娘たちの晴れ舞台
「それでは、ただいまより大運動会を開催いたします!」
魔導拡声器から聞こえる少女の声。
きっと高学年の子が放送役も兼ねているのだろう。
俺の放った魔導スキルの影響で会場はまだどよめいたままであったが、一人の生徒がトラックの真ん中へ進み出てくると、次第に落ち着きを取り戻していったのである。
「選手宣誓は生徒会長のジェラルドくんです」
誰だろうと思ったところへ、ご丁寧に放送が教えてくれた。
「宣誓! 我々選手一同は……」
青白くひょろっとした男の子が、精一杯の大声で宣誓する。
確かにインテリっぽい雰囲気で生徒会長向きな子だ。
そして、彼のご両親らしき人が、さかんに拍手を送っているのはなんだか微笑ましかった。
気持ちはよくわかる。
しかしまぁ、10人いるかいないかの学校に生徒会長って必要なのかねぇ?
はっきり言って、いらないんじゃ……おっと、宣誓が終わったようだ。
拍手してあげねば。
パチパチパチパチ
「では、競技へ移ります。第一競技は高学年の皆さんによる……」
放送を聞いて色めき立つのは子供たちよりも親御さんたちのほうであった。
大声で我が子の名を呼び、喝を入れまくっている。
親が熱くなってどうするんだい……
どんな時でも親ってのは冷静に子供を見守ってあげるのが肝要ではないのかね?
「リヒトさん、お茶淹れますねー」
「ああ、うん。ありがとうリーシャ」
高学年の子たちが走り終わったのを横目に見つつ、お茶を一口すする。
うむ。
さすがリーシャ。
しっかり教えただけあって、だいぶ上達したね。
「続きまして、第二競技は、低学年の皆さ……」
「ぶふっ! もう出番か! うぉぉぉおおお! 頑張れマリー! 頑張れアリスー!」
「ちょっ、リヒトさん!?」
顔面を噴き出したお茶まみれにしながら一気に立ち上がる俺。
前言撤回!
愛娘を全力で応援せずにいられるはずがない!
「パパー!」
「お父さまー!」
こちらへ笑顔でブンブン手を振るマリーとアリスメイリス。
良かった。
どうやらそれほど緊張していないらしい。
だが、マリーはトラックのレーンに出た途端、表情をキリリと引き締めたのである。
隣に立つは、因縁の(?)ライバル、アキヒメちゃんだ。
もう一人いるが、俺には顔も名も知らぬ子であった。
ちらりと横目でアキヒメちゃんを見やるマリー。
ニッとマリーへ笑みを返すアキヒメちゃん。
くぅぅ。
見ているこっちが緊張するね!
「位置について、よーい……ドン!」
バッと駆け出す三人の少女。
いいぞ!
スタートは完璧だ!
練習の甲斐が……って、おいおい、嘘だろ!?
アキヒメちゃん速いじゃないか!
スタートの出遅れもなんのその。
美しく長い黒髪をなびかせながら、ものすごい速度でマリーを追い抜いていく。
その姿に湧き上がる大歓声。
「マリーーーー! 頑張れーーーー!」
「マリーちゃーーーーん!」
俺とリーシャの絶叫が届いたのか、こちらを見て少し微笑むマリー。
額に汗は浮いているが、表情に悲壮感はない。
なんだ?
なにか狙いでもあるのか?
って、加速したぁ!?
「アキヒメちゃん速いです! ぶっちぎりで……あーっと! 大外から! おーそとからマリーちゃんがグングン迫ってきました! これは速い!」
放送が既に実況と化している。
まるで競馬だ。
たちまち盛り上がる大人たち。
まさかとは思うが、賭けとかしてないよね……?
