決戦の日
そして、やってきました決戦の日。
あ、俺のじゃなくて、娘たちのです。
「わー! いいおてんきー! ねー、パパー! はやくー!」
「晴れてよかったのじゃー!」
「二人とも、慌てて転ぶんじゃないぞー」
運動用の白いシャツに紺色のちょうちんブルマで身を包んだマリーとアリスメイリスが元気に通学路を走っていく。
邪魔にならないよう、二人の髪はポニーテールにしてあるのだが、それがぴょこぴょこと躍動してなんとも愛らしい。
その二人の後ろをのんびりとついて行く俺たち。
「いやー、朝は雲が出てたからヒヤヒヤしたもんでさぁ」
「そうだねグラーフ……ぷっくくく」
「ぷーくすくす」
「そんなにあっしの格好は変ですかね?」
レジャーシートを丸めて担ぐグラーフは己の身体を見回していた。
俺もリーシャも悪いとは思っているのだが、視界に彼が入ってくるたびに噴き出してしまう。
大きな身体の彼が身に着けているのは、マリーたちと同じ運動用の白シャツと、紺色のやたらピッチリとした短パン。
そして純白のハイソックスなのだ。
ご丁寧に顎で固定するゴム紐付きの白いキャップまで被っているのだから堪らない。
裏返せば赤い帽子になるアレだ。
「くっくくく……いやすまない。とても似合っているよグラーフ。きっと、どの男子児童よりもね」
「ぶふぉっ! そういうこと言うのやめてくださいリヒトさん! 私もう、腹筋が限界なんですから!」
「……」
しかし学校側も学校側だ。
いくらグラーフが生徒の一員だからって、なにも娘たちと同じ体操服を着せなくともよかろうに。
成人男性は生徒の中でも彼だけなのだから、少しは配慮してあげてほしいものである。
そう、今日は運動会の当日なのだ。
娘たちの晴れ舞台。
となれば、俺もリーシャも黙ってはいられまい。
豪華なお弁当もたっぷり用意し、一家総出で繰り出したというわけなのである。
マリーとアリスメイリスも運動会へ向けて余念がなかった。
ここ数日、かけっこの猛特訓をしていたのだ。
スタートの練習や、走り込み、そして入念なフォームのチェック。
それらをかけっこの得意なアリスメイリスがマリーへ指導する。
美しい姉妹愛ではないか!
……マリーのほうが一応は姉なんですけどね。
でも、俺とリーシャが畑仕事をする脇を真摯な顔で走り回っている娘たちの姿はとても輝いていたよ。
子供の頃ってのは、運動神経の良さがひとつのステータスだったからな。
運動の出来る者はもてはやされ、出来ぬ者はバカにされるという、ある種のヒエラルキーが成り立っていたもんさ。
俺はあんまり得意じゃなかったもんで、結構扱いはひどかったよ……
マリーが気合を入れて練習に励んでいたのも、きっとそういうことなのだろう。
ならば父親として全力で応援せざるを得まい。
とはいえ、俺には指導できるような知識も運動神経もない。
なので、アドバイスは運動神経の良いリーシャへ専ら任せきりだった。
だがそれでは父の威厳もへったくれもなく、ただただ情けない限りである。
俺は娘たちにしてあげられそうなことを模索した。
その結果、食事や栄養面でサポートできるのではないかという答えに行きついたのだ。
高タンパクでエネルギー吸収効率を重視したメニューを考えて出してみた。
しかし、それはとんでもなく不評であった。
原因は、どうしても簡素になってしまいがちな味だ。
そこで俺は味のほうを優先し、食材も食べやすいものに変えた。
メインは鶏肉中心。
それも脂身の多い、もも肉ではなく、高タンパク低脂肪のささみや胸肉を重視して。
更に味やバリエーションにも工夫を重ね、好評を得るまでに至ったのである。
娘たちどころか、グラーフやリーシャまでガツガツ食べていたからね。
ま、たった数日なんで、どこまで効果があるかはわからないけどさ。
ともあれ、その努力の全てを試すのが今日と言う日なのだ。
