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剛脚


「繰り返します。親子二人三脚に出場される父兄は……」


 放送の声に促され、よっこらせと立ち上がる俺。

 軽やかに続くリーシャ。


「さぁて、出番だね」

「ですね。なんだか緊張してきちゃいました」

「なに言ってんだい。リーシャはまだいいよ、若いし運動神経もいいんだから。俺なんてどんなみっともない姿をさらけ出すのかと考えただけで胃が痛くなるね」

「あははは、大丈夫ですってばリヒトさんなら。気楽に行きましょうよ」


 俺は多少引きつった笑みでリーシャへ頷いたが、胃袋はキリキリと締めあげられたままであった。

 娘たちに恥をかかせるわけにはいかないと思うほどプレッシャーが重く全身にのしかかる。


 フンフンと鼻歌を歌いながら進むリーシャの後を、トボトボと言った風情でついて行く俺は、さぞやしょぼくれて見えたことだろう。


 先程とんでもない魔導スキルを放った俺へ、親御さんや観客たちから好奇の視線が向けられているのを感じる。

 今度はなにをやらかす気なのだろうかと興味津々のご様子だ。


 期待しているところ申し訳ないが、なにもやりませんよ。

 適当にヘロヘロ走ってお茶を濁すつもりですから。


 ……でもなぁ。

 マリーとアリスが悲しむかもなぁ。


 いや……それどころかあとで怒られそうな気がするね。

 『パパ! どうしてほんきをださないの!?』とかってね……

 それはそれで可哀想だよな……


 でもね。

 俺のこのおかしな身体は意外と制御が難しいんだよ。

 普段の生活は別に支障もないんだが、少しばかり本気で力を込めると、ね。


 我が家も建物が古いもんだから、それで何ヶ所壊してしまったかわからないくらいだ。

 それを愚痴ひとつこぼさず直してくれるグラーフには感謝しかないよ。


 生徒と父兄の待機場所に行くと、満面の笑みで娘たちが迎えてくれた。

 一等賞を取った誇らしさと興奮がまだ冷めやらぬのだろう。


 俺も誇らしい気分になり、抱き着いてくるマリーとアリスメイリスの頭をこれでもかと撫でたのは言うまでもない。

 リーシャも二人の後頭部を撫でまくっている。


 立派な娘たちをもって、俺は幸せだよ。


「ねぇ、パパ! わたし、パパとはしりたい!」

「わらわはリーシャ姉さまと走るのじゃ!」

「マリー、俺でいいのかい? リーシャとなら一等になれるんじゃないか?」

「ううん! パパじゃないとダメなの! パパといっしょにはしりたいの!」


 思わずジーンと来てしまう俺。

 これほど嬉しい言葉が他にあろうか、いや無い!


「アリスちゃんはリヒトさんとじゃなくていいの?」

「お父さまはマリーお姉ちゃんに譲ってあげるのじゃ! 今回だけ!」

「あっははは、じゃあ私と一等賞取っちゃおうか!」


 アリスメイリスとリーシャは手を取り合って笑っている。

 ハナっから勝つ気でいるとは恐れ入った。


 まぁ、リーシャたちと一緒の組で走るわけじゃないからいいんだけどさ。


「パパー、あししばろー?」

「ああ、どれどれ」


 マリーから渡された細長い布で、俺の右足首とマリーの左足首を一緒に結ぶ。

 あまりガッチリ縛らず、遊びを持たせておくと言うのがコツらしい。


 娘たちがどこからか聞いてきた受け売りなんだけどね。

 なんでも、きつく縛るとかえって動きにくくなるって話だよ。


「第一組の皆さんはトラックへ出てください。第一レーン、マリーちゃんペア! 第二レーン……」


 放送に呼ばれた俺とマリーが奇妙な足取りでレーンへ進み出ると、大きな歓声が巻き起こる。

 これはやはり魔導スキルで派手にやらかしてしまったからだろうか。


 待てよ。

 もしかしたら、俺に賭けてるんじゃあるまいね?


 おいおい。

 やめてくれよ。

 こんな状況で負けたらものすごいブーイングが出ちゃうわけだろ?


