりは普通の子供らしく見えた。


 うーん。

 気のせいだったのかなぁ。


「わたし食べたい! マリーちゃんに聞いたんですけど、パパさんは料理人さんなんですよね?」

「ははは、その通りだよフランシアちゃん。ただし『元』料理人、だけどね」

「ねぇ、アキヒメ。行こうよ!」

「うん、そうだね。せっかく誘ってもらったんだし。パパさん、お邪魔します」

「やったぁ!」

「ああ、遠慮なく食べてね」


 俺が二人を連れて戻ると、娘たちだけでなくリーシャやグラーフも大歓迎してくれた。

 幸い、カップも取り皿も予備として多めに持ってきてある。


「うわぁー! すごいご馳走ー!」

「マリーちゃんとアリスちゃんて、いっつもこんなご飯食べてるの!?」

「うん! パパはすっごいんだよ!」

「お父さまの料理は最高なのじゃ!」

「いいなぁー!」

「うらやましい~!」


 瞳を輝かせる四人の子供たち。

 そしてモリモリと美味しそうに次から次へ料理を頬張っている。


 うむ。

 子供ってのはこうじゃなくちゃね。

 大勢で食べるご飯もいいもんだ。


「あははは、みんな可愛いー」

「まったくでさぁ」


 リーシャとグラーフもそんな子供たちをあたたかな目で見守っている。


 俺も大満足な午後のひと時となったのであった。




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