「おぉ……立派な門が出来てるじゃないか……あれもきみが作ったのかい?」
「へい。あっしが言うのもなんですが、かなりの自信作でさぁ」
得意そうに鼻をこするグラーフの言う通り、木製にしてはやけに立派な門が学校の入口に設置されており、そこにはデカデカと『大運動会』の文字が。
「へぇー、やるじゃないグラーフ」
「そ、そうですかい? へへへ、リーシャの姐さんにそう言われると照れやすねぇ」
丸めたレジャーシートを思い切り抱きしめるグラーフ。
あれではシートがクシャクシャになってしまいそうだ。
「あー! アキヒメちゃん、フランシアちゃん! おはよー!」
「二人ともおはようなのじゃー」
「おはよう、マリーちゃんアリスちゃん」
「えへへー、おはよー!」
二人の女の子が娘たちと楽し気に話している。
以前にも出会った子たちだ。
確か、つやっつやの黒髪少女がアキヒメちゃんで、ふわっふわの金髪少女がフランシアちゃんだったな。
どちらもマリーたちと同じ体操服姿。
ただ、白いハチマキなんか付けちゃって、早くも臨戦態勢のご様子。
「きょうは、てきどうしだけど、おたがいがんばろうね!」
「うん。マリーちゃんと闘うの、楽しみにしてるよ」
アキヒメちゃんとエールを交わしつつ、がっちりと握手をするマリー。
ううっ……
立派になって……
パパは涙が出そうだよ……
「う゛う゛~……マリーぢゃん、立派だよ゛ぉ゛~……」
俺よりも涙もろいリーシャなのであった。
生徒は別の場所で待機するらしく、娘たちやグラーフと別れた俺とリーシャは、メイン会場である校庭……と言うか元教会の庭へ移動した。
そこでは親御さんたちによる『最良の観戦場所争奪戦』が繰り広げられていたのである。
我が子の活躍を一番いい場所で観たいのだろう。
庭には大きな楕円形が白線で書いてあり、ここを子供たちが走るわけだ。
いわゆるトラックである。
それでも俺が住んでいたアトスの街にある学校のトラックよりは遥かに小さかった。
うむむ。
元教会を学校へ改装しただけらしいからなぁ。
色々と小ぢんまりしちゃうのは仕方ないか……
貴族の子息が通ってる『王立学術院』とは比べるべくもないよねぇ。
俺たちは空いているスペースを確保すると、そこへレジャーシートを敷き、リーシャと二人で陣取った。
荷物を降ろし、居住まいを正しているとパンッパンッと大きな音が聞こえてくる。
どうやら、俺たち以外にも冒険者の親御さんがいるらしく、花火の代わりに【ファイアボルト】を空へ打ち上げているようであった。
「リヒトさんも打ち上げたほうがいいんじゃないですか?」
「えぇ!? ……うーん、俺はいいや」
「なんでです? 景気付けですよ、景気付け」
カラカラと笑いながら俺の腕を揺さぶるリーシャ。
「ほらあそこ、マリーちゃんとアリスちゃんも『パパ、やらないの?』って目で見てますよ」
うわ。
本当に娘たちが期待の目で俺を見てるよ。
でもなぁ、俺がマジックスキルを放つとロクなことにならないんだよなぁ。
「あー、ほら。マリーちゃんたち悲しそうな顔になっちゃってますよ」
「わかった、わかったよ。だからそんなにシャツを引っ張らないでくれ。伸びちゃうから」
「あ、ごめんなさい。つい興奮しちゃって」
「よーし、威力をしぼればきっと大丈夫だよな」
「そうですよ!」
自らに言い聞かせつつ俺が立ち上がると、娘たちの顔がパァッと輝いた。
「限界まで魔導力をしぼれ……小さく、小さく……【ファイアボルト】」
左手の指先に集約された魔導力を宙へ解き放つ。
ドォォォオオオオン
想像よりも遥かに大きな火球が上空高くで轟音を上げた。
他の親御さんの誰よりも巨大な魔導力だったであろう。
これでは花火というよりも大爆発だ。
全員がポカーンと大きく口を開けて空を見上げている。
喜んでいるのはリーシャとマリーにアリスメイリスだけであった。
ほれ見ろ!
言わんこっちゃない!