 やばいな。

 一気に緊張してきたぞ。


 俺は小心者なんだからさ。

 無闇に期待とかしないでほしいんですけど。


 そもそも、運動会ってのは子供たちの成長を見守るための……


「パパ!」


 マリーの叫びで我に返る。


 これはまずい。

 いつの間にか始まっていたらしく、とっくに他の対戦者たちは走り出していたのだ。


「あーっと! 大きく出遅れたマリーちゃんペア! これはどうしたんでしょうかー!」


 どよめく会場。

 一部から落胆の声が上がる。

 きっと俺に賭けた連中だろう。


 俺の緊張ゲージは既にマックスだ。

 だが、マリーのほうがこんな時でも冷静であった。

 父親としては形無しである。


「パパ! そとがわのあしからいくよ!」

「あ、あぁ! わかったよ」

「せーの! いち!」


 ドゴン


 しまった!

 焦りで思い切り踏み込んでしまった!


 地面が大きくえぐれ、俺の左足が膝まで埋まる。


「リヒトさーん! 焦らずゆっくり!」

「お父さまー! リラックスなのじゃー!」


 リーシャとアリスメイリスの声が鼓膜を打つが、それすらも聞いている余裕などない。

 俺は左手で己の腿を掴み、強引に土から引きずり出した。

 前方を見やれば、既に他のペアはゴールも間近。


「パパ! ゆっくりでいいからね!」


 マリーが俺へ笑顔でそんな優しいことを言ってくれる。

 これではどちらが親だかわかったものではない。


 娘に気を使わせるなんて情けない限りではないか。

 親がここで奮起せずにどうする。


「マリー、勝ちたいよな?」

「えっ? えっ? ……うん! パパといっしょにかちたい!」

「よし、俺の足にしっかりつかまるんだよ」

「う、うん!」


 両手両足でガッチリと俺の足にしがみつくマリー。

 なにも聞かずに従ってくれるとは。

 こんな親でも一応は信頼してるのだろうか。


 だったら、答えてやらないとな!


 俺は振り落とすことのないようにマリーの小さな肩をしっかりと抱く。

 そして低く、低く構えた。


 猛獣が獲物に飛びかかる寸前のように。


 ドンッ


 俺は空いている左足一本で力強く地を蹴った。

 限界まで引き絞られて放たれた矢のごとく、地面スレスレを水平に飛んだのである。


 オォォオオオオォォ


 どよめきやリーシャたちの声援が俺についてこれないほどの速度。

 一瞬で他のペアをキリキリ舞いさせて抜き去ったのだ。


 そしてそのまま俺は顔面でゴールテープを切ったのである。


 当然急激に停止できるはずもなく、ズサーッとだいぶ転がったけどね。

 勿論マリーの身体はかばってるよ。


「……ゴ、ゴーーーーール!! これはすっごーーーーい! 一歩! たったの一歩です!! マリーちゃんペア一等賞ーーーー!!」


 唖然としていた観客が、放送の声でようやく事態を把握したらしく、だいぶ遅れて拍手喝采が沸きあがった。

 『……あれを二人三脚と言っていいのか?』とか『人間じゃねぇぞあのおっさん!』などと言った声もチラホラ聞こえるが無視すべきであろう。


 俺は腰も低く、ペコペコと頭を下げながら『いやー、どうもどうも。まぐれっておっかないですねぇ』と愛想を振りまいておくことにした。

 それも情けないことに痛む自分の腰を叩きながらである。

 だが、これがかえっていい目くらましとなったようで、無粋な疑問をぶつけてくる者はいなかった。


 ここは勢いで誤魔化すのが得策だよな。

 ヘタに勝ち誇って藪蛇になるのもなんだしね。


「パパかっこよかった! しかもいっとうしょう! わたしすっごくうれしいの! パパだいすき!!」

「あんな勝ちかただったけど、いいのかい?」

「うん! ちゅー!」


 キスの雨を降らせるほど喜んでいるマリー。

 娘がそう言ってくれるのならば、俺に文句などない。



 だけど、公衆の面前でキスはまずいと思いますよマリーさん。



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