「マリーちゃーーん! そこよー! 差せーーーー!」
「えぇぇ!? リーシャまで!? くっ、マリー! もうちょっとだ! 行けーーーーーっ!」
リーシャに負けじと声を張り上げる俺。
更に足の回転を上げるマリー。
みるみるアキヒメちゃんとの差は縮まり…………
「ゴーーーール! これはどちらが勝ったのかわかりません! ああっと! 審議! この競技は審議です!」
先生がたが集まってなにやら協議しているようだ。
俺の目でもどちらが先にゴールしたのか判断できなかった。
「……審議の結果を発表します」
ゴクリと喉を鳴らす俺とリーシャ。
静まり返る場内。
「……同着! 同着です!」
「やったぞマリー! 一位だ!」
「マリーちゃんすごい! 練習頑張ったもんね!」
リーシャと手に手を取り合って喜ぶ。
アキヒメちゃんと一緒に一等賞の旗を持ったマリーが、誇らしげに俺たちへ手を振っていた。
うぉぉぉん!
よくやったなぁ!
少しとは言え、年上の子相手にすごいよ!
さぁ、次はアリスの番だね!
などと、意気込んだ俺であったが、トラックへ出てきた面々を見て、ポッカリと口を開けるしかなかった。
第一レーン、アリスメイリス。
第二レーン、フランシアちゃん。
そして第三レーンに、でっかいグラーフが……!
「なにこれ!? グラーフも低学年扱いなのかい!?」
「あっはははは! 勉強の進み具合からすればそうなっちゃうんでしょうね!」
笑ってる場合じゃないよリーシャ。
いくらアリスだってグラーフの脚力には……
……いや、仮にも【真祖】なんだし、もしかすれば勝てるかもしれないけどさぁ……
観客からも『あれって有りなのか?』とか『これじゃ賭けにならないよ!』などと言った声が上がる。
おい。
やっぱり賭けてたのか!
悪い大人たちめ!
子供たちの頑張りをなんだと思ってるんだ!
「グラーフくん。スタートの位置を間違ってますよ」
「!? こりゃ失礼、忘れてやした!」
放送係の声に注意され、慌てて駆け出すグラーフ。
彼は校庭を横切り、なんと門外まで走って行ってしまったのである。
「グラーフくんにはハンデとしてあそこからスタートしていただきます」
あそこってどこだい!?
彼の姿すら見えないんだけど!
「では位置について、よーい……ドン!」
俺の心中など気にも留めず、さっさと競技は始まった。
「と、取り敢えず応援しないと! アリスー! 頑張れぇーー!」
「で、ですよね! アリスちゃーーん! 気合よーーー!」
上手くスタートしたアリスメイリス。
しかし、隣のフランシアちゃんも同じくらいの好スタートを切っていた。
おお……
フランシアちゃんって子、やるなぁ。
見た目はほんわかしてるイメージだから、もっとトロいのかと勝手に思い込んでいたよ。
ごめんね。
素晴らしいデッドヒートを繰り広げつつ、二人が終盤に差し掛かった頃、ようやく門からグラーフが飛び込んできた。
いったい彼はどれだけ遠くからスタートしたのだろうか。
グラーフに賭けていたと思われる連中から落胆の声が上がる。
それは自業自得でしょうが。
そして、最終的にスタミナが持たなかったのか、失速してしまったフランシアちゃんを引き離し、アリスメイリスが余裕の一等賞を手にしたのである。
「アリスー! よく頑張ったね! 偉いぞ!」
「アリスちゃんもマリーちゃんもすごかったよー!」
俺たちの声に、ブイサインで答えるアリスメイリスなのであった。
その後も順調にプログラムは進んでいく。
大人も交じった玉入れや、何故か大人のみで行われたパン食い競争、グラーフが一等賞を取った障害物競走など、なかなかバリエーションに富んでいた。
親御さんだけではなく、観客たちも大いに沸き、盛大な拍手を送り楽しんでいるようである。
そして───
「次の競技は『親子二人三脚』です。出場される父兄のかたは……」
とうとう俺の出番がやってきたのであった